機動六課と燃える街   作:真澄 十

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Ep.8 作戦開始

 ここまでは何の障害もなく、実に楽なミッションであった。そもそも事前に考えられる障害を取り除いてあるのだから当然とも言えるが、想定外のトラブルは付き物だ。それが無かったことは、神に感謝せねばなるまい。

 

「隊長、あと一時間ほどで着陸します」

「管制との通信は?」

「つつがなく。連中、完全に騙されていますぜ」

「宜しい」

 

 ちらりと視界を隅にやる。そこには、「本来の」機長がそこに眠っていた。ただし、覚めることのない永遠の眠りではあるが。

 今回のミッションの第一フェーズは航空機の奪取。通常の旅客機であるが、これが拍子抜けするほど楽な仕事だった。何せ、キャビンアテンダントを始めとし、整備技師等の多数の人間を抱き込んでいるのだ。いや、抱き込んでいるという表現は適切ではない。最初からこちら側の人間であったというだけの話である。

 まず、旅客機の乗客はその殆どがこちら側の兵士である。事前に予約さえしてしまえば、客席の殆どをテロリストで埋め尽くす事などさほど難しい話ではなかった。それに加え、既に旅券の管理システムはこちらの手の中にある。システムエンジニアを抱き込めば、システムの掌握はさほど困難な仕事ではなく、それ故に大した元手もかからずに旅券を大量に保有することが可能であった。人員の確保はこれで問題ない。

 ハイジャックに必要な武器は整備技師を使えば事足りた。整備の際、救命胴衣と一緒にサブマシンガンを紛れ込ませてもらうだけで良かった。一人につき一丁という充実ぶりである。これで機内を制圧できないほうがどうかしている。

 そして、次に待ち構えている第二フェーズはミッドチルダ空港の制圧である。

 それに必要な兵器は、荷物を積み込む段階で既に偽造されたコンテナを積み込んでいる。これは荷物の積み込みに関わる人員を数人使えば済む話だった。書類上では現在運輸中のコンテナは乗客が預けた荷物と一般的な運送物となっているが、事実はそうではない。大量の質量兵器が積み込まれている。これがあれば時空管理局など恐れるに足りない。

 

 隊長と呼ばれた男は、満足げでありながらも獰猛な笑みを浮かべる。

 使える人間を最大限に使い、今回の運びとなった。誰もが素晴らしい働きを見せてくれたおかげで、今回のミッションは完璧に近い運びを見せている。ここまでは順調である。

 やおら、副機長が隊長へマイクを手渡した。この副機長もテロリストの仲間である。累計航行時間が千時間を数える彼にかかれば、たった一人でもこの大型航空機による快適なフライトが実現したのだ。そもそも殆どは自動制御によって飛行しているため、必要な仕事といえば管制への報告程度のものである。

 

「機長殿、ここらで一つスピーチでもしたら如何です?」

 

 隊長はにやりと笑ってマイクを受け取った。なるほど、確かに旅客機は機長が気の利いたスピーチをしたり、旅に利用してくれた礼を言ったりすることもある。少なくとも官制には通常通りの運航を報告しているのだから、スピーチの真似事をしてみるのも皮肉が利いていて面白い。

 隊長はひとつ咳払いをしてから、マイクの電源を入れた。

 

「えー、本日はM405便をご利用いただき、まことにありがとう御座います。隊長……いや、今は機長をやらせて貰っていますバニングです」

 

 壁一枚を隔てた先から笑い声が聞こえる。既にミッションと関係のない人物は殺害済みであり、M405便は兵士だけを積んでいるという事になる。当然、ある程度は見知った顔ばかりであるため、部下もまた隊長が面白い事をやり始めたと酒の肴にし始めたのだった。

 

「現在、ミッドチルダに向けて順調に航行中でございます。なお、快適なフライトのために尽力してくださった副機長に惜しみない賞賛と拍手をお願いします」

 

 客席の方から割れんばかりの歓声と拍手が聞こえる。その声から、この飛行機に乗り込んでいる兵士の人数が知れるというものだ。少なくとも百は下らない人数がここに乗り合わせている。

 すべては彼らの信念のために。すべては彼らの憎悪のために。

 

「盛大な拍手、ありがとうございます。副機長も嬉しそうです。えー、本機体は着陸後、時限装置によって爆破されます。迅速に機体から離れるようお願い申し上げます。

 また、退避した後は航行可能な状態にある航空機の全てを迅速に破壊するようにお願いいたします。一般人に死人が出ようが関係ありません。我らが神の国のために、ここはひとつ派手にやりましょう」

