―――――『キオク』ほど不確かなものなんてない
by.一誠
―――――『うわーなんだよその目きもちわるー』
1人の少女がいじめられていた。
その娘の瞳は左右の色が違っていて。
左目が金色に染まっている。
―――――『今日も雨じゃん……この雨女』
幼い少女にまるで嫌悪するかのようにそう言う少年たち。
口々に少女を責め立てる。
少女はうずくまっているばかりで何もしない。
―――――『ちやほやされるからって調子に乗らないでよ』
少女が何処か狭い場所に閉じ込められていじめられている。
誰も、助けなどいなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「―――――ッ!!!」
私は身体を勢いよく跳ね上がらせて起きる。荒い呼吸をしながら、額の嫌な汗を拭った。
「……嫌な夢……」
目覚めとしては最悪なものだと私は自嘲するような笑みを浮かべる。
―――――あの日、夕麻くんを庇って殺されたはずの日から私はこのような嫌な夢を見るようになっていた。
いじめられている少女の顔はぼやけて見えない。
夢というのは自分の深層心理を映す鏡のようなものだと昔誰かに聞いた覚えがあるけれど、心当たりもなく何故こんな夢、悪夢を見始めてしまったのかが分からない。
私は初め、何故生きているのかが不思議でたまらなかった。
何せ私は―――――槍に貫かれて死んだはずなのだから。
『何故か生きている』。その理由はいくら考えても分からず、結果―――――奇跡が起きたのだと、自己完結させた。
夕麻くんのような、『堕天使』という存在が居るというのなら、そういった考えも否定出来ないだろう。
「―――――イッセーちゃーん!もう朝よ〜!」
下のキッチンの方からお母さんの声が聞こえて来る。
「わかってるよー!」
そんな返事をして、私はベットから立ち上がった。
「……シャワー、浴びないと」
あの夢のせいだろうか?
案の定、私の身体とパジャマは汗でベタベタしていた。
「―――――行ってきます」
シャワーも浴びてリフレッシュした私は制服に身を包んで家から出る。
通学途中、どうにも朝日が厳しくて目を細めてしまうのはどうにかならないだろうか?
それ以前に、私はこんなにも朝に弱い人間だっただろうか?
自分の身体がまるで
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私立駒王学園―――――。
それは私が通っている学校の名前だ。
この学校は数年前まで女子校だったせいか、共学となった今でも男子生徒より女子生徒の割合が多い。
学年が下がるにつれて男子生徒の比率は上がるが、それでもやはり全体的に女子生徒が多かった。
発言力も未だ女子の方が圧倒的に強く、生徒会も女子生徒の方が多く、生徒会長も女性だ。
男子が強く出られない校風ではあるが、なんだかんだ仲良く出来ているというのが私の印象だ。
かく言う私も男子生徒とは仲良く過ごそうとしている。
その中でも特に仲が良いのは―――――彼らだろう。
「よー、イッセー。
今日も貧乳―――――じゃない?!」
「何ぃ?!
そんな馬鹿―――――本当だ!?」
「……松田、元浜……」
言ったのは私だが、コイツらと仲が良いという言葉を早くも撤回したくなってきた……。
今日はたまたまサラシを巻くのを忘れただけだというのに……。
私は笑顔を浮かべて2人に近づいた。
「え、えっと……イッセー=サン……?」
「そ、その構えた手は……ナンデスカ……?」
松田と元浜は引き攣った笑みを浮かべて私にそう言ってくる。
私はそんな2人の頭を容赦なく掴み―――――握り締めた。
「「痛い痛い痛い痛いッッッ!!!?」」
「私、言ってたよね?
私の胸はサラシを巻いてるから小さく見えるんだって……っ!!」
言って、更に力を込める。
たまには天罰というのも必要だと思う。
……毎度天罰を与えてる気がするのは気のせいだよね!
「ギブギブギブッ!!!」
「わ、割れる……ッ!
頭が割れちまう……ッ!!!」
「そんな煩悩の塊割れてしまえっ!」
「「くぺっ……?!!」」
2人は変な声を上げながら、白目をむいて気絶してしまった。
「ほらほら、ホームルームを始めるぞ!
早く席につけ!」
ちょうど教室に入ってきたクラス担任の先生が教卓に立ちながらそう言う。
私は何事もなかったかのように気絶した2人をそのままに自分の席に移動する。
「なんだ……松田と元浜はまた気絶してるのか」
クラス担任の先生は倒れ伏している松田と元浜の姿を見ると、困ったような表情を浮かべた。
「どうせ兵藤に余計なことを言ったんだろう……。
兵藤もあんまり手荒な真似はやめておけよ?
