セブンスターを喫う先生、あるいは黄金瞳の   作:ishigami

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 Attendre et espérer.















Zoetrope
■■440101 One more time,One more chance:||


 

 

 

 ◇

 

 

 

 都市が、崩壊していた。

 

 建築物は、軒並み崩れている。地は荒れ、樹は枯れ、水は腐り、辺り一帯は焼け爛れた肌のような惨状であり、空は黒雲に覆われて陽が差すことはなく、人工物のことごとくが錆び付いて草臥れていた。そこかしこ道の脇に積み上げられた骸がある一方で、放置されたまま転がっている死体もあり、いずれも死蠅がたかり、湧いていた。

 

 人の姿は見えない。

 

 だが。

 

 

 慟哭が、木霊した。

 

 

 人ひとりいなくなった寂れた都市に、少女の哀哭が響き渡る。

 

 見覚えのある(・・・・・・)少女だった。紅い、最強の空戦兵器と称されるISを鎧った少女は、腕に何かを抱えて、ひざまずき、必死に謝りながらいつまでも涙していた。

 

 抱えている、それ(・・)は、人間の()だった。

 

 白髪の首。男にも女にも見える顔をした、東洋人の首だった。

 

 片目だけ開いている。光彩は、珍しい金色(こんじき)であり、少女を見つめ返していたが、何も語りかけることはない。

 

 

 語りかけることなどあるはずがないというのに。

 首は、気づけば、こちら(・・・)を見ていた。

 

 

 顔が変化する。男にも女にも見える顔は、明確に女の顔へと変わり、髪はたちまち黒く染まり、目鼻顔立ちは、自分のよく知る人(・・・・・・・・)のそれへと――

 

「いちか」

 

 首が、喋った。

 

「いちか」

 

 両眸の中央から縦に裂け、血が噴き出し、血を浴びた少女は咽び泣いている。首の顔の皮膚が剥がれ落ち、赤々とした血肉と眼窩に埋もれた瞳が、こちら(・・・)を見つめて、微笑んだ(・・・・)

 

 

 

 いちか(・・・)

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急に視界が真っ白に明るくなり、全身に重石が乗せられているような感覚に恐怖を覚えて無我夢中で抵抗すると、すぐ傍で悲鳴のような声が聞こえた。

 

「織斑くん、落ち着きなさい、大丈夫だから!」

 

「――ぁ―――ぁぁ―――――――!!」

 

「大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて……」

 

 声。誰かの。

 

 繰り返される。

 

 落ち着きなさい。

 大丈夫だから。

 

 優しく、言い聞かせるように。

 

 々、

 〃……、

 

「ぁ……」

 

 真っ白な景色が、だんだんと輪郭と色味を帯びてきて、次に自分を押さえつけている人の力を感じた。

 

「だいじょうぶ。だいじょうぶ。ほら、深呼吸して」

 

「……ぁ……――え……?」

 

 なんだ。何が起きている。

 

「ここは……」

 

「大丈夫よ。落ち着きなさい。ここは、医務室よ」

 

 見知らぬ女だった。白衣を着ている。

 見知らぬ場所だった。ベッドの上にいる。

 

 言われた単語を、呆然と呟いた。

 声が、掠れている。ひりひりする。

 

「医務、室?」

 

「ええそうよ。織斑くん、覚えてる? 大騒ぎだったのよ」

 

「……えっと、すいません。なんで俺、ここに?」

 

 汗をかいていた。動悸は、少しだが落ち着き始めていた。

 

 確か。

 

 ――今日、俺は藍越学園の入学試験のために……

 

 記憶(・・)が、曖昧で。

 

 ――会場を探してたら、迷子になって……

 ――それで……

 

「ISを動かしたのよ、キミ」

 

「はあ!?」

 

 頭痛(・・)

 

「なんでIS学園の会場にいたのかは知らないけど、キミがISに触ったら、いきなりISが起動して、しかも気を失ったのよ。覚えてないの?」

 

