防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-24 千葉家(4)

エリカはエルンストの言葉の裏を取ろうとしていた。(レオは裁判記録を調べている)

先ずは警察へ行ったが情報は得られなかった、軍の基地での出来事なので資料が回ってきていない様だ。

軍の伝手は殆どがクソ親父の物だ、理由を説明せずに使うのは難しい。

考え込んでいる所に電話が有った、門弟(舎弟?)からだ。

「何かあった?」電話に出るなりエリカが言った。

上手く情報が得られなかったのが影響したのか語気が強かったらしい、相手はしどろもどろになっていた。

「は、はい、あのう修次さんの事でちょっとお耳に入れたい事が…」

少し苦労して話を聞き出すと、修次が白装束で刀を持ちどこかに出かけたらしい。

「でもそれなら前にもあったじゃない?」

「ですがいつになく真剣ないや鬼気迫る表情だったらしいんですよ。

俺が昼に会った時は以前の様な笑顔でした、理由を聞くと久しぶりに恋人と会うからだと言っていました。

それに…」

「何?」

「お姉さん、早苗さんも同じ格好だったらしいんですよ。」

「…確かに変ね、知らせてくれてありがとう。」

「どういたしまして、じゃあ。」と言って電話を切った。

エリカは考え込んだ。

次兄上は和兄貴が亡くなってから変わってしまった。

学校も辞めた、けれど道場の訓練には参加しないから門弟たちの評判は良くない。

その事で『先輩』から相談を受けたことも2度や3度ではない。

それを考慮にいれても非常に気になる。

言いようのない胸騒ぎを覚え、『先輩』へメールする。

そこで分かったのはあの男に会っていた事だった、トラブルに愛されたとしか言えないあの男に。

急いで電話をして『先輩』を呼び出し、千葉家の最寄り駅で待ち合わせる。

最悪の事態の場合は自分一人では二人を止められない、そう思ったから。

 

修次は達也に向かった、但し自己加速術式は使わない。

その為達也に容易に受け返される。

だが修次はその反動を利用して足技を仕掛ける。

左足の蹴りが決まり達也は吹き飛ぶ。

修次はすかさず畳み掛ける、が体術で達也を圧倒することは出来なかった。

再び膠着状態に、だが修次が疲弊している。

呼吸が乱れ出血もまだ止まっていない様だ。

達也は両手にCADを持っている、時間切れを狙う様だ。

ジリジリと時間だけが過ぎていく。

……

遂に修次が咆哮を放ち刀を振りぬく。

達也はそれを余裕をもって避ける、が避けることが出来なかった。

何故ならその刀は実はワイヤーで刃が繋がった物であり、先端部を躱し切れず左手のCADを持って行かれた。

達也の手から離れたCADが壁にぶつかり大きな音を立てる。

それを合図にしたように修次が自己加速術式を発動させる。

達也はそれを目で追うことが出来無いらしく周囲を警戒している。

床を叩く音が変わる、その時達也が右手のCADを放り上げる。

そして柏手を打ち一歩前に出る。

「ポーン」と大きな音と共に修次が達也の前に現れる。

驚愕した表情の修次、達也はその隙に後ろへ回り込み修次の右腕に切りつける。

ほぼ同時に達也が立っていた場所に何かが降ってくる。

修次は刀を落とし膝をつく。

達也はナイフを突きつけて言った。

「負けを認めるか?」

修次は答えない。

一呼吸おいて殺気を放ち再度問うた。

「千葉修次、負けを認めるのか?」

その時早苗が修次と達也の間に入ってきた。

 

