「川…内か……?」
俺、比企谷八幡はカラカラに乾いた喉から声を絞り出して目の前に立つ女性にそう聞いた。
「うん…そうそう、覚えてたんだ」
忘れられるわけがない。俺はあの時のこと忘れることができないと思う。名前も知らない、何が好きなのかも知らない。だけど、俺の独りよがりかもしれないけれど、お互いにとって忘れられないものであると思う。
「ま…私は忘れる気もないし…忘れられるとも思わないけど、ね」
川内が小声で何かを言ったようだが周りの雑音に掻き消されて俺の耳には届かなかった。
「とりあえず、さ。ここで立ち止まると迷惑だから移動しない?」
「……また、一緒に回るか?」
あまりにも小声だったため、川内の耳には届いていないかもしれない。
「…ふふっ、なんて言ったの?」
あ、こいつめっちゃニヤニヤしてやがる、絶対聞こえてんだろ…。
「っち…だからよ、一緒に回ろうぜ?あ、一人か…?」
「うん、1人だよ。また一緒に回ろうか」
「おう…」
俺は川内にそっと手を差し出す。川内はキョトンと俺の差し出した手を見つめる。ですよねー、そうなりますよねー。
「その…あれだ。人が多いからな。迷わないために、な?」
「あ、そういうこと、ね。りょーかいっ」
川内がぎゅっと俺の手を握ってくる。え、ちょっ…なんで指絡めてくんの…?
俺がじと目(可愛くない、腐ってる)でじーっと見つめると川内はニコッと(可愛い)笑った。まぁ…いいか…。
「とりあえずよ…どうする?」
「そうだなぁ…出店を見て回ろっか」
「ん…了解…」
この人混みの中行くのかぁ…嫌だなぁ…。まぁ、川内の願いだからしょうがない。お祭りに来ているわけだし、川内がどこに住んでるか知らないけど千葉の祭りに来たからには楽しんでもらわないと千葉のこと嫌いになっちゃうかもしれないしね!あれ、これさ、川内が千葉を好きになるかならないか俺にかかってない?そういうのは観光大使とかそこら辺がやれよ!俺関係ないだろ!千葉好きだけど!
「ふふっ…嫌そうな顔してるよ?」
「まぁな…人混みは苦手だし…」
「……なのに行くの?」
「あ?お前一人に行かせられる訳ないだろ」
川内はまたもやキョトンとした顔で俺の顔を見つめる。え…?俺変な事言った?すごい怖いです。
「な、なんだよ…」
「……あ、あぁ、うん。優しいなー、ってね…」
「別に…普通だろ」
「そっか…八幡にとってはそれが普通なのか」
「お前みたいなやつを…一人で回らせるわけにはいかんしな」
「……?どゆこと?」
「だから…なんだ、その…お前みたいな可愛いやつを1人にするのは、違うだろって事だ」
うわぁ…俺何言ってんだよ超恥ずかしいんだけど。川内黙っちゃったし。絶対引いてるよ…。
俺が恐る恐る川内の顔を見ると川内は顔を真っ赤にして俯いていた。
え…ちょ…恥ずかしいよおおお!!うわああああああ!!!
「あ、ああありがと……」
川内が顔を真っ赤にしたままボソッと呟いた。周りは祭りのテンションでうるさいはずなのに何故か俺の耳にはその声がしっかりと聞こえた。
「お、おう…気にすんな…」
「う、うん……って聞こえてたの!?」
「あ、いや、なに?全然聞こえなかった。なんて言ったの?」
「今さら遅い!」
川内は拗ねたようでぷくーっと頬を膨らませる。頬膨らませんな、突くぞ。可愛いし、恥ずかしいからやらねーけど。
「ほら…とりあえず回るんだろ…?」
「う、うん…!」
俺が先に歩き始め川内を引っ張る形になる。デスティニーランドの時とは逆だ。まぁ、どうせすぐ俺が引っ張り回されるようになるんだけどね。ほら、レディーファーストっていうの?女性の意見を尊重しようっていうの?社会的に考えて超ポイント高い。さぁ!このクソみたいな人混みの中!お祭りレッツゴー!……はぁぁ。
結論、15分テクニカルノックアウト!比企谷八幡ダウーーン!!
