機動六課と燃える街   作:真澄 十

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Ep.13 苦い勝利

「……伏兵ですか。いや、単なる救援ですか。何にしても、どうかお引き取りを。貴方にかかずらう暇はありませんので」

「テメーになくても、私にはあんだよ。なのはは私が守るって決めたんだ。だからテメーは許さねえ」

「……個人的にお知り合いなのですか?」

「私は古代遺物管理部機動六課、スターズ分隊副隊長。これだけ言えば十分か?」

「なるほど、貴方も機動六課なのですね。やはり勇敢な方々ですわ。勝てぬと知っていて、なお挑もうというのですから」

 

 歯が軋むほどに食いしばり、激情を抑える。逆鱗に触れられたからと言ってここで激昂しては意味が無い。

 認めざるを得ないだろう。確かに、ヴィータはこの敵に勝てる見込みは少ないと踏んでいた。そもそも、なのはが遅れを取る程の相手に自分が必ず勝てるなどという大言壮語を吐ける筈がない。そしてそれ以上に、先のJS事件で重傷を負い、未だ完治しない身である。

 加え、目の前の敵が確かな実力者であることは疑いようもない事実だった。十全ではないとはいえ、なのはが落とされるなど通常ではあり得ないと言っていいだろう。

 

 しかし、戦いようはある。勝てなくても後続の部隊が到着するまで長引かせることは出来るだろう。

 その理由は先ほどの一撃を遠くからではあったが目に納めることができたからだ。援護に回れるほど近くはなく、しかし技が見えないほど遠いわけではない、歯痒い限りの状況であったが最悪の事態になっていないのでそれはこの際考えないことにする。

 

 彼女が最後に放った魔法。一言で表わすならば、飛来する剣劇である。剣に乗せて鎌鼬を放つというものではない。まるで刀身が無限に伸びたかのように、遥か彼方まで切り裂く一撃だ。

 剣に遅れて放たれるのではなく、剣と同時に切り裂く一撃というのは以外なほどに利点がある。

一つは自分と対象との距離があればあるほど周速度が増すということ。手元に近かろうが遠かろうが、同じ速度で振りぬかれるということは、円の半径が増すほどに速度が増しているという事だ。つまり、剣劇でありながら敵が遠い方が威力は増すという、恐るべき性質を持っている。

 もう一つは、その性質が射撃魔法とは大きく異なるのだから、そもそも偏差射撃などを考慮する必要がない。つまり特別な技術を要しないのだ。もちろん、敵との距離があればあるほど対象は米粒のように小さく目に映るわけだが、逆説的に言えばいくら敵が動いても放つ側の視点からはほとんど目標が動かないということ。技量さえあれば難しいことではない。むしろ遠距離から射撃するよりも難易度はかなり下がるだろう。

 

 結論として、あれを放たれては勝ち目に薄い。あの重い剣の一撃が空を駆け抜けて飛来するのだ。防御することも回避することも難しい。

 ならば放たせなければ良い。あれが猛威を振るうのは遠距離戦闘にもつれ込んだ時だ。白兵戦には無用の長物である。

 付かず離れずで掻き乱し、隙を見て一撃を決める。勝ち目があるとすればこれだ。

 

「いくぞ、グラーフアイゼン!」

【Jawohl!】

 

 彼我の距離を一気に詰め、鉄槌を振り下ろす一撃。それをティオファニアは防御魔法で受けた。接触した箇所から火花が散る。

 しかし、黒金の伯爵を以てしても容易に打ち砕けるものではなかった。やはり相当に戦闘に長けている。一筋縄ではいかないようだ。

 

 しかし、一撃で崩せぬのならば十の打撃を加えれば良い。十の打撃で崩せぬのならば百の殴打を加えれば良い。

 ヴィータは遮二無二その腕を振り下ろした。袈裟に振り下ろしては、返す刃で横に薙ぎ払う。しかし、球状に展開された防御魔法は罅すら入らない。

 理由は簡単だ。ティファニアは微妙に攻撃が滑るように立ち回っているのだ。球面に対して垂直に打ち下ろすことができなければ、いかに強固で強力な殴打であっても横滑りするだけだ。彼女は想像もつかない程の場数を踏んでいるのだろう。そうでなければ、ここまでの技術を当たり前のように発揮することが出来る筈がない。

 

 しかし、対応策はある。要はアルフレッドのバタリング・ラムと一緒だ。あれもアルフレッドの進行方向に対して錘状に防御が展開されているため、魔法や物理攻撃は明後日の方向へ弾かれるという代物だった。それを体捌きでやってのけているだけの話。

