彼と猫の世界   作:ノスタルジー

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どんなペースで進めばいいのか。

三層から七〇層くらいまでの情報がほとんどないじゃないか!!



彼が逃げて猫が飛ぶ話

 2022/12/4

 

 金属音、雄叫びが辺りを支配する。センチネルが振るうハルバードを紙一重で躱すアオイ。アオイの防御力ではかなりのダメージを喰らうであろう力強い攻撃を涼しい顔で避け続ける。

 俺はその光景に肝を冷やしながら、センチネルに向かって槍を構えた。

≪ツイン・スラスト≫―≪スラスト≫の上位派生技―鋭い二連の突きがセンチネルの心臓部と腹部を穿つ。

「グオォォォ!!」

 攻撃を当て、ヘイトが上がった俺を叩き潰さんと武器を振り上げるセンチネル。斧系ソードスキルの基本技≪チョッパー≫だ。その隙を逃さずアオイがセンチネルの喉元に、鋭い一突き。弱点への攻撃を受け、怯むコボルト兵。そのがら空きの体を≪スラスト≫の光が貫いた。

 

 近くを見れば、キリトとアスナが見事なコンビネーションでセンチネルを倒したところだった。

 剣士はあまりセンチネルとの相性は良くない。一番相性のいい武器は槍で次は打撃系の大型武器だ。それにもかかわらず彼らは俺たちとほぼ同じスピードでセンチネルを倒していく。その強さは見事としかいいようがない。

 そう驚嘆した俺の視界に映る影。キリトのもとに近づいていく―キバオウだ。

 また?あの人は一体何を?

 

 

「ウグルォォォォォォォォ!!!」

 疑問が一瞬頭を過った俺をボスの雄叫びが覚醒させる。

 ≪索敵≫スキルが迫る危険を知らせた。後ろにジャンプし、距離を取ると同時にアオイが前に飛び出す。それに合わせてセンチネルが武器を突き出すが、アオイは身を左に捻り回避。なおも近づくアオイに向かってセンチネルがソードスキル―≪スイング≫を発動し、自身の前をなぎ払う。だがそのハルバードに触れる者はいない。アオイは縄跳びでもするかのように軽やかに、しかし高くジャンプし、それを避けたのだ。

 ソードスキル後の硬直を狙い、俺は前に出る。すぐさま≪ツイン・スラスト≫を発動し、センチネルにダメージを与える。

「グオォ!!」

 呻き声を上げるセンチネル。声を追うように横から振るわれたハルバードを槍の柄で受け止め、石突を勢いよく振り上げ、それを弾く。その勢いでくるりと縦に1回転させた槍を構え直し、溜め単発突きソードスキル≪チャージ・スラスト≫を発動。2秒の硬直の後、勢いよく放たれた群青の光が敵の弱点である喉元に命中し、センチネルをポリゴンに変えた。

 

 ふと前線を見れば、すでにボスが今まで持っていた斧と盾を投げ捨て、腰の後ろからスラリと一本の曲刀を取り出していた。体力の低下に伴う攻撃モーションの変更。βと同じ。アルゴの攻略本にも自身の知識にもあった通りだ。

 ディアベルの率いる部隊はボスを取り囲み、ディアベルが一歩前に踏み出していた。

 その時。

「ダメ」

 アオイの、普段とは違う、焦りを含んだ声が耳を打った。

 

 

「だ……だめだ!!下がれ!!全員後ろに跳べ―――――!!」

 少し離れた場所からキリトの叫び声。

 その声と同時にボス―コボルト王が高く飛び上がる。

「え?」

 間抜けな声が出た。何故か。ありえないものを見たからだ。

「な、ぜ?」

 コボルト王は空で体をひねり、手に持つ曲刀を赤く光らせた。

「あれは…」

 着地と同時に赤い光が王の周りを一掃した。

 カタナ専用ソードスキル≪旋車≫―本来なら10層から登場するはずの技だ。

ディアベルたちのHPがイエローゾーンに入った。彼らの頭の上には黄色い回転する輪。スタン状態―あれでは動けない。回復も退避も防御もできない。落ちたな―冷たい声が頭の中に響いた。

