防衛大学校の劣等生   作:諸々

37 / 97
00-35 司波達也

「葉山さん、達也さんからあったかしら?」

「昨晩に、深雪様はこちらで2~3日滞在されるとお答えしています。」

「なら再度あったらこちらへ呼んでくださいな、それと深雪さんを先に落とします。」

葉山は黙って頭を下げた。

 

達也は漠然とした不安を感じながら本家の最寄駅に降り立ち迎えの車で本家に到着する。

さすがに現当主の息子と公表されてから半年以上が経ち、使用人たちの態度も少しは変わっている。

特に問題なく個室に通され呼び出しを待つ。

待つこと暫し、夕食を深雪と共にするように連絡が入った。

食事は何事もなく終わり拍子抜けの気分を味わう。

深雪は何もしゃべらなかった。

ここでいったん個室に戻される事に。

しばらくしてようやく真夜から呼び出しがあった。

部屋に入ると真夜は一人座っていた。

椅子の配置は一人掛けが並んで2脚、対面に2~3人掛けの長椅子になっている。

「参上しました、叔母上。」立ったまま達也は言った。

「そう畏まらなくても良いわ、あなたは私の息子なのですから。

深雪さんももうすぐ来ると思うからとりあえずお掛けなさいな。」

「はい。」と言って真夜の対面の長椅子に腰かけた。

「今日は貴方達の今後の進路の事をお話ししようと思ってます。」

葉山に連れられて深雪が部屋に入ってきた。

「お待たせして申し訳ありません、お継母様。」

たつやは深雪が真夜を母と呼んだ事に少し疑義を抱くが本題ではないと無視した。

「深雪さん、貴女もお坐りなさい。私たちは家族なんですから。」

「恐縮です、お母様。」と言って真夜の隣に座った。

たつやは深雪が自分の隣に座らない、その事に達也は非常に大きな衝撃を受けた。

「あなたたちももうすぐ卒業ですね、今後の進路をそろそろ決めなくてはなりません。

ですがそれに関して少々問題が起きてしまいました、深雪さんには先に少しお話していますが。」

この後、臨時師族会議の内容を伝える。

深雪は悲しげな表情で聞いている。

「それで貴方達の婚約を一時保留とし、しばらく別れて暮らしてもらいます。」

達也は受けた衝撃の為すぐに反応できなかった。

「達也さんには防衛大学校から特別推薦の話が有りますね、九校戦絡みの様です。

また魔法大学からも同様です、こちらは恒星炉絡みですね。

どちらを選んでも構いません、また他に要望が有れば考慮しますよ。」

「ちょっと待ってください。深雪と離れる、ガーディアンの任務に支障が出かねませんが。」

ここに来て達也はようやく立ち直り言った。

「達也さん、あなたは深雪さんのガーディアンを正式に解任されています。

元々異性のガーディアンは問題が出る頃ですし、婚約者と供用するのは外聞が悪すぎます。」

「達也様、貴男は深雪の婚約者です。」深雪が静かに言った。

ガーディアンは死ぬか主人が認めないと解除できない。

「くすっ、達也さん、あなたの婚約者候補は他に七草真由美嬢、後一人ぐらいを今は考えています。

皆さんと深雪さんと同じように仲良くしてあげてくださいね。もちろんこの中の誰と結婚しても…」

思わず立ち上がり深雪を見る達也。

だが深雪は悲しげに顔を伏せるのみだった。

「深雪さん、真由美さんはこの半年特に何も動かなかったわけですし、もう一人も別の形で取り込む予定ですから。

そんなに心配しなくても良いですよ、私に考えがありますから。」

真夜は深雪を見て微笑みながら言った。

「進路については考えておいてくださいね、それによって深雪さんの進路も決めますから。」

達也は激しい意志を込めて真夜を睨みつけた。

真夜はその視線を平然と受け流し言った。

「それじゃあ、テラスの方で親子水入らずでお話をしましょうか、葉山さん準備して下さいな。」

 

