六道の果実 作:たいそん
第二話 尊厳を取り戻す
「うぐぁあああああ!!!」
肉の焦げる音が聞こえる。シャボン玉を被った変な格好をした高慢ちきな女。彼女は恍惚な笑みを浮かべ、少年の背中に紋章を刻んだ。
独占欲のような物だろうか。愛する男にキスマークをつける女の心境に似ている。
「くふふ。あはははははははは!これで貴方は私の物ざます。お父様に感謝しなくちゃ」
嗜虐趣向を持つ女。愛する人間に鞭を打ち、痛みにのたうち回る様を見て愉悦を感じる人格破綻者。本来であれば刑に処される行為だが、彼女のそれは公に黙認されていた。
世界政府最高権力者、天竜人。世界の謎、空白の百年を知る存在と推察される血族であり、権力の独占を成功させている生まれながらの強者である。
タチが悪いことに彼女達の行為は悪意によるものではなく、純真により生まれる感情からの産物であること。
「はぁ、はぁ、くっ………!」
「何ざます?文句でもあるざますか?」
「と、トンデモ……ございませんッ」
少しでも刃向かう素振りを見せれば、痛い目に合うのは自分である。理不尽に対する怒りがある。しかし、命を失うよりはマシだ。
一度受けたあの苦しみ。前世で感じた死の感覚。あの日少年は数百人の同胞を殺し、生存する権利を得た。
何がなんでも生き延びる。そして何者にも脅かされる事のない、安寧を手に入れる。そのためには利用できる物はなんでも利用する。
名のない少年は分かっていた。自分の容姿がどこの誰よりも優れているのだと。女が自分を独占し、隔離した部屋に閉じ込めているのも全部それが原因であると。
生まれた時から自分はこの地獄にいた。天国でも地獄でもない場所から這い上がった結果がこれだ。
同胞殺しの自分には相応しい刑罰である、と己に罪の意識を被せ、この理不尽を償いと捉える事で少年は精神の均衡を保っていた。
「■■■■■■。貴方は特別に可愛がってあげるざます。今日は私が色々と教育させてあげるざます」
「有難き幸せ」
やはり、少年の名前を聞き取る事が出来ない。あの神と名乗るモザイクに名を取られたからだろうか。
少年は自身の感情を押し殺し、見る者を魅了する笑みを浮かべた。身体は血塗れ。体力は衰えている。
しかし、毎日飯が食えるだけ、他の奴隷よりマシだ。この地位を失わないために少年は自分を傷つける者にも笑顔でゴマをする。彼女の求める自分を演出する。
人は心の機敏に存外に敏感である。どんなに鈍くとも嘘をつけば分かるのだ。故に、嘘を嘘で無くす。
己の感情にさえ嘘をつき、本物の愛情を女に向けた。彼女は人格破綻者だ。愛する男を傷つけて悦に浸るサディストである。
しかしだ。だからこそ加減が上手い。女は幾度となく玩具を壊してきた。分かるのだ。どこまでやれば壊れて、どこまでやれば壊れないのかを。
愛情を向けない者はすぐに壊すが、愛情を向ける者はずっと嫐っていたい。そういう女だ。少年はそこに活路を見出した。
飽きられるまでは殺されはしない。絶対にだ。そして、いずれこの時は終わることを知っている。
あの時神は言っていた。時期を見て、力を授けると。いつかは分からないが、それまで生きていれば自分は自由になれるのだ。
約束を破らない根拠はない。しかし、神は一度約束は守った。他ならぬ少年自身を生き返らせたのだから。十分、信じるに足る根拠だ。
いつになるかは分からない。だが、必ず訪れる未来。それまでは息を潜めて待つのみだ。
▼
「見るざます!これが世に聞く奇妙な果実、悪魔の実!!」
「これが……」
あれから数年の時が流れた。陵辱の日々を堪え忍び、嘘を嘘で塗り固めて、またチャンスを掴んだ。
奴隷から成り上がり、今では女を虜にし、彼女の愛人という地位を確立させた。虐待の日は減らなかったが、特別扱いを受けるようになった。
奴隷達の調教を見せられたり、踊り子達の舞を眺めたり、彼女の行う全ての行動に同行していた。
そして遂に、この日が来た。来たのだ。力を貰えるこの時が。自由を手に入れるための前段階。地獄の様な苦しみを耐え抜いてようやく、自分は人としての尊厳を取り戻すスタートラインに立った。
「遠慮はいらないざます。愛しの貴方がどんな力を得るのか、私は楽しみざます。もし、強くなったのなら、私を守ってくれるざますか?」
「はい。喜んで、御身をお守りいたしましょう」
少年はまるで王に仕える騎士のように、女の手を取った。サディストであろうとも所詮は世間を知らぬ箱入り娘。
天竜人の女は政略結婚を余儀なくされる。かく言う女もその一人なのだが、欲しいものを欲しいだけ与えられてきた小娘に我慢できるはずもない。
現に天竜人の男だって何人もの後宮を抱え込んでいる。女に愛人がいない道理はない。無論、ことが露見すれば少年は殺されてしまうだろう。
