―――――私は『マケナイ』……絶対に
by..一誠
〜Prologue〜
何処までも続く広い草原。
その中にぽつりと存在する澄み渡った湖。
そして、その中心。
盛り上がった小さな陸地に1本の樹木。
そこには魅惑の―――――十顆の果実。
「―――――此処……は……」
そこで私は思い出す。
これは今まで見てきた風景だ、と。
しかし、今回は何処か勝手が違うことに気がつく。
意識が、はっきりしているのだ。
今でもあの果実から目を離せないのは確かだけれど、私の意思で、近づかないようにすることが出来る。
「―――――イッセーッ!!!」
この草原に響き渡る聞き慣れ、心地の良い男の人の声。
「ドライグ……」
果実から視線を何とか外して、声の聞こえた方へ振り向く。
「ドライグ……っ!!」
翡翠の宝石のような瞳に焦燥の色を浮かべたドライグが、私に向かって走りよってくる。
「イッセー……っ!!
良かった……まさか完全な意識が此処まで迷い込んでしまうとは……大丈夫かっ?!」
「ど、ドライグ……苦しいよぉ……」
ぎゅっと、まるで何処かへと飛んで行ってしまいそうなモノをこの場に繋ぎとめるように、ドライグは私の身体を抱きしめてくる。
「す、すまない……。
まさかこんなにも早く此処に来ることになるとは思っていなかったからな……焦ってしまった……」
私の言葉にドライグは私からゆっくりと離れていく。
その顔は何処か赤くなっているように見える。
「……ねぇ、ドライグ。
アレは一体……何なの……?」
私は湖の中央―――――果実の実る樹木を指さして、ドライグに訊く。
「……あれは―――――」
ドライグは苦しそうな表情を浮かべて口を開き始める。
「……あれは―――――『禁忌の果実』……」
その言葉を聞いて、あの果実が酷く禍々しいモノに見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ねぇ、木場くん。
グレモリー先輩って何か悩んでるのかな?」
しばらく平和な日常を過ごしていて、ある日ふと気がついた。
どうも最近グレモリー先輩の様子がおかしい。
「部長のお悩みか……。
多分グレモリー家に関わることじゃないかな?」
旧校舎にある部室へと向かう途中、木場くんは私にそう答えた。
アーシアと共に部室に移動している途中で木場くんとも合流したから、いい機会だと思って聞いてみたんだけれど、どうやら木場くんも詳しくは知らないようだ。
「姫島先輩なら知ってるかな?」
「朱乃さんは部長の懐刀だから、勿論知っているだろうね」
「そっか……」
気にはなっているけれど、相談されてもいないのに首を突っ込むのはどうかと悩む。
ひとまず、私に何か出来るのならば力を貸そう、そう自己完結させて歩みを進める。
部室の扉前に私たちが到着した時、木場くんが何かに気がつく。
「……僕が此処まで来て初めて気配に気づくなんて……」
目を細めて顔を強ばらせる木場くん。
私は何事なのかと、アーシアと共に首を傾げる。
私はいつまでもここにいる訳にはいかないので部室の扉を開く。
室内にはグレモリー先輩、姫島先輩、塔城さん、そして―――――見知らぬ銀髪のメイドさんが張り詰めた糸のような雰囲気をそれぞれ醸し出していた。
その雰囲気に気圧されたのだろう、アーシアは不安げな表情で私の制服を掴んで少し震えている。
グレモリー先輩はメンバーを一人一人確認するとゆっくりと口を開いた。
「……全員揃ったわね。
では、部活を始める前に少し話があるの」
「お嬢さま、私がお話しましょうか?」
グレモリー先輩は銀髪のメイドさんの申し出を要らないと手を振っていなす。
「……実はね―――――」
グレモリー先輩が口を開いた瞬間だった。
部室の床に描かれた魔法陣が光を放ち始めたのだ。
魔法陣に描かれていたグレモリーの紋様が変化し、見覚えのない形へと姿を変えた。
「―――――フェニックス」
近くにいた木場くんがそう口から漏らす。
光を放つ魔法陣。
その光が消えるのと同時に―――――魔法陣から炎が巻き起こり、室内を熱気が包み込む。
「―――――済まんな。
炎が漏れたらしい……直ぐに消す」
炎の中で佇む男性のシルエット。
