この俺、比企谷八幡が2月の下旬にデスティニーランドで彼女、川内と出会ってから早4ヶ月。ジメジメした梅雨を超え、季節は変わり、太陽の日照りが辛い夏がやってきた。
あれから彼女とは一度も会っていない。俺の心はカラカラに晴れた空とは相反し、ジメジメしたままだった。今、彼女は何をしているだろうか。どうしたら会えるのだろうか。会って俺は何をしたいのか。今日もその答えは出ない。
板書を放棄し、そんな事を考えていたらチャイムが教室に鳴り響く。俺がチャイムに気づき顔を上げると平塚先生と目があった。何を言われるのかと俺がドキドキしていると平塚先生は口を開いた。
「比企谷……後で職員室に来い」
「はぁ…分かりました…」
またか…平塚先生は俺をどれだけ職員室に呼べば気がすむんだよ…。こんな事言っていても俺が職員室に行かなければならない事実は変わらない。俺は筆箱やノートを片付けると急いで平塚先生の後を追った。先生は教室を出るとすぐに見つける事ができ、俺は先生に並ぶように隣を歩いた。
「先生…今度は何のようすか」
「ん?あぁ、比企谷か。君はまた授業を聞いてなかっただろう。」
「はぁ…あれくらいは聞かなくても平気なので」
「君は点数だけは取れるからかぁ…困ったものだ」
「用件はそれだけですか?」
「いや?君が何かに悩んでいたように見えたから話そうと思っただけだ」
「間違ってませんけど…よく見てますね」
「君のもともと腐ってた目がさらに腐ってたからなぁ…それくらいわかる」
もともと腐ってた目がさらに腐ってるってどんだけ腐ってんだよ俺の目、シュールストレミングか。
「まぁ…悩みはありますけど」
「だろう?さぁ、話してみたまえ。どうせ雪ノ下や由比ヶ浜ら辺と揉めたのだろう?」
先生は自分の予想が当たっていたのが嬉しかったのかキラキラした目で言ってくる。こういうのは可愛いんだけどな…なんで結婚できないんだろう、この人。
「いや、今回はあいつらは関係ないですよ」
「ふむ…ではどうしたのかね」
先生が職員室のドアを開けて中へ入っていく。俺が入るか入らないべきか悩んでいると平塚先生が手招きをして俺を呼ぶ。手招きとか可愛いですね、先生。でもあれには「早く来い、でなければ拳だ」だから、超怖い。
平塚先生がもう一度俺に聞いてくる。
「比企谷、いったいなにがあったんだ。雪ノ下や由比ヶ浜以外に揉める人など君にはいないだろう」
言い方こそ優しいが「揉める友達なんかお前にはあの二人だけだろ?え?」っていう事だ。つーか揉めたの前提なのかよ…。
「別に誰とも揉めてないですよ…」
「ふむ…ならどうした」
「別に会いたい人がいるだけですよ。ただ会う方法も会って何がしたいのかも分かりませんが」
「会いたい人?君にかね、珍しいというかなんというか…」
「…自分でもそう思ってますよ。じゃ、戻りますんで」
「……比企谷、周りには自分が思ってる以上に色々と転がっているものだよ」
俺は先生の言葉を聞きながら静かに職員室を後にした。まだ会う方法は見つからない、会って何がしたいのかも自分ですら分からない。答えは自分の中にあるはずなのにそれを見つけられないとは何とも心苦しいものなのだろうか。
「はぁ…どーすっかなー」
真面目に考えてもふざけて考えても答えなど出ない。そもそもたった半日しか過ごしておらず、お互いの名前しか知らない人とどうやって会えと言うのだ。途中、召喚術でも使うかーとか、人体錬成とかもありだよな…って思ったけど無しだ。俺にはそんなにMPは無いし、人体錬成で体の一部を持ってかれるのもごめんだ。そんな時、小町からのメールが俺の携帯を鳴らした。
