前方にバリケードが見える。自律砲台からの砲撃を避けるため、常に低空を飛行していたため発見が遅れた。それは街道を完全に遮断する形で展開されてある。バリケードの周囲はオフィスビルが立ち並んでおり、おそらく路面だけでなくビル内部にもテロリストが待ち受けているだろう。周囲から手当り次第にかき集めたのだろう、既に鉄屑に成り果てた乗用車や木材を積んでいる。
はっきりと言ってしまえば、高町なのはにとってそんな物は驚異でもなんでもない。分厚いコンクリート壁でさえ打ち抜く威力を持つ彼女の砲撃ならば、即席のバリケードなどいとも簡単に吹き飛ばすことができる。まるで赤子の手を捻るようなものだ。
しかし、それは人質が存在しない状況下での話だ。
【マスター。バリケード内に非武装の人間を察知しました。人質の恐れがあります】
「了解、レイジングート」
レイジングハートの探知能力は決して卓越している訳ではない。この距離ならば、バリケード内に人間が居るか否か程度のことはわかるが、敵かどうかまでは難しい。相手が魔導師であれば魔力パターン等から解析が可能なのだが、いかんせん敵は質量兵器で身を包んでいる。武器と思わしき金属に身を包んでいなければ民間人と判断できるが、確証はない。偶然にも、あるいは意図的に敵が武装を解除しているだけという事も考えられる。
しかし、万が一にも民間人がその場にいるのならば、下手に砲撃で吹き飛ばすことができない。管理局の体質としてそれは認めがたいことであり、なによりもなのは自身の信念がそれを許さない。
人質は傷つけず、確実に保護しなければならない。
ゆえに高火力の砲撃は使えない。ならば対人能力に優れた射撃魔法に頼るしかない。周囲を巻き込む恐れが少なく、確実に相手を打ち抜ける魔法。なのはにはその備えがあった。
【武装したテロリストをロックオン。誘導弾の弾道計算が完了。バリケード内の約85%を攻撃できます】
「アクセルシューター!」
【撃って!】
「シュート!」
なのははバリケードに向かってではなく、上空に向けてアクセルシューターを放つ。幾条もの桃色の光が尾を引いて空を駆けた。それは一秒余り空を切り裂いた後、その頭を下げてバリケードの内部を睨み、急降下を始めた。
それはまるで地に落ちる流星。災厄をもたらした元凶を打ち砕かんとする流星である。
それらは弾丸のような速度でテロリストに向かって牙を剥く。アクセルシューターの射撃音に気が付いたテロリストたちは色めきだったが、上空が襲い掛かるそれを回避する術がなかった。
魔導師でもない彼らは一人、また一人と撃ち抜かれる。致死性こそないものの、魔力ダメージは確実に彼らの意識を刈り取った。悲鳴すら上げる猶予を許さない、鋭く強烈な一撃である。
だが全滅には至らなかった。なのはの技量不足ではなく、単純に攻撃が困難な場所に居座っていただけだ。上空からの攻撃故、攻撃対象の上方に障害物があると攻撃が難しい。特にビルの奥に居座られると、今の一射では攻撃が不可能と言ってもいい。誘導弾ゆえに精密な制御を行えばビルの奥であっても攻撃が可能だが、路面に展開された部隊に向けて攻撃をしつつの精密制御は困難を極める。それは二射目で行うほうが得策であった。
なのははバリケードを飛んで乗り越える。最初になのはの目に写ったのは気絶したテロリストなどではなく、死体の山であった。
「うっ……」
【……倒れている者の中に生体反応はありません。テロリストを除いて】
バリケードの外からでは見えなかった。そう、この惨状を見ずに済んだ。
しかし見てしまった。撃ち殺された子供の死体。切り裂かれた男の死体。焼かれた女の死体。首を絞められた老人の死体。それらは自分の、あるいは他人の血だまりの中で静かに眠っていた。夏が勢いをひそめ、秋の兆しが見えていたことが幸いだっただろう。既にそれなりの時間が経っている筈だが、腐乱が見られる死体はなかった。
見てしまった以上無視はできない。今は無理だが、事件が片付いた後には弔ってやらねばならないだろう。彼らの人生は半ばで閉ざされてしまったが、せめて痛みすらない死であったことを願うのみだ。