「すい、ません……」

 

 頭痛(・・)が。

 

「大丈夫? どこか痛い?」

 

「頭が……」

 

 痛い。

 なんだ、これは。

 

 この、痛みは。

 

「――っ、一夏!」

 

 ()

 

「織斑先生、ここは立ち入り禁止……」

 

「私はこいつの保護者だぞ!?」

 

「いえそれは分かりますが、まず声を下げて……」

 

 そこには。

 

 ――あ。

 

 織斑千冬(・・・・)

 

「千冬、ねえ……」

 

 

 

 

 

 ――ねじ曲がり、

 ――へし折れる、

 

 ――姉の首。

 

 

 

 

 

「千冬姉――」

 

「一夏。……どうした?」

 

 音が、光が、痛みが、織斑一夏の脳内で弾けた。

 

 それは知らない記録(・・・・・・)の奔流だった。織斑一夏の体験していない記憶(・・・・・・・・・)、存在しないはずの景色だった。

 

 悪夢のように凄惨な光景だった。

 運命のように残酷な結末だった。

 

「ちふゆ、ねえ………っ!!」

 

 戸惑っている気配がわかる。戸惑わせている理由を、織斑一夏は上手く、説明できそうになかった。

 

 涙が溢れてきた。嗚咽がこぼれていた。自分の意思では止められなかった。まるで蛇口がブッ壊れたみたいだった。

 

 そっと、頭に手が置かれた。

 

 目線を上げると、仕方のないやつ、とでもいうように、姉が微苦笑して、撫でてくれていた。

 

 それは、いつからか失われたはずの温もりだった。

 

 織斑一夏は、ますます声を上げて泣いた。もうこの人を手放したくなかった。手放すわけにはいかなかった。

 

 いきなり少年に抱きすくめられた織斑千冬は、驚くとともに流石に引き剥がそうとしたが、尋常ではない様子の、しかも震えている弟に想うものを感じ、結局泣き止むまで、暫くは為されるがままでいた。

 

 すぐ近くで見守っている、医師の生暖かい視線に、気まずいものを感じながら。

 

 

 

 ――二月(・・)

 

 織斑一夏の進路(・・)は、その日、こうして決定されたのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波打ち際。

 

 

 砂浜に、ひとり。

 少女が、佇んでいる。

 

 波の音。潮の匂い。

 柔らかな風。

 穏やかな日差し。

 

 目映いほどの白髪が、揺れる。

 

「そう」

 

 純白のワンピースをまとった少女が、呟いた。

 

「また始まるのね」

 

 果て無き水平線を見やって。

 少女は、いつまでも眺め続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 某所――

 

 着信音が、鳴った。

 

 はい、白雪です。

 ……篠ノ之博士?

 驚いたな。どうしてこの番号を――というのは、貴女相手には、今さらですか。

 ……そうですね。そんな間柄ではないですしね。では、どのようなご用件で。

 依頼。借り、ですか。

 ええ。

 ……ええ。

 はい。

 それで――ええ。

 

 なるほど。

 

 分かりました。

 受けます、その依頼。

 はい。

 ……もう一度? はあ――

 ああ、いえ。すみません。

 

 分かりました。受けさせていただきます。

 

 ……はい。

 はい…… 

 はい。それでは。

 失礼します。

 

 ………。

 ………。

 

「そうか。箒が、ね」

 

「兄様?」

 

「なんでもない……いや、雫にも関係あるかもしれないが、あとでもいい。行こうか」

 

「イェス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二月。

 

 彼の、発見された季節。

 

 万物が流転するように。

 

 【物語】は繰り返される。

 

 

 

 

 

 やがて春が訪れる、その日まで――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ねがいよ 鮮やかにいま輝け 凛と華咲け
 未来を吐き出したら もう少しだけ
 ねがいよ 触れさせない 誰にも奪わせはしない
 瞳に突き刺したこの光を

――lynch/A GLEAM IN EYE
 










 









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