『お兄ちゃんへ、今日は夏祭りらしいよっ!小町はお兄ちゃんと行きたいです☆小町的に超ポイント高い♪
p.s. 奢ってくれると嬉しいでーす』
……アホっぽいなぁ。しかし小町の頼みとあれば行くしかあるまい。財布に500円くらいしか入ってないけど。『わかった』とテキトーに返し、昼飯を食べるために教室へ戻る。時計を見れば昼休みは後15分ほど、ベストプレイスで食べるには時間が少し足りない。ちくしょう、教室で食べるか。平塚先生には責任を取ってもらわねばなるまい、でもあの人怖いからね、絶対殴られるし。心のうちにヒッソリと平塚先生への恨みをしまい昼飯を口にする。平塚先生、許さない。
5、6時間目もテキトーにぼーっと過ごした。ほら、俺のスタンドだから。ぼーっとするしかないとか、そんな感じ。帰りのホームルームを終え、だからあれホームじゃないんだって。超アウェイ。アウェイでも安定の強さを誇る俺はサッカー日本代表に呼ばれるべき、イラクとかでやっても絶対負けない。サッカーできねぇけど。奉仕部の部室に向かうため教室をヒッソリと後にしようとしたが、由比ヶ浜ことガ浜さんに捕まった。ガ浜さん流石っす。
「ヒッキー!先行くなし!」
「いや、お前喋ってたじゃん…」
「ヒッキーが教室にいたから喋ってただけ!」
「さいですか…」
「でさー、今日のお祭り行くー?」
俺は由比ヶ浜と喋りながら氷の女王、雪ノ下雪乃がいる奉仕部部室という名の砦を目指す。ちなみにこれを雪ノ下の前で言うと確実に殺される、視線で。
「あー、行くぞ」
「うそ…!?」
嘘ってお前、失礼だな由比ヶ浜。小町に誘われたら例え火の中水の中森の中行くに決まってるだろ!スカートの中には行かない、あいつの下着とかどうでもいいし。
「小町に一緒に行こうって誘われたからな!」
「あー…納得」
納得されちゃったかー。まぁ、俺だからな、仕方ない。
アホの子由比ヶ浜の話に付き合っていたらいつの間にか部室の前についていた。ここが魔王の城か……な訳ないだろ。なんともないただの教室だよ、多分。
由比ヶ浜が元気よくガラーっとドアを開ける。
「ゆきのんやっはろー!」
「…うす」
「こんにちは」
挨拶短っ…まぁ?親しくなるとオスとかだけで済ますし?そういうやつかなそんな訳ないだろ最低限の挨拶だよ馬鹿野郎。
「ゆきのん、今日のお祭り行かない?」
「嫌よ」
流石雪ノ下さん、否定が早いですね。
「えぇー!行こーよー!」
ここで由比ヶ浜の駄々っ子攻撃!幼いな、おい。
「うぅっ…い、嫌よ。人混みは苦手だもの」
お?雪ノ下さんちょっとその気になりませんでした?由比ヶ浜に甘すぎだろ、お前は。
「ヒッキーでさえ行くんだよ!」
でさえって…お前は俺をなんだと思ってるんだよ。引きこもり?間違ってない。
「……本当?」
雪ノ下さん?そんなまったく信じていない目で見るのやめてくれません?
「あぁ…小町に誘われたからな」
「なるほどね…納得したわ。流石のシスコンさんね」
「お前もか…うるせぇ、シスコンじゃねぇよ。小町がアホなチャラ男とかにナンパされないためだ」
「ヒッキー……」
おい、由比ヶ浜。そんな目で俺を見るな、悲しくなる。
「シスコン以外の何物でもないと思うのだけれど……。由比ヶ浜、小町さんが可哀想だから行くわ」
「わー!ありがとー!ゆきのん!」
可哀想だからってなんだよ…俺のせい?俺のせいなの?