胸が痛む。そして同時に怒りが心臓の奥底から湧き上がる。なぜこんな事をするのか。何の権利があって命を奪うのか。
なのははその怒りを押し殺す。今は他にすべき事がある。視線の先には一人の少女。手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされている。見れば決して軽くはない傷を負っている。これが何かしらの戦闘に巻き込まれたのか、テロリストに乱暴されたのかは判断できない。
だが、生きている。生きていてくれている。
それがせめてもの救いだった。なのはは自身に渦巻く怒りを表に出さないように注意し、少女に歩み寄る。出来る限り優しい笑顔を浮かべ、少女に語りかけた。
「大丈夫?」
「んーッ! んーッ!」
「待って、すぐに自由にしてあげるから」
なのはは少女の背後に回り込んで猿ぐつわを解く。その時、少女が未だ震えていることに気が付いた。無理もないことだ、なのはが来るのが遅れていたら殺されていたかも知れないのだから。
周囲に転がる死体を見れば自明の理だ。テロリストは民間人だろうが非戦闘員だろうが関係なく手にかけている。人質に選ばれたのはむしろ幸運だ。少なくともすぐに殺されるという事はなかったのだから。
「もう大丈夫だからね」
「助けてッ! 助けてぇッ!」
少女は錯乱状態にあった。しかしそれも無理からぬことであろう。先ほどまで彼女の周囲には武装した集団と死体がひしめいていたのだ。幼い心に恐怖を刻み込むには十二分である。
なのはは少女を優しく抱いた。少女は最初こそ抵抗したが、なのはに敵意がないことを悟ったのか次第に大人しくなった。しかしその肩の震えは依然として収まることはなかった。
なのはの胸がずきりと痛む。きっと少女は障害に渡って恐怖に苛まれることになるだろう。克服できたとしても、この恐怖の過去が消えてなくなる訳ではない。
「大丈夫、私はあなたの味方だよ」
「うん……うん……!」
「さ、安全な所まで行こう。ここは危ないよ?」
少女はなのはの胸から離れて小さく頷く。なのはは努めて笑顔を作り、少女の頭を撫でた。そして少女を抱きかかえようと手を伸ばしたとき、
「投降しろッ!」
周囲からかけられた声で顔をあげる。見渡せばビルの窓から銃口を向けられていた。フード付きの黒いローブの上からガスマスクと防弾チョッキを身にまとう十人ほどの集団。その風貌はあまりにもカルト教団じみていて、見た者の警戒を買うのに十分であった。武装さえしていなければ、街外れのあばら小屋で邪教の儀式をしていると言われても何の疑問も抱かず信じるだろう。
【サーチ完了。武装している者は残り十一人】
「さっきの攻撃し損ねちゃった人たちかな」
【半分はそうです。もう半分は周囲からの増援かと】
「なるほど、ちょっと長居しすぎちゃったね」
なのはは少女の顔が途端に青く染まるのを見た。肩の震えも酷くなり、額からは汗が噴き出る。完全に錯乱状態に陥っていた。幸いだったのは錯乱するに任せてどこかに走り去ってしまう様なことは無かった事だ。そのような行動に走られてしまうと護衛することも難しい。棒立ちになってくれた方がまだマシというものだ。
「大丈夫だからね、すぐにやっつけちゃうから」
「……本当に?」
「うん、本当に。実はお姉さんすごく強いんだから」
なのはは少女を抱きかかえた。いま最優先すべきことは少女を安全地域まで避難させること。テロリストを捕縛することではない。しかしながらテロリストを放置することはできない。ここで無力化しなければ部隊を再編制し、さらなる暴挙に走る可能性は高い。
導き出される結論として、少女を守りながら戦うというものに行き着いた。この状況では自分の傍に居てくれた方が戦いやすい。そしてある程度を倒したら、一目散に撤退する。
方針が定まれば実行に移すのみ。なのははテロリストを刺激しないようにゆっくりと宙に浮いた。それに合わせてテロリストの銃口も上を向く。
指揮官らしきテロリストが叫んだ。