そちらから冷静な男性特有の低い声が聞こえてくると男性のシルエットが腕を横に薙ぐ。すると周囲の炎も、熱気も全てが霧散してしまった。
「ふぅ……人間界は久しぶりだ」
そこにいたのは赤いスーツを着た一人の男性。スーツを見事に気崩し、胸までシャツをワイルドに開いている。見たところ二十代前半と言った風貌だ。
整った顔立ちに、何処か悪ガキっぽい影がある。木場くんを爽やかなイケメンとするならこの男性は悪系のイケメンと言ったところだろう。
男性は部屋を見渡し、グレモリー先輩を捉えると口元を少しだけ緩めた。
「愛しのリアス。会いに来たぜ」
グレモリー先輩はそう言う男性を半眼で見つめ、とても歓迎しているとは思えない対応をとっていた。
そんな様子のグレモリー先輩になんとも言えないような表情を一瞬浮かべた男。その表情は―――――悲しみの色があったように感じる。
「性急だがリアス、式の会場を見に行こう。
俺はまだ待つと言ったんだが日取りも決められてしまったんだ。
どうせ決めるのなら早い方が良いだろう?」
そうまくし立てるように言った男性はグレモリー先輩の腕を掴もうとする。
「―――――女性の腕はそう易々と掴むものではないと思いますよ?」
私のことを発した言葉にぴくりと反応した男性はグレモリー先輩の腕を掴むのをやめて私の方へ視線を向けた。
「どうも初めまして。
私はリアス・グレモリー眷属、『
その場の雰囲気から恐らくこの男性はグレモリー先輩と同等かそれ以上程の地位の人なのだろうと判断し、礼儀正しく自己紹介をする。
すると、男性はぴくりと眉を動かして口を開いた。
「……リアスの新しい眷属か……確か噂によれば『赤龍帝』だとか?」
「えぇ、私は『赤龍帝』ですよ?」
「そうか……リアスの性格上俺のことは話してなさそうだな……。
―――――俺はライザー・フェニックス。
フェニックス家の三男で純血の上級悪魔だ。
そして―――――リアス・グレモリーの
……なるほど、グレモリー先輩が悩んでいたのはこの事だったんだ……。
私は目の前の男性―――――ライザー・フェニックスの言葉でそれを確信した。
「いやー、リアスの『
「痛み入りますわ」
姫島先輩の淹れたお茶を褒めるフェニックスさん。
いつも通りニコニコしている姫島先輩だったがそれは何処か演技めいたものを感じる。
ひとつのソファーに隣り合って座るグレモリー先輩とフェニックスさん。
グレモリー先輩は我慢できないと言った表情で立ち上がると声を荒らげた。
「いい加減にしてちょうだい!」
フェニックスさんを鋭く睨むグレモリー先輩。対してフェニックスさんはそんなグレモリー先輩の視線を正面から受け止め、見つめかえしている。
「ライザー!以前にも言ったはずよ!
私はあなたと結婚なんてしないわ!」
「あぁ、確かにそう聞いた。
だがリアス、そういう訳には行かないだろう?
君の所の御家事情は意外にも切羽詰まってると聞いた。
それに何より、俺は諦めたくない」
前半は何処か取ってつけた様な雰囲気を感じたけれど、最後の言葉には真剣なモノを感じた。
「そんなの余計なお世話よ!!
私が次期当主である以上、婿養子だってしっかりと迎え入れるつもりよ。
……けれどねライザー―――――それはあなたじゃないわ」
「……どうしても俺との結婚は嫌か?」
「えぇ、嫌よ。
あなたのような
グレモリー先輩のその言葉を境に沈黙が広がる。
互いに譲るつもりなんてないようで、ただ口を閉ざしていた。
「―――――お嬢さま、ライザーさま」
沈黙を破ったのは銀髪のメイドさん。
静かながらよく通る澄んだ声でその場の雰囲気を断ち切る。
「お2人は互いに譲る気は無いのですね?」
「えぇ、当たり前よ」
「勿論です、グレイフィア・ルキフグス殿」
グレモリー先輩は凛とした表情で、フェニックスさんは真剣な眼差しで、銀髪のメイドさんを見つめて言う。
……あのメイドさんグレイフィア・ルキフグスっていう名前なんだ……。
一歩前に出た銀髪のメイドさん―――――ルキフグスさんは渋々という表情で再び口を開いた。
「正直申し上げますと、これが最後の話し合いの場だったのです。これで決着が着かない場合のことを皆様方は予測し、最終手段を取り入れることとなりました」
「……最終手段?