テラスで葉山の入れたコーヒーを一口飲んでから達也は言った。

「深雪に何をした。」

「何も。少なくとも魔法は使っていないわよ。ただ少し現実を教えてあげただけよ。」

葉山に合図して書類を受け取り、紙を一枚達也に差し出した。

達也が受け取りそれを見るとそれは写真だった。

「五輪家の縁者の方ですね。

魔法力は中々でしたが、残念ながら体が弱いみたいですね。

彼女が何か?」

それは真由美に治療?を強要されたあの少女だった。

十師族がらみの話題に怒りを抑え言葉を選び無難に回答する。

真夜は少し不思議そうにしたが、直ぐにいつもの表情に戻った。

「今回の事態の発端が彼女なのよ。

貴男が余計なことをしてくれたおかげで、五輪家そして軍が動いたのよ。

そして臨時師族会議が開催されこの様な事態になったわ。

流石に今回は後手に回った為、このような結果になってしまいましたね。」

「五輪家の秘蔵っ子だったんですか。

五輪殿は確かに気にかけておられましたが。」

「この娘が貴方のもう一人の花嫁候補よ。

体が弱いと言うのは貴男がいれば問題ないわね。

貴男を彼女の後見人とするからそのつもりでいてくださいな、これは五輪殿からの要望でもあるわ。

しっかり面倒を見てあげてね。

健康体になったら五輪家に養女に出す事になるかもしれません。」

「婚約者としてはまだ若すぎるのでは?それに面倒を見るとは?」

「実際すぐに結婚するわけではありませんよ。

それに日常の事は軍から人が派遣されるから心配いらないわ。

達也さんは掛かり付けの医者の指示に従ってくれればいいから。」

「学校はどうするんですか?」

「学校はすでに卒業資格が有るから不要です。

当面は彼女の身分は四葉家の分家の一員とするわ。

名前は黒刃 美輪(こくとう みわ)分家で唯一の生き残りと言う設定にします。

それで現当主の息子が後見人になった訳ね。

彼女とは一緒に生活してもらいます。

ちょうど深雪さんと入れ替わりになるわね。」

「ですが…」さすがに事態の展開に付いて行けなかった。

「あなたが行った事が今回の件の直接の原因なんですからその責任は取りなさいな。

それに深雪さんとの婚約も、貴男は納得していなかったのではなかったかしら。

それとも今から深雪さんと結婚するの?妊娠しましたとかなら今からでも不可能では無いかも知れませんが。」

「それは……」達也は口ごもった。

「なら今は従ってもらいます。

婚約者と同居してるのに手も出せないへたれの達也さんには相応しいでしょう。」

達也はすでに何も言えなかった。

「そうそう帰ったら荷物を纏めておきなさい、引っ越しよ。」

達也は何か言おうとするが遮って真夜が言った。

「あの家の地下は、他人に見せる訳にはいかないでしょう。」

達也は冷めて若干苦くなったコーヒーを飲み干して出て行った。

 