「我らの神と再生の為に、ですな」

「はい、今副機長が良いことを言いました。皆さん、今一度われらの信仰を思い出してください。では、本機は引き続き素敵な地獄に向けて進路を取ります。残り少ないフライトですが、どうか快適なものになられますよう」

 

 そういって彼はマイクの電源を切った。我ながら皮肉が利いていてよいスピーチになったと思う。少なくとも、兵士の不要な緊張を取り除くことはできただろう。

 少なくとも我らが緊張感を持つ必要などないのだ。我らの目的は殺戮であり、仮にこちらが殺されたとしても、それは救済に他ならないのだから。

 

 客席の窓に移る景色は海ばかりだったが、やおら陸地が遠巻きに見える。まぶしい昼の光に照らされたミッドチルダの街並みだ。発展した街にはビルが立ち並び、海岸線に並んだ工場や造船ドックからは煙がもうもうと昇る。環境には最大限配慮されているため、あの煙に毒性はほぼ無いのであるが、それでもあまり気持ちの良いものではなかった。

 

「これがミッドチルダか。空から見るとこんな風に見えるのか」

 

 客席の誰かがつぶやく。その顔面はガスマスクに被われているためにうかがい知れない。全身に軍隊顔負けの装備を身にまとっているため、そもそも素肌が見えない。だが、その声はしわがれており、相応の年を取っていることが窺い知れた。

 

「そうだ。これが俺たち最大の敵だ」

 

 その声に他の誰かが言葉を返す。

 

「その通りだ。あの街を炎で染めてやったら、我らが神もお喜びになるだろう」

「ああ。我らはそのための先遣隊。だから――」

「我らの神のため、できるだけ沢山の死者を出そう。沢山の死体をこさえよう。全ては――」

 

 そして二人は声を揃えて言った。

 

「「我らが聖光教示会の教えのままに」」

 

 ◇◆◇◆◇

 

 事件はいつだって突然だ。事前に察知できるなんて事は本当に稀で、大抵は事件が起こった後に対応することになる。事件を未然に防ぐというのは非常に難しのだ。

 そんな事はスバルだって重々承知している。

 しかし、ブリーフィングを受ければ受けるほど、事前に察知できなかったという事実が不可思議なものに思えてならなくなってくる。空港へのテロ行為、それも完全武装したテロリストによる犯行となれば、その兆候を察知できて良さそうなものだ。

 それほど綿密な計画に基づくものなのか、あるいは偶然か。スバルには分からなかったが、今までの事件と比較して異質なものであることは理解できた。

 

 何せ、相手は大量の質量兵器を保有しているという。魔法文化が浸透したミッドチルダにおいて、ひいては管理世界において、こういった犯罪は魔法に頼ったものであるケースが多い。なぜなら、個人でも優れた戦闘能力を発揮できる可能性があるため、たった一人の魔導士に一個大体が壊滅的被害を受けるという事態も起こりうる。そもそも質量兵器の保有は禁止され、あらゆる流通ルートは監視されているのだ。身一つで犯罪を起こせる魔法のほうが犯罪者にとって都合が良い。

 あるいは強力なロストロギアの力に頼ったものであるケース。魔法が浸透した世界において大規模犯罪はこの二つのケースが多くの割合を占めていると言っても過言ではない。

 しかし今回は、これら二つのケースと同等の規模でありながら、質量兵器に頼ったものであるという。それには入念な計画と準備が必要だった筈だ。それに資金も。

 

 何かが違う。

 

 スバルはそう思った。いや、同じような事件に遭遇する事のほうが稀有なのは理解できているが、それでも何か異質なのだ。

 現場に向かうヘリの中、すなわちストームレイダーの中でスバルは頭を悩ませた。しかし、その疑問を氷解させる答は見つからなかった。

 

「スバル、ちゃんと話を聞いていた?」

「え?……あ、ごめんなさい。聞いていませんでした」

 

 なのはの言葉にスバルは我に返った。移動がてらブリーフィングをしてくれていたというのに、つい自分の思案に没入してしまった。これで大事な情報を聞きのがしたままだったら、きっと大変なミスを犯すことになっただろう。叱咤されても仕方がない。

 しかしスバルの予想に反して、なのはは軽く笑った。

 

