七草弘一はあの後すぐに自宅に戻った。
名刺の真偽を確かめるためだ、真偽はすぐに判明した。
軍の基地で五輪勇海と一緒にいた時点でほぼ確定ではあったが、念の為と言う奴だな。
名刺をもらった時は珍しくはしゃいだが今は冷静だ。
今回は私が提案を出す、前例(一条)は有り今更評判を気にする必要はない。
都合の良い事に今回彼は金字塔を立てた、議題にするのにちょうど良いタイミングだ。
一条殿は今回の件は味方してくださるだろう。
二木殿は新米議長、協会からの要請を断らないだろう。
三矢殿は軍の要請なら従うはずだ。
五輪殿は言わずもがな。
六塚、七宝は敵対するだろう。
八代殿は大学教授、教育者だ、この問題には中立を保つ可能性が高い。
十文字殿は微妙だ、今までの経緯から積極的に支援してはくれないだろう。
当事者を除くと7人中3人賛成、2人反対、2人中立と言ったところか。
現在辛うじて上回っているが四葉殿の言ったようにこの決定に法的拘束力はない。
(民間の約定より国の法律の方が優先される。)
それとあまりおかしな条件を付けることは出来ない、後々ブーメランの様に帰ってきかねないからな。
先ずは正式に真由美を婚約者として認めさせる、これが最低条件だが。
何かもう一手必要な所だ、娘たちが帰って来たら情報を集めるとしようか。
「「「ただ今戻りました。」」」真由美、泉美、香澄が挨拶する。
ただ真由美は少しぎこちない。
「うむ、今日呼んだのは彼、司波達也君についてだ。
真由美、彼とはうまく行ってるか?」
「それは…」真由美は俯いてしまう。
香澄は複雑な表情だ、そして弘一は難しい顔で考え込んでしまう。
暫くして弘一が言った。
「泉美、あの二人の様子はどうだ?」
「あの二人とは誰の事でしょうか?」
「司波兄妹の事だ、二人の仲は今どうなっている?」
「婚約した所為かどうかわかりませんが、去年より落ち着いていますね。」
「具体的にはどうだ、男女の仲になっていそうな雰囲気はないのか?」
「『お姉さま』はそんな事しません、清いままです。」強い口調で断言する泉美。
「泉美ちゃん、何であなたがそんなこと知っているのよ。」思わず絶叫する真由美。
「あぁ、お姉さま。」祈るようなポーズで泉美はそう呟いた。
真由美は泉美から答えが得られないと判断して香澄の方を向いた。
「あのう、一応知ってるけど言わないとダメ?」ばつの悪そうに香澄が言った。
「やっぱり知っているのね。」と真由美。
「それが本当ならぜひ知りたいものだな。」泉美ショックから漸く立ち直った弘一が言った。
「あのね、九校戦の最中に雫先輩が水波ちゃんから無理やり聞き出したんだ。」
「雫と言うと北山雫さんね、何でそんな事を?」
「ほのか先輩の為だって、ほのか先輩無謀にも奴に惚れてるから。」
「水波ちゃんとは誰だい?」
「桜井水波ちゃん、会長の家に住み込んでメイドの様な事をしている娘なんだ。」
「なるほど、それならその情報は確かだな。
良かったな真由美、未だみたいだぞ。」
「ななな、なんの事ですか!」
「分かっているんだろう真由美。
だが少し意外だな、半年以上も同棲状態なのに。」
「案外あの二人は何か問題を抱えているんじゃないの?」
「そんな事は有りませんお姉さまは完璧なんです、できればこのまま…」
「…少し前に聞いたことが有ります、達也君はいきなり妹が婚約者になって困惑してるって。」
娘たちはこの話題で盛り上がっている中、弘一は考えを巡らす。
最悪の事態(すでに妊娠していた)回避された。
あの二人の間に問題が有るとまでは言えないものの男女の仲への強い思いが無いのは確かだ。
ただこれでは状況をひっくり返すまではいかない、正式に結婚するまではと言う考えは浸透しているからな。
娘たちの話題が真由美に移ったのを機に引き戻しにかかる。
「今年も司波達也君は大活躍だったな。
それにしてもやはり彼は本物だった、是非とも欲しいものだ。
真由美、絶対彼をわが家に迎え入れるんだぞ。」娘たちの気を引くように少し強い口調で弘一が言った。
「お父様!!」
「お姉ちゃんは渡さないんだから!」
「香澄、真由美に結婚させないつもりか?