 ボスの剣がまた赤く光った。ボスの一番近くにいた青髪の騎士―ディアベルを打ち上げ、無慈悲な追撃。

「っ」

 何を思ったか、急にアオイが前に走り出す。

「お、おい!!ま、待て!!アオイ!!」

 それにすぐに気づけた自分を褒めてやりたい。

 目の前の現実から逃避し、そんなくだらないことを考えて、アオイを追った。

 入れ替わるように落下音。

 後ろから何かが割れるような音がした。

 振り返ってはいけないと思ったから、前へ進んだ。

 

 

 

 

 

 

 悲鳴を口に出し、口以外の体がほとんど動いていないプレイヤーたち。そんな声など聴こえていないのか。アオイがその高い敏捷値を生かして走る。

「アオイ!アオイ!!」

 大丈夫――SAOに入ってからよく聞く、アオイのそんな言葉が頭に浮かぶ。

「くそっ!!」

 アオイには及ばずとも俺もスピード重視のビルドだ。ステータスもまだ序盤レベル。そこまでの差はない。

 悲鳴に絶叫と絶叫が混ざりだした前線へ二人。

 時間をずらして、足を踏み入れた。

 

 

 アオイの深い黒い髪が松明の光を飲み込む。俺はその黒を追い続けた。ふと気づけば、辺りのプレイヤーの声がしなくなった。皆が俺たちの後ろを見ている。

 気になった俺はちらっと後ろを振り返った。

 俺の目には俺がその力を信頼する少年キリトと美しい長い茶髪の女性。

「アスナ…?」

 その呟きをかき消すようにキリトの怒声が辺りを包み込む。

「全員、出口方向に10歩下がれ!!」

 広範囲を攻撃できるカタナスキルへの対処だろう。その声に応えて前線のプレイヤーたちが音を立てて下がる。アオイと俺を除いて。

 

 アオイはすでにボスとの戦闘に入ろうとしていた。

 ボスが左の腰だめにカタナを構えている。

 ――カタナ専用ソードスキルである居合い系スキルの溜めモーション。一直線で向かってくる敵を迎撃するには、この上なくもってこいの技。

「アオイ!!避けろ――――!!」

 居合い系の技は初動が速く、発動されては対処が間に合わない。「知っている」ことでどうにかする技なのだ。

 アオイは全速力で走っている。急に方向転換もブレーキもかかるまい。短剣での防御はまず不可能。避けることも無理なのにそんな無茶な要求をしていた。

「―――アオイ!!」

 声を上げ、前へ前へと体を動かす。

 緑色のエフェクトを纏った一撃が、放たれた。

 

 

 

 

 

 

 鋭い音とともにボスがカタナを放った。

 アオイは、避けた。

「え…」

 誰の声か。俺かもしれない。そいつはアオイが難なくその一撃を避けたことに喜びの声すら上げることなく、馬鹿丸出しのその一音しか口から出せなかったのだろう。

 アオイは姿勢を地面スレスレまで低くし、カタナの一閃を見事に躱した。コボルト王は二メートルを超える巨躯、小柄なアオイが姿勢を低くすれば、腰の高さから地面と平行に放たれる攻撃が当たることはない。それはそうだ。

 驚きは居合い系スキルの攻撃速度に初見で対応したことへ、だ。

 そんなことが出来るのか。いや……あいつだから出来るのか。

「ユート!」

 足を止め、立ち尽くす俺に後ろから声がかかった。

「行くぞ!!」

 力強いキリトの声。前を見ればアオイがコボルト王の攻撃を避け、時たま短剣で反撃をしている。だが、コボルト王にダメージはほとんどない。短剣は全部武器中最低クラスの攻撃力。それを持ってボスに単騎で挑むなど無謀だ。お前は頭がいいんだから、そんなことはわかってるだろう。何で――

 そう思った俺の目とアオイの深い目が合った。ボスの攻撃を避けながら、ちらちらと俺を見るアオイ。アオイはわざとソードスキルの攻撃範囲に入り、スキルを誘発させ、逃げるというのを繰り返していた。攻撃はほとんどしない。本来はボスのスキル発動後の硬直を狙って攻撃するのが定石なのに。