「にゃはは……私も、今回は何だか気になる点が多いんだよね。もう一度説明しながら、その辺りも説明しよっか」

「すみません、お願いします」

「じゃあ、事件の概要のおさらいから」

 

 なのはの説明は実に要点を押さえており、分かりやすいものだった。この場にはライトニング小隊とスターズ小隊のメンバーが全て揃っているが、二度目の解説にも関わらず全員が真剣にその話を聞いた。それを要約すると次のようになる。

 現状として、テロリストは空港内およびその近隣で部隊を展開。その範囲は完全に制圧されている。つまり、空港は完全に犯人グループの手の中にある。

犯人グループは航空機の一つを完全に乗っ取り、ミッドチルダの空港内に侵入。それと同時に空港の外に待機してあった部隊も蜂起し攻撃を開始した。その際に使用可能な状態にある航空機は全て破壊されている。空港の内外から同時に攻撃された事により、駐留していた管理局員および警備員は壊滅状態。一部は逃走し事態の報告に当たってくれたが、大多数は連絡が取れずに行方不明。死亡しているか、あるいは通信すら不可能なほどの状況に追いやられているとみて間違いない。

 テロリストの武器は主に小火器であるが、機関銃や自律砲台まで展開してある。これらは航空機のコンテナに紛れて持ち込まれたと見られる。

 それだけではない。空港内はAMFで満たされているという。これが駐留していた魔導師部隊の敗因である。報告によればAMF発生装置のようなものが空港内に設置されているらしく、装置に近づけば近づくほど高濃度のAMFで満たされている。

 

「普通の事件と違うのは、AMFを持ち出してきた事。ティアナ、ここから何がわかる?」

 

 スバルの隣に座っていたティアナは少しだけ思案した後、淀みなく答えた。

 

「相手に魔導師は居ないのではないでしょうか。もし居たとしても少数だと思います」

「そうだね。魔導師ならAMF下で戦うことを嫌う筈だから。じゃあどうやって戦おう?」

【決まってらァ。AMFに注意しつつ、確実に殲滅していくのが一番だ。AMF出力を上げられたら、戦場の真っ只中で孤立することになる。それも武器の一つもない状態で。だから、退路を常に確保しつつ戦うしかねェ】

 

 インセインが即答した。その言葉になのはが頷く。

 

「そう。でもそれは沢山の部隊が突入できるときの話。それが出来ない事情があるの」

「……自律砲台、ですか?」

 

 問を発したのはエリオだった。それに答えたのはなのはではなくヴィータだった。

 

「そうだ。アイツら、どこからあんなモンを持ってきたのか知らねーが、厄介なものを持ち出してきた。

 地対地、地対空の砲撃能力を備えた自律型質量兵器だ。特に地対空の撃墜能力がやばい。ヘリや航空機だけじゃなく、空戦魔導師すら自動感知して攻撃しやがる。それが推定で十台ほど空港に設置されている。ほとんどイージス艦……いや、それ以上の迎撃能力だ」

「しかも自動学習ができて、凄い速度で砲撃能力を高めているらしいんだ。既に、エース級魔導師であっても空からは接近できないほど精密な射撃が可能。私たちでも、空からの接近は危険らしいよ」

 

 ヴィータに補足したのはフェイトであった。その言葉を聞いたフォワード陣に戦慄が走る。

 機動六課随一の速度を誇るフェイトですら危険。どれほど強力な防衛線を張っているというのか。これでは制空権を握れない。事実、ストームレイダーも自動砲撃の範囲に踏み込むことが出来ないため、ぎりぎりまで近くに寄せたところでフォワードメンバーを降ろすことになっている。

 

「空から突入できねーから、陸から突入するしかねえ。だけど、当然のことだが敵もバリケードを張っている。私たちなら突破できるだろうが、後援の部隊がAMF下で戦うのはちょっとキツい。事実上の単独潜入任務だと言っていいな」

【マジfuckな状況だな。もういっそなのはの砲撃で空港ごと消し飛ばしてやれば?】

「おい、インセイン。冗談でもそういう事をいうんじゃない」

 

 ここにきてようやくアルフレッドが口を開いた。どうにも先ほどから押し黙ったままである。このような鉄火場に慣れていない、という事はない筈だが。スバルは疑問に思った。

 

「アルフレッドさん、どうかしたんですか?」

「何でもない。……いや、思ったことは口にしておくべきか。ずっと気になっていたんだが、犯行グループの要求はなんだ? 空港に立て籠もっている以上、何か要求があるんだろう?」

