夏休みに入って早3日。外は夏らしく夏夏夏夏ココナッツでアイアイアイアイアイランド。訳わかんねぇな、これ。まぁ、とにかく暑いということだ。テレビからは連日、今年最大の猛暑と聞こえる。まだ8月に入ってないのに今年最大の猛暑連発とかやばいんじゃないの?8月とかどうなるの?
しかし、受験生の俺には予備校以外これと言って予定もなく、予備校のない日はゴロゴロしたりダラダラしたり寝転がったり、宿題したりと自堕落な夏休みを過ごしていた。
午前中にある程度予備校からの宿題を終わらせ、昼飯を食べた後に軽く睡眠でも取ろうか、そう思った時に俺の携帯電話が鳴り響いた。画面には知らない番号が映されている。嫌な予感しかしない…。
そう思っても携帯電話は鳴ることを止めない。1コール、2コール、たっぷりシカトして7コール目、それでも鳴り続けたため、俺は仕方なく電話に出た。
『……もしもし』
『あ、先輩ですか?この前話した事の続きをですね…』
『いいえ違いますじゃあ切りますから』
『えっ…ちょっ』
相手の言い分を聞く前につい電話を切ってしまった。だって絶対めんどくさい事じゃん…。
俺が忌々しく携帯電話の画面を睨みつけてからソファに投げつけると再び携帯電話は鳴り始めた。こんなに鳴って欲しくない電話は初めてだ、メリーさんの電話のほうがマシなんじゃないの?
しかし電話に出ないという選択肢にはどうしても出れない。だって後が怖いし…何言われるか分かんないし。
俺は諦め、携帯電話の通話ボタンを押しそっと耳に当てた。
『……もしもし』
『あ、先輩ですか出るの遅いです一回きりましたよねゆっくりお話ししましょうか』
電話に出るなりいきなり早口で言葉を並べられた。怖い、いろはす怖い、逃げられない。どっかの邪神みたい、邪神いろはーほてっぷ。本人に言ったら殺されるな…。
『よし分かった。とりあえず要件を言え』
別に怒られてもいいが通話時間が伸びると面倒だ、昼飯とか昼寝の時間的に。あと話聞くのめんどくさいし。そう思って一色に簡潔にまとめるように言う。
『は、はぁ…えと、この前部室で少し話したじゃないですかー?』
えーと…あー、そういえばなんか来て言ってたなー…もちろん話なんて全然聞いてないから何言われたのか覚えてねぇけど。
『あぁ、そういえばなんか言ってたな、何言ってたの?』
『何言ってたのって、先輩。話聞いてなかったんですかー?』
「聞いてなかったから聞き直してるんだけど。で、何するの?葉山の拉致?それともストーカーでもすればいい?』
『……先輩は、わたしの事なんだと思ってるんですかねぇ?』
俺が軽く冗談のつもりで言ったら電話の向こう側からはかなり低い声が聞こえてきた。これはかなり怒っていらっしゃる…。
『じょ、冗談だから。落ち着いて、ね?』
『…はぁ、これだから先輩は…。まぁいいや。えと、オープンキャンパス?的なのの手伝いをしてもらいたいんですよー』
オープンキャンパス、学校を見学してもらって校舎とか部活、説明を受けて貰おうというやつだろう。高校、大学なら大抵のところがやっているものだ。
ただオープンキャンパスの手伝い、と言っても色々なものがある。受付に列整理とか案内とか、受付はやりたくねぇな…。
『あぁ…そう、それってどうせ俺に拒否権はないんでしょ?』
『えぇ!雪ノ下先輩と結衣先輩、それに平塚先生の許可も取ってありますよ!』
マジかよ…、俺の退路は完璧に断たれていた。こうなると俺は参加せざるを得ない。
『はぁ...分かったよ、やるよ。やりますよ、やればいいんでしょ』
『そうですそうです、やってくれればいいんですよー』
俺がテキトーな対応で「やる気ないならやらなくていいですよ?」作戦を決行したが一色には通じなかったようだ。ちっ...こいつ...。
『はぁ...それで?何すればいいの』
『あぁ、えーとですね、今からそれを決めるので学校に来て欲しいんですけど…』
学校、つまり奉仕部の部室に来いということだろう。
別に学校に行くこと自体は問題ではない。確かに行くのには自転車で1時間弱かかるが、引きこもりのおれにとってはちょうどいい運動になる。少し寄り道をすれば千葉駅前まで行けるし、軽い運動自体は問題ではない。
なら、なにが問題になると言うのだろうか。
それは奉仕部にいる彼女ら、由比ヶ浜結衣、そして雪ノ下雪乃だろう。
俺と由比ヶ浜結衣は一種の特別な関係、いわゆる彼氏彼女の関係にある、と思われる。
思われる、と不確かなのはしっかりと確認したことがなく、曖昧なまま二人の関係が続いているからだ。
そして雪ノ下雪乃、彼女にその曖昧さを指摘された。上辺だけの関係は嫌いではないのか。彼女、由比ヶ浜結衣の気持ちを考えていないのか。そう、彼女らしく、彼女の言葉で、正面からはっきりと言われた。