 そうして、気づく。これは「ユートのサポート」と同じ動き――

「……わかったよ」

 長い付き合い。

 まだまだあいつの心は読めないことも多々あるが、今はアオイの気持ちがしっかりと分かった。

 ――群青に光る槍が隙だらけのボスの体に突き刺さった。

 

 

「ウグァァァァァァァァ!!」

 コボルト王がカタナを振り回す。アオイの華奢な体が避ける。キリトの剣が捌く。アオイとキリトが作った隙に乗じ、俺とアスナが攻撃を繰り出す。この繰り返しを何度しただろう。はっきりと覚醒しているはずの頭でもそんなことを数える余裕などあるわけがなかった。

 ギリギリの綱渡り。四人ともわかっている。アオイが攻撃を受けたら、キリトが捌けなかったら、アスナが届かなかったら、俺が遅れたら。瓦解する。

 ボスの最後のHPバー。それが四分の三にまで減った。あと同じことを三回繰り返せばいい。いけるのか――ギリギリの緊張感を全身が感じる。

「次!」

 キリトが声を上げる。ほぼ同時にボスがカタナを光らせる。

 狙われたのは、キリト。ボスのカタナがキリトに襲い掛かる。キリトはボスの攻撃に対し、ソードスキルを当てることで弾―こうとした。

「しまっ……!!」

 上に上がろうとしたカタナが半円を描き、急降下。キリトはその急激な変化に対応できず、真下からの一撃に吹き飛ぶ。

「キリト!!」

 キリトの名を呼ぶ俺。そして、前へ走り出すアスナ。

「ま…!!」

 アスナではボスの攻撃を捌けない。AGI特化のステータス的にもそうだし、レイピアはどれだけうまくやってもボスの攻撃を防御できるほどの頑丈さがない。そのまま押し込まれるか、下手を打てば武器を失う。

 ボスのカタナが赤く光った。ディアベルを討ったときと同じ色。

 嫌な予感。頭を支配する。

 ――キリトほどうまくではないが、俺だってテスターだ。初見じゃない。あのボスの攻撃なら捌ける――

 そんなことを考える暇もなく走り出すが、その敏捷値では到底間に合わない。そう思った俺の目にアスナより一回り大きな影が、反対側から彼女に猛烈な勢いで近づいているのが見えた。

 

 

 

「ぬ……おおお!!」

 アスナを斬ろうとせんと振るわれたカタナとアスナに迫る影。雄叫びを上げ、手に持った両手斧を力強く振るう。

 ガァァァァァン、と大きな金属音が部屋に鳴り響く。ボスは大きく後ろにノックバック。対して、影―エギルはその太い両足で踏ん張り、そのまま少し後ろに滑って止まった。

 エギルは後方にいたキリトの方に目を向けた。

「あんたがPOT飲み終えるまで、俺たちが支える。あんたらばっかにいい恰好させられないからな」

 こちらにも目を向け、にやりと笑ってそう言うエギル。

 エギルに続き、彼の率いていた部隊と他の部隊の数名が合流する。皆体力、そして気力を回復させ、前線に復帰した。

 キリトが回復ポーションを飲みほし、大きな声で叫んだ。

「後ろには回るな!全範囲攻撃がくる!!技の軌道は俺が言うから、正面の奴がガードしてくれ!!無理にソードスキルを使わなくても、盾や武器で防げば大丈夫だ!!」

「…リーダーは性に合わないとか言ってたのにな」

 小さく呟いた俺の声をかき消す男たちとボスの雄叫びが部屋を支配した。

 

 

 キリトの指示が後方から聞こえる。俺たちはそれに従ってボスに猛攻を仕掛ける。

そんななか、軽やかに駆ける二人―アオイとアスナ。アオイが隙を作り、アスナが刺す。パーティを組んでから会話していたところを見たことなかった二人だが、見事なコンビネーションだった。

 

 綱渡りをするプレイヤーが増えていた。後方では湧出したセンチネルと戦っている者たちがいるのが見える。エギル等、壁役の活躍により俺たちアタッカーは随分と安全に、しかし正確にコボルト王のHPを減らしていった。

 ボスのHPが残り三割を切った。いける―と思った俺の期待を裏切り、壁役の一人が足をもつれさせた。ボスの正面に幅広く立つ俺たち。ボスの背後に一人取り残されたプレイヤー。ボスはこの状態を「囲まれた」と判断したのだろう。吠えた後、高く飛び上がり体をひねり、力をため込む。≪旋車≫―出されれば、戦況が一気に変わる。