 ならば同様の対応策がとれる。このような防御に対するには、一つはそんな小細工が通用しないほどの強大な威力を叩き込む。もう一つは全方位からの攻撃、あるいは相手を覆い尽くすほど範囲の広い攻撃だ。

 少なくとも後者はヴィータには難しい。射撃や砲撃を得意としない以上、それは仕方のないことだ。

 ならば、圧倒的威力の一撃を叩き込むまで。それなら出来る。いや、やってみせる。

 

「カートリッジロード!」

【Raketen form!】

 

 グラーフアイゼンが鉄槌からウォーピックへ姿を変える。打撃に適したそれから、敵を貫き抉ることに特化したそれへと。むろん、威力も危険性も鎚とは比較にならないほど向上している。

 ヴィータは出し惜しみをするつもりはない。相手に反撃の機会を与えるつもりもない。あの大剣に対抗するためには、こちらは手数で勝負して翻弄するのが最上だ。振りかぶるにも振り抜くにも隙が大きいのだから、そこを突かない手はない。

 

「ラケーテン――」

 

 ロケット推進機構から火を噴き、ティオファニアへ猛追する。爆発的加速力と推進力に乗せた一撃は、砕けぬものなど無いと言っても過言ではないほどの威力だ。

 まさに一撃必殺。防御を一時的にとは言え放棄したに等しい突進攻撃。諸刃の刃と言うべき一撃だが、それ故に威力は折り紙つきである。

 

「ハンマーッ!」

 

 ティオファニアはその一撃の軌道を見切ってはいた。もとよりロケット推進による一撃であるため、攻撃は単純にならざるを得ない。しかし、それでもなお攻撃を逸らすことができなかった。偏にその突進能力と振り下ろす速度の尋常ならざることが原因だ。

 見切ったとしても回避は困難。体が反応するより一撃が放たれるほうが速い。仮に反応できても、下手に避けては追撃を浴びせられるのみ。

 

 杭が防御魔法に突き刺さる。グラーフアイゼンはその牙を突き立てた後、推進機構からさらに推力を生み出すべく魔力を燃焼させる。

 ヴィータもまたそれに応えんと、歯を食い縛り、渾身の力でグラーフアイゼンを押し込む。

 ヴィータの裂帛の闘志がティオファニアのそれを上回った瞬間、ヴィータは吼えた。こいつだけは一撃くれてやらねば収まらぬと。

 その意志が固い防御魔法を確かに貫いた。防御魔法はメキメキと軋みを上げ、最後には呆気なく砕け散った。

 

 そこに居るのは丸裸の本丸である。このまま一撃くれてやる。ラケーテンハンマーを対人で使えば相手を殺めるかも知れないが、知ったことではない。もとよりこの程度で死ぬ相手とも思えない。それに、加減ができるほどヴィータは冷静ではない。

 ゆえに、殺意すら孕んだその一撃を躊躇することなくティオファニアの横っ腹に叩き込んだ。ティオファニアはリットゥの腹でグラーフアイゼンを受けたが、受け止めることなど到底できる筈もなく、あえなく吹き飛ばされる。

 

 バッドの芯に当たった硬球のごとくティオファニアは回転を伴って空を堕ちる。吸い込まれるようにビルの窓を突き破り、コンクリートがむき出しの床に叩き付けられた。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 砂煙とビルの死角のせいで、ヴィータはティオファニアの姿を見失う。直撃したわけではあるまいし、勝ったなどと浮かれたことを言うつもりはない。こんなものは一時的な優位に過ぎないだろう。相手が本領を発揮すれば、きっと次に空から堕ちるのは自分だ。

 

【分隊長を保護した上での撤退を進言】

「同感だ。さっさと逃げるに限る」

 

 ヴィータはすぐさまなのはを抱え、その場を離脱する。高高度での飛行は危険であるため、低空を保つ。建造物などを避けながら撤退しなければならないのがこの上なくもどかしかった。

 もっと高度を上げることが出来れば、もっと早くなのはを手当てしてやることができるのに。その思いがヴィータの小さな胸を焦がす。

 なのはの様子を見れば、今すぐに治療が必要だと言うほど重症ではない様子だが、放置もできない程度には深い刀傷であった。胸の付近はさほどでもないが、肩口はばっくりと開いてしまっている。そこから流れる血が、もとより赤いヴィータの騎士甲冑をより一層真紅に染め上げた。

 

「グラーフアイゼン! 通信は使えるか!?」

【ジャミングが酷く、暗号化回線は現在使用不可能。非暗号化回線ならば、ノイズが酷いものの通信可能】

 

 暗号化通信は、ある程度良好な通信状況が確保されていることが前提だ。暗号化通信のためには、まず受信側に送信側が使用可能な暗号化形式を知らせるメッセージを送り、使用する暗号化パタンを決定する。その後に、その暗号化パタンに基づいて暗号化したメッセージを送り、相手がそれを復号化するために事前に決められたパタンに基づいて計算を行い、平文に戻す。