それから彼女らとはコミュニケーションを取っていない。逃げてるわけではない、はずだ。だが本心では逃げているのかもしれない。
いつまでたっても変わらない。変われない、のかもしれない。しかし、それでは何も解決しない。今回はそのいい機会だろう。彼女らと、卑屈で陰湿な俺ではなく、正面から話してみるのもありではないか。それに、川内。俺にはもう一人、話さなければならない人がいる。
頭の中で思考を繰り返していたら会話に集中できていなかったらしく、電話の向こうの相手、一色いろはは小言を言っていた。
『ちょっと?先輩?聞いてます?無視してますよねー?おーい』
『え、なになに?超聞いてるけど』
『いやそれ、絶対聞いてないですよね…』
『あ、やっぱバレたか』
『はぁ...えと、お昼まだですか?』
一色は少し長い溜息をついてから、唐突にそんなことを聞いてきた。
現在、俺は昼ご飯は食べていない。小町は友達と出かけてるらしく、家にはいない。親に金をもらえる訳でもなく、もちろん小町にも貰えない。むしろ俺があげるまである。か、カツアゲなんかじゃないんだから!
『あー...まだ食ってねぇけど...』
そう言いながら立ち上がり、冷蔵庫を開ける。
スッカラカン、冷蔵庫の中はこの言葉がピッタリだろう。トマトケチャップやマヨネーズ、ソイソースといった調味料しかない、何やってんだよ母ちゃん…。
『あ、じゃあとりあえずそのまま学校来てくださいねー』
『は?お前なに言ってんの?飯食わないとかあり得ないからふざけんなよマジで』
『うるさいですうるさいです、確か先輩の家から学校まで1時間弱ですよね?じゃあ、1時までには来てください』
ちらり、と時計を見ればすでに12時15分ほどでどんなに急いでも1時には間に合いそうにはない。
とりあえず時間に間に合わなそうなことは伝えなければなるまい。
『いやあの、一色さん?時間的に絶対間に合わないんだけど、せめてあと30分くら...』
『じゃっ、よろしくでーっす』
俺が喋り終わる前に電話は切られてしまった。どうすんのこれ…。
立ち尽くしていても時計の針は理不尽にも進んでいく。こうしてはいられない、早く学校に行かなければ一色に何をされるか分からない。あいつ本当怖いからなぁ…。
そして10分後。一応制服に着替え、筆箱と一冊の文庫本だけを入れたスクールバッグを手に持ち家を後にした、時計の針が30分を越えようとしてるのは見なかったことにした。
自転車を必死に、必死にです、必死に漕ぎました。はちまん、うそつかない。
学校に着いた頃には約束の1時という時間をぶっちぎって1時45分ほどだった。
俺が軽く早歩きで部室へ向かうとそこにはすでに一色いろはがいた。一色はいつもの由比ヶ浜の反対側、つまり長テーブルの真ん中、黒板側に座っていた。ただ、机に突っ伏して寝ているようだった。昼過ぎの暖かさ、というかこの暑さが眠気を誘ったのだろうか。よくこんな暑いのに寝れるよな…。
ただ、同じ教室に高校2年の男子と寝ている高校1年の女子、というのはなんだかまずい。犯罪の匂いがプンプンする気がする。こいつぁ臭ぇ!犯罪の匂いがプンプンするぜぇ!(俺から)
とりあえず起きてもらわなければ困る、そう思い軽く肩を譲ろうと思ったが触るのは何、ほらその、なんかね?ということでパス。諦めていつもの場所に座り、文庫本をひたすらボーッと眺めてることにした。
文庫本をだいたい半分ほど読み終え、軽く伸びをするとむくり、と一色が顔を上げた。俺の顔を3秒ほど見つめ、携帯を取り出し自撮りモードだかなんか知らないけど自らの顔を5秒ほど確認してから
「......先輩わたしの寝顔見ました!?」
そう黄色い声を上げた。
「見たけど...むしろこの状況で見ない方がおかしいんじゃないの?」
俺はそう言うも一色は聞いているのかいないのか、顔をペタペタ触ったり口周りを拭いたりしている。
「あぁ、よだれとか鼻ちょうちんは無かったぞ、普通に寝てた」
「そ、そういう問題じゃないですよ!?」
「じゃあどういう問題なんだよ...」
「ど、どういう問題って...、教室に!男女二人きりで!女子であるかわいい私は寝てるんですよ!?」
一色は立ち上がって怒涛の勢いで言葉を発してくる。
「あ、うん...ツッコミ待ちだと思っていいの?」
「話しを変えないでくださいっ!」
机をバーンと叩く。割と本気で怒っているようだ。
「はいはい...すいませんね...」
こういう時はとりあえず謝るに限られる。とりあえず謝る、その次に謝る。そして謝る、これ社畜の鉄則だから、謝るのは基本ね。八幡の社畜講座でした!