そろそろ真由美は焦っても良い時期だぞ。」
結局仕事を始めると出産は難しい(特に初産)、だから時間の有る学生の内に出産するのが当たり前になりつつあるのだ。
「でも…」
「だったら洋史さんの方が良かったのか?それとも克人君か?」
「うぅぅ」唸り声の様な声を上げる香澄。
「泉美、お前ならどうだ、あれから成長した今なら考えは違うんじゃないか?。」
「いえ、ますます差は開いたように思います、真由美姉さんでも難しいかもしれません。」
「お姉ちゃんをバカにしないで泉美ちゃん。
それより半年前まで兄妹だったカップルなんて気持ち悪いわよ。」
「よりにもよってお姉さまを気持ち悪いだなんて酷いですわ香澄ちゃん。
あの二人の事は運命なのよ。」
「運命?」とツッコミを入れる香澄。
「お姉さまは去年まで四葉のプリンセスであることを隠して暮らしていました。
そんな状態で他の殿方とお付き合いは出来ません、まさにあの二人は運命の相手なのです。」
「違う、なんか違うよ泉美ちゃん。」香澄はつっこみをいれる。
「いえ香澄ちゃん、お二人は結ばれる以外に道は有りません。
これを運命と言わずなんと言うのでしょう。」
真由美はその言葉に思わず胸に手をやる、それを弘一が興味深そうに見ていた。
「うーん確かにそう言われればそうかも知れないけど…
そう、それは運命じゃなくて単に選べないってだけじゃない。」
「真由美、どう思う?」と聞く弘一にハッとして答える真由美。
「そうですね……、家を隠してお付き合いをするのは難しいと思います。
いえ、それがあの四葉なら不可能だと思います。
そういう意味では香澄ちゃんが言う様に選択肢が無いですね。」
「なるほど…」そう言い弘一は再び考え込んだ。
確かに隠した状態を維持しながら付き合うのは不可能だ。
これはつかえる、特に教育者の八代殿にはアピールできるポイントになる。
教育には『機会の均等』は重要な概念だからな。
これで可能性が出てきた、秘かに弘一はニヤリと笑った。
「奥様、協会からこんなものが。」葉山が部屋に入ってきて言った。
「あら葉山さんでも慌てる事があるのね。」真夜は書類を受け取って読む。
見る見るうちに真夜の表情が変わる。
葉山は真夜が読み終わるのを待って言った。
「おめでとうございます、ご子息が認められましたな。」
「聞きたい事はそれではないわ。」冷たい表情で葉山を見つめる真夜。
書類は達也の魔法大学と防衛大学校への特別推薦、それと臨時師族会議の案内だった。
「その件は現在調査中でございます。
ですが政府又はかなり上層の軍部が関与しているようです。
協会からはほのめかされましたし、別件で調査している軍部そのような情報は有りませんでした。
ですから軍が関与している場合はかなり上部の組織が関与していると思われます。」
「つまり葉山さんはこの件は力押しはやめたほうが良いという訳ね。」
「はい、この件を議題にしてきた事がそれを裏付けていると思われます。」
真夜は考えを巡らせる。
この件に賛成なのは一条、三矢、反対は六塚、七宝。
残りは五輪、八代、十文字、七草がどこを取り込んだか
八代殿はこの問題には中立だろう、十文字はテロ事件で七草に不信感を持っている。
とすると五輪を取り込んだか。
「葉山、当日午前中に協会の会議室を取ってちょうだい。」
(実際はビル付属のテナント用の共用会議室)
「奥様、出席者は?」
「深雪さんよ。」
「よろしいのですか?」
「構わないわ、後手に回った時点で劣勢ですから少しは細工をしないと。
ところで葉山さん、深雪さんの思いは達也さんに通じたかしら?」
「沖縄では積極的でした、あれから半年以上経過しております。
思いの強さからおそらくは。」
「そう、確実とは言えないわけね。」こう言って真夜は策を巡らせた。