「う……おおおおぁああ!!」

 休んでいたキリトが回復を終えていないにも関わらず、飛び出してきた。

「アオイ!!」

 そして、気づけば。俺はアオイの名を呼んで手に持った槍を後ろに突き出すように構えていた。

「うん!」

 どこか嬉しそうに、気持ち大き目な声を上げて、俺のもとに駆けて来る。

 ジャンプ。槍の先に乗った。

「―――うおおおおおお!!」

 俺も似合わない大声を張り上げた。

 呼吸を合わせる。槍を背負うように振り上げる。アオイが高く飛び上がる。

 空を一直線に駆け、黒い流星―アオイはその手に持つ空色に光る刃をボスの両手が添えられた左腰に突き刺した。

 

 

 

 クリティカルヒット――空で小さな花火のように閃光。火花のように二つの塊が落下する。

「ぐるぅぅ…」

 コボルト王は無様に背中を地面に叩き付け、ジタバタと手足を動かす。≪転倒≫状態―起きるのには時間がかかる。

 対して、アオイはシュタッという軽い音とともに見事に着地してみせた。

「全員囲めー!!」

 いつの間にか俺の少し前に立っていたキリトが叫ぶ。

「おおおお!!」

 エギル等が力強い声と共に武器を光らせ、コボルト王に殺到する。俺もそれに乗じて、できる限りの猛攻をかけた。キリトとアスナも攻撃に参加する。

 ボスのHPがどんどん削れていく。

 このまま倒しきらなければ今度は本当に≪旋車≫が放たれるかもしれない―皆が同じ予想を抱き、武器を一斉に振るった。

 様々なライトエフェクトがボスの巨体を光らせる。

 ――そして、その数秒後。ボスは消えた。

 

 

 パリィィィィィィンという高い音が鳴り響く。ほんの少し遅れて、俺たちの背後でも同じような数個の音がした。

 キリトの前に【You got the Last Attack!!】というメッセージが表示されてるのが目に映った。ああ、さすがだ―β時代に見た光景を思い出した。あの戦いの中、誰がとってもおかしくないLAを勝ち取るとは。キリトは何か持っているんだろうな。

 そんな落ち着いた思いを抱いて、隣を見ればアオイがじっと俺の顔を見ていた。

「――けど、今日はお前が最高だったな」

 キリトには悪いが、今日の勇者はこいつだ。

 頭を俺の眼前に差し出してくる姿に苦笑いをして、その頭を撫でた。

 わっ!!と大きな歓声が弾けた。

 

 

 大騒ぎをするメンバーに囲まれていた俺たちに近寄るプレイヤーたちがいた。キリトとアスナ、エギルだ。

「見事な一撃だった。おめでとう、二人とも。コングラチュレーション、この勝利はあんたらのものだ」

「あの一撃がなかったら危なかった。ほんと、二人のおかげだ」

 二人が褒める。

「…俺じゃない。アオイが頑張ったからな」

 俺がそう言うと二人ともポカンとした表情をした。それを見て、今まで黙っていたアスナが口を開く。

「何を言ってるの?あの攻撃は二人のものでしょう?」

「え?」

 彼女の言葉ににじみ出ていた冷たさが、辺りの松明に照らされてか、心なしかなくなっていた。

「そうだぞ。俺たちはおまえたち二人に助けられたんだ」

「俺、たちが…?」

 隣に立つアオイを見れば、じっと俺の目を見つめ、薄く笑っていた。

「ああ。今日のヒーローは――」

「―――なんでだよ!!」

 不意に、背後で大きな声がした。

 