 暗号化にはさまざまな方法があるが、基本はこれだ。

 この暗号化・復号化の計算は「鍵」と称されることが多い。暗号化を、まるで宝箱に鍵をかけるように例えたものだ。

 暗号化通信を行なう際、必須となるのは送信側が受信側にどの鍵を使用して欲しいのかを明確に伝達することである。これは通常、常に一定のパタンではなく随時決定する事が多い。そうでないと簡単に解読されるからだ。

 ここで、通信状況が劣悪だと送ったメッセージにノイズが大量に含まれてしまい、相手にどの鍵を使って欲しいのか知らせることができなくなる。結果、暗号化された文章を受信側は読解できなくなってしまう。

 これが非暗号化通信ならば、とにもかくにも受け取った通りに処理すれば良いため、音声通信ならばどうにか聞き取れる程度には通信ができる可能性もある。しかし、暗号化されていないという事は相手にもこちらの情報がダダ漏れであるということだ。

 

 事態が救援の要請であるだけに、こちらの位置を友軍に知らせる必要がある。そうなると、救援に来た友軍もろとも危険に晒すことになる。なのはを救うためだとしても、それは到底できる話ではなかった。

 自分たちで到底打開不可能な状況ならともかく、いたずらに平文での通信はできない。それを判断する程度の思考能力は、いくら冷静を欠いたヴィータであっても残っていた。

 

「平文はまずい。こっちの位置を知らせるわけにはいかねー。……仕方ない、暗号化通信が使える所まで下がるぞ!」

【Ja】

 

 ヴィータはさらに速度を上げ、最前線から遠ざかる。幸いにも道中に見かけた敵兵は制圧してあるため、安全圏と言える位置まで後退するのにさほど時間もリスクも負うことはなかった。

 

 ヴィータがその場を完全に後にしたころ、ティオファニアは瓦礫の山からようやく這い出た。どうやら吹き飛ばされたときに崩れた瓦礫に埋もれてしまっていた様子である。しかし、当人には埃ひとつ付着していなかった。防御呪文でそれらを防いだとみえる。

 

【先ほどの魔導師の反応をロスト。逃げられました】

「……ここまで高濃度なAMFの中で、あそこまで戦えるとは驚きですね」

【機動六課といえば、先のJS事件で最前線に立っていた部隊です。AMFの中で戦う術に長けているのは当然かと】

「魔法も満足に使えない、通信も遮断されているに等しい。このような孤立状態で、ここまで戦えたのです。慣れであるとか、そういう問題ではなく、恐ろしく強い人たちでした」

 

 砕かれた窓から身を乗り出し、ヴィータが去ったのであろう方向を眺める。そこに彼女の姿を認めることは当然ながらできなかったが、そうと分かっていても彼女たちの姿を探してしまった。

 

「私たちの前に立ちはだかるのは、間違いなく彼女たちでしょう」

【同意します】

「しかし、私は負けません」

【同意します。これまでそうだったように、これからもそうであるでしょう】

 

 ティオファニアはリットゥを待機状態に戻し、バリアジャケットを解除する。黒い司祭服じみた格好に戻った。

 そしてそのまま、拳を固く握る。手が震えるほどの力を籠め、そのままアルミ製の窓枠に向けて振り抜いた。特に魔法的な補助のなかった彼女の拳はアルミ製のそれを打ち負かすことはできなかったが、その衝撃でかろうじて残っていたガラス片がパラパラと落ちる。

 

「……負けるわけにはいかないのです。私の憤怒を世に知らしめるまで。私の憤怒によって、世界を矯正するまで」

【地獄の果てまでご案内いたします。煉獄の炎にて、この世を焼きつくして差し上げましょう】

 

◇◆◇◆◇

 

「神とやらを呼び覚まして、具体的にどうするつもりなのですか」

「質問を許可した記憶はありませんが……まあ、良いでしょう。その程度ならばいくらでも答えて差し上げます。……次の角を左です」

 

 フェイトはフィリップに拘束されながらも、可能な限りの情報を引き出そうと奮闘していた。両手は後ろに回された状態で物理的に縛られ、その上でさらにバインドをかけられている。拘束を解くことは不可能ではないが、その間に攻撃される事を考えれば、今はおとなしくするしかなかった。

 バルデッシュは刃を出現させることが出来ないだけで、その機能の大半は生きている。しかし、戦闘ができる状況かと言えばそうではなかった。

 フィリップはどこかの部屋で彼女を監禁しておくつもりなのだろう。剣を抜いたまま、彼女に先を歩かせる形で空港の奥へ奥へと進む。

 

