防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-01 分岐点

2097年3月26日夜、沖縄基地司令に一本の電話がかかってきた。

今時直通電話は非常に珍しいが、全くない訳では無い。

基地司令はこの所上機嫌だった。

大亜連合との講和もなり、この沖縄で大プロジェクトがいよいよ始動しそうだからだ。

侵攻を許して以来重かった雰囲気を払拭する大イベントだ。

上機嫌のまま電話を始めるも次第に不機嫌になってゆく。

言葉自体は丁寧だったが最後には叩きつけるように通話スイッチを切った。

しばらく考えた後、副司令を呼び最優先での命令を下した。

そして副司令とその部下たちの徹夜の努力が歴史を動かす事になる。

 

 

3月27日達也は潜水艦捕縛作戦を終えホテルへ戻った。

不思議なことにロビーに雫と深雪の姿が有った。

達也に気が付いた深雪が慌てて駆けつけてくる。

「お兄様、昨日の件で事情を聴きたいと…」後ろの黒服を見ながら言った。

雫が追いついてきて追加する。

「参考人で聞きたいだけだからそんなに時間はかからないって。」

付いて来た黒服が付け加える。

「参考人ですので移動時間を除けばMAX6時間程度です。

また調書は参考資料扱いです、そのまま裁判の証拠となる事は有りませんからご気楽に。

貴男と深雪さん、北山雫嬢は是非とも事情を聴きたいので、拒否されるならば令状を取らせていただきます。」

と決まり文句を言った。

少し考えたが達也は申し出を受ける事にした。

 

車に乗り込み一路目的地を目指す。

着いた場所に雫が疑問を呈した。

「軍?、海上警察じゃなくて。」

黒服が答える。

「潜水艦が出てきた時点でこっち(軍)に移管されました。」

その言葉に深雪は少し安心する、軍にはコネがあるからだ。

案内された小部屋には軍人にはおよそ見えない愛想のいい人物が待っていた。

「皆様方は今回は参考人と言う立場で呼ばれました。

この場での発言はあくまで捜査における参考としてであり、裁判における証拠とはなりえません。

ですから間違っていてもかまいませんので積極的な発言を希望します。

ですが明らかな嘘は今後の調査で明らかになった時に問題になる場合が有りますからなるべく避けてくださいね。

もちろん黙秘権の行使も可能ですがね。」

ここでも定型文を繰り返した後に質問が始まった。

「まず北山雫さん、司波深雪さんにお聞きします。

あの船への乗船経緯をお聞かせ願います。

あの船に乗っていた中で、潜水艦を使ってまで誘拐する価値が有るのは貴女方二人だけでしょうから。」

……

「なるほど、深雪さんは当日に参加を決めた、と。

やはり今回狙われたのは北山雫さんで間違いなさそうですね。

では北山雫さん、もう帰っても結構です。

ああ、貴女にはこちらから護衛を付けます。

お父様によろしくお伝えくださいね。」

その言葉に不安そうに達也を見た雫だったが、達也が頷くのを見て安心したように部屋を出て行った。

軍内部でも大亜連合の反乱分子が西果新島へ攻撃を加えるという情報は伝わっていない。

別件で潜水艦が近くにいたとは担当官には分かるはずもない。

通常は潜水艦の航行スピードはそれほど速くない、襲撃準備には最低数日かかるのが普通だ。

乗り合いのグラスボートは数日前に雫の名前で予約している。

当日は船を乗合船から貸し切り船に変更しただけだ、運行コースまでは変更してはいない。

(チャーター船で大海原だ、と思うかもしれないがグラスボートでの見学スポットは実はそれほど多くない。

それと基本サンゴ礁の浅瀬なので安全に航行できる航路も限られる。)

「では次に司波達也さん、貴男には襲撃の経緯をお聞かせ願います。

もちろん貴男の主観でかまいませんよ。」

達也は事実を淡々と語った。

「なるほどなるほど、船員たちの話の様に司波達也さんは突発的な出来事だったはずなのに冷静ですね。

これは次の質問も期待できそうですね。

司波達也さん、貴男が潜水艦の第一発見者ですね、その経緯を詳しくお聞かせ願います。」

「その件に関しては黙秘権を行使します。」

「えっ。」

「ですからその件に関しては黙秘です。」

「この発言はあくまで参考資料です。それでもお答えいただけませんか?」

「黙秘です。」黙秘を貫く達也。

少しの間押し問答した挙句に相手が言った。

「では少しの間休憩しましょうか。」

 