 

 立て籠もり事件は二つのパターンに二分されると言っていい。一つは犯人がどうしようも無くなって逃げ込み、籠城するパターン。今回は自ら進んで立て籠もっているのだから、これは考えにくい。

 もう一つは、何か政府に要求を呑ませるために重要拠点を占拠するパターン。テロリストがよくやる手段である。空港をずっと占拠されるくらいなら、一時的とはいえ犯罪者を釈放するという例も過去にない訳ではない。相当に稀有な例であることは否定できないが。

 いずれにしても、犯人は何かしらの声明を発する。前者ならば安全な逃亡を要求するだろうし、後者ならば何かの政治的な要求を出す。

 しかし、いつになってもその話が出てこない。相手の目的を知らないよりは、知っている方がずっと動きやすい。

 その問いに答えたのはなのはだった。

 

「……ううん、何も要求してこないの」

【はあ? それは無ェだろ】

「本当に何も言ってこないの。そもそも通信用の周波数すら連絡されてこない。現状では、一方的に暴れているだけって感じかな」

【……殺しそのものが目的ってコトかァ?】

「……犯行グループについて、何もわからないのか? これでは対策を立てるのが難しい」

「今のところは何もわからないね。ここまで大規模だから、調べれば何かわかる筈だけど。今は時間が必要かも」

【しゃーねーな。今は目の前のお仕事を何とかして片づけるしかねェってコトか】

 

 アルフレッドは聞き流したが、スバルにとっては無視できない一言に身を強張らせた。

 殺しそのものが目的。ありえない。そんな事ってあるのか。

 スバルは混乱する。彼女にとって初めてのケースだった。何かの事件が起こり、結果として死人が出ることもある。JS事件だって多くの死者が出た。管理局員はもちろん、一般人への被害も少なくはない。あれほどの動乱で死者が出ないほうがおかしいのだ。

 しかし、JS事件は殺しそのものが目的では断じてない。あくまで手段の一つであり、そうでなくとも行動の結果として死人が出たという話だ。殺めるために殺める、という発想は正気の沙汰ではない。

 

 怖い。

 

 そう、怖いのだ。殺人が目的という事は、そもそも相手を生かすつもりが無いという事。当然、これから現場に向かう自分たちにもその殺意は向けられるだろう。

 殺意を向けられることは初めてではない。JS事件のときだって、下手を踏めば死んでいた。しかし、あの時は相手に「不要な殺しは避ける」という一片の良心は存在していた。自ら進んで殺人を犯す輩はほぼ皆無であったと言っていい。

 しかし今回は違う。全く違う。

 インセインの話が本当ならば、スバルにとって全く理解の外にある存在だ。なぜそんな事をするのか。分からない。何もわからない。

 分からないという事がこんなにも怖い事だったなんて。

 

「大丈夫よ、スバル。私がついている」

 

 気が付けば、スバルの手をティアナが強く握っていた。ティアナの手も微かに震えていることがスバルには分かった。

 

「ティア……」

「私たち二人が組めば、どんな困難も打開できる。それに私たちだけじゃない。エリオもキャロも居て、それに隊長と副隊長も居る。あんたが大好きななのはさんと一緒に戦えるっていうのに、何をビビることがあるのよ?」

「……ありがとう、ティア」

 

 ティアナの言葉は、半分は自分に言い聞かせるものだった。しかし、残り半分は紛れもなくスバルへの激励である。

 ティアナもまた、恐怖を感じていた。今までとは違う、異質の敵であるとどこかで感じている。だが、スバルとは少し理由が違っていた。

 相手が抱いている殺意の質が今までとは違うことは理解しているが、そのことについて恐怖を感じることはない。麻薬などで思考回路が狂ってしまった者ならばよくある話だろうと思っている。

 しかし、ここまでの数となると話が違う。

 ブリーフィングによれば相当な人数がこのテロ行為に加担している筈だ。麻薬中毒者がこれほど集まって犯罪に走るというのは少し現実性を欠いている。ならば、彼らは正常な思考の果てにこの行動に至ったということになる。

 一体、何が彼らをそうさせているのか。それが全く見えない。

 まるで霧や霞を相手に戦おうとしているようなものだ。実体の見えない敵を前に、どうしろというのか。

 だが迷っている間にも時間は過ぎていく。気が付けば、そろそろ予定された時間だ。予定とはすなわち、ミッション開始の時間である。

 ヴァイスが声を上げた。

 