「とは言っても、私が知っていることには限りがありますが。先ほど教えたように、それは死を振りまく邪神です。しかし、制御できないわけではない。私たちは神を武器として戦い、この世の中を一度滅ぼし、再興させるのです」

「具体的に教えて欲しい、と言ったはずですが」

「……まず、管理局という存在は邪魔ですね。世界を統治しているのは、管理局であるといっても過言ではない。これはまず滅ぼさねばなりますまい。次に、市井の者の価値観を一度崩す必要があるでしょう。いくらか破壊活動を行う必要があるかも知れませんね」

「テロリズムですか。世直しを実行する手段としては、前時代的ですね」

「……どうやら立場がお分かりになられていない様子ですね。質問は勝手になされば宜しいが、我々を批判する権利は貴方に与えられておりませんよ」

 

 フェイトは押し黙る。人の神経を逆なでして喋らせる交渉術を見抜かれているのか、あるいは単に気分を害されると黙るタイプなのか。少なくともこのアプローチでは大した情報を喋ってはくれなさそうだ。

 では同調した振りでもするか。フェイトはそう考えた。少なくとも、不遇な過去ならば自分にもある。ここまでで喋ってくれた情報から推察するに、聖光教示会とは不幸な過去を持つ人々で構成された、一種のテロ集団だ。標的は世界そのものであり、プロパガンダではなく信仰で団結している点では、カルト教団と表現すべきなのかも知れないが。

 

「……先ほど指摘されたように、私には確かに不幸な過去があります」

「ほう。どのようなものか、お聞かせ願えますか?」

「私は、いわゆる普通の人間とは違います。私はクローン技術で作られた、ある子供の贋作でした」

「……プロジェクトFですか。プレシア・テスタロッサは我々を知るべきだった。我らと共に歩めば、違う未来があったかも知れない。聖光教示会を知ってさえくれていれば、きっと良き仲間になったでしょうに。貴方のようにクローンとして生まれてくる子供も、もっと少ない未来があったかも知れない。世界はもっと良くなったかも知れない」

 

 その言葉に、フェイトは少しばかりの安堵を覚えた。仮にも母親である。良い思い出が無いとはいえ、母がこのような組織に加担していたのではないかと心のどこかで危惧していた。聖光教示会の教義はプレシア・テスタロッサにとっては垂涎の的だろう。

 何せ、彼らによれば「神」とやらは人を復活させることも出来るというのだ。

 

「……おや、そういえば貴方のイニシャルもFですね」

「私の旧名はフェイト・テスタロッサ。プロジェクトFの、最も渦中にいたと言っても良いでしょう」

「……なるほど。確かに、不幸な人生を歩んだようです」

 

 これで信頼を得たなどとはフェイトも思っていない。しかし、多少は警戒を解くかも知れない。今できる事は、彼から情報を少しでも多く得ること。自分の半生を明かすことでそれが出来るのであれば、そうしよう。

 思い出したい過去ではないが、フェイトにとっては心理的な意味で決着のついた話だ。話すことくらい、何でもない。

 

「母からは酷い虐待を受けていました。最後には自分の存在すら否定されました。私の中にはあらゆる激情が渦巻き、でもそれをどこに向けたら良いのか分からず、短い時間でしたが心を閉ざしてしまいました」

「そうでしょう。深く同情します」

「その中で世界を恨んだ気持ち――否定はしません」

 

 この一言は本心だった。

 何故こんな目に自分が合わねばならないのか。世界はなぜこんなに残酷なのか。私に害ばかり与える世界なら要らない。

 こんな不幸な考えが浮かんだことは否定できない。きっと、自分を支えてくれる人たちが居なければ、自分も最後には世界に刃を向けたかも知れない。

 だから自分は不幸であったが、幸福でもあった。支えてくれる人たちが居たから、自分は前を向くことができた。これもまた本心である。

 だが、この本音を全て晒すわけにはいかない。今は相手の警戒を解く必要があるのだ。

 

「白状しましょう。あなた達の事を聞いたとき、それに同調する気持ちがあったことは事実です」

「……そうですか。やはり、貴方は我々と歩む権利がある。貴方の実力ならば、いきなり大司祭となることも出来るでしょう」

「その大司祭とは?」

「我らの救世主たる教皇の直下にあたる役職です。役職だけでいえば上から二番目にあたりますね。その下に司祭、助祭、宣教師や神父などと多数が続きます。他の宗教と使う言葉は同様でも、その意味するところは少々違うのでご注意を」

 