「無理…この人混みは無理…超ごめん…」
吐き気どころじゃない、叫ぶだけ叫んで寝たい気分だ。
「あはは……はいっ」
川内がかき氷をあのスプーンとストローを足して3で割ったようなよく分からないやつで差し出してくれた。このストローみたいの…ホントになんなんだろう…。というか、これだと食べにくいですよ?川内さん、どゆこと?
俺がキョトンとしていると川内が口にスプーンだかストローだかよく分からないやつを突っ込んできた。えっ…ちょっ……!?
「あの…川内さん…?」
「ん…なに?」
川内は何もなかったかのようにかき氷を食べていく。そんなに食べて頭痛くならないのかしら。……って違う違う、そうじゃ、そうじゃない〜、ってやかましいわ。
この子、間接キスとか抵抗ないのかしら。最近の子って怖いわぁ…。
俺は口の中にわずかに残った氷を味わうようにゆっくりと飲み込みながら夜空に打ち上がった花火を見つめた。……こいつのせいで味しないんだけど、頭キーンってしただけだわ。まぁ…別にいいけど。
「ねぇ…八幡、ちょっと…いいかな」
土手でぼーっと立ちながら花火を見ていたら唐突に川内が呟いた。
「あ…?どうしたよ」
「少し…さ。私の話してもいいかな」
こいつから自分の話をするというのはかなりの覚悟がいるものだと俺は思う。なぜなら今までこいつは自分のことをほとんどと言っていいほど話していないからだ。
俺がなんて返せばいいのか分からず、黙っていると川内はそれをオーケーの印と受け取ったのかそのまま喋り始めた。
「私、ね…艦娘っていう、兵器なんだ。主砲とか、魚雷とか、武器を担いで深海凄艦っていうのと戦うの」
カンムス…?シンカイセイカン…?頭がまったく付いてこない。まるで理解することを放棄したようだ。
「体は鉄、血液は燃料、作り物の体に作り物の心。なのに一人一人に感情があって、一人一人違う。おかしな話でしょ?」
「は………?」
我ながら腑抜けた声が出たと思う。川内がなにを言っているのかまったく分からず、頭が理解する事を放棄したようだ。
「ねぇ……八幡、私は兵器と人、どっちなんだろうね」
川内は悲しそうに笑った。その笑顔は理不尽な運命を受け入れ、諦めたような笑顔だった。
俺はほとんど思考を放棄した頭で精一杯考え言葉を紡ごうとする。
「その…なんだ…?お前が人じゃないってことは分かった。何かのために戦ってるっていうのも」
川内は悲しげな表情でまたにこっと笑ってみせた。その笑顔に辿り着くまでに何度挫折したのだろうか。一体どれだけの物を捨ててきたのか。それは俺には計り知れない。
だけど俺はここで言葉を止めてはいけない、そんな気がした。
「だけど、よ。人か兵器なんてよ…俺にはとってはどうでもいいんだよ」
川内はこの答えを予想してなかったのか呆然とその場で固まっている。
「その…なんて言えばいいのか分かんねーけどよ。俺から見たらお前は人の心っつーのを持ってると思うしよ…そこまで気にする事じゃねーと思うぞ…?」
「八…幡……?」
川内は俺の言ったことが信じられないのか、唖然としている。
「だからよ、お前が人か兵器かなんてどうでもいいんだよ、俺にとっては」
川内はプルプル震えながら俯いている。自分の浴衣の袖を強く握りしめているようだ。
俺は優しくぽんっと川内の頭に手を乗っけるとこう言った。
「なんつーか…だから、気にしなくていいぞ…?」
俺がそう言うと川内は俺に抱きついて胸に顔を埋めてきた。
「うぐっ…あ、ありがとっ…。本当にありがとっ…」
川内はそう泣きながら切れ切れに呟くとそのまま泣き続けた。
俺はなぜかそんな川内を抱きしめる事ができず、ただ空にあがる花火を見つめる事しかできなかった。
この後、俺と川内は特に会話といった会話はしなかった。俺の容量のあり余っているスマホには新しいメールアドレスが登録されている。重さはほとんど変わらないはずなのに、なぜかずっしりと重みを感じた。
「ふぅ…たでーまー」
「んー?あ、おかえりお兄ちゃん」
「おう……って帰ってたのかよ…」
小町ちゃん?なんで家にいるの?連絡まったく来てないよ?お兄ちゃんはそういうところが心配です。
「ありゃ、連絡してないっけ」
「来てたら聞いてねぇよ…、ちょっと探したんだぞ」
「え、まじ?それはごめんね」
「まぁ、別にいいけどよ…」
「あー、でさーお兄ちゃん」
「あ?んだよ」
「あのさ…」
「あ……?」
なんだこいつ…話したくないの?それともお兄ちゃんと一緒にいたいから伸ばそうとしてるの?後者だと八幡的にポイント高いよ!世間的には最悪だけど!