「なのは一等空尉、そろそろ降下予定時間ですぜ!」

「了解。ヴァイスくんは、この後は他部隊の支援に回ってね。間違っても、これ以上空港に近づいちゃダメだからね」

「命令されたって近づきませんよ。まだ死にたくはないんで」

【Main hatch open】

 

 ストームレイダーの声と同時に後部のメインハッチが開く。ローターによって乱れた気流がヘリの内部に吹き込んだ。その乱気流のせいだろうか、フォワード陣の心もまた乱れているように感じた。

 

「もう一度確認するよ。自律砲台の精密射撃によって、今回は空からの支援は期待できない。私も含め、低高度での飛行で空港を目指す。新人たちは全員で行動。副隊長以上は散会して行動します。各々、独自に空港を目指しつつ、展開された部隊を可能な限り無力化すること。いいね?」

 

 はい、と新人メンバーはみんな揃って答えた。やや遅れてアルフレッドも返答する。アルフレッドの声は、どこか気落ちしているような色を含んでいた。

 だが、緊張の中にあるフォワード陣はそれに気づかない。励ましの声をもらったところで、どうすれば良いのか分からないのでアルフレッドにとっては都合が良いとも言えた。

 その時、アルフレッドの個人端末に通信が入る。ザフィーラからだった。ミッション前だが、何か重要な連絡かもしれない。小隊長であるなのはに許可をもらい、通信に応じた。

 

『済まんな、いま時間はあるか』

「数分なら。もうすぐミッションの開始時刻だ」

『む、それは申し訳ない。話はすぐに済む。まあ、昨日の話の続きのようなものだ』

【手短にな】

『了承した。昨日言っただろう、私は主の寝床を守り、お前は現場で主を守ると。シグナムとヴィータが居るとはいえ、お前にも頼みたく思ったのだ。

 現場では、お前が部隊の盾だ。みんなを守ってやってくれ』

「言われる間でもない」

 

 わざわざこんな通信を入れてくるのは、アルフレッドが新人だからだろうか。それとも部隊に編入されての戦闘経験に乏しいからだろうか。

 確かにアルフレッドは今まで単独でのミッションを主に受け持っていた。クセの強いインセイン・スーツは通常の部隊では持て余し気味になる。そのため、どうしても単独で行動することが多くなっていた。経験がない訳ではないが、苦手なのだろうと評価されても仕方がない。事実、苦手であった。

 だからアルフレッドはザフィーラの言葉を「一つの部隊として行動することを心がけろ」という忠告として解釈した。

 

【心配すんなワンちゃん。単独行動をして部隊を危険にさらすつもりは無ェし、仲間の危険を見過ごすつもりも無ェよ。部隊の全員、みーんな無事に帰す。オメーは寝床をしっかり守っておきな】

『うむ。話は以上だ。しっかりな』

「I copy」

 

 そこで通信は切れた。実にあっさりしたものだったが、アルフレッドの心は少しだけ前向きになった。彼なりに激励してくれているのだろう。口が下手だが、気の良い人物だ。アルフレッドはそう思った。

 

 アルフレッドはハッチの下に広がる街並みを睨む。既にここは戦場だ。一般市民の避難は大方完了しているものの、逃げ遅れた者もいるかも知れない。

 それを狙っている敵がいる。そんな事は許せない。

 ならばそれを打ち倒す。アルフレッドにできるのはそれしかない。政治的なイデオロギーなど知らない。そもそもアルフレッドにそこまでの学がない。それが大事だという事はわかるが、いまいち理解できない。だから、目の前の敵を叩きのめす。それしかできない。

 

 やおら、インセインがアルフレッドに語りかけた。彼にしか聞こえないほどの声量で。

 

【なあ、相棒。俺もテメェの言っていた事がマジだったのかもって思い始めてきたぜェ】

「……何のことだ?」

【トボケんなってェ。『アイツら』の仕業かもしれない的なコト言ってたじゃんか】

「……そうかもな」

【殺しが目的、実にアイツららしいじゃネェか。やり口もアイツららしい。今までのチンケな通り魔事件なんかより、よほどな】

「だから何だ」

【おいおい、不機嫌だなァ】

 

