防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-28 嵐の前(3)

「十文字君ようこそ、父が自室で待っています。」真由美が玄関で克人を出迎える。

克人が七草家を訪れたのは弘一の招待があっての事だが実態は少し違う。

克人は弘一を監視する目的でここに来ている。

十文字家は七草のお目付け役を買って出ていたのだ。

「十文字殿良く来られましたね。」

「いえ、これも仕事の一環です。」

「本日午後の会議に当たってぜひ聞いておくべき事が出来ました。

これは議長役の二木殿も了承しています。

真由美、お前にも関係する事柄だから聞いておくと良い。」

弘一は退出しようとした真由美を引き留めた。

弘一は克人への抑えに真由美を使う積りの様だ。

「始まるまで少し時間が有ります、座ってお待ちください。」

暫くしてノイズ交じりの会話が聞こえてきた。

 

真夜が言葉を紡ぐ。

「もっとも、それで助かった人もいるから皮肉ね。」

「どう言う事でしょうか?」また首をかしげながら深雪は答えた。

「やっぱり解っていなかったのね、あの事件の数々は普通に考えたら不可解な点が多くあるわ。」

深雪は少しの間考えていたが、あきらめて「解りません。」と言った。

「それではあの事件に関しての質問に答えてくれるかしら。」

「まずは春のブランシュの件から。彼らの目的は何だったかしら。」

「図書館の特別閲覧室から、魔法大学のデータを入手することだったかと。」

「それだとなぜ一高を狙ったのかしら?

あれだけの戦力を用意できたのなら、人員の少ない4高以降ならより簡単だったのに。

図書館のシステムは各高共通ですよね、得られる情報は変わらないはずよ。

おまけに迎撃できる教師や生徒の数は約半分だわ。」

「テロの標的として1高の方が相応しかったからでは?それと2科生との対立もありました。」少し考え込みながら深雪は答えた。

「では講堂を襲撃したのは何故かしら?

ガス弾を使いガスマスク装備の賊を潜入させた目的は?

流石に講堂にはお金になる物は無いでしょうし、生徒の殺傷が目的なら爆弾、もしくはハンドミサイルで十分。

わざわざ数が限られる人員を投入する目的は何かしら?」

「それは…人質を取って世間に要求を認めさせる為ではないでしょうか?」

「人質を取り要求をのませる、その方法は100年以上前に失敗しているわね。

今時一般人を人質に捕れば問答無用でテロリスト、国際手配の犯罪者になってしまうわよ。

それと何か勘違いをしているようだけれど、ブランシュ及びエガリテは、少なくとも表面上はテロ集団ではないわ。

あの集団のお題目は『魔法による差別の撤廃』だから魔法師にも賛同者はいる様ね。

そしてあの時まで特に目立った実力行使はしていなかったわ。

もしテロ集団扱いなら、政府の監視はもっと厳しかったでしょう。

名前も居場所も突き止められているんだから、あれだけ武器を集めている段階で捜査の手が入っているはずよ。

おそらく十文字家もそこをついて隠蔽したんでしょうね。

あと2科生との対立だけれども、『あの時点』ではブランシュに味方したのは2科生全体ではありませんでしたね。」

『あの時点』を少し強調して真夜は話したが、深雪は何も答えられなかった。

「そもそもあの時点で彼らが暴走したのは、影の存在のはずの司甲が表に出た事が大きいでしょうね。

ブランシュの代表者の司一との関係は未だ表に出してはいけなかったでしょうから。

それをカモフラージュするために、計画を前倒しにしてあんな事件を引き起こしたんでしょうから。」

…所であの大量の武器はどこから入手したのかしらね?

代表の司一はまだ若い、あれほどの武器を購入する資金や伝手はどこから得たのかしらね。」

「それは不明のままだったと聞いています。」

「かの組織は代表が逮捕された事で丸ごと接収、武器や車両、その他の資産は全て押収された。

用立てた所は資金を回収できなくてさぞ困った事でしょうね。」

ここで唐突に真夜は言い話題を次に切り替えた。

「次に九校戦、ちょっかいをかけてきたのは無頭竜だった訳だけれども、なぜあの年だけ急にあんなに派手に動いたのかしら?