「なんでディアベルさんを見殺しにしたんだ!?」

 ディアベルのパーティメンバーの一人が感情で歪んだ顔でそう叫んだ。彼の背後には他のメンバーたちもいる。皆がその顔を何かしらの感情で歪めていた。

 彼らの感情の矛先はキリトに向かっていた。

「……見殺し?」

 キリトが尋ねる。見殺し。それは―

「あんたはボスの使う技を知っていたじゃないか!事前にその情報を伝えていれば!ディアベ ルさんは死なずに済んだんだ!!」

 違う。ボスの攻撃パターンはβの時とは異なっていた。

「そういえば……」「確かに……」「攻略本にはなかったぞ……」と全体が口々に呟く。

 そして、一人が急にこちらに向かって走り出し、キリトを指さして、言った。

「俺知ってる!!こいつは元βテスターだ!!」

 ――すべて知ってて、隠してるんだ。皆の耳にしっかりとその言葉は入っていった。

「けど、攻略本にはこの情報はβ時代のものですって書いてあったろ?彼がβテスターなら知識はあの本と一緒なんじゃないのか?」

 あるプレイヤーが冷静に述べた。

「なら……なら、あのアルゴってプレイヤーが嘘の情報を流したんだ。あいつも元βテスターなんだから、ただで情報を教えるわけなかったんだ」

 彼は決して冷静ではないのだろう。そもそもアルゴがそんなことをして何の得があるのか。彼の意見はおかしい。考えれば誰でもわかることだ。だが、それは物事を考えることのできる精神状態だったらの話。

 もはや限界だ、と思った俺はキリトを庇おうと前に出ようとした。

「ちょっと……」

「おい、お前……」

「あなたね……」

 同時に口を開いたエギルとアスナ。

 そして、俺たちの前進を遮るようにキリトの両腕が上がった。

 

「元βテスター?おいおい、俺をあんな素人連中と一緒にしないでくれよ」

 キリト?お前何を?

「いいか?よく思い出せよ。βはとんでもない倍率の抽選だったんだぜ?そのなかに本物のMMO ゲーマーは何人いたと思ってるんだ?」

 その口調、言葉。まるで――悪役じゃないか。

「何にも知らない初心者ばっかだったよ。今のあんたらの方がまだマシだ」

 キリト、お前はそうじゃないだろう?

「そんなの…そんなのもうβテスターどころじゃねぇじゃん…もうチートだ。ビーターだろそんなの…」

 掠れた声。

「いいな、それ。そうだ俺はビーターだ。これからは、そこいらの元テスターごときと一緒にしないでくれ」

 お前は、俺たちを守って泥を一人で被るつもりか?ここはデスゲームだぞ?そんなことをしたら、泥の重みで沈んでいくんじゃないのか?

 キリトはメニューウィンドウに触れ、一着のコートを取り出した。≪コート・オブ・ミッドナイト≫―ボスのレアドロップ、真っ黒なコート。それを身に纏い、意地の悪そうな笑みを顔に張り付けたキリト。

「俺が二層の転移門を有効化しといてやる。居住区までフィールドを歩くから、ついてくるなら死ぬ覚悟しておけよ」

 そう言って歩き出すキリト。

 待て―待てよ、キリト。お前はそれでいいのか?

「キ――」

 キリトは呼び止めようとする俺の方をちらっと見て、ほんの少しだけ微笑んだ。

「っ」

 その笑みを見て、俺は口を、閉じた。

 また微笑んで、キリトは玉座の奥、二層への転移門へと消えて行った。

 

 

 すまない。すまない、キリト。俺は、お前と共に泥を被る勇気なんてないんだ。前とは違う。今回は、ダメだ。隣に立つアオイの、小さな手を強く握る。いくら恰好つけたところで、活躍したところで、全然ダメじゃないか。

 ユートはどうしたいの――いつか聞いたアオイのセリフ。

「――助けたかったさ」

 ほとんど音にならないその呟きを聞いた奴はいたのだろうか。

 

 

 アスナが歩き出した。

「どこ行くんだ?」

 エギルが尋ねる。

「あいつのところ。聞きたいことがあるの」

「そうか。なら伝言を頼まれてくれないか?」

「ああ。ほんなら俺のも頼まれてくれや」

 エギルとキバオウがキリトへの言伝をアスナに頼んでいた。

「あなたは?」

「……え?」

「無いの?伝言」

 いつの間にか、正面に立っていたアスナが俺に聞いてきた。綺麗な瞳だった。

「……すまない。そう伝えてくれ」

「……わかったわ」

 アスナはその美しい茶髪を翻し、キリトの消えた門へと向かった。

 

 こうして、第1層ボス攻略は幕を終えた。

 

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