というかそもそも目の前で女子が寝ていても、何も感じないわけではないが流石に何かしようとは思えない。この歳で捕まりたくないし。
「あぁぁ...先輩に寝顔見られるとか最悪だぁぁ...」
かなり嫌なのか悔しいのか、頭を抱えて悶えている。その顔はほんのり朱に染まっているように見えたが、きっとその髪の毛のせいであろう。
「いやうん、分かった分かった。俺が悪かった、はい終わり。でさ、一色さんや」
「......なんですか、先輩」
拗ねているのかぷくぅ、と頬を膨らませてむすっとした顔で答える。その頬突いたろか。
「雪ノ下とか由比ヶ浜とか、来てないみたいなんだけどさ、どういうことなの?」
「......先輩には教えてあげません」
「...じゃ、俺帰るわ」
そう端的に言い、カバンを持ってドアの方に向かうと一色は立ち上がってガシッと手を掴んだ。ふいに二人の距離が狭まる、鼻周りに彼女の吐息がかかってこそばゆい。なぜか目線をそらすことはできなかった。
10秒ほど見つめ合い、一色が俺の手をぎゅっと握り目を細めたところで奉仕部部室のドアは唐突に開かれた。
「やっはろー!いろはちゃん、き...た...よ......」
ドアを開いたのは由比ヶ浜だった、その後ろには雪ノ下もいる。彼女らの目に俺は今どう映っているのだろうか。一色が俺にキスをしようとしている?それとも俺と一色が抱き合っている?どう見えたかは分からないが、由比ヶ浜の目には両方にも見えたかもしれない。
「...あ、結衣先輩っ、雪乃先輩っ。待ってましたよー。」
こんな中でも一色いろは、彼女はいつも通りに動いていく。素早く俺の手を離し、距離を取り、いつものようにニコッと笑ってみせる。
ただ、それだけで誤解は解けるわけじゃない。あの光景は由比ヶ浜にとって、衝撃的な光景として脳裏に焼きつくかもしれない。
そんな気まずい空気の中でも話し合いは始められ、進んでいく。俺は由比ヶ浜とも、雪ノ下とも目線を合わせることが出来ず、話を聞き流しながらただ机の端を眺めることしかできなかった。
「ね、ねぇ!ヒッキー!」
駐輪場にある自転車に跨り、駅前で何か食べようかと走り出した時に後ろから声をかけられた。
「...なに?」
無視しようか悩んだが、意味がないし、メリットもない。なにより、話さなきゃいけない理由もある。
「えーと...その、あー...」
俺が最近避けていることだろうか、それとも今日の俺と一色のことだろうか。話すことはたくさんある。
だが腹が減っては戦はできぬ、とあるように腹が減っていたらなにもできないわけで、昼飯を取っていない俺には限界が近づいている。
「あー...そのなんだ、飯食いに行かねぇか?昼飯食ってねぇんだ」
「う、うん!行く行くっ!」
「じゃ、行くか」
体は食べるものを求めているのに歩みは早くならない。この後、俺はおそらく由比ヶ浜に少なからず多くの事を話す事になる。それを拒んでいるのだろうか、歩みは次第に遅くなっていく。だが由比ヶ浜は俺に合わせて、俺の少し後ろをゆっくりとついてくる。彼女はそういう人なのだ。正面から否定する事はなく、話をしっかりと聞いてくれる。良い人だと俺は思っていた、今だって思っている。これからその彼女を傷つけるかもしれないと考えれば、心は痛むしできれば避けたいとだって思う。けど避けて通れる道はもう逃してしまった、引き返す事だってできない。なら俺は、どうすれば良いんだろうか、答えはほぼ出ている、後は行動するだけだ。そう再び決意を決めた時には駅前についていた。
疲れ果てた体でドサッとソファーに横たわり、ちらりと時計を見ればすでに8時になろうとしていた。
長かった、それにかなり疲れた。
言いたいことだって全部言えたわけではないし、うまく説明できた自信もない。ただ、由比ヶ浜は『...ヒッキーの言いたいことはよくわかんないよ、わかんないけどね。ヒッキーは多分自分から歩み寄って来てくれてると思う。だから、だから私は...今度は待つことにする』と言った。