「投降の意志なしと見なす。AMF発生装置を起動!」
次の瞬間、なのはは浮力が減衰したことを感じた。しかし完全に墜落はせず、少しバランスを崩したところですぐに持ち直した。
【AMFの発生を確認】
「すごい装備だね。やっぱりただのテロリストじゃない」
【はい。しかし問題ありません。私のマスターなら】
確かにこの程度なら大した問題にはならない。魔力消費が大きいが、通常の戦闘には支障をきたさないだろう。しかし、それでも万全とは言えない状況であることは間違いなかった。AMF下での戦闘は可能な限り避けるべきであるというのは魔導師の中では共通の認識である。
ゆえに、AMF発生装置とやらを最優先で停止させることにした。
「レイジングハート、AMF発生装置の場所はわかる?」
【十時方向、ミッドチルダシティホテルの七階です】
「見えた。あそこにいるテロリストのところだね?」
【はい。発生装置の付近はより高濃度のAMFが展開されています。注意してください】
「オーケー!」
「撃てェ!」
なのはは少女を抱えたまま空を縦横無尽に駆け巡る。おそらく何処かの世界で密造された質量兵器だろう、アサルトライフルが吐き出す銃弾を小回りの利いた旋回機動で回避する。時折、なのはに直撃する軌道をとる銃弾に襲われる。しかしそれらは強固なバリアによって弾かれてしまいなのはには届かない。
それに業を煮やしたテロリストが叫んだ。
「こんな小火器じゃダメだ! 誘導ミサイルを出せ!」
「了解!」
窓から身を乗り出してなのはを銃撃していたテロリストの数人が奥に引っ込む。ややあってから先ほどとは違う武器を抱えた状態で現れた。彼らが手に持つそれは携帯式誘導ミサイル・システム、通称「フェイルノート」。熱源ではなく、対象の魔力パターンを解析して追尾する誘導ミサイルである。その追尾性能は他の追随を許さないほど驚異的であり、よほどの高速機動を得意とする魔導師でないとロックオンから逃げ切ることは不可能であると言っていい。
【警告。ロックオンされました】
「フェイルノート……!」
なのはがそれを視認した次の瞬間には、フェイルノートはなのはに向けてその牙を剥いた。対人誘導ミサイル、しかも対魔導師を想定されて設計されたそれは、まさしく魔導師殺しと言うに相応しい。それが計三発もなのはに目がけて殺到する。
まさにお伽噺に現れる必中の弓矢。いかなる敵も必ず打ち抜くという幻想の結晶の名を掲げるに相応しい人の業。
それを目の当りにして、なのはは回避を断念した。なのはの機動力ならばフェイルノートの追尾を振り切ることも可能だが、それは何の制約もない状況に限った話である。今は脇に少女を抱えているため、いつもの小回りが期待できない。よってフェイルノートを回避できる保証がない。
だからなのはは回避を諦め、それらを防御で受けることを決意した。
「レイジングハート、いけるね!?」
【もちろん。オーバルプロテクション】
なのはの全方位を球状のバリアが覆う。なのはまでもはや目と鼻の先という距離まで詰めてきたフェイルノートは、自身のセンサーで対象が殺傷範囲に入ったことを感知した。そして次の瞬間にはフェイルノートは自身の弾頭を爆発させ、中に詰められた矢状の弾丸を撒き散らした。
これはフレシェット弾。弾頭に矢状の弾丸を梱包し、空中で爆発させることで矢を発射する殺傷力の高い対人用弾頭である。魔導師が相手だと、単純な爆発物では雷管が作動した瞬間には殺傷範囲から退避されている可能性がある。しかし無数の矢を撃ちだすフレシェット弾は殺傷範囲が広いために回避が困難だ。
三発の弾頭から放たれた無数の矢がなのはに殺到する。もしも生身の人間が直撃すれば肉を悉くそぎ落とされて挽肉になってしまうほどの威力だ。
しかし。それほどの矢を浴びてなお、なのはは無傷でそこに居た。オーバルプロテクションは矢の全てを弾き返し、その己の強固さを示す。
テロリストの誰かが言った。なんてヤツだ、と。
【フェイルノートによる被害なし】
「大丈夫? 怖くない?」
「怖いけれど……大丈夫、です」