「小町さんからも誘われていたことだし…」
あ、なるほど。小町のやつ、俺以外にもガンガン誘ってやがった。喜んで損しちゃったよ。
「じゃ、今日の部活はもう終わりだろ?帰っていいんだろ?な?な?」
「ヒッキーどんだけ帰りたいのさ…」
「ち、ちげぇよ!ちょっと家が恋しいだけだっつーの!」
「意味変わってないし!」
「この男は……まぁ、いいわ。今日は終わりにしましょう」
「よし、じゃあな!」
「帰るの早っ!?」
「まったく…この男は……」
お前らうるせぇ。俺帰りたいだけだ!何者にも邪魔はさせねぇぜ!
時間は少し進み7時過ぎ、クソ暑い昼間とは打って変わって夜風が少し冷たい夜だ。
「ねぇ、小町ちゃん」
「なに?お兄ちゃん」
「お兄ちゃんさ、由比ヶ浜とか雪ノ下も一緒って聞いてなかったんだけど」
「うん?だって言ってないもん」
言ってないもん…言ってないもん……
「だってお兄ちゃん、結衣さんとか雪乃さんいるって言ったら行く?」
「……前向きに検討していく気持ちではいるかな」
「ほら、そうなるでしょ」
さすが小町ちゃん…お兄ちゃんの扱いをわかっていらっしゃる…。
「あ、ほら来たよ」
遠くから由比ヶ浜が雪ノ下の手を引っ張ってこっちに向かってくる。二人とも浴衣か、由比ヶ浜はピンクを基調としたアホっぽそうなの。雪ノ下は青を基調とした落ち着いた感じの浴衣を着ている。ちなみに小町は黄色い感じの浴衣を着ている、かわいい。
「やっはろー!ヒッキー!小町ちゃん!」
「おー、なにがはろーなのか全く分かんねぇけど」
「やっはろーでーっす☆」
小町ちゃん?なんで乗っちゃうの?なにがハローなんだよ、ホント。やっぐっないとかじゃダメなの?ゴロ悪っ、それ寝てるし。
「じゃあ…行きましょうか…」
「お前顔色悪すぎだろ…どんだけ人混み苦手なんだよ…」
「しょうがないじゃない…苦手なものは苦手だもの…」
「あはは…じゃあ行こっか」
由比ヶ浜が雪ノ下と小町の腕を取って先に進む。俺は一歩ほど後ろから見守る保護者スタイルだ。むしろ保護されたい、働きたくない。
「いやー、今年も混んでますねぇー」
「1年に2、3回しかやらないからねー」
いや、1年に2、3回しかやらないって当たり前だから。毎日祭りってなんだよ、どっかの毎日閉店セールみたいじゃねーか。
「でもこれは異常よ…人が多すぎだわ…」
「雪乃さん大丈夫です?小町お水持ってますよ、お水」
「まだ大丈夫よ…」
そんな会話を少し後ろでぼーっと聞いていたら信号に引っかかってしまった。
「あ、お兄ちゃん」
「おー、小町ー。3人で回ってていいぞー。帰る時に連絡くれー」
「うん、分かったー。帰ったら電話するねー」
「おー……お?」
「さ、行きましょ!結衣さん!雪乃さん!」
小町ちゃん?帰ってから連絡っておかしくない?もういいや…テキトーに飯買って帰ろ…と若干涙目になりながら考えていたら急に後ろから声をかけられた。
「ねぇねぇ」
「なんす…か……?」
俺が後ろを振り返るとそこには少し前に見た顔が立っていた。
「ふふっ…八幡、覚えてる?」
「川…内か……?」
俺が求めていたものはたった今、目の前に現れた。今夜は涼しいはずなのに体が熱を発している。暑い、唇はカサカサに乾き、喉はカラカラに乾いている。俺はこうなる事を望んでいたはずなのに、言葉が何も出てこない。背後の信号が赤から青に変わり、人の波が再び動き始めるのがゆっくりと確認できた。