翌日朝一番にリビングにいた剛毅に向かって言った。
「親父、俺は彼女にアタックする。」その言葉とともに真紅朗と茜がなだれ込んできた。
「思った通りだ!」
「お兄ちゃん、カッコ良い所も在るじゃん。」入ってくるなり口々に言った。
「ジョージお前なんで?」
「昨日はここに泊めさせてもらったんだ、そんな事より早速特訓だ。」
そう言ってリビングの画面に出したのは、『あの』バーチャルデート(金沢版)だった。
「彼女がこっちに来るとは限らないんじゃないのか?」そのタイトルを見た将輝は顔をひきつらせながら言った。
「会議であの二人を一定期間離す事になった、それについて俺にも協力要請があったんだ。
もちろん彼女はこっちにも来る事になりそうだ、2月のお前のあれを使って彼女は三校へ来るだろう。
なら彼女を迎える家はここの近くでも構わないだろう、なじみの不動産屋には昨日中に話してある。
ちなみにその家はスープの冷めない距離の新婚家庭向けを考えているからな。
なあに茜や瑠璃もいる、無駄になることは無いだろう、今から会ってくる。」
剛毅が笑いながら言いそして出て行った。
なんだよその妙に現実的な家は、と思いながら茜(とジョージ)に向き合った。
はじめはあの時の再来かと言う光景が広がっていたが、いざコースを決める段になった時に茜がこう言い出した。
「実際に見てみないとよく判らないね。」その機を逃さず将輝が言った。
「俺が行ったら新鮮味が全くなくなり、バーチャルの意味がない。
茜、ジョージと二人で決めてくれ。」
「そうだね二人で決めようよ。」将輝に手を差し出して茜が言った。
「ん、なんだ?」
「軍資金、実地でチェックするなら必要でしょう?」手をひらひらさせながら茜は言った。
「…仕方ないか、代わりにしっかり頼むぞ。」将輝は茜にマネーカードを渡して言った。
「まかせておいて、ねえ真紅郎君。」真紅郎に腕を絡ませながら茜が言った。
真紅郎は茜の勢いにタジタジだ。
「ジョージ決まったら教えてくれ、また後でな。」と言い残しあわてて出て行った。
自室に戻った将輝は、やっと一息ついた。
改めて昨日のジョージの言葉は衝撃的だった。
あの内容を知った時も『ジョージが狙われていた。』としか思わなかった。
まさか妹たちが危険にさらされる可能性が有るなんて。
だが考えてみれば妹たちが高校に進学する日付けは早くに分かっている。
(魔法科高校に入学できる事は一定の実力を表し、そして事故が多く発生するから事が起こしやすい。)、
それに合わせて準備するのはある程度組織力の有る所なら本当に簡単な事だろう。
将輝はそこまで考えてブルっと身震いした。
どうすれば防げる?あれこれ考えていたが頼れる先輩にアドバイスを貰うことを思いついた。
早速十文字克人へメールを送った。
(アドレスは二月の四者会談時に交換している。)
しばらくして電話がかかってきた。
「十文字克人だ、なにやら相談事が有るとか。」
「一条将輝です、昨日の四葉の話は聞いていますか?」
「聞いているが。」
「なら話は早いですね」と言って昨日のジョージの話をし始めた。
「と言う訳でジョージによれば俺の妹の心配をしなければならいようです。
確か十文字先輩も俺と同じで妹さんがいましたよね。」
「……」
「克人さん?」
「…失礼した、妹は一人いる。」
「でしたら対策を考えておられるはずですよね、参考にしたいので教えていただけないかと。」
「……ない」将輝はその言葉にハッとした。
「そうですよね、こんな大事なことをうかつにしゃべれませんよね。
どうも俺は思ったことをすぐ口にする癖があるようです。」将輝はそう言って頭を下げた。
「気にしなくてもよい。」克人は手を前に出して言った。
「すみませんでした、それでは四葉への対応の方はどうですか、あの諜報能力は驚異的でした。
今後に備える為にもぜひご教授してください。」
「……参考にならんと思うが」
「そうですよね、そもそも一条家とは前提が違いすぎました。
くだらない話に付き合ってもらってほんとにすいませんでした。
話を聞いていただけただけでも有難いと思っています。」
「話はこれで終わりか、…今の話大いに参考になった、何かあったら気軽にメールしてくれ。」そう言って克人は電話切った。
将輝は『さすが十文字先輩、俺も頑張らなければ。』と思いながら今後の事に思いをはせるのであった。
引っ越しの準備に白川と共に本家を出て行く達也を深雪は寂しげに見つめていた。
深雪の心の中には真夜の言葉が渦巻いている。
深雪は今まで達也との結婚には障害はないと思い込んでいた。
(障害が有るとすれば達也の戸惑いだけであり、それは時が解決するだろうと考えていた。)
だが実際は薄氷を踏んで川を渡っているのに等しい危ういものだった。
その事実は深雪を思考停止に追いやるのに十分な威力を持っていた。
その為か真夜の次の言葉に反応しきれなかった。
「そろそろ深雪さんへのペナルティを考えないとね。」
「えっ、達也様と少しの間お別れでは…」
「それは深雪さんの愚かな行いに対する当然の結果でしょう。
私のペナルティとは関係ないわよ、ですが安心なさい理不尽な要求をする事はしないから。」
「はい…」
「深雪さんの当主教育も兼ねて命令します。
『十師族に深雪さんの味方を作りなさい。』」
その言葉に深雪は首を傾げる。
「深雪さんが今後当主になれば今回のような事態もありえるわね。
その時深雪さんに味方してくれる家が多ければ『今回のような理不尽』に対抗できる。
そうね、六塚、七宝以外で二家で良いわ。」
「ですが急に言われても・」
「それもそうね…では新発田を貴女に付けましょう、あの家なら標準的で癖がありませんから比較的使いやすいでしょう。
当主ともなれば分家との付き合いも必要ですからね。」
真夜は正月に新発田ともめたままにしている事をとがめる様に言った。
「…はい。」
「素直になりましたね、何事も一人で解決する必要はありませんが、達也さんに任せっきりは良くありませんよ。
深雪さん、四葉の当主になりなさい。
そうすればあなたの望みは全てかなう、言い換えれば当主になれなければかなえられないでしょう。」
深雪は頭を下げて真夜の前から去った。
真夜は葉山をちらっと見たが葉山は何も語らなかった。
「達也様、引っ越し先はネット、PC環境などはこの家とほぼ同じにしてあります。
個人データでハンドキャリーする物をお願いします。
部屋はこことほぼ同じですので、家具などの配置は同じでよろしいでしょうか?」白川は言った。
「その辺は特にこだわりはないので同じでかまいません。」
「ではそれはこちらでやっておきます。」
ロボットカーを呼びだしHALに指示を出すと、1時間もたたずに部屋は空になるはずだ。
引っ越し先のHALにも指示を出して一緒に向かう。
そこは横浜だった。
「かの事変で被害を受けた方々は結局ほとんどが戻ってきませんでしたから。
あの件でここが最前線だと言う事が分かったのと、大亜連合からの賠償金が巨額だった為です。
失われた命は普通元には戻りませんから、そして時間もまた同じですから。
それでここら辺は、軍と協会で分け合う事になりました。
このビルは、横浜事変での十文字殿と七草真由美殿の功績により今は十師族専用となっております。
先ずは最上階の五階へおいでください、後の事はそこにいる方に。」と言って白川は去っていった。
言われたとおりに五階に行くと
「待ってたわ、さっそくこちらに。」と声をかけられた。