俺は本当に歩み寄っているのだろうか、それは俺には分からない。多分彼女、由比ヶ浜結衣だってちゃんとは分かっていないはずだ。だけど、やっぱり彼女は優しくて良いやつで、強い女の子だった。
優しい女の子は...もう嫌いではない。
プルルルル、プルルルル。
プルルルル、プルルルル。
プルルルル、プルル....。
静けさが充満するリビングに電話の音が鳴り響く。
なぜかソファで寝ていた俺はその音源であるスマホ、自分の携帯へと手を伸ばすが届かずそのままソファから転げ落ちてしまう。
「いってぇ...んだよこれ...」
当たり所が悪かったのか、かなりの痛みを感じているとさらに上から衝撃が与えられた。
「あだっ...なんなんだよ...」
上から落ちてきたものの正体はなんと...小町ちゃんでした、なにしてんのこいつ。馬鹿なの?アホなの?小町ちゃんは両方っぽいですね...お兄ちゃんは悲しいよ、まる。
俺が状況を理解できず、というか理解させる気ないだろふざけんなどんな状況だよ、と思っていたら再び携帯電話が鳴り響いた。今日は朝から仕事しますね携帯さん。
とりあえず出るか、そう思い通話ボタンを押して携帯を耳に近づけるとそこから聞こえた声の主は由比ヶ浜だった。
『あ、もしもーし。ヒッキー?今どこいるの?』
『あー...家?家だな、俺ん家にいるっぽい』
『なんでそんな曖昧なの...』
『いやうん、まぁそんなことはどうでもいいや。どしたん?』
『あーえっとね...って、どしたんじゃないよ!ヒッキー遅刻!遅刻してるから!』
遅刻?なに言ってんだこいつ、今日は学校なんてない...あ、一色の手伝いするやつか...ふぅ...。ここは知らぬ存ぜぬで通そう。
『は?遅刻...遅刻...あー、うん...寝るわ、おやすみ』
『ちょっとヒッキー!?現実逃避しないでよ!!』
由比ヶ浜がそれなりの大きさで喋ったからだろうか、なぜか俺に座ってるというか俺を座椅子代わりにしてる小町が起きかけてしまった。
「んー...お兄ちゃんうるさい、死ね...」
......ぐすん。
『とーにーかーくー!寝ないで学校来てよ!じゃあね!』
ブツッ...ツーツー......とりあえず、シャワーでも浴びるか。
シャワーを浴び、相変わらず腐った目を鏡で確認してからリビングに戻ると小町がほげーっとしながらポッドの前に立っていた。おい、白目向いてんぞお前。だが、それも少しの間だけでポッドがピーっと音を吐くと小町は正気に戻ったようで、コップにお茶を注いでいく。
「あー、体痛っ...カチコチだよ、っていたんだ、お兄ちゃん」
「いたよ、超いたから。お兄ちゃんは小町ちゃんの中では死んじゃったのかな?」
「死ねばいいとは思ってるけど、死んではないよ」
ちょっとこの子酷くないですか、お兄ちゃん超ショックなんだけど。
「あぁ、そう...お兄ちゃん泣きそうだよ...」
「ふーん、というか学校行かなくていいの?なんか、あんでしょ。小町は知らないけど」
「あぁ、それな。行きたくねーわ...」
「行って、家にいても邪魔だし。ほらほら、早く行って行って」
小町はテーブルの下で俺の足をゲシゲシ蹴ってくる。まったく痛くないのは小町の愛なんだろうけど、こんな愛、お兄ちゃんはいりません。
「わかったわかった、行くから蹴るのやめろ」
「ん、何時頃帰ってくんの?」
「知らね、終わったら連絡すっから」
「はいはーい。あ、あれ、なんか買ってきてもらうかも」
「なんかって、すっげぇ抽象的だなおい。まぁいいや、決まったら早く知らせてな」
「はーい、じゃ小町も出かけるかなぁ」
「ん、じゃ着替えて行ってくるわ」
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
「おう、ありがとな」
今日も比企谷家は普通に、いつもと同じように回っていた。