休憩の後、今度は深雪に同じ質問をぶつけてきた。

「では深雪さん、貴女にお聞きします。

潜水艦発見時の事を詳しく話してください。」

「すみません、私も黙秘させてください。」

「え。貴女もですか?」

「お兄様が黙秘されると言うのなら私にお答えできる事は有りません。」

「…現在のあなた方の状況をお伝えしておきます。

その上で黙秘を再考されることを強くお勧めします。

ご存知の通り北山雫嬢のチャーターした船は潜水艦による襲撃を受けました。

その際貴男はそれに誰よりも早く気付かれた、船員は元よりレーダーにも引っかかってはいないのに。

そして奇襲であるにもかかわらず終始冷静に行動されている。

それどころか相手の行動を予測さえしている。

そしてそれらをまだ高校生である貴男がそれを行った。

これらを合理的に解釈するなら一番有力なのは『事前に知っていた』でしょう。

これでも考えは変わりませんか?」

「えぇ、黙秘です。」達也は即答した。

その時ドアがノックされた。

担当官が慌ててドアをくぐって外へ出る。

取り調べの最中のノックは緊急事態を示している。

慌てていたのかドアが半開きで外の声が漏れ聞こえる。

「…副指令、どうしてここに…」

」……司波…いるんだろう…」

「はい、ただ今……」

「代わろう」

「ですが」

「命令だ」

入ってきた女性を見て深雪は身構えた。

彼女の雰囲気は明らかにこちらに敵意を感じる。

彼女はいきなり言った。

「こちらの質問に回答いただけていないようですね、四葉真夜の子息の司波達也君。」

四葉に含みがある言い方だ。

「えぇ、ですが参考人として呼ばれているのですから当然の権利ですよね。

たとえ逮捕されていても黙秘権は有るはずですから。」達也は冷静に切り返した。

「ふふふ、その通りだよ。」

……

 

3月28日の午後、達也と深雪は何故か東京にいた。

ハイヤーに乗せられ自宅に向かっている。

二人とも何もしゃべることなく運ばれて行っている。

深雪は不機嫌そうだが達也は何かを考えているようだった。

 

やがて家に着くとそこに葉山が待っていた。

ハイヤーが去った後葉山は手紙を差し出す。

達也は葉山を家に招き入れ手紙を読む。

深雪に手紙を渡し達也は葉山に言った。

「では事前の連絡通り西果新島のパーティには出席する必要はない、という事で良いんですね。」

「はいこちらとしては達也様は必要最小限な戦果は挙げた物と考えております。

十分かと言われれば不満が有りますが、深雪様を危険にさらしてまでとは思っておりません、との事です。」

軍からの提案はロケット(弾道ミサイル)に載れば(荷物扱いでなので間違いではありません)十分間に合うという物だった。

安全は『十師族なら魔法で何とでもなるでしょう』と付き添った沖縄軍の副司令官に冷たく言われた。

この時代この手法は実用化されてはいる、があくまで非常時専用だ。

ここで深雪が不満をぶちまける。

「扱いは十分すぎるほど丁寧でしたけれど…」

「移動にかかる時間は確かに拘束時間に含まれない、ただまさか続きが東京だとは思わなかったがな。」達也が答えた。

ヘリと高速艇を乗り継いで長時間をかけて移送されたのだった。

もちちろんその間副指令と世間話(あくまで尋問ではないらしい)をさせられる羽目になった。

葉山が言葉を重ねた。

「それにパーティ出席するにはタイミングが最悪だったと白川から報告を受けております。

出席できないならば、残党狩りのような作戦に割り込む必要はないかと。」

雫からパーティーへの招待を正式に受けた事でその他の伝手を断った直後だった。

深雪が不機嫌な理由、それは風間中佐からの助けが無かったからだ。

軍に拘束された時点でいずれ介入してきて釈放されるだろうと踏んでいたのに顔も見せなかった。

尋問場所を移すと言われ、ヘリと高速艇で東京まで運ばれることに。

食事は豪華、扱いは丁寧だったが、飛行機の何倍も時間が掛かった。

その間、副指令との雑談、あくまでも雑談だが他に出来る事もなく東京に着くまで延々と話し続ける事に。

移動中は拘束時間に含まれない、東京に着いて拘束時間がまたカウントされて解放となった。

時間的にパーティには出席可能だろうが、作戦行動は不可能だ。

「分かりました、叔母上によろしくと伝え下さい。」と達也。

「ではそのように、それから水波は明日の午後にはこちらに戻ってこれるかと。」と言って葉山は去った。

 

居間のソファーでくつろぐ二人。

「お兄様、どうかされましたか?」達也の雰囲気を察して深雪が問うた。

「いや深雪と二人っきりは久々だ、とそう思ってな。」達也はとっさにそう言ってごまかした。

「二人っきり、…コーヒーを入れてきますね。」そう言い残して台所へ駆け込む深雪。

深雪がいなくなったことを確認して、達也は今回の作戦を振り返っていた。

敵の主力潜水艦を発見し、敵の司令官を捕縛した。

このまま無事作戦が終了しても功績の第一位は達也で間違いはない。

問題は真夜が心から納得してくれるかどうかだ。

こればかりは考えていても仕方は無い、他の用事を済ませる事にしようか。

 

台所へ駆け込んだ深雪はその場にへたり込んだ。

「達也様と二人っきり…」

意識しだすと妄想が止まらなくなった、ホテルの件(ベットイン?)を思いだし大変なことに。

居間にコーヒーを持って行くのにかなりの時間が掛かってしまった。

居間に入ると達也が難しい顔で端末を見ていた。

「お兄様どうかされましたか?」

達也は深雪に端末を渡して言った。

「どうやら完全思考型CADに問題が発生したらしい。

このメールでは詳しい事は調査中だそうだ。」

「だったらすぐに連絡を」

「第一報からすでに半日が経つ、続報が無いという事はFLTに行かなければならないだろう。

だが大変な思いをして沖縄から帰って来たばかりだ。

それに水波もまだ帰ってきていない。

お前を一人にすることは出来ないよ。」

「だったら一緒に行きましょう。

牛山さんにはお世話になっています、このまま待っていても何も変わりません。」

深雪は今二人っきりになることが怖かったのだ。

結局二人はこの日、開発第3課に泊まることになった。

(開発部門なので伝統的?に仮眠室、ダイニングサーバーは完備しています。)

 


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