どういうこと?グレイフィア」
「お嬢さま、ご自分の意志を押し通すのでしたら、ライザーさまと『レーティングゲーム』にて決着を付けるのは如何でしょうか?」
「―――――ッ!?」
ルキフグスさんの意見に言葉を失うグレモリー先輩。
フェニックスさんは見るからに嫌そうな表情を浮かべていた。
それにしても『レーティングゲーム』……?
一体何なのだろうかそれは?
「……ねぇ、木場くん。
『レーティングゲーム』ってなんなの?」
私は隣にいた木場くんにこっそりと聞いてみる。
「爵位持ちの悪魔たちが行う、眷属同士を戦わせて競い合うゲームのことだよ、イッセーさん。
ただし、ゲーム自体は成人した悪魔しか出来ないんだ。
多分今回の場合は非公式の純血悪魔同士のゲームになると思う。
それならまだ成人していない部長でも参加できるからね」
木場くんは懇切丁寧に私の疑問に答えてくれる。
グレモリー先輩はしばし悩むように俯いていたけれど、ぱっと前を向いてフェニックスさんを見つめて口を開いた。
「……良いわ、そのゲーム受けるわ。
私の将来は私の手で掴みたいもの!」
指を指して宣戦布告するグレモリー先輩。
その様子にフェニックスさんは頭を抱える。
「……わかった。
ゲームで決着をつけるのは良い。
だがな、リアス。
―――――そういうのは戦力差を考えてから言うものだぞ?」
そう言うフェニックスさんが指をパチンと鳴らすと部屋の魔法陣が再び光を放ち始め、フェニックスの紋様を浮かび上がらせる。
そしてフェニックスさんの周囲を総勢15名の眷属悪魔らしき人たちが集結した。
「全員が俺の自慢の眷属たちだ。
……リアス、分かるか?
俺は既に公式の『レーティングゲーム』を経験している。
そして何より眷属を集めきっていないのに格上にゲームを挑むのはあまりに無謀だ……」
フェニックスさんの言葉に言い返すことが出来ないのかグレモリー先輩は悔しそうに口をつぐみ、手をきつく握りしめていた。
「おそらく、対抗できるとしても君の『
それを断言できるほどに、経験の差は大きい」
フェニックスさんは厳しい視線をグレモリー先輩に向ける。
「―――――10日」
私は無意識のうちに口を開いていた。
「10日、猶予をください」
「ほぉ……?
10日で良いのか?
何なら1ヶ月でも俺はいいと思っているんだが」
「1ヶ月と開けたら例え勝ったとしてもグレモリー先輩の立場が悪くなります。
そう考えると負けても、勝っても立場をそこまで悪くすることのない10日という短い間が妥当ですよね?」
話を聞く限りだと、グレモリー先輩の行動は我儘だとして受け取られているらしい。
……結婚という一生モノの儀式を誰かに勝手に進められ、それを拒否するのに我儘も何もないとは思うけれど、純血の悪魔にとっては勝手が違うんだろう。
「私個人としては―――――あなたは悪い人には見えません」
その言葉にこの場にいる全ての人が目を見開いた。
「だけど、私の主であるリアス・グレモリーがあなたとの結婚を嫌がっている。
―――――私の戦う理由はそれだけで十分です」
「……イッセー……」
グレモリー先輩は泣き出してしまいそうな声で私の名前を呼ぶ。
私はグレモリー先輩の方へ向いて笑った。
「約束しましたよね?
『時にはあなたの剣となり敵を薙ぎ払い、時にはあなたの盾となり身を守りましょう』って」
私は左腕に
「―――――ただいまこの時をもって、ライザー・フェニックスさんとその眷属の皆さんは私の敵です。
私の身は『敵を薙ぎ払う剣』、『主を守る盾』、『拐かす悪魔』、そして『自由なドラゴン』。
10日後、絶対に負けません」
これは私からの宣戦布告。
劣勢だからなんだ。
劣勢だからこそ覆して勝つ。
例え『■■の■■』を使うことになったとしても負けたくない。
『―――――うふふふふ……』