「うん、いい子だね。もう少しだけ怖いのを我慢してね」
「はいっ!」
なのはは少女に微笑む。この状況でもなお涙を堪えている。本当に強い子だ。
「行くよ、レイジングハート!」
【All right, master!】
◇◆◇◆◇
【やっぱりさァ、都市区画ごと爆破しちゃった方がラクなんじゃねェの?】
「ふざけた事を言うな。テロリストであっても殺傷は避けるべきだし、まだ人質が居る可能性が高い」
【あーハイハイ。まったく、法の外にある敵に対して法の内側から戦おうってんだから、役所勤めも楽じゃないやね】
機動六課の新人フォワードたちは街道を走り抜けていた。キャロとエリオはフリードに跨ってはいるものの、決して一定以上の高度を出さずに低空での飛行を続けている。アルフレッドはと言うと、この面子では防御を担当するという役回りであることを受けて先頭に陣取っている。
方向音痴のアルフレッドが先導しているという事態はいささか問題があるが、そこは周囲とインセインでカバーしていた。あらかじめ周囲のマップ情報は共有されているため、アルフレッドは投影されている戦術マップのガイド通りに進行すればよかった。
【でもさ、俺ァ思うワケですよ。コイツらはこーんなに大勢の民間人を殺めたわけじゃん?】
アルフレッドはちらりと街道の脇に視線をやる。そこには無残な姿となってしまった死体が山のように転がっていた。
【この罪は死を以てでしか償えない。他者を殺めんとする者は、他者によって殺められるべきだ。そうは思わないかィ?】
「いつになく真面目だな。無神経なお前でも、やはり思うところがあるのか」
【あったりめェだろ。俺はなァ、こんな地獄を作り出したヤツらがのうのうと生きていることが許せんなァ。断固許せん。だからブッ殺して差し上げるべきだと思うぜェ】
「ここはもう戦場だ。そういう話は後で聞く」
【へいへい】
インセインの言うことには一理ある。アルフレッドはそう思った。
物心がついたときにはもう地球を離れたため、地球で普遍的な宗教や思想にはアルフレッドは疎い。それでも幼少期を過ごしただけあって多少のことは知っている。
曰く、目には目を、歯には歯を。人殺しの大罪は死をもって雪がねばならない。ならばこの惨状を作り出したテロリストが受けるべき罰は既に決定している。
しかし、それでもなお。それは司法の権限でありアルフレッドの権利ではない。ゆえにアルフレッドはインセインの意見を却下した。
小隊内のデバイスは戦術的リンクによりある程度の情報を共有している。アルフレッドが見ている戦術マップには他のデバイスが取得した情報も表示させることが可能であるため、普段よりも広範囲に渡る位置情報が表示されていた。その戦術マップに赤い点が複数投影された。敵を表すマーカーである。
敵を発見したのはキャロが持つケリュケイオンであった。
【武装していると思わしき複数の反応を感知。テロリストによるバリケードが展開されていると推測されます】
「ケリュケイオン、数はわかる?」
【感知が可能な範囲では20名ほど。相手が魔導師ではないため、スキャンから漏れている者もいると考えられます】
魔導師やデバイスのスキャンはさほど困難な事ではない。魔導師が放つ魔力はスキャンが容易であるし、デバイスならば通信反応によってそれを感知することもできる。しかし質量兵器による武装を施した一般人が相手だと、魔力を放つわけでも無ければデバイスすら持っていない。せいぜい生体感知と金属反応を探査し、そのパターンから推測することしかできない。ゆえに、障害物の有無等によって広域スキャンから漏れるものが発生する。
ケリュケイオンからの情報は貴重だが、アルフレッドとしては戦術マップに表示された敵マーカーの情報を過信する訳にはいかなかった。
初期に展開されていた部隊のものだろうか、装甲車の脇を通り抜ける。その先の交差点を曲がったところに、確かにバリケードが展開されていた。家具や廃車を積み重ねて作った簡易なバリケード。しかしそれでありながら頑丈。