「達也殿は彼女の正体に気付いていない様でしたな。」と葉山。

「戦略級魔法師のプロフィールは公開されているけど、現在に関してはそうじゃないわ。

その情報を探ろうとするだけでも、命に係わるから割に合わない行為ですからね。」

「奥様、よろしいのですか?」続けて葉山が聞いた。

「こちらではもうどうしようもないでしょう。

あの二人にはもう少し時間を上げたかったけれどね。

それにしても三月の件は惜しかったわね、あのパーティーに出席していれば既成事実になったのに。」

「ですがそれこそ仕方が無かったのでは?」

「そうね、でも達也さんはやり過ぎたわ。

敵潜水艦を発見して無力化、そして敵の半数を事前に拿捕、戦果としては十分すぎるわ。

だから沖縄軍司令の嫌がらせで東京に戻された訳ね。

またスポンサー様からは罠の可能性を指摘されたわ。

おまけに協会からの通知、さすがにもう一度沖縄に行けとは言えなかったものね。

それに協会の通達が『目立つことを禁止する。』だったからその後も動けなかった。」

「達也殿が四葉を離れるかもしれませんが。」

「それについては、達也さんは深雪さんと離れ離れになる事にもう耐えられないわ。

一年後、遅くとも二年後には精神のバランスを崩すでしょうね。

あの子の兄妹愛は他の感情では代用できない。

…2人にはいい経験になるでしょう。

二年後が楽しみだわ。」

葉山は黙って頭を下げた。

「葉山さん、前に素直になったもの勝ちと言ったけど、深雪さんは素直になりきれなかったわね。」

 

達也との会談の後、深雪を呼んだ真夜は諭すように言った。

「流石にこれで深雪さんも色々な事を理解したでしょう。

どこまで理解できたか、私がやった事を含めて話してごらんなさいな。」

「ハイ叔母様、高校に上がる時叔母様は『達也様』に目立たないようにと命令してくださいました。

ですが私はその言いつけに背いてしまい七草先輩に目を付けられてしまいました。

それにもかかわらず私の願いである『達也様』との結婚を認めてくださいました。

ですがそれは四葉次期当主になる事と表裏一体。

十師族は常に外国などから付け狙われる存在、それは七草先輩の件からも明白です。

だから『達也様』と幸せに暮らすには四葉次期当主の地位が必要になります。」

「現状をよく理解していますね、それではご褒美に少し情報を上げましょう。

深雪さん貴女は調整体ですからDNA判定を受けても、達也さんとの関係はハッキリしません。

せいぜい父親が龍郎さんの近親者と言う事しかわからないでしょう。

ですがもし貴女が直接検査を受けさせられる事になれば、血が濃いという批判はさらに増します。

ところで父親龍郎さんが選ばれた理由は知ってるかしら。」

「サイオン量が多いことですか」

「それもありますが、四葉が横槍を入れる為の余計な者がいない事です。

つまり龍郎さんに近親者はいません。」

「と言うことは。」深雪は震えながら言った。

「この二つを合わせると兄妹であることは推測出来てしまいます。」

「現状はあり得ない話ですが、私がこの事を告げても同じ事になりますね。

たとえば人工授精の時、精子を間違ってしまったとかね。」

深雪はハッとして両手で口を抑えた。

「とりあえず婚約解消だけは回避しました。

ですが、しばらく一緒に暮らすことは出来ません。

一高卒業後は別の進路行ってもらうことになるわね。」

「はい」悔しさに身を震わせながら言った。

「ちょうど、魔法科大学の改革も大筋決まりました。

より研究機関としての性格を強めるようです。

他の大学と同じく研究成果を重要視することになります。

唯一百年前の大学の雰囲気を残していたんですが仕方が有りません。

就職前のモラトリアム、十師族、百家のお見合い場所と言う批判を配慮しての事の様ですね。

去年の春、達也さんがデモンストレーションしたことが、すごく評価されているようです。

達也さんには特別推薦枠で要請が来ています。

深雪さん、貴女は特に研究したいテーマが有るわけではないでしょう?大半の十師族、百家の方たちと同じに。

また防衛大学校との連携もひそかに強化するようです。

卒業生百人中四十人が軍へから、八十人中二十人にして比率を下げる狙いのようです。」

深雪はうなだれたまま何も言わない。

「深雪さん、貴女は私の息子『達也』のお嫁さんです、私の事は母と呼んでも良いんですよ?

それとも姪と叔母の関係に戻りたいのかしら?

先ほど言った通り戻すのは簡単ですよ、但し二度と達也さんと結婚は出来ませんが。」

「いいえお継母様、深雪は今のままが良いです。」深雪はハッキリと言った。

「深雪さん、早く当主なれるように努力なさい、そうする事が貴女の希望を叶えることになります。」

「はい」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。