 となれば、相当に大きな組織ということだろう。そうでなければこれ程までに役職を細分化する意味がない。意外なほどに敵は巨大なようだ。

 ジェイル・スカリエッティは事件に携わった人数こそ少なかった。それゆえ、展開された戦闘は大規模であったが比較的局所的なものである。しかし、こちらは違う。大規模組織であるからこそ、広域での戦闘が可能になる。ある意味で、少数精鋭の機動六課では分が悪い相手だ。

 むろん、管理局全体で考えれば数の上では圧倒するのだろうが、AMFなどの特殊状況下で戦える局員はそう多くない。だが、相手は質量兵器を持ち出すことで、AMFでも十分な戦闘能力を発揮できる。

 御幣を恐れない表現をしてしまえば、管理局が苦手とする相手と言っても良いかも知れない。

 

「貴方も大司祭なのですか?」

「いえいえ、ティオファニア様と同列などと畏れ多いことです。私は助祭です。とは言っても役職は完全に飾りという扱いで、ティオファニア様への奉仕に専念させて頂いておりますが」

 

 ならばそこまで重要な情報は握っていない可能性が高いか。どこまで知っているか分からないが、重要な情報を得るにはその大司祭とやらに探りを入れないといけないかも知れない。

 このまま連行されれば、その機会も得られるだろうか。出来ることならば敵地に連行されたなどという事態は避けたいが、このまま救援がこなければ獅子身中の虫に徹するしかないだろう。

 

 その時、頭の中に直接語りかけるようにして聞きなれた声が響いた。それが念話であることはすぐに知れた。AMF下では有効に働かないが、比較的至近距離ならば念話も十分に可能だ。

 

『――このまま情報を吐きつくすまで待ったほうが良いか、テスタロッサ?』

 

 女性の声だった。女性で、かつフェイトのことをテスタロッサと呼ぶ人物に心当たりは一人しかいなかった。

 

『いえ、現段階で得られそうな情報は得たと考えて良いでしょう。あまり重要な情報は喋ってくれそうもありませんし。シグナム副分隊長、救援を要請します』

『承った。突入と同時に、拘束を解いてしまえ。テンカウントで行くぞ』

『了解です』

 

 10、とシグナムが念話で告げる。

 

「さて、こちらも情報は渡したのです。そちらもある程度は情報を吐いてもらいましょうか」

「……何を聞きたいのですか?」

「そうですね、さしずめ機動六課について」

「さて、何をお話しすればよいのやら」

 

 5、という声が聞こえる。当然ながらフィリップには聞こえていない。幸いなことに、フィリップのデバイスにはAIが積んでないのか、積んであったとしても周辺の探知に優れないのか、近くに潜んでいる筈のシグナムに気づいて声を上げる様子もなかった。

 

「主要な者の名前と、戦闘スタイルおよびスキルを」

「さすがに要求が大きすぎるのでありませんか?」

「貴方は捕虜なのですよ。この程度の質問は当然でしょう」

 

 少なくとも捕虜に関する条約等を守るつもりなど無いであろうに、よく言うものだ。フェイトはそう思ったが、それを顔に出さないように努めた。

 

「仲間を売るつもりはまだありません」

「我々と共に歩むつもりがあるならば、その意志を見せてください」

 

 3

 

「まだその決心はつきませんね」

「くだらない常識などに束縛されているのですか? そんな者は無価値だと、貴方も知っているでしょうに」

 

 2

 

「確かに、常識なんてありもしないモノに縛られるのは愚かなのでしょう。大切なことは自分の心で決めるべきだ」

「ならば明白なはずです」

 

 1

 

「自分の心で決めた結果、貴方たちとは共に歩めないと思ったのです」

 

 次の瞬間、廊下の壁が爆ぜた。何の比喩でもなく、何の前触れもなくフィリップの後方にあった壁が吹き飛んだのだ。

 炎と熱を撒き散らし、しかしその中から現れたのは実に頼もしい援軍であった。

 長い髪を後ろで結い、手には剣を携え、鋭い眼光を叩き付けるその様。それは見紛うことなく、シグナムその人であった。

 

「レヴァンティン!」

【Explosion!】

 

 レヴァンティンのカートッリッジ補給口が伸長し、弾丸を放り込む。その瞬間、排気口から白い煙を吐き出し、魔力変換によって刀身に炎を纏わせる。

 フィリップは予想だにしなかった事態に驚き、反応が遅れてしまった。その隙を見逃すほどシグナムはお人よしでなければ、未熟でもない。

 

「紫電一閃!」

 

 炎熱と共に放たれる一閃。限界まで姿勢を低く保ち、そこから放たれた切り上げる一撃は、フィリップの剣ごと叩き斬ってしまえる程の威力を秘めている。

 元より針のように細い剣。この剛剣をまともに防げるほどの強度は持ち合わせていない。ゆえに、フィリップに残された選択肢は回避か、剣がとどく前に反撃に出るしかない。しかし、反応が遅れたフィリップに反撃は不可能であった。もはや回避しか残された活路は存在しない。

