防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-31 101部隊

響子は車を自動運転に切り替えた。

「今日は少し長めにするけど大丈夫?」と響子が達也に聞いた。

追跡対策用の自動走行モードを尋ねたのだ。

「構いませんよ、この後特に用事もないですから。」と達也は答えた。

響子は何かを聞いているようだ、達也は気になりコッソリ聞く事にした。

それはあの0会議室の状況だった、いかに高いセキュリティと言えど設定した本人には無意味だった。

そこではこんな会話が交わされていた。

 

「お待たせしました、データのプリントアウトに時間が掛かってしまいました。

終わったら焼却処分にしますのでそのつもりで。」と真田。

その後パラパラと紙をめくる音がする。

やがて柳少佐が言った。

「隊長、やはり彼女は…」

「そうだ、藤林中佐は転属となる。」

「理由をお聞きしてもかまいませんか。」と真田。

「理由か…そうだな俺が彼女を信用することが出来なくなったからだな。」

「出来なくなったとは?」

「去年の九校戦で彼女は藤林家に付いた。」

「ですが隊長はそれを許したのではありませんか?」

「そうだ、だがあの時とは事情が大きく違ってしまった。

あの時は未だ九島家の力は強く藤林家はそれに従う形だった。

だからあの時は彼女が拒否しても結果は変わらなかっただろう。

だが今や藤林家が頼りにしていた九島家は没落、支えを失った藤林家の行動が読めない。

去年までなら九島家を監視すればよかったんだがな。」

ここで達也は盗聴するのを止めた、風間の言葉に一定の理解を示した形だ。

一方響子は盗聴を続けている、理由はいろいろあるが結局達也ほどドライになれないのだろう。

「確かにそうですね。」

「それに今後は彼女の婚姻も問題になるだろう。

既婚なら問題は少なかったかもしれんが、おそらく藤林家は政略結婚を仕掛けてくるだろう。

そうなった場合は彼女が拒否する事は難しいだろうからな。」

「了解しました、では会議に移りましょう。

テーマはずばり今後の魔装大隊の方針ですね、お手元の資料は読んでいただけたと思いますのでその質疑応答から。」

「では俺から、大幅増員が予定されているがどこから引っ張ってくるつもりだ。」と柳。

「横浜事変で戦った魔法師の多くが志願兵になったようです。

特にケガを負った方々は大半が志願したみたいですね。」

「それと学生を優先的に回してもらう予定になっている。」

「なるほどこれは訓練が楽しい事になりそうですね。」うんざりした表情で柳が言った。

「次は私から、隊は実戦部隊へ格上げされる訳ですが私の立ち位置はどうなりますか?」

「装備の開発予算は大幅にUPされる事が決まっている、だから別組織を新設する方向で行こうと思っているよ。」

「では彼の頭脳はどうしますか、流石にあれは替えが利きませんよ。」と真田。

「それに関しては、トーラスシルバー社と契約を結ぼうかと思っている。

こちらもダミー会社を経由すれば問題ないだろう。」と風間。

「ただし今まで通りにはいきませんね、優先順位をつけて対処する以外ないでしょう。」と真田。

「優先順位と言うなら部隊を預かる身としては『再成』を外せないな。

実験は成功したと聞いているが実戦投入はいつぐらいだ?」

「まだまだ課題は多いですし投入はまだまだ先ですよ。」

「だが派手な攻撃魔法は影響が大きすぎるぞ。」

「そうだな、当分は部隊の再編で忙しい、その間それをやっても良いだろう。」

「了解しました。」

「だが彼に続いて中尉までいなくなりますか…」考え込む柳。

「二人とも結婚が契機になるんだから本来は喜ばしい事のはずなんですがね。」苦笑しながら言う真田。

「結婚して十師族なる、そして我々と距離を置かざるおえなくなる。

潔くあきらめろ柳。」と重々しく言う風間。

「そんなんじゃありませんよ、ただ彼女は大丈夫ですかね。」

「2月の件かい、また知り合いが殺されてトラウマが刺激されたんだったか。」

「死なない人間はいない、そのトラウマは彼女自身が克服するしかない。

流石に藤林家としても猶予はなくなっただろうからな。」と風間。

「待ってください、いい方法があります。

あの二人が結婚すれば良いんですよ。」