アルフレッドはスバルに視線をやる。スバルも然り。アルフレッドの顔はバイザーで完全に覆われているために表情は伺いしれなかったが、言わんとすることは理解できた。アルフレッドが部隊に配属されてから日が浅いため以心伝心とは言わないが、この状況で取るであろう行動はお互いに推測することはできる。
先手必勝。
テロリストもこちらを視認しているだろうが、完全な迎撃態勢を取ってはいまい。ここは防御に長けたアルフレッドとスバルが先陣を切って突っ込み、テロリスト部隊を混乱させることが勝利への最短経路。
「スバル! バリの一角を吹き飛ばせるか!?」
「行けます!」
「スバル、アルフレッドさんの前に出て! スバルはそのまま突進してバリケードを崩す! それ以外はスバルの援護!」
「I copy!」
「「「了解!」」」
ティアナの指示に全員が従う。ティアナもまたスバルの考えていることなどお見通しである。
バリケードを壊したところで直接的な意味などない。そんなものは乗り越えてしまえば良いだけである。しかし、おそらく彼らを強気にさせているであろう、そして守りの要であろうバリケードを粉砕することで彼らの心を揺さぶることができる。そうでなくとも、バリケードが砕ける爆音と粉塵は彼らの動揺を誘うであろう。
それこそが肝要。電撃的侵攻における最大の戦術でありながら鉄則。相手の混乱を誘い、混乱のままに進撃を完遂する。
アルフレッドは背部付近に吊るしてあったスタングレネードとスモークグレネートをバリケードに投げ込んだ。相当な投擲距離であったが、インセインのパワーアシストならば何の問題もなく目標地点に投げ込むことができた。
直後にスタングレネードが炸裂した音が鳴り響く。これで戦闘能力を奪うことは期待していない。これは本来ならば室内で使うか、そうでなくともよほど至近に投げ込まないと意味をなさないものだ。あくまで、強烈な光と炸裂音による混乱を狙ったものである。やや遅れて白い煙が立ち上る。事態を把握できていない者はバリケード内の誰かが起こした火事であると誤認してくれるだろうか。その狙いが外れたとしても立ち上る白煙は混乱を誘うのに十分である。
アルフレッドの目論見は当たった。バリケード内のテロリストが右往左往していることが戦術マップのマーカーの動きから察することができた。指揮官がパニックに陥ってくれていたのであれば言うことはない。そうでなくとも、もはややるべき事は変わらないが。
比較的混乱が浅かったと思われるテロリストがバリケードから顔を出して銃撃を浴びせてくる。スバルは銃撃の回避に専念する。左右に体を振り、射線を常に逸らし続ける。スバルに当たってしまうコースを取った銃弾は防御呪文で弾く。
そしてそのスバルを援護すべく、スバルの後に続く者たちがテロリストを狙って射撃する。アルフレッドは二丁のサブマシンガン、ティアナはクロスミラージュ、キャロはフリードに指示を飛ばしてテロリストに直撃しないように火炎弾を放つ。有効な遠距離攻撃手段に乏しいエリオは標的を探して周囲に指示を出す。
【イイイイィィィッヤッハアアアア! Fuckin’テロリスト共ォ! ションベンちびってないかァァァァァイ!?】
インセインが周囲に鳴り響くほどの大声で暴言を吐く。単にインセイン自身の性格という点もあるが、少なからず戦術的な意味があった。インセイン、ひいてはアルフレッドが必要以上に目立つことで最前線に躍り出たスバルから注意をそらすことができる。厚い装甲を持つインセイン・スーツならば小火器の銃撃を浴びたところで何ともない。
【トリガァァァァッハッピィィィィイ!】
もはやモグラ叩きであった。顔を出した者から順に撃ち抜かれていく。次第に顔を出すテロリストの数が減っていくのが目に見えてわかった。混乱から立ち直りつつあるのか、あるいは指揮が機能し始めたのかは分からないがこちらにとってはチャンスであった。
しかし、バリケードを乗り越えて現れたそれを見た途端アルフレッドは青ざめた。それはラジコン車のようにも見えたが、サイズがそれを凌駕している。人の腰ほどまである斜体に頑丈なキャタピラを備え、長い砲身を備えている。そして無機質なセンサーがこちらを睨んでいた。