すぐに着替え、空のカバンを担いで家を出た時すでに12時に差し掛かっており、こりゃ怒られるなと1人苦笑いしながら俺はゆっくりと自転車を漕ぎ進め学校に向かった。
「せんぱーい、そっちの机運んでくださーい」
「おー...これ、絶対1人で運ぶやつじゃないだろ...」
「ヒッキー、このゴミ箱運んでー」
「後でな、後で」
「比企谷くん......じゃあ、飲み物を買ってきてもらっていいかしら」
「絶対今思いついたやつだろ、それ...」
俺は雪ノ下、由比ヶ浜、一色の3人に完全にこき使われていた。
あれから割と急いで学校に行ったが、オープンキャンパスは3時までということもあり、俺の着いた1時ごろでは人もかなり少なくなっていて俺の助けは必要なさそうだった。
だが遅刻したのは事実で、むしろ忙しい時間にいなかったことを責められこうして、片付けを全般やらされている。
しかも悪いのは俺だから反論をできないわけで、ほとんどの片付けを俺1人でやったかもしれない。少し離れたところで笑ってたあいつらは絶対許さねぇ...。
「ほら、言われたことは全部やったよ。これでいいんだろ?いいんでしょう?いいんですよ」
「先輩、何1人で終わらせてるんですか。机とかイス生徒会室に運ぶの手伝ってください」
「へーへー...」
「じゃ、結衣さんと雪ノ下先輩は先に部室戻っててください」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
由比ヶ浜と雪ノ下は奉仕部の部室側へ、俺と一色は生徒会室側へ、それぞれ別の方向へ歩み出していく。由比ヶ浜と雪ノ下は何かを話しているようで、楽しげな彼女らの声が少しだけ聞こえる。反対に、俺と一色の間に会話はほとんどない。ただ機械的に、ひたすら生徒会室を目指して歩いていく。
静寂が辛いわけじゃない、何か話すことがあるわけでもない。ただこの空気を、なぜだかは分からないが、嫌っている自分がいた。
「...机、運んでくれてありがとうございました」
あれから何か会話するわけでもなく、机を運び置くという作業を終え一色はボソッと呟くように言った。
「...おぉ」
なぜか俺の返事も素っ気ないものになってしまう。だが、一色は聞いてすらいないのか夕方にも差し掛かっていない、きれいな青空をまばたきせずに眺めていた。部室に戻ろうにも戻れない空気、俺はその場に立ち尽くすことしかできず、ただ蝉の声を聞くだけだった。
「...先輩、結衣さんと別れたんですか?」
「は......?」
一色の口から唐突に放たれた、質問。俺はそれに間抜けの声を上げてしまった。
「...ですから、結衣さんと別れたんですか?」
そう言って、一色は俺との距離を詰めてくる。なぜか後ずさりする俺を、一色は逃しはしなかった。
壁際まで追い込まれ、逃げることのできない俺は目線を斜め下へ向け一色の問いを無視する。
返事をしない俺を見て一色は質問への肯定だと思ったのか、それともただ呆れたのか、俺にそれはわからない。
ただ、少し不満そうな顔を浮かべながら顔を近づけ、
「責任、ちゃんと取ってください」
俺の唇に自らの唇を重ねた。
不意に当てられた唇が熱い、体全体の体温が上がっている気すらする。それても彼女、一色いろはは淡々と言葉を紡いでいく。
「...先輩、責任、取ってください。だから、その、私と付き合ってください」
淡々と、を装いたいのだろうが彼女の言葉はほぼ片言のような感じでよく見れば耳まで真っ赤になっている。こんなに可愛い一色いろはを見るのは、初めてかもしれない。
だが、それでも俺の答えは揺るがない。揺るいではいけない。
「...その、なんだ。あー...」
それでもいざ言葉にしようと思えば、難しくて、言いにくいものだった。
「...やっぱり。他に好きな人...いるんですよね」
俺が言おうとした事は一色に奪われ、開けかけた口は閉じる事ができずに他の言葉を探した。
「...分かってたのか」
