病室での件から3日後の朝に真由美は父親に呼び止められた。
「五輪家からの招待状が来た。趣旨は先日の見舞いのお礼と澪さんの現状報告だそうだ。」
「いつですか?」
「いつでも良いそうだ、だがなるべく早くと勇海さんから先ほど電話があった。」
真由美は端末を操作して言った。
「今日の午後からなら問題なさそうです、場所は?」
「東京の五輪家別宅だ。メールすれば送迎してくれるそうだ。」
「判りました。」と答え真由美は大学へ行った。
午前の講義が終わると早速迎えが来て、そのまま別宅へ向かった。
応接室に入ると昼食の用意がされていたが、驚くことに車いす姿の澪がいた。
勇海が「よくきたね、せっかく用意されているんだ、まずは食事にしよう。」と言った。
この場には、五輪勇海、澪、七草真由美のみ。
昼食はマナー通り静かに進んでいたが、ここでも真由美は驚くことになった。
澪が普通に食事をしている(とは言え量は控えめではあったが)事が信じられなかった。
以前の澪は本当に小食で、このような食事会は辞退していた。
実際真由美は澪が食事しているところを見たことは殆ど無かった。
食後の紅茶と一緒に、40歳代ぐらいの白衣を羽織った女性が入ってきた。
少し興奮しているように真由美は感じた。
ここで改めて勇海が言った。
「先日は娘の見舞いに来ていただきありがとうございます。」父娘はそろって頭を下げた。
頭を上げるタイミングで、女性が何か捲し立てようとしたが、勇海が手でおしとどめ言葉を続けた。
「ご覧になった通り娘も一時的とはいえ回復しています、これまでは何をしても無理だったんですが。
それで、原因となったあの日2度目に訪れた時の事をぜひとも知りたいのです。
洋史ではさっぱり要領を得ませんでしたから。」
「病室の計測器では何か解らなかったんですか?」真由美は尋ねた。
「モニター、特にサイオン関連はすべて切ってありました。あの嵐では無意味でしたから。」
悔しさをにじませながら女性が答えた。
「そこで君に詳しい話を聞きたくて、今回お招きしたというわけだ。
まずは彼、司波達也君だったよね、テロ事件の後に顔は見たよ、話はしなかったが。
こちらでも彼の情報は調べたが、有益なものは何もなかった。
改めて四葉の恐ろしさを感じたね。」なぜか澪が真剣な面持ちで聞いている。
「彼にもプライバシーがあるので、そのあたりはご容赦願います。
第一高校に二科生として入学、ただし魔法理論は学校一だと思います。
無系統魔法を得意とし、特筆すべきは術式解体が使えること。
今回の事はこれの応用ではないかと思いますが。」
「術式解体?」女性が声を上げた。
「勇海おじさまこの方は?」
「そういえば紹介がまだだったね、澪の主治医の先生だ。」
「それでは実際に見てもらってからの方が話は早いでしょう。
一昨年の九校戦新人戦モノリスコード決勝戦を出してください。」
程なくして映像が再生された。澪は身を乗り出さんばかりの勢いで画面を見つめた。
術式解体がズームされたところで、真由美は映像を止めさせて言った。
「これが術式解体、自身のサイオン圧力で相手の術を圧倒する最高の対抗魔法、
この圧力を利用して、澪さんの中にサイオンを戻したんだと思います。」
「そうですか、なにか治療のヒントになるかと思ったんですが。」がっくりとうなだれて女医は言った。
「澪さんの状態は?」
「概ね彼の言った通りに推移していますね。
昨日まではなんとか普通に生活できたけど、今日は少し調子が悪い、1週間程度で元の状態になるでしょう。
まさか家族でもない人から2~3日置きに術をかけてもらうわけにはいかないものね。
せめてもう1回今度は測定できれば何か解るかもしれないのに。」
ここで突然澪が声を上げた。
「家族になれば術をかけてもらえるんですか?
それなら私が、彼のお嫁さんになればすべて解決ですわ。」
「「えっ」」真由美と女医が思わず言った。
あわてて真由美が「彼にはもう婚約者がいるから無理よ。」とツッコミをいれる。
しばらく沈黙(澪はなら愛人でもとか危ないことをつぶやいていたが皆は華麗にスルー)の後、「打つ手なしか」勇海が言った。
「じつはもう1回だけなら彼に同じことをさせることができます。」少し言いにくそうに真由美は答えた。
「約束はどうするんですか?」真由美は一昨年の放送室前での顛末を語った。
真由美は約束を守るとは言っていない、あの時の達也の論理だと再度頼むのは有りという事になる。
「最後の手段としては有りかも知れないが…」
「ですがそれでは、本当にあと1回しか実行してもらえませんよ。
それでは測定は出来ても治療は出来ません。」と女医が言った。
会話が途切れたとみると、澪は真由美に達也のことを、根掘り葉掘り聞きたがった。
まるでアイドルの追っかけ中学生のノリの澪に押されながら、真由美は慎重に(話せないことが多々ある)話し始めた。
「それでは、夕食までゆっくりしていってください、そのあと自宅へ送ります。」
そう言って女医とともに勇海は部屋を出た。