【警告、砲撃型オートタレットォォォォッ!】
「スバル、下がれぇッ!」
「――ッ!」
オートタレットの砲身が火を噴く。砲弾は火薬による発射方式ではなく、砲身を帯電させることで発生するローレンツ力によって砲弾を射出するレールガンである。射撃音は金属片がプラズマ化したしたときのもの、吐いた火はそのプラズマそのもの。火薬よりもはるかに高い初速を発揮するそれは、直撃すれば体に風穴が空く程度では済まない。
もはや弾丸は肉眼で視認できるレベルではない。砲身から火が噴いたと思ったと同時にスバルの周囲が爆ぜた。巻き上げられた土埃がもうもうと立ち込める。
「スバルッ!」
ティアナは色めき立った。その顔は蒼白である。
しかし自動機械であるオートタレットは勝ち誇ることも自らの勝利を鼓舞することもない。銃身を即座に冷却したオートタレットは次の標的を見定めた。より確実に撃墜できると思われ、かつ脅威になり得る敵。
すなわち、フリード。すなわち、それを駆るキャロ・ル・ルシエ。
ゆっくりと砲身がフリードに向く。オートタレットが驚異的なのはロックオン用の電磁波を照射しないことである。隠密裏に狙撃することを視野に入れたこの機体は自らの光学センサーのみで目標を打ち抜く。そもそも砲弾に追尾能力がないため、偏差射撃が可能な程度の思考アルゴリズムと距離計算ができればそれで事足りてしまう。複数センサーによる計測で目標物との距離は測れるため、ロックオンという概念が存在していない。
ゆえに、魔導師からすれば標準を合わされたことに気づきにくい。オートタレットからやや距離があったキャロは自らが狙われていることを認識するのが遅れてしまった。
【2nd mode! 急げ相棒ゥ!】
「I copy!」
未だスバルが居た周囲は爆炎に覆われている。しかし、その中からアルフレッドがジェットパックから火を噴きながら飛び出した。そのまま跳躍し、オートタレットの射線に躍り出る。
「インバーナラブル・シールド!」
【ぜってェに攻撃を通すなァッ!】
展開される巨大な防御呪文。フリードの体を完全に覆い隠すほどのそれに、オートタレットが放った砲弾が直撃する。その瞬間に雷管が作動して砲弾が爆ぜた。
インバーナラブル・シールドの一層目は砕かれてしまったが、二層目で砲弾の金属片と爆炎を完全に防いでみせた。
アルフレッドは破壊された一層目を新たに生成しながら叫ぶ。
「退避だッ! 俺一人では守りきれん!」
【テメーらの防御じゃ抜かれる恐れがあるぜェ! Harry up!】
アルフレッドは急いで地面に降り、スバルを狙った砲弾の着弾点に向かった。サーマルビジョンを起動してスバルを見つけ、彼女を起こす。幸い目立った怪我はなかった。
スバルをオートタレットが狙っていると見てとるや否や、アルフレッドはフルアシストによりスバルの前に躍り出て彼女を庇った。しかし咄嗟のことであったため防御呪文が十分な範囲を確保できず、爆炎に彼女を晒してしまった。彼女自身もとっさに防御呪文を展開したため無事で済んでいるが、アルフレッドが間に合わなかったら彼女は肉片になっていただろう。彼女の防御呪文が脆弱であるということは決してないが、オートタレットによる砲撃の直撃から身を守るには少々荷が重い。
かと言ってアルフレッドが守りながらオートタレットを攻撃することも難しい。オートタレットの射撃精度と速射性では、今度はこちらがもぐら叩きになってしまう。
ゆえに今は一度退避し、形勢を立て直す必要があった。
【急げー。コケたりしたら死ぬゾー】
しんがりにアルフレッドが残り、進路を反転させて退避する。オートタレットはあくまでバリケードを死守するに留まるつもりなのか、あえて追ってくることはしなかった。しかしみすみす逃がすつもりも無いのかスバルたちが見えなくなるまで砲撃は続いたが、どうにかアルフレッドが死守した。
スバルたちが安全な場所まで逃げ込んだときには、もう日が落ちかかっているのだった。