いくら自業自得とはいえその手の行動ばかりされると注意せざる負えないからな」
「わかってまーす」
私が仕方がなくと言った返事をすると先生は苦笑いを浮かべる。
「松田と元浜はそのままにしておくとして、さぁ、ホームルームを始めるぞ」
こうして、今日もいつも通りの日常が始まるのだった―――――。
その日はえらく体力が余っていたので、遅くまでバスケットボール部に厄介になっていた。
帰り道は夕暮れというよりかは真っ暗になっている。
ただ歩を進めていていると、気が付けば近所の公園まで歩いてきていた。
―――――それにしても、私の身体がおかしい。
いつもよりも激しい運動をしたはずなのに、夜になればなるほど力が湧いてくるのだ。
目が冴えて、五感が鋭くなっているのを感じる。
「―――――ッッ!!?」
そんな時、私の身を、悪寒が走った。
何処からか感じる他者の視線。
これは……いけない。
私が関わってはいけない類の気配だ。
(……ど、何処から……?)
震える身体に鞭を打ち、その発生源を探す。
そこにいたのは―――――男。スーツを着た男だ。
視線は凍るように冷たく、しかし、灼熱のナニカが私の身体を焼いている様に感じる。
―――――コレは一体何なのだろう……???
男は焦る私に構うわけもなく、こちらに近づいてくる。
―――――冷汗が、額を伝う。
「ふむ……。
貴様は殺したはずだが……なるほど、
突然口を開いた男は意味のわからないことをいい始めた。
……いや、『殺したはず』といった……?
―――――ということは、この男が私を殺した犯人なのだろうか……?
「まぁいい。
何にせよ貴様は危険分子のひとつだからな。
―――――早急に始末させてもらう」
そう言って、男はその手に槍を―――――夕麻くんの光り輝く槍をどす黒くしたような汚い槍を持ったのだ。
……やっぱり、私を殺したのはあの男だ。
そう確信した私は―――――逃げ出した。
全力。今の異変が起こっている身体能力をフルに活用して、全力でその場から逃げ出したのだ。
一歩の踏み込みで地面に軽い亀裂が入るほどの全力疾走。
(勝てるわけが無い……っ!)
相手の情報もなければ私には武器がない。
私を貫いた槍を使う相手に素手で挑むなんて自殺行為、できるわけがなかった。
「―――――逃がすわけがないだろう?」
男の嘲笑うような声の後―――――右腕を激痛が襲った。
「……ッッ?!!?!」
悲鳴とも呼べないような声を上げて、その場にうずくまってしまう私。
―――――痛い。
痛すぎて痛すぎて、私は涙を流してしまう。
どうやら槍が私の腕を抉って行ったようだ。
「全く……手間をかけさせないでくれ」
男はそういいながら私に一歩、また一歩と近づいてくる。
その手には、再び槍を握って。
(死にたく……ない……ッ!)
槍を引き絞り、私を貫こうとする男。
その時、色々な記憶がフラッシュバックした。
走馬灯なのかな……?
『イッセーちゃん!
ぜったいまた会おうね!!』
―――――幼い頃に仲良くなったヒーローごっこが好きな男の子。
『イッセー、また会う』
―――――片言で喋る寂しがり屋な男の子。
『いーちゃん……また会いに来るから』
―――――綺麗な白髪をした哀しみを背負う男の子。
『……また会おう。
いつの日か、必ず』
―――――黒みがかった銀髪の憂いを帯びた表情をする男の子。
みんな、みんな優しい男の子たち。
―――――大切なトモダチ。
そして―――――。
私といつでも共に在ると言ってくれた。
私のことを誰よりも大切に想ってくれる―――――
「―――――赤い……ドラゴン……さん」
今まで忘れていて、ごめんなさい……。
でも、最後に……思い出せた……。
私の……私だけのドラゴンさん……。
―――――大好きだよ……。
『―――――最後ではないさ、イッセー』
その声とともに、私は巨大な赤いドラゴンを幻視した。
「なっ……?!!」
私を貫かんとしていた男は私の身体から迸り始めた赤いオーラに驚き後方へ跳躍する。
「な、なんだその力の塊のようなオーラは……ッ!!!」
狼狽えているのが誰の目にも明らかなほどに、男は目を見開き言う。
赤いオーラは弱まることもなく、むしろ更に激しく迸る。
この、心地の良いオーラは何なんだろう……?
