防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-18 九校戦の陰で

真夜は軍のホテルに入った。

そこは九島烈の使っていた部屋のようだった。

なぜなら据え付けの書棚に九校戦と論文コンペの資料があるからだ。

手持無沙汰の解消に九校戦の資料を見ても仕方が無いので、論文コンペの資料を見る事にした真夜。

そこで一つ気になる論文を見つけた、この時は後でゆっくりと見ようと思っていたのだった。

 

女子アイスピラーブレイクの会場で真夜は思ってもいない人物に会った。

まだ予選リーグでなおかつ招待客用の席、今は真夜と二人きりだ。

(従卒などは壁際に控えている。)

「これは五輪殿、こんな所で珍しいですわね。」かすかに首を傾げながら真夜は言った。

「こ、これは四葉殿、半年ぶりですかね。」若干ドモリ気味に言う勇海、『極東の魔王』は怖いようだ。

「どうしてこちらに、どなたか意中の選手がいましたか?」不思議そうに真夜は尋ねた。

五輪勇海に高校生の家族はいない、わざわざこんな基地にまで来るのは不思議だった。

「軍の知り合いに勧められましてね、そう言えば貴女の息子さん司波達也君も出てるんでしたね。」

「ええエンジニアとしてですね、裏方仕事ですよ。」

「いや彼の活躍は素晴らしいです、ぜひうちに欲しいですね。

九校戦で担当選手が負けなし、どのニュースでも彼の話題で持ちきりですよ。……………」

延々と達也をほめている勇海、だが内容はニュースと変わり映えしない、真夜はうんざりして言った。

「ほらそろそろ試合が始まりますわよ。」わざと話の腰を折る。

そこからほぼ会話が無くそのまま決勝戦まで終わった。

「ではこれで。」終了と同時に真夜はそう言い足早に席を立った。

勇海はそれをあっけにとられて見送った。

真夜は五輪勇海がここにいる事を軍の気晴らしにしても逆効果になるんじゃないか、と思った。

五輪澪の容態が思わしくないのは漏れ聞こえている、澪に何かあれば五輪家は沈没していくだろう。

高校生の元気な姿を見ても澪と比較して複雑な思いになるだけではないか。

だが真夜は将来消えゆく家の事に煩わされる事もないかと思い直した。

 

この直前に真由美は廊下で達也とばったり出会った。

当然深雪は達也の後ろに控えている。

深雪を見て、簡単なあいさつで別れようとしたが、衝撃的な澪の裸お姫様抱っこを思いだし動揺してしまう。

それを見て達也が気をそらすように言った。

「こんにちわ七草先輩、今日はお一人なんですか?渡辺先輩や市原先輩は御一緒では無いんですか?」

「あら達也君、リンちゃんは貴男のデータに夢中よ、あの情熱には困っちゃうわ」

達也のフォローに乗って真由美はやや大げさに表現した。

「それに摩利は最近婚約者に掛りっきりよ。さそっても振られてばかり。

ちょっと必死すぎる気もするけれどね。」

「達也様そろそろ。」

「そうだな、それではこれで。」二人は去っていった。

「達也様かあ…」真由美は思わずつぶやいた。

それと同時に、摩利と最後にまともに話した正月の事をまざまざと思い出していた。

ほぼ毎週、ほとんど二人っきりで会っている、傍から見れば付き合っていると思われても仕方が無い。

だが話している内容は8割が恒星炉、後の2割が弁当の事だ。

周囲の状況は社会的にも個人的にも厳しくなってきている中で唯一安らげる時間かも知れない。

 

「四葉との会談、いかがでしたか?」女医と話していた軍の関係者らしい男が勇海に言った。

「ハハハ、話をしただけだったよ。」力なく勇海は言った。

「お母様に会われたんですか。」ベットから身を乗り出して澪が言った。

澪は達也の術によりある程度回復していた。

流石に長時間試合を観戦するのは無理があるので部屋で大人しくしていた。

何故澪がここに居るのか?それは澪が達也の傍に居たいと望んだからだった。

傍に居たい、活躍をその場で感じたい、そしてこのホテルでは放送されない映像も見ることが出来るのだ。

大会期間中はストレージ内の映像は24時間オンデマンドで見れる様になっている。

「ああそうだよ。」と勇海。

「いいなー私もお母さまに会って、お兄様との仲を認めてもらいたかったな。」と澪。

勇海の目から見ると澪は中二病と白馬の王子様症候群を患っている。

だが三か月前の苦しんでいるのに微笑みかけてくれようとする痛々しい姿よりは断然ましだ。

今や満面の笑みを浮かべる澪の妄想を勇海は受け入れていた。

ちなみに今は義理の妹(容姿のコンプレックスから妹)で禁断の愛に萌えているらしい。

そして最近は妊娠する設定が追加されたようだ。

「…でお母様は世間体を憚って堕すように私を説得するの。

でも私はそれを断って実家で育てます、って宣言するの。」

「それは良いですね、澪様のお子様ならそれは可愛いに決まっています。

私たちも協力します、ぜひ一緒に育てましょう。」と男。

「ははは、うちで育てるのかい。」

「そうよ、お兄様にはご迷惑はかけないつもり。」

勇海は、もしそうなった場合は孫を『あの四葉』に預ける訳にはいかないだろうと思い言った。

「そうだね、みんなで育てようか。」

勇海は知らない事だが澪がこんな事を言い出したのには訳がある。

澪の止まっていた性徴が表れた、具体的には初潮以来途絶えていた生理が来たのだ。

男の下にはより詳しいデータがある、卵巣が成熟する兆候が表れているのだ。

達也が実施した改良型の術後、軍は徹底した調査を実施した。

その結果強い魔法は使用不可だと分かった時には、軍の落胆は大きかった。

そんな中で上記の発見に軍は一転、沸き返った。

上手くすれば戦略級魔法師の子供が生まれる、魔法師は一般的に世代を経るごとに強くなる傾向にある。

だが澪の卵巣は未熟で人工授精でも受精しなかった。

そして自然に近い出産の方がより強い魔法師が生まれる傾向も確かに有るのだ。

軍内部で秘かに澪の妊活プロジェクトが立ち上がるのは自然な流れだろう。

まずは達也の確保、それが今の男の最優先命令なのだった。

直接四葉に手は出せない、プロジェクトは秘かに策を練っていたのだった。

 


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