この時道場の扉が勢いよく開いた。

その勢いのまま道場に飛び込んできたのはエリカと摩利だ。

だがその光景に二人は凍り付いた。

達也が問うた。「早苗さんでしたか、まだ勝負はついていませんよ?」

「こちらの敗けです。」早苗が答えた。

「その言葉に意味はありません。あなたは立会人でしょう。それにあなたたちの装束は単なるファッションなんですか?」

「姉上」修次が強い口調で叫んだ。早苗は落ち着いた口調で語りだした。

「修次は千葉家に必要です、代わりに私を差し上げましょう、それで収めていただけませんか。」

「姉上」今度は弱弱しくつぶやき続けた。

「参りました。」

それを聞いた達也はナイフをウエストポーチに入れCADを回収し一礼した。

早苗は足早にその場を立ち去った。

達也はエリカたちを一瞥してからゆっくりと去っていった。

エリカたちはその達也の動きを棒立ちでそのまま見送った。

達也の姿が見えなくなると石化が解けたように修次のもとに駆け寄った。

「すぐ救急キットを持ってきます。」修次の様子を見てエリカが言いその場を離れた。

「シュウ…」摩利はつぶやいた。

「摩利…彼は強かった。あの技を使っても勝てなかったよ。」と修次が言った。

その言葉に摩利は修次の得物を見て言った。

「シュウ、達也君にはその技は通用しないかもしれない。彼に一度見せたことが有るんだ。」

修次は驚いて言った。

「初めての攻撃は確かに有効だった。だからこの得物は初見だと判断したんだ。」ここで考え込みながら言った。

「だがそうだとするとあれほど鮮やかに童子斬りを躱したことが解らないな。」

摩利は肩を竦めて言った。

「それはシュウ、達也君の手に引っ掛かったんだよ。」

修次は傷の痛みに顔をゆがめながら笑い出した。

「ははは、さすがあの四葉家の人と言う訳か。」

そうこうするうちにエリカが戻ってきた。

傷の手当てを巡って摩利と騒動を繰り広げる。

そこに明らかにおめかしをした早苗が少し大きめのバッグを持って現れた。

周囲をきょろきょろと見回した後問うた。「達也殿はどちらに?」

エリカが代表して答えた。「達也君ならあの後すぐ帰ったわよ。」

「エリカ、御実家はどちらに?」

「知らない」

エリカはそういえば結構長い付き合いなのに達也君の家は知らないと改めて思いながら答えた。

摩利も首を横に振った。

「まだそう遠くに入っていないはずですわね。」かわいらしくつぶやいて急ぎ出て行った。

その態度はまさに恋する乙女だった。

ただエリカはこう感じた。

早苗の眼のきらめきが、まるで肉食獣が獲物を見定めた時のようだと。

ただ修次は額に手を当て空を仰いでいた。摩利は恐る恐る聞いた。「シュウあれは?」

修次はその問いに直接答えずエリカに問いかけた。

「エリカお前は姉上の事をどう思っている?」

「そ・それは…」摩利をちらっと見ながら答えに詰まった。

「僕はこう思っている。

親の義務も果たさない父に従順にただただ従っているだけ、兄も同様にね。それに反発して小手先の技にのめり込んだんだがね。

では我々の母上については?」

「知らない、立場上詮索できなかったし、千葉家に来た時にはすでにいなかったし…」

「そうか、母の実家に帰るたびに、姉と母は気性がそっくりだとよく言われた事が多かった。

確かに覚えている範囲では似ている。

そしてその時聞いてみたことが有るんだ『あんな父のどこに母は魅かれたのかと。』

その答えが『それは丈一郎殿の強さだろう、あの子にも一族の血が入っているからな』だった。

事実親戚たちの中にも似たような人がいた。

まるで昔の殿様に仕える家来の様だった。

エリカ、もう想像はつくと思うが親の結婚は母上の押しかけ婚だ。

相当強引な手を使ったらしい。」

エリカは顔をしかめて言った。

「あの女、体捌きはダメだが頭は悪魔の様に鋭いから……親父も陥落したわけか。」

エリカはあの俗物の男がどうして結婚できたか分かった気がした。

ここで摩利が口を挿んだ。「それじゃあ早苗姉さんは…」

修次は苦笑しながら言った。

「そういう事だろうね。ふがいない僕よりよっぽど良い戦いをしてくれるだろうね。」

その後、摩利とエリカの話『次はシュウが勝つ』『そんな事より治療を』聞き流しながらふと思う。

「すると俺は彼の義弟になるのかと。」

 


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