「ん、どう言う事だ。」首を傾げる風間。

「どうもこうもありません、さっき隊長が仰いましたよね『死なない人間はいない』。

本当にそうでしょうか?案外身近にいるのでは。」

風間と柳はハッとした表情を見せる。

「そう彼は死ぬことは無い、もし彼が死ぬことになったらおそらく我々は生きてはいません。

そして彼は藤林家が求める力が有ります。

そして藤林家に入った彼は十師族では無くなり、我が隊にいても問題は有りませんよ。」

「だが彼女の方が随分年上だが。」と考え込みながら柳が言った。

「金のわらじの例えもあります、それに実際にあの二人が並んで違和感がありますか?」

「確かに…」

「だが現実問題として四葉がそれを許すはずはない、机上の空論だな。」

「確かに…、良い案だと思ったんですが。」

 

達也は車窓を眺めながら会社の事を考えていた。

響子にはああ言ったが決して楽観できる状態ではない。

特に問題はこちらで抑えているストックオプションの株式化が全然と言って良いほど進んでいない事だ。

全部で百億以上かかる計算だ、流石の達也もおいそれと手が出る金額ではない。

(この時代アニメでもあった通り中小企業でもこのぐらいの規模になる。)

幸い筆頭株主は今の所は経営に直接口を出さない様だから時間は有る。

流れる景色を眺めながら達也はそんな事を思っていた。

 

響子は盗み聞きしたことを秘かに後悔していた。

少し前から直接の情報が入ってこなくなったのは感じていた。

それで少々ムキになっていたのかも知れない。

それが今回ハッキリした、いや理解してしまったと言うべきか。

横浜事変以降、実働が極端に増えた、今やどの部隊より実戦経験があるのではないだろうか。

こんな部隊に跡取りの一人娘を預けられるはずがない。

あの父ならクレームをつけるし人事も配慮するだろう。

最悪は退官してお見合い、即結婚を強要しかねないだろう。

結婚と言えばあの真田少佐、言うに事欠いてた、達也君とだなんて。

(今密閉空間に達也と二人っきり、尾行されていないかチェック中だ。

状況だけ見るとデート中でホテルを探しているように見えなくもない。)

急に恥ずかしくなり達也をチラッと見るが窓の外をぼんやり見ているだけの様だ。

それを見て少しだけ冷静さを取り戻したが、まだ顔がほてっている感じがする。

暫くその状態が続いたが不意に響子は思い至る、もう達也君とこうして二人だけで会うことは無いんじゃないかと。

達也君は予備役、復帰後は最前線だ、一方響子は内勤になるだろうから直接会う機会はほぼ無くなる。

帰りに送っていくのも専属ではない、達也と二人っきりの機会はもう無いかもしれない。

そして隊長の言葉が思い起こされる。

『死なない人間はいない、そのトラウマは彼女自身が克服するしかない。』

二つの思いが響子の重い口を開いた。

「もうすぐ慰霊祭ね、この時期になると平静ではいられない。

達也君も同じ立場なのに、これじゃ年上の立場がないわね。」

「中尉と俺とじゃ状況が全く違います。風間中佐から聞いていないんですか?」

「いいえ」響子は首を横に振った。

「それに俺の感情の事は、中尉もご存じのはず。」

「そうだったわね。」ますます響子は落ち込んだ。

少しの間沈黙があった。

流石に居心地が悪くなった達也は、あの時のことを語りだした。

目を閉じ記憶に集中しながら。

幸い尾行除けの最中なので、時間はたっぷりあった。

美夜のガーディアンで調整体だった事。

四葉の中で自分を、使用人扱いせず良くしてもらっていた事。

最後のマテリアルバーストの時に自分をかばって魔法力(生命力?)を使い果たした事。

遺言の事を話した。

目を開け響子を見ると、声を殺して泣いていた。

「中尉?」と声をかけると声を上げて泣き出した。

鳴き声が収まったのを見計らい、ハンカチを差し出した。

「ありがとう」と言って響子は受け取った。

それからは二人との何も話さなかった。

指定場所で別れた後、達也の背中を見ながら響子は、真田の言葉を思い出していた。

『自分の相手として理想的』そして自分は『達也君の事を本当はどう思っているんだろう』と考えていた。

 


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