―――――『ヤサシサ』は時に『アクイ』で返ってくる
by.一誠
グレモリー先輩たちと出会って数日。
私は悪魔としての仕事をこなしつつ日常を過ごしていた。
悪魔の仕事と言っても、呼び出し用の簡易魔法陣の書かれたチラシを配ったり、木場くんや塔城さん、姫島先輩の依頼について行ってみたりしただけ。
ただ―――――
「―――――ふぁ……っ」
私はついつい出てしまった欠伸を噛み殺す。
悪魔の仕事というのは夜中に行われるものが多く、どうも寝不足気味だ。
今私は表向きのオカルト研究部の部活を終えて家路についている。
「―――――はわぅ!」
私が歩いていると、後方から女の子の声と、同時にボスンという路面に何かが転がるような音が聞こえてきた。
振り向いてみるとそこにはシスターさんが転がっていた。
手を大きく広げて、顔から路面に突っ伏している。
……うわぁ……痛そうな音だったなぁ……。
「え、えっと……大丈夫……??」
私はシスターさんに近づくと、起き上がれるように手を差し出す。
「あうぅ〜……。
なんで転んでしまうのでしょうか……あぁ、すみません。
ありがとうございますぅぅ……」
握られた手を引いて、起き上がらせる。
「きゃっ!」
シスターさんが起き上がると同時に悪戯な風が吹き、ヴェールが飛んでいってしまう。
スッとヴェールの中で束ねられていたであろう金色の長髪がこぼれ、露になる。
ストレートのブロンドが夕日に照らされてキラキラと光っていた。
そして、シスターさんの素顔に私の視線が移動する。
「……綺麗な瞳……」
つい、そうつぶやいてしまうようなシスターさんの瞳。
整った顔立ち、そしてグリーンの双眸はまるでエメラルドのように澄んだ輝きを持っていた。
「あ、あの……どうしたんですか……?」
訝しげな表情でシスターさんは私の顔を覗き込んでくる。
「あ!ご、ごめんね?
あなたの瞳が綺麗だったからつい……」
「あ、ありがとうございます……」
頬を赤く染めて、恥ずかしそうに俯くシスターさん。
照れてるのかな??
私はひとまず風で飛ばされてしまったシスターさんのヴェールを拾ってあげる。
「旅行に来たの?」
「いえ、違うんです。
実はこの町の教会に今日赴任することとなりまして……あなたもこの町の方なのですね。
これから宜しくお願いします」
シスターさんはそう言うとぺこりと頭を下げた。
「……この町に来てから困っていたんです。
その……私って、日本語うまく喋れないので……道に迷ってたんですけど、道行く人皆さん言葉が通じなくて……」
困惑の表情を浮かべながらシスターさんは胸元で手を合わせる。
……ということはこの人は日本語が話せないんだ……。
それなのに、私と言葉が通じるのは悪魔の力のおかげだね……。
悪魔には翻訳機能のようなものが備わっているとグレモリー先輩が言っていたのを思い出す。
「ん〜……だったら私が教会まで案内してあげるよ?道なら知ってるしね」
「ほ、本当ですか!!
あ、ありがとうございますぅぅ!
これも主のお導きのおかげですね!!」
目尻に涙を浮かべながら私に微笑むシスターさん。
可愛い微笑みだけれど、シスターさんの胸元で光っているロザリオを見ていると最大級の拒否反応が私を襲ってくる。
やっぱり悪魔になるとこういった聖なるモノに通じる物に弱くなるんだなぁ……。
しみじみとその事実を感じながらシスターさんに微笑み返す。
―――――教会へ向かう途中、公園の前を横切る。
「うわあぁぁぁぁぁぁん!!!」
その時聞こえてきたのは子供の泣き声。
「だいじょうぶ?よしくん」
お母さんが男の子に声をかけていた。
どうやら転んでしまったらしい。
そんな男の子を見たシスターさんは突然公園の中へ方向転換し、近づいていく。
私も慌ててその後をついて行った。
シスターさんは座り込んで泣いている男の子の傍に行くと、しゃがんで、微笑んだ。
「大丈夫?