「お祭りでさ、一緒にいたの…誰…?」
小町が少し表情を暗くしながらそう問いかけてくる。ヤンデレに見えなくもないな、小町のヤンデレとか超俺得!刺されなければ!
というかそんなこと考えてる場合ではない。
「見てたのか…?」
「うん…たまたま、見ちゃってね。遊んでたところ。お兄ちゃんにしては楽しそうだったよ」
「お、おう…そか…」
まさか見られてるとは思わなかった。まあこいつの場合はいじったりしてこないからいいだろう。あ、そもそも俺にはいじってくる友達もいなかったね!テヘペロ!
「小町にも今度紹介してよ!お義姉さん候補!小町の将来のお姉さんかもしれないから!」
「おう、絶対紹介しないわ」
「えぇー!お兄ちゃんのケチぃ」
「うっせ…ほら、もう寝るぞ」
「ちぇ…はーい」
俺と小町は2回に上がってからそれぞれ自分の部屋へと向かう。この時は気付かなかったんだ、小町に見られているということはあいつらにも見られているということを。
翌日、特に何かあるわけでもなく俺は普通の日を送っている。いや、今日は戸塚と喋ったな。戸塚と喋ったから今日は幸せな日である、ありがたやー。
朝から最高にハイになっている俺とは違ってクラスの雰囲気は少し重い。理由は簡単だ、トップカーストに所属する由比ヶ浜の元気があまりないからだろう。会話と会話を繋ぐ役目を持っている由比ヶ浜の元気がないということはあいつらの会話があまり続かないということだろう。そういう影で支えている人がいなくなると辛くなるってバレーの漫画で見た。
由比ヶ浜の周りでは三浦とか海老名さんが声をかけていたが結局由比ヶ浜はその日1日、いつもの姿になることはなかった。
「ねぇ…ヒッキー」
奉仕部の部室にて由比ヶ浜が唐突にそう呟いた。
「あ…?んだよ」
突然名前を呼ばれてちょっとまぬけな声が出ていたかもしれない。
由比ヶ浜はそのまま話を続ける。雪ノ下は本を開かずに俯いたままだ。
「昨日さ…一緒にいた子だれ…?」
しまった、小町とこいつらが一緒なのを完全に忘れていた。だが川内とこいつらはまったく面識がないはず、ここで彼女の名前を出すのはおかしいだろう、俺はそう判断してこう言った。
「別に…お前には関係ねぇよ」
少し冷たく、突き放すような言い方になってしまったかもしれない。だけど、由比ヶ浜は引かずにこう言ってくる。
「それはそうかもしれないけど…それでもっ…」
けど、この先に続く言葉を由比ヶ浜はなかなか言えずにいる。
そんな静寂のを破ったのが雪ノ下だった。
「少し…席を外すわね」
「は?ちょっ…おま」
雪ノ下は俺の話を聞かずに(いつも)部室から出て行った。部室に残ったのは俺と由比ヶ浜の2人だけ。空気は重くなるばかりだ。
「ねぇヒッキー…あのね、私…」
由比ヶ浜は意を決したのか重々しく口を開いた。
俺は口を開くのが怖くて何も言うことができなかった。だけど由比ヶ浜はそのまま話を続ける。恐らく俺が何を言っても話を続ける気だろう。
「私…ね、ヒッキーが好きだよ」
俺は何を言われたのかまったく分からなかった。好き?俺が?何かの冗談だ、と思ってた由比ヶ浜を見ると返事を期待しているような、返事を聞くのが怖い、といった不安そうな顔をしていた。これは本気、なのだろう。どうすればいいのか、何を言えばいいのか。俺にはまったく分からない。
俺が答えに戸惑っているなか由比ヶ浜がまた口を開いた。
「だから、ね…その…付き合ったりできないかな…?」
……由比ヶ浜は本気だ。なら、俺は、本気でこの想いに応えなければいけない。俺は由比ヶ浜にーーーー