 

 常人ならもはや反応する時間すら与えられてはいなかった筈だ。フィリップの非凡なるところは、完璧と言っても良いほどの奇襲に反応できたところにある。

 炎熱をまとった剣を、後方に倒れ込むようにして回避する。炎がフィリップの鼻先をかすめ、わずかに皮膚を焦がす。

 

 シグナムは会心の一撃を回避された事に内心で舌打ちするが、すぐさま追撃に出た。振り抜いた剣を即座に構え直し、上段から斬り下ろす。これもまた必殺の一撃であった筈だが、剣は床を抉っただけに終わる。そこには既にフィリップの姿はなかった。

 シグナムはすぐに悟る。目視できない程の速度で回避されたのだ。奇襲とはいえ、さすがに二撃目となればある程度は対応できる。理屈の上ではそうだが、実際にそれを実行できる人間がどれほどいるだろうか。

 シグナムとフィリップの邂逅はこれが初であるが、この時点でシグナムはフィリップの実力を推し量る。いや、そもそもフェイトが後れを取るほどの敵なのだ。それが簡単に討ち取れると期待するほうが間違っている。

 

 フィリップはシグナムの後方で剣を構え、シグナムを観察していた。都合が良いことに、フェイトを庇うようにしてシグナムが立つ位置にある。既にフェイトは拘束を解いていたが、十全に戦えない以上はシグナムが守ってやらねばならない。

 

「……よもや、ここまで早く救援が来るとは思ってもいませんでした。貴方も機動六課なのですか?」

「機動六課ライトニング分隊が副隊長、シグナムだ。うちの隊長を返してもらいに来た」

「ふむ、貴方もまた相当な実力者の様子。……これは誤算でした。フェイト殿も拘束を解いてしまわれたようですし、これで二対一。貴方は即座に殺すか、気絶させてしまったほうが宜しかったようですな、フェイト殿」

 

 見ればフェイトは既にバルデッシュを展開し、構えている。彼女の周囲にはいくつかの魔力スフィアが浮かんでおり、既に臨戦態勢であった。

 

「ついでにデバイスも取り上げるべきでしたね。刃は出せないものの、魔法はまだ使えます」

「紳士気取りのつもりなのか知らんが、失策だったな」

「やれやれ、私は冷徹にはなり切れないようです。……さすがに、私程度の実力では貴方たち二人を同時に相手するのは分が悪い。ここは素直に退散させて頂きましょう」

「逃がすと思うか」

 

 シグナムが剣を突き出す。彼女にはフィリップを逃がすつもりなど毛頭なかった。速やかに捕え、法の裁きを受けてもらう。そうでなくとも、一太刀浴びせねば気がすまない。

 元は敵同士だったとはいえ、今やフェイトは掛け替えのない仲間である。それが傷つけられたとあって、冷静でいられるほどシグナムは達観していない。

 

「貴方たちにそのつもりが無くとも、そうさせて頂きます」

 

 フィリップの足元に魔法陣が浮かび上がる。フィリップが本当に逃げるつもりであれば、その魔法の正体は自ずと知れた。

 転移魔法。通信がほぼ完全に阻害されている以上、転移先の追跡は不可能に等しい。つまり、ここで逃げられたらもはや追うことはできない。

 

「させん!」

【Photon lancer】

 

 シグナムが飛び込み、フェイトはフォトンランサーを射出する。シグナムはフェイトの射線を邪魔せず、フェイトの射撃もシグナムの行動を阻害しない、理想的な連携であった。

 しかし、剣の速さにかけてフィリップは随一だ。本人の移動速度そのものはともかく、剣先の速度ならば二人を凌駕する。

 

 フォトンランサーの弾丸を刹那の見切りで切り落とし、続けて放たれたシグナムの剣戟を受け流す。細身の剣でシグナムの剣をいなすにはかなりの技量が必要な筈だが、フィリップは当たり前のようにそれをこなしてみせた。

 

「ではこれにて、失礼させて頂きます」

「待てッ!」

 

 シグナムはフィリップの胸倉を掴もうとしたが、一歩遅かった。既に術式は完成してしまい、魔力の残滓を残してフィリップはどこかへ転移してしまう。

 そこに残されたのはシグナムとフェイトの二人だけだ。勝利といえば勝利なのだろうが、それに納得しかねるものが残ったのは間違いない。

 例えようもない胸糞の悪さだけが残った。まるで毒虫を素手で叩き潰してしまい、肌がかぶれたかのような後味。

 敵を撤退においやったと言えば聞こえは良いが、フェイトは負傷してしまい、デバイスも破損してしまっている。手放しに喜べるような勝利ではなかった。

 