安全を確保した後、即座に作戦会議となった。その時にはもう完全に日が落ちてしまっていたが、いまだに撤退命令は出ない。今このときも一般人が危険に晒されているのだから当然の判断と言えた。
ティアナは機動六課のロングアーチと通信をとったが、あいにくとAMFの影響下にある現在位置では満足な通信も行えなかった。どうにか音声通信のみは可能であったが、映像つきの通信は不可能であった。どうやら完全に混乱から立ち直ったテロリストがAMFを展開したらしい。事態はスバルたちに厄介な方向へと転びつつあった。
『現状では援軍を送ることが出来ません。現在の戦力でどうにかしてもらうしか……』
【まあ、どこも手一杯だろうからなァ。仕方ないやね】
「……わかりました。スターズ04アウト」
予想はしていたものの、やはり気落ちしてしまう。制空権は未だ掌握できていない。そのため空からバリケードを制圧することが出来ず、かと言って地上には強力なオートタレットが鎮座している。オートタレットがあの一体だけだと考えるのは早計だろう。複数機がバリケード内に居るとみるべきだ。
「俺が単独で突っ込む。それが一番手っ取り早い」
【さんせーい】
「ダメです。危険すぎます。そもそもインセインじゃバリケードを乗り越えている間に鴨撃ちですよ」
ティアナの言い分は尤もであった。インセインのフルアシストによるタックルでもバリケードを完全に吹き飛ばすことは難しいだろう。土嚢や廃車を積み上げたそれは相当に頑丈である。もし一撃で吹き飛ばせなかったら、足を止めた状態でオートタレットから狙い撃ちにされてしまう。かと言って素直に乗り越えていても状況は変わらない。鈍重なインセインではバリケードを乗り越えるのは一苦労だろう。
「何とか迂回するのはどうでしょう。例えば付近のビルをとおってバリケードに接近するのは?」
「キャロ。それは却下ね。日が落ちた今、テロリストが最も警戒しているのはそれでしょう。どんな罠を敷いているかわかったものじゃないわ。不安要素が多すぎる」
「あう……」
「でも、悪くはない意見なのよね。ただ……」
【俺に潜入任務なんかできねェからな。駆動音と金属音で即バレするぞ】
「……すまんな」
潜入任務に踏み切れない理由がインセイン・スーツにある。冷却用のファンは夜という静かな環境下ではどうしても耳につく。それに加え装甲が地面に触れるときの金属音も無視できない。インセイン・スーツを着用せずに潜入することももちろん可能だが、咄嗟の状況に対応するのが難しくなる。室内での戦闘はどうしても遭遇戦になりがちだ。
「いえ、別に責めているわけでは……」
「そーですよアルフレッドさん。別の方法があるはずです、一緒に考えましょう!」
スバルが笑顔を向ける。無理して明るさを振りまいているのがわかった。部隊の士気を下げまいとする彼女の健気さが痛々しい。
【よーし、要は俺と相棒だけ別に動いて、テメーらは潜入任務に当たればいいワケだ。おっとォ、危険だとか言うなよ?なんにせよ誰かは危険に晒されるんだからなァ。
てなワケで、インセイン様から素敵なプランを発表しまーす。心して聞きやがれ】
インセインが自身の考えを述べる。それを聞き終えたとき、スバル達の反対は実に激しかった。何を考えているのか、自殺するつもりか、などの貴重な意見をインセインは全て無視する。
唯一の賛同者はアルフレッドだった。アルフレッドは危険になるだろうが、現状では成功率の高い作戦であることと、インセインの防御性能ならば大丈夫であるという説得に負け、渋々その作戦を敢行することとなってしまう。
一同は後で始末書や反省文を書くという未来を少なからず覚悟した。
◇◆◇◆◇
【マスター、報告します】
「なんだ」
その男はとあるビルの屋上で酒を飲んでいた。周囲に人影はなく、街の灯りを肴に酒の芳醇な香りを楽しんでいた。酒瓶に直接口をつけ一気に煽る。何の比喩でもなく火が付くほどのアルコール度数の筈だが、まるで水のように流し込む。