「えぇ、なんとなくですけど。少なくとも、雪ノ下先輩や結衣先輩、わたしではないことは」
「なのに、か?」
「先輩、女の子にだって譲れないことはっ...あるんです...」
そう言って一色は髪で目元を隠しつつ、少し俯いた。
「......」
言葉は出なかった。ただ、自らの方へ引き寄せて頭をポンポン、と軽く叩いてしまった。一色は涙がさらに出てきたのか、さらに嗚咽を我慢しているようだった。
「...先、戻るから。...今日は部室来なくてもいいぞ」
「っぐ...うぅ...、あい...」
その言葉を聞いて、俺はそっと生徒会室を後にした。
「...なんだか、すっきりした顔になったわね」
奉仕部の部室に入った瞬間、雪ノ下にそんなことを言われた。
「うんうん、あたしもそう思うよ!」
由比ヶ浜もそれに続いて頷いてくる。
「はっ...それ、俺じゃないだろ」
「ふふっ...それもそうね。お疲れ様、紅茶淹れるわ」
「おう、サンキュ」
いつもと変わらない。いや、根本的なところでは何か変わったのかもしれない。ただ、この関係は曖昧で、不明瞭で、儚いままでも続いてくのかもしれない。そんなことを思いながら、雪ノ下の淹れてくれた紅茶を一口飲む。
空は、晴れていた。
「ずいずーい、ずいずーい」
鎮守府内に彼女の声が響く。
だが、返事はない。
彼女は自らの執務室を出て、散歩ついでに「ずいずい」なる人物を探す。
道中で「駆逐艦」と呼ばれる少女らと会い、軽く会話を交わしたりする。今日も平和だった。そしてその会話にて、「ずいずい」は弓道場にて修練に励んでいることが分かった。
弓道場は静かで、物音一つなく、「ずいずい」が弓を構えてゆっくりと射撃に移っていた。その少し後ろには姉の翔鶴。少し離れたところからは赤城と加賀が見守るような形で立っていた。
静寂の中、その手から離れた弓は的のど真ん中、とはいかず少しずれたところに収まった。「ずいずい」は緊張から解放されたのか、フーッと息を吐いた。
「瑞鶴、かなり上手になりましたね」
「五航戦、まだまだね」
「こら、加賀さん。そういうこと言わない」
「ですが、赤城さん...」
「だめなものはだめです」
彼女、瑞鶴を側から見ていた翔鶴、赤城、加賀が彼女に向かって色々言っている。時には毒を吐いているようだが、それは彼女らにとっては日常なのかもしれない。
「ずいずい、ずいずーい」
「あ、提督さん。どうしたの?」
彼女、提督。この鎮守府の最高責任者の呼び声に瑞鶴はすぐに応じ、こちらへ来てくれる。それだけで彼女の信頼がいかなるものか分かるだろう。
「川内ちゃん、知らない?」
「かわうち、ですか?確か外出かけたと思いますけど...」
「外?ずいずいは一緒じゃないの?」
その問いに瑞鶴はムスッと機嫌を悪くしながら
「...一人で、行きたいらしいですよ」
「ふーん...なんか外出の機会増えたよね、川内ちゃん」
「...そうですね、私は一緒に行ったことないですけど」
瑞鶴はムスッとさらに機嫌を悪くしたまま答える。それを見かねた提督が
「ほらもう、川内ちゃんにかまって貰えないからって拗ねないの」
「べ、べべ別に拗ねてなんかないですよ!!」
「加賀ちゃん!ずいずいが川内ちゃんにかまってもらえなくて拗ねてるわよ!加賀ちゃーん!」
提督は大声でそう叫ぶ。そこに加賀は
「...私は関係ありません」
と言うが、距離をつめ会話に参加してくる。遠巻きに赤城はニコニコしながら見つめ、なんだなんだと飛龍蒼龍も集まってくる。
だが慣れているのか、この大騒ぎにも特にどうということもしない。
彼女らにとってはこれが日常で、当たり前のことなのだ。
この頃川内はただ一人で、何かを見て回る、ということはせずに千葉駅の周辺をボーッと歩き回っているのだった。
微妙なすれ違いがあり、少しイライラしている彼女の携帯を一本の電話が鳴らした。
「あー...その、あー...残りのどっか。休みのうち遊べねーか...?」