あらかじめ言っておくけど無頭竜は商社よ、世界を股にかけた死の商人の方がしっくりくる表現ね。

だからよほどのことがない限り直接手は下さない。

手を出すとすれば、たとえば大口取引先が代金未払いのまま連絡できなくなったとかね。」

「…まさかブランシュの壊滅が原因だったのですか。」驚きを隠せないように深雪は答えた。

「おそらくはね、あの時の九校戦は一校優勝が確実視されて優勝を対象とした賭けは成立しなかった。

無頭竜は当初は女子波乗りとミラージ二種目のみ賭けの対象にしていた様ね。

昨年は波乗りは一校と七校、ミラージは一校と三校が、そしてそれぞれ二年生が拮抗していた。

必然的にその年はこの二校が競り合うでしょう。

この二校が事故がリタイアすれば大番狂わせになるわ、知っていれば大儲けね。

その位なら大会委員も見逃がしていたでしょうね。

ただ二つとも一校有利の種目だからあと少し手を出せば優勝を阻止できると見越して、

一高優勝の配当を引き上げ大口投資家を引き込み、ブランシュのあけた穴をふさごうとしたのね。」

「彼らのその後は?」深雪が質問した。

「こちらから情報を提供、UNSAと協力して組織は壊滅したわよ。」

「そうですか。」思いをはせるように目を閉じ深雪は答えた。

「最後に横浜事変、敵の目的は何かしら?」

「論文コンペに集まった人の誘拐あるいは殺害、それと横浜支部のデータでしょうか。

後は艦隊の陽動ですか?」考え込みながら深雪は答えた。

「論文コンペって所詮高校レベルの行事、ここまで大げさにする必要があるのかしらね。

動員されたゲリラは数百人だったけれど会場をたった六人で殺害ではなく制圧しようとしたのよね。

その人数なら誘拐できる数は限られるでしょうに。

深雪さん、ターゲットは誰なのか判るかしら?」

「いえそこまでは判りかねます。」うなだれながら深雪は答えた。

「そんなことでは、とても当主は務まりませんよ。会場を出た後に襲撃されたのは一校と三校のみ。

三校は、世界的に有名なカーディナルジョージで決まりね。

問題は一校内のターゲットね、こちらが本命でしょうから。」

「なぜそんな事が分かるのですか?」深雪は小首をかしげ質問した。

「即答せずによく考えなさい、このままでは当主としては失格ですよ。

制圧組が乗り込んだのは一校から三校への交代時間、しかも終わり頃。

この時間では交代作業の邪魔になるから警備員その他はおらず少数のスタッフのみ。

もしカーディナルジョージが本命なら、素早く壇上に上がり拘束、人質として会場を制圧したでしょうから。」

深雪は黙って頭を下げた。

「話を戻すけれど、先行した地下道組は生き埋めにされかけたので除外ね、この後メイン出筆者が拘束されたのよね。」

「市原先輩ですね、たしか『七草家を動かすのに娘の友達の方が有利だ』とゲリラが言ったと報告書にありました。」深雪は答えた。

「その七草家とは誰のことを指しているのかしら?

七草家の情報は四葉と違い公開されているに等しいから、名指ししたゲリラもそれぞれの人となりは調査済みのはずね。

娘の友達という言葉から、弘一殿のことを指しているのでしょうけれども公になっている性格ならそんな要求を受けるかしら?

弘一殿の性格は、抜け目ない策士であり、娘の友達『いちはな』さんでしたか、

人質に取られたからと言って軍を動かすとは考えられない。

もし彼らが軍を動かそうとするなら一緒にいた北山のお嬢さんの方が良いんじゃないかしら。

この状態で弘一殿に断られたら真由美さんはどうしたかしら?」

「実際は、市原先輩が一人で撃退しましたがそうではなかったとして考えるのですね。」

深雪は質問に気を取られ、名前の間違いには気が付かなかった。

「おそらく『自分が身代わりになる』と言い出すと思います。」深雪は考え込みながら言った。

「その後本国に連れ出す予定だって告白したのよね。

つまり十師族の娘をかの国が誘拐する、まるで2062年の再現のようね。」

「まさか敵の狙いは」少し震えながら深雪は答えた。

 


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