ある程度喉を潤した後に煙草を取り出して火をつけた。酒瓶のラベルには火気厳禁と書いてあるのだが、魔導師である彼にとっては何の問題にもならない。火気や気流の操作など泥酔していたとしても造作のないことだ。
【作戦は順調に進行中。市街に展開した部隊の20%が壊滅的被害を受けましたが、残りの部隊は善戦しています。当初の予想通り、オートタレットを展開した部隊がより成果を上げて現在も作戦行動中です】
「素晴らしいことだねぇ。引き続き、マジでイカす神の国のために戦うように命令してやれ。敵前逃亡はその場で処刑だと併せて通告だ」
【了解です。しかし、管理局も相応の対応を取り始めたため、明日の未明には市街に展開された部隊は全て壊滅すると思われます。また、早朝には空国まで到達する局員も現れると推測されます。作戦行動の指示を乞います】
「今まで通りだ。できるだけ殺し、然る後に己も死ね。それだけ」
【了解です。最後になりますが――】
「まだあるのかよ! 俺の楽しみを邪魔するんじゃねえよ!」
彼の表情は目に見えて不機嫌な色を湛えていた。握った拳でコンクリートを殴りつける。びしり、とコンクリートに亀裂が入った。
【申し訳ありません。しかし、これについては本作戦の最高指揮官である貴方に至急報告する必要があると判断しました】
男は舌打ちする。わかったから早く言え、つまらない事だったら叩き壊すぞと自身のデバイスを恫喝する。
【失礼ですが、現状を鑑みるに貴方に私を破壊することはできない筈です】
「言葉のアヤってやつだ! いいからさっさと報告しろ!」
【了解しました。こちらの映像をご覧ください】
空中に映像が投影される。そこに映っていたのは全身を装甲で包んだ魔導師の姿だった。あろうことかオートタレットの砲撃をただの防御呪文で防いでみせている。小柄でありながら、旧時代の戦車砲に匹敵するかそれ以上の威力を有しているはずのそれを難なく受け止めることが可能な人物は数えるほどしか知らない。管理局の魔導師となればなおさらだ。
しかし、その風貌には間違いなく見覚えがあった。
「あれれぇ、アルフレッドくーん。行方不明になったと思ったら、こーんな所で遊んでいたのかぁ」
【アルフレッドは5年前から完全に失踪、こちらでも行方を掴めておりませんでした。管理局に属しているとすれば、我々と敵対するものと思われます】
男はくつくつと笑う。まるで支離滅裂な事を言い始めた子供を言い含めるようだった。
「いやいや、アイツがそんなタマとは思えんなあ。これはアレだ、我々のためにスパイに徹してくれているんだよ」
【なるほど。ならば状況に説明がつきます。ならば同行している魔導師は如何いたしましょう】
「殺す……にはちと勿体ないかな。明日にでも挨拶しようか」
【行動の妥当性を問います】
「そりゃあ、ウチのアルフレッドがお世話になっているんだから挨拶の一つくらいはしねえとなあ。あと、そっちの方が面白そうじゃん」
【理解できるよう学習します】
「そう言い続けて何年だっつうの。……まあ良い。俺が今猛烈に喜んでいるのがわかるか、アイーダ」
【理解できます。ヴェルディ様、私のマスター】
「そうかそうか。それは素晴らしい。クックック! こんなに楽しいことが起きるのだから、殺しは止められねえなあ。お前もそう思うだろ、アルフレッドくん?」
そう言うと男は吸い終わった煙草を放り捨てる。その姿が闇夜に溶けて無くなってしまうまでに浮かんでいたその表情は、間違いなく獰猛な笑みを浮かべていた。
当初の予定よりも遅れて申し訳ありません。リアルが忙しくなってしまい、なかなか執筆に時間が取れませんでした。
7月は下旬に入るあたりまで忙しいので、次の投稿は遅れると思います。悪しからず。
(7/12追記)
挿絵を入れてみました。挿絵機能があるのをつい最近知りました……。私には画力も絵を描く環境もないので、基本は今後も設定画的なものか、落書きレベルの絵を挟んでいきたいと思います。
もしも絵を描いてくださる方がいましたら、ハーメルンのダイレクトメッセージ機能か下記のtwitterアカウントまでお願いします。
twitter:mugennkai