「チッ……みすみす逃してしまったか」

「一度なのはと合流しましょう。あっちの人も相当な実力者のはず……なのはが心配です」

「あちらには私と一緒に行動していたヴィータが向かった。心配はあるまい」

「そうだと良いのですが……」

「それよりも、お前とバルデッシュの治療が先だ。どうやら歩けはするようだが、走れる状態ではないだろう」

 

 シグナムの言う通りだった。痛みを堪えながらならば歩けるが、走るなど到底できない傷だった。健や大きな血管を傷つけた訳ではないが足に力が入らない。気を抜くと直立することも難しいだろう。

 

「……隠せるような傷ではありませんか。お察しのように、歩くのが精いっぱいです」

「飛ぶには問題ないな? では安全な場所まで先導しよう。付いてこい」

「はい。お願いします」

 

 シグナムとフェイトは来た道を飛行しながら戻る。道中、フェイトもシグナムも気が気ではなかった。

 なのはの事もそうだが、思いもよらない強敵の存在に戸惑いを隠せない。断言できるが、JS事件の時に遭遇した戦闘機人と比較して、戦闘能力は同等かそれ以上であると言っても良いだろう。少なくとも彼女らと遜色ない実力を有しているのは間違いない。

 

 彼らが今回、そして今後にどんな事件を起こすのかなど知る由もない。しかし前途は多難に満ちていることは疑いようもなかった。加え、こちらはJS事件で受けた損害から立ち直り切ったとは言い難い。

 

 彼らの狂った信仰に対し、不安と恐れを抱くのも無理からぬ話であった。

 

◇◆◇◆◇

 

 自分の罪を正当化するつもりなどない。そんな事ができないのは承知している。

 自分の罪を雪ぐなどという崇高なことを言うつもりもない。贖罪など、この命をいくら差し出してもできないと知っているのだから。

 だからこれは復讐なのだ。自分の人生を狂わせた元凶に対する復讐だ。大事な家族を傷つけた事に対する復讐だ。

 

 復讐を諦める機会は無限にあった。そんな事に意味がないことは分かっている。いつでも立ち止まることができた。

 しかし、それらを全て無視し続けてきた。もはや復讐のために生きている男が、なぜ存在理由であるそれを簡単に捨てることなどできようか。

 

 アルフレッドにとって、復讐の完遂は自分の人生をやり直すための儀式へと成り果てているのだ。だからこそ止まることなどできる筈がない。自分の罪を正当化するつもりはないが、自らの復讐心を正義として定義しなければ一歩も先に進めないのだ。

 

 アルフレッドとて自らの歪んだ復讐心は理解している。だからこそ、この憎悪を思い出したくないからこそ、敵が「彼ら」ではないことを望んだ。出来れば忘却の彼方に追いやってしまいたかった。

 しかし、そんな甘い考えは打ち砕かれた。

 

 やはり、世界というものは残酷にできている。アルフレッドは白み始めた空を眺め、煙草をふかしつつそんな事を考えていた。

 

 テロリスト達は既に拘束しており、後援部隊に引き渡した。自分たちはその場に残り、そのまま進軍するためにテロリストの拠点を簒奪しそこで一夜を明かした。もちろん交代で見張りはつけており、今はアルフレッドが番をしている。

 

 朝日と共に行動を開始する予定だから、もうすぐ皆を起こすべきか。そんな事を考えていると、スバルが目を覚ました。さすがは戦闘機人と言うべきだろうか。他のものは疲労のせいで熟睡しているが、スバルだけが予定時間よりも早めに起床できた様子だった。

 

【Good morning. まだ時間はあるし、寝ていても良いぜ。まァ、あと一時間もしないうちにたたき起こすけどなァ】

「いえ、平気です。このまま起きています」

「そうか。あ、すまんな。煙草は消したほうが良いか?」

 

 未成年者の目の前で堂々と吸うのも気が引ける。寝室に選んだのは雑居ビルの一室で、一応は窓を開けた状態で吸っていたのだが、未成年者が居る目の前で吸うというのは今更ながら気がひけた。

 

「私は平気です。煙がキャロとかエリオの所に行かないようにだけして下さいね」

「それは当然だ。窓の外に煙を逃がしているから、ちょっとだけ匂いが残る程度だ」

「一応、みんなが起きたら吸わないでくださいよ?」

【オメーは俺の保護者かっての】

 