その赤いオーラは更に激しさを増し、だんだんと形を成していく―――――
「―――――よくも……よくも
堕ちた、天使よ……ッ!」
低く、威厳を感じさせる声が響く。
―――――そこに居たのは長い深紅の髪を無造作に纏めた二十代は過ぎたであろう男性。
緋色の袴を身に纏い、漆黒の羽織を肩にかける姿は何処か色っぽかった。
私はその姿に見とれていたが、ふと意識を取り戻し、口を開く。
「……ど、ドラゴン……さん……??」
「あぁ……。
今まで力になれなくてすまなかった……イッセー」
優しい声音でそういったドラゴンさん。
翡翠の宝石のように美しい瞳は私のことを慈しんでいるように見えた。
ドラゴンさんは私のことを守るように身を前に出す。
「俺の力不足でイッセーを1度死なせてしまった……。
……あの時はどれだけ呪いで奴を殺せればいいと思ったことか……っ!
イッセー……あんなことは2度と起こさせやしない。
起こしてたまるものか……」
槍を持つ男を睨みつけながら、ドラゴンさんはそういう。
ドラゴンさんの力不足だなんて……私が注意していなかったのが悪いのに……。
私はドラゴンさんの羽織をぎゅっと握った。
「……ふん!
何が起こるかと思えば大したことはなかったな!」
私にはそう言っている男が強がっているように感じる。
いつの間にやら、その背からは一対の翼を生やしていたが、それはどうにも汚らしく見えた。
私が初めて見たあの夕麻くんの翼とは比べ物にならないほどだ。
「所詮はその小汚い人間の娘の―――――」
『―――――黙れ』
短い一言。
しかし、それは今まで私を優しく護ってくれるようなドラゴンさんとは雰囲気すら変わっていた。
その身から私の時なんかと比べるまでもなく強大な赤いオーラを迸らせ、男を射殺さんばかりに睨みつけている。
「お前は既に俺の―――――【龍の逆鱗】に触れているのだ」
ドラゴンさんは左腕を天に掲げる。
一体何をするつもりなんだろう……?
「堕ちた天使よ……お前は―――――怒らせる者を誤った」
その言葉を合図にして、ドラゴンさんの左腕が輝き始める。
眩い光を辺りに撒き散らしながら何かが起きるということだけはわかった。
光が収まり、ドラゴンさんの左腕を見ると、そこには―――――赤い籠手があった。
「自らが封印された【
―――――『Boost!!』
ドラゴンさんの左腕を覆う赤い籠手から音声が流れる。
すると、ドラゴンさんから迸る赤いオーラの量が増大した。赤いオーラは地面すらも軋ませていた。
「ふん……!
【
男はもう片方の手にも槍を持ち叫ぶ。
そんな男の様子にドラゴンさんは失笑を見せる。
「俺を【龍の手】と見誤るとは……所詮は堕ちた天使……いや、カラスだな」
―――――『Boost!!』
2度目の音声が鳴り響く。
それにしてもあの籠手は綺麗だ。
夕麻くんの翼を私は綺麗だと言ったけれど、それ以上にドラゴンさんの籠手は綺麗だと思う。
私がそんなことを考えていたら、男が困惑し始めていた。
「に、2度目……ッ?!
どういうことだ……っ!
【龍の手】は所有者の能力を2倍にするだけのはずだぞ……ッ!?」
「……あの世で考えるんだな」
一層低い声で威圧するように言ったドラゴンさんは、私の方を向いて困ったような笑みを浮かべる。
「すまないイッセー。
少しばかり目を閉じて耳を塞いでおいてくれないか……?
此処から先はまだイッセーが知らなくていい領域だ」
その困ったような笑みに私は頷いて、ドラゴンさんの言う通りにする。
それからは驚くほど静かで、ドラゴンさんが何をしているのかがわからない―――――いや、何をしているのかは薄々気がついていたけれど、実際にはどのようなことをしていたのかはわからなかったというのが正しいと思う。
―――――しばしの間、私がドラゴンさんの言う通りにしていれば肩を叩かれた。びくんっと体を震わせれば、次は頭を優しく撫でられる。
「もう良いぞ。
……全部終わったからな」
目を開ければ、ドラゴンさんの柔らかな笑みが見える。
正面からじっと顔を見れば、やはり端正な顔立ちをしていると思う。再び、見惚れてしまう。
「……ど、どうかしたか?イッセー」
「えっ?!
な、なんでもないよドラゴンさんっ!」
私は困惑するドラゴンさんに誤魔化すような笑顔を向けた。