 アルフレッドも感づいていた。アルフレッドはこの手口を知っている。人を殺すことを目的としている者達を知っている。

 だが、認めたくなかった。できれば忘却の彼方に追いやってしまいたかった。二度と自分の前に姿を現してほしくなかった。だから口にもしないし、最後まで「そうではない」可能性に縋りたかった。

 

【まあ、確証は何も無ェ。ただの妄想だ。だけどよォ、もしもだぜ? お前が心底憎悪しているヤツらが現れたら、どうするんだィ?】

「殺す」

【デスヨネー】

 

 インセインは否定も肯定もしなかった。管理局員としては是が非でも止めるべき場面だろうが、あえてそうしなかった。

 それが、インセイン自身が言うように既に説得の限りを尽くしているから。しかしそれだけではない。

 なぜなら、インセインもまたそれを望んでいるから。

 主人に害為す者に死の報いを。主人の障害に死の制裁を。インセインはそれを望んでいる。あらゆる点で、管理局のデバイスらしくない。

 主人思いと言えばそうなのだろう。だが、明らかに過剰である。一体何がそうさせるのかは、インセイン自身とアルフレッドしか知る由はない。

 

【いいぜ、相棒。どこまでも付き合ってやらァ。お前が地獄にまっしぐらって言うのなら、俺もそうしてやらァ】

「有難くないお言葉だな」

【ケッ! 明日には「インセイン様ありがとうございます、おかげで命拾いしました」って言っているぜテメェ】

「そうならない事を祈るよ」

【カーッ! 可愛くねェ奴でんやんのォー! まあイイさ。俺とお前は一蓮托生、一緒に地獄で踊ろうぜェ?】

「ごめん被るね」

 

 その時、各々の個人端末からアラームが鳴り響いた。ミッション開始時刻を示す鬨の声である。

 それを聞いて、なのはが激を飛ばした。

 

「みんな、行くよ!」

 

 最初にストームレイダーから飛び降りたのはなのはだった。続いてフェイト、シグナムが飛び降りる。散会して単独任務にあたる副隊長以上の人物が先に出撃することになっていた。

 副隊長以上の者が散会したのを確認してから、新人メンバーが出撃する。指揮官役のティアナを最後に次々と少年少女が飛び降り、落下の最中に自身の相棒を展開する。ただし一名だけ成人を含んでいるが。

 

【2nd mode!】

 

 インセインとアルフレッドに飛行能力は無い。ジェットによるそれは飛行ではなく跳躍と表現すべきものだ。ゆえにヘリから飛び降りるというのは危険な行為なのだが、着地の直前にジェットを吹かして速度を落とし、後はサスペンションに頼って着地した。

 端末で現在位置を確認する。寸分違わず予定位置に着地できた。他の者も所定の位置に着地できたらしいことを、アルフレッドはバイザーに投影された戦術マップで確認した。

 これはリアルタイムで味方の位置を確認しつつ、現在位置を把握できるというものだ。インセインが広域スキャンを苦手とするために範囲は限られているが、同行している味方の位置を常に把握できるのは有難い。

 

 アルフレッドは味方の位置を確認した後、周囲を見回した。アルフレッドにとっては予想していた光景だったが、他の者はそうではないらしかった。

 

「ひどい……」

 

 呟いたのはキャロだった。その感想は当然だった。

 あらゆる施設が破壊され、車は炎上し、アスファルトはあちこちが抉れている。それだけではない。ところどころ、まだ乾いていない鮮血がこびり付いていた。加え、煤で汚れた人が横たわっているのも幾つか確認できた。

 続けてキャロが言う。

 

「人が倒れている……! 治療しないと!」

【よく見ろ、みーんな死んでらァ。ヒデェよな全く】

 

 インセインの言うとおりだった。よく見れば、どれも死体であることは明白だった。何故なら彼らは自らの血だまりの中に横たわっている。呼吸すらしていないことは、ぴくりとも動かない彼らの様子から明らかだ。仮にまだ息があったとしても助かる見込みは皆無である。素人目でも、彼らが負っているのが致命傷だと分かった。

 

「ひどい……」

【チビガキィ、落ち込むのは全部終わってからにしな。

 さーてガキどもォ! 地獄に向けて全速前進だ!さしあたっての目標は空港内部! 遅れても知らねェからなァ!】

 




 今回は少し短いですが、区切り位置はここだと判断しました。
 あまり話が進んでいませんが、まあ説明回という事で……

 一週間を目途に次を投稿したいと思います。

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