 あはは、とスバルは軽く笑った。

アルフレッドもつられて笑い、それを了承する。さすがに小さな子供に煙を吸わせる趣味はない。ならばそもそも吸わなければ良いのだが、そろそろ我慢の限界だったのだ。皆から離れた箇所に陣取り、窓を開けて換気扇も回したのだから許して欲しいと願うばかりである。

 

「……弱音になっちゃいますけど、今回の戦闘は堪えました。体がじゃなくて、精神的な意味で」

【ホーウ。思っていたほどバカじゃなかったみたいだな】

「……おい、インセイン。いい加減にしておけ」

【まあまあ、俺の口がワリィのは勘弁してくれよ。んで、何がどう堪えたんだ?】

 

 スバルは少し頭を捻る。

 精神的に疲れたことは分かるが、何がそうさせているのかは言葉にし辛い部分があるようだ。一分ほど悩んだ後、言葉を選びながら答えを口にする。

 

「彼らが殺人を目的にそれを実行している事、です。JS事件のとき、いろんな人や施設に被害が出ました。だけど、それは殺人が目的ではなくて他の理由でそうしていました。でも今回は違います。人殺しが目的なんだって、実際に戦ってみてわかりました」

 

 彼らの武装は対人戦闘を主点に置いたものばかりだ。自動小銃に対魔導師用誘導式ミサイル・システム。それにオートタレットや空港に設置された自律砲台。どれも魔導師や一般人を殺すことを目的に作成されたものや、そのように設定されたものばかりだった。

 そして周辺施設への攻撃は殆ど行っておらず、目立った施設的損害は空港のみ。それも建物自体はほとんど損害がなく、交通をマヒさせることを目的として航空機と滑走路を爆破しただけだ。

 

 どんな阿呆でもここまでの情報が出揃えばわかる。彼らは疑いようもなく、殺人そのものが目的に戦っているのだ。

 

「何をどうすれば殺人が目的になるのか、わかりません。当然許されないことですが、手段として殺害することがあるというのは理解できます。でも、殺人が目的だなんて絶対におかしい」

【要するに、剥き出しの殺意を叩き付けられてビビったのかィ?】

「……たぶん、そうなんだと思います」

 

 アルフレッドは短くなった煙草をもみ消した。灰皿はその辺りに放置されていた空き缶を適当に拝借したものである。

 

「それはちょっと違うかもな」

「え?」

「奴らにとって殺人とは世界に対する復讐そのものであり、そして復讐を為す手段でもある。だから目的であって手段でもあるんだ。本当に狂ったヤツらだよ」

「……アルフレッドさん。この際だから言ってしまいますけど、昨日わたしは聞いてしまったんです。アルフレッドさんがやっぱりお前らかって言っていたのを」

「……聞かれていたか。想像以上に耳が良いな」

「アルフレッドさん、彼らの何を知っているんですか? 彼らと何か関係があるんですか?」

 

 迂闊だったとは言わない。もとより隠し通せるとは思っていない。そもそも機を見て打ち明けようと思っていた。ただ、その機がなかなか訪れなかっただけだ。

 それが今なのかも知れない。アルフレッドはそう思った。誰かに白状してしまうなら今かもしれないと。

 彼女らなら話しても大丈夫だろう。そう思わせる不思議な力が彼女たちにはある。だからここで勇気を持つべきなのかも知れない。誰かに自分の過去を打ち明ける勇気を持つチャンスは、今を置いて他にはないのかも知れない。

 

「……別に隠したかったわけじゃないんだ。ただ、喋ったら無用な混乱を招くと思って、今まで誰にも喋れなかった」

【それを世間じゃ隠すって言うと思うがね】

「そうかもな。結果的に隠していたのは否定できない。……とりあえずの所は、俺とスバルだけの秘密だ。いずれ他の六課メンバーにも話すから、それまで秘密にしておいてくれるって約束してくれるか?」

「……はい」

 

 正直に言えば、スバルは薄々感づいている。いや、スバルでなくても気づきつつある者はいるだろう。

 だからきっと、今からアルフレッドが話そうとしている内容は他の人にも教えたほうが良い情報なのだろう。他の人も欲しいと思っている情報なのだろう。

 だけど、アルフレッドの目を見たら他言しようという気は失せた。それほどまでに悲痛な色を湛えていたのだ。その目を見て、誰がいたずらに噂をばら撒こうと思えるだろうか。

 

「今から話すのはある男の昔話さ。世界を恨み、そして自分が生き残りたいがために人をたくさん殺した、とんでもないクソ野郎の話だ」




 最近、本当に投稿が遅くて申し訳ないです。
 とは言っても、現状ではこれが限界なのです……。当方、現在大学院二回生なので、修士論文の執筆時期が差し迫ってきているもので。

 次はなるべく早く投稿しますが、少しばかりお待ちいただく事になってしまいます。悪しからず。
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