だが悪魔の実を安全に手に入れるにはこれしか手段がなかったのだ。余興として食わされることもあるようだが、それは運がいい場合のみだ。
そしてその場合は確実に海楼石の枷を付けられる。
自由に力を振るうため、リスクを犯すことに躊躇いはなかった。
「んぐっ」
不味い果実を一口で飲み込む。あまり変化を感じることはないが、いずれ、知ることになるはずだ。
▼
奴隷間での情報共有はとても重要である。
少年はヒトヒトの実幻獣種、モデル
人数はそう多くない方がいい。出来るだけ少人数で行動すべきだ。
大勢を使い撹乱するのも手だが、誰にもバレず、穏便に逃げることが出来るならそれを使わない手はない。
「フィッシャー・タイガーだな?」
「………なんだ、人間」
「取引しに来た。俺を信じろ、役に立つ」
少年は土遁の術で首輪の鍵を作ると自分の首輪を外して見せた。
「な!?」
「静かに、フィッシャー・タイガー。お前も奴隷だったなら、俺の事ぐらいは知ってるはずだ」
天竜人の腰巾着。少年は皮肉を込めてそう呼ばれていた。
「俺が奴らに媚を売っていたのも全てこの日のためだ。悪魔の実を食し、力を蓄え、人としての尊厳を取り戻す!そのためにーー」
「ーープライドを捨てたのか?人としてのプライドを。自由意志のない人間など、ただの道具だ」
「そうだ。俺は奴の望む愛玩人形を演じていた。裏で隠れて準備を整える、今日この日まで!」
「……なんて男だ。まったく、気がつかなかった」
魚人、フィッシャー・タイガーの噂は奴隷達の間では有名だ。腕の立つ魚人であること。そして、力のない奴隷達をよく庇っていた。
そんな彼からすれば、少年は狡い男だ。安全な地位を確保しつつ、それを他人に無条件で分け与える事はない。
故にフィッシャー・タイガーは彼を信じる事にした。取引とは双方に利益をもたらすもの。利益の上の同盟ならば狡いこの少年を信用出来る。
「脱出の手はずは?」
「すでについている。魚人のお前を選んだ理由がわかるな?」
「海か?」
「そうだ。俺は能力者。垂直歩行は出来ても、海面歩行は出来ん。お前には魚人島まで俺の足になってもらう」
少年はシャボン玉を口寄せし、それをタイガーに見せた。
「なるほどな。いいだろう。協力してやる」
「物分りがよくていい。すぐに首輪を外す。少しじっとしていろ」
同じように土遁の術を使い、タイガーの首輪を外す。そして彼の肩に手を当てる。
「飛雷神の術」
時空間を飛んだ。少年がマーキング出来る範囲は全てマーキングしていた。マリージョアだけではない。彼は主人の付き添いとしてシャボンディ諸島まで出向いた事もある。
これも、彼ほどの地位にいる者しか成し得ない事だった。
「……夢か、これは?」
「いや、現実だ。驚いたか?」
目の前に広がるのは一番グローブのヤルキマンマングローブ。間違いない。これはシャボンディ諸島だ。少年は得意気に笑う。
「あり得ない………ッ!なんて能力だ」
「そうでもない。俺は自分自身ともう一人分ぐらいしか、この飛雷神の術の恩恵を与える事が出来ない。……今のところはな」
「……十分だ。俺の必要があったのか?全部お前一人で出来そうな気もするが」
「それこそまさかだ。変化を使いシャボンディに居座るのもありだが、魚人島に行った方が都合がいい。海軍からもしばらく身を隠せる」
変化の術は容姿を変える術だ。しかし、見聞色の覇気を持つ者の前では意味のない技でもある。
天竜人のお気に入りの少年が消えたとなれば、必ずあの女は海軍大将を動かしてまで捜索する事だろう。
シャボンディ諸島から脱出するまでの間、彼は大将に見つからない確証がなかった。だが、魚人島に行けば、海軍が動くにも時間がかかる。
それまでの間にまた、準備を整える。それで十分だ。
「いったい何の能力者なんだ?出来る事の幅が広すぎる。まさか複数という訳もないだろう?」
「一つの能力だよ。ヒトヒトの実幻獣種、モデル仙人。俺はチャクラというエネルギーを操る六道仙人になったんだ」
だが、まだ練度は甘い。第三形態の六道仙人モードに至るにはまだ研磨が足りない。第一形態忍モード。これが今出来る最大の成果だ。
「訳が分からん。だが、自然系より珍しい幻獣種とはな。強い訳だ」
「これを着ろ、タイガー。変装用のローブだ。顔と身体を隠すぐらいは出来る。海に出るぞ、この島を脱出する」
少年は美貌に笑みを浮かべた。フィッシャー・タイガーはこの時、確信したという。天竜人を手玉に取るのも不可能ではない、と。
卑劣様の功績はすごい。
戦闘以外にも活用出来て超便利。
冒険物だったら飛雷神の術は反則級の技です。追い詰められても自由に逃げ切れる機動力がある。
マーキングの場所を把握していなければ海軍が主人公を捕まえるのは物理的に不可能です。
ところで、FGOやってる方いますか?
皆さん島の開拓はどの程度進んでいるのでしょうか。作者は青王様の言いなりになってます。