男の子ならこのぐらいの怪我で泣いてはダメですよ?」
シスターさんが男の子の頭を優しく撫でる。
言葉は通じていないだろうけれど、その優しさに満ち溢れた表情で、気持ちは伝わっただろう。
分け隔てのない慈愛の心。
それはまるで―――――聖女と言える存在のようにも感じる。
シスターさんはおもむろに自身の手のひらを男の子が怪我をした場所にかざす。
シスターさんの手の平から淡い緑色の光が発せられ、男の子の怪我を治してゆく。
手の光が、傷を治している……?
私の脳裏には一つの言葉が過ぎった。
―――――【
特定の人間の身に宿る規格外の力、木場くんがそう言っていた。
そして、夕麻くんは神様が創った不完全な代物だとも言っていたのを思い出す。
私はそれだと何となく感じた。
あの光を見てから、私の左腕が疼くから―――――神器が共鳴しているんだろうか?
いつの間にか、男の子の傷はふさがり、怪我のあとなんて一切残っていなかった。
男の子のお母さんとキョトンとした表情を浮かべ、目の前で起こった信じられない現象に驚きを隠せないようだ。
「はい、もう大丈夫。
傷もなくなりましたよ」
シスターさんは男の子の頭を優しく撫でると微笑みを向けた。
そして立ち上がると私の方を向く。
「すみません、つい……」
キョトンとした表情を浮かべていた男の子のお母さんは頭を垂れると男の子を連れてその場をそそくさと去ってしまう。
「ありがとう!お姉ちゃん!」
男の子は笑顔で手を振っていた。
「ありがとう、お姉ちゃんって言ってたよ?」
日本語が分かっていないシスターさんにそう通訳すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「その力……」
「はい。治癒の力です。
神様から頂いた素敵なものなんですよ」
微笑むシスターさん。だけど、何処か寂しげな色が見えた。
苦労、悲しみ、孤独……負の感情の色が怪しく漂っている。
「本当に、素敵な力だね……。
あの光を見てるとあなたの心の優しさが伝わってきたよ」
そんな、暗い色を漂わせるのは似合わない。
彼女は見ての通りの優しい少女だろうから。
「そろそろ行こっか。
シスターさんが探してるところ、ここからそんなに遠くないしね」
私が笑顔を浮かべれば、シスターさんも微笑みを浮かべてくれる。
今度は花が咲いたような明るい微笑みを。
あの公園から数分進むと、古ぼけた教会が視界に入る。
この教会ってかなり昔から使われなくなってたような気が……だけど見たところ灯りも点ってるみたいだから本当は使われてたのかな……??
―――――ぞくっ。ぞくぞくぞくっ。
突然、身体を嫌な汗と悪寒が走る。
これ以上は近づいてはいけないと、危険信号を発しているようだ。
グレモリー先輩にも神社や教会なんかには近づいてはいけないって強く説明されたのを見ると、やはり悪魔という存在はこういった聖なるものなどには近づいてはいけないのだろう。
「あ、ここです!良かったぁ……」
地図の書かれたメモと照らし合わせながらシスターさんが安堵の息を吐く。
良かった……場所は合ってたみたい。
私も安堵の息を吐く。
……あまり、ここには長居できない。
日も暮れてきたし、早めに退散しないと……。
「それじゃぁ、私、そろそろ帰るね?」
「待ってください!」
別れを告げて、その場を去ろうとした私をシスターさんが呼び止める。
「私をここまで連れてきてもらったお礼を教会でさせてください!」
「そんな大層なことしてないからお礼なんていいよ」
「……でも、それでは……」
困ったような表情を浮かべるシスターさん。
私はそんなシスターさんの様子が微笑ましく感じてしまう。
「私は兵藤一誠。周りからはイッセーって呼ばれてるから、イッセーでいいよ。
シスターさん、あなたの名前はなんて言うの?」
私が自己紹介をすると、シスターさんは笑顔で応えてくれる。
「私はアーシア・アルジェントと言います!アーシアと呼んでください!」
「じゃぁ、シスター・アーシア。
また今度会えたら一緒に遊ぼう?」
心優しいシスターさん―――――アーシアにそう言う。
「はいっ!イッセーさん、必ずお会いしましょう!
そ、そして一緒に遊びましょう!約束ですよ!」
深々と頭を下げるアーシアはとても嬉しそうだった。
私はそんなアーシアに手を振りながら別れを告げて帰路へと着く。
本当にいい子なんだと、理解できた。
次に会うときはゆっくり遊ぼうね、アーシア。