竣工記念パーティーの翌日にはイギリスのウイリアム・マクロードの下にも結果が届いた。
情報本部から出てきたマクロードは車に入るなり難しい顔をした。
情報本部内はいつもと変わらない、諜報員が亡くなるのはそれほど珍しい事では無い。
ましてや生産物なら使い捨ては当たり前だろう、体だけならイギリスまでは訴追されることはあり得ない。
マクロードは車内で今回の件を考える。
連合の反乱分子の作戦に乗じ今まで謎だった四葉の情報を得る、そのはずだった。
わざわざ四葉と関係ありそうなハル・カザマに情報をリーク、そして四葉は食いつく、はずだった。
だが実際はその影が見えただけでまんまと逃げられた。
餌は特上のものを用意したし、もう一度作戦を検証したが問題点は見つからなかった。
失敗の原因として考えられるのは情報の漏洩、念の為それも確認したが『こちら側』では確認できなかった。
マクロードは重い足取りで自分のオフィスのある政府通信本部に入った。
考えられることは二つ、相手が裏切ったかこちらの情報統制が破られたか、だ。
最新式通信機の前で暫し考え込む。
「時間だ。」そう呟き通信機のスイッチを入れた。
『ハロー、サー・ウイリアム・マクロード、おからだの調子はいかがですか?』
「ハロー、ドクター・クラーク、体の方は快調ですよ。」
『そうですか、今回の作戦の失敗は体調不良が原因かと心配しておりました。』
「もう年ですかな、作戦に不備はなかった筈なんですが。」
『それはそれは、こちらでも問題は確認できていませんよ、安心してください。』
「そうですか、それでは仕方が無かったという事ですな。」
『そうですね、今回は”何かが”足りなかったようですね。』
マクロードは顔をしかめた、やはり一筋縄ではいかない。
最終的にはあの二人を四葉に送り込むはずだった。
がしかしその捕縛させる作戦だけ四葉は参加しなかった。
おそらく直前で作戦が漏れた、そう考えざるを得ないタイミングだった。
これ以上の進展はないとみてマクロードは話題を変える事にした。
「処であのテロリストどもの情報はどうなっておりますかな、かなりの人数が入り込んでいる様なんですが。」
『テロリスト?何の事でしょう?』
「魔法を否定するあのバカ者の事ですよ。」
『あああの「人は神に与えられた力のみで暮らすべき」の事ですか。
ですが遥かな故郷、先祖たちの故郷に帰りたいと言う敬虔な信徒達を妨げることはわが国では出来ません。
もちろん犯罪者は別ですが。」
犯罪がばれていないもの、罪を償ったものはフリーパスで追いだしたという事だ。
同時に送り込んだのではなく、送り返したんだとアピールした。
「ですが我々魔法師にとって危険な存在である事に違いはありません。」
『ではなるべくご要望にお応えするという事で。』
「受け入れていただきありがとうございます。これで我がブリテンも繁栄を謳歌できるでしょう。」
『当然です、我々は同盟者なのですから。』
画面がブラックアウト。
マクロードは考えを巡らす。
USNAでも失敗の原因は分からないらしい。
やはりどこかに漏れがある。
それを塞がない限り四葉に手を出さないほうが良いかもしれないと思った。
それより頭の痛い問題はEU圏に入ってきた魔法師に対するテロ予備軍の事だ。
揶揄されたようにこちらが発祥だ、潜在的な者を入れると数え切れないほどだろう。
早めに対処しないと枯草の草原に火を放つように大火事になってしまうだろう。
情報本部に引き返し対処を検討しなくてはならない。
エドワードは端末を操作しいくつかのファイルを探し出した。
それは例のテロ事件に関する軍の議事録ファイルだ。
あの事件でエシュロンⅢは彼の理想通り動いたとは言い難い。
特に四葉の動きは事前に捉えられなかった。
その為スターズは強硬手段を取らざるを得なかったとエドワードは考えていた。
その中を精査し一つのファイルをピックアップした。
それは軍と政府の会議と言うよりも政府が軍をつるし上げていると言った方が正しいものだ。
エドワードはそのファイルの下となった画像データを再生した。
(文字に起こされてしまうと発言のニュアンスが分からない。)
政府の長官は居並ぶ軍の面々を見て、苦虫をかみつぶした表情をしていた。
横に立っていた次席補佐官が口を開いた。
「今回の人間主義者の掃討作戦の結果を発表してください。」
テロの共謀者と言う表現は避けているようだ、いずれ公開されるのを見越しているんだろう。
軍服を着た士官が硬い表情で発表した。
「首謀者は抵抗したため公海上で反撃、行方不明ですが死亡したものと思われます。
かの国にいた間の通信はすべて傍受しています。
我が国に有った人的ネットワークも可能な限りトレースしました。
それにより我が国内に居た手下、協力者約3千人を拘束しています。
もうわが国にはいないものと思われます。」
「その内幹部連中は何人ですか?」
「5人です。」
「かの国出身なら8人ではないのか?」
「現在我が国では発見されていません。」
「…わかった、ほかに息のかかった連中は?」
「『宗教と言論の』自由に守られた連中がいますが、こちらでは手が出せません。」
「漏れがかなり有る様ですね。あれほど綱渡りでお膳立てして、この程度の成果ですか?」
次席補佐官は露骨に顔をしかめた。
長官が重々しく言った。
「今の発言で首謀者を公海上で始末したとあったが、その事に関してかの国から厳重抗議を受けている。
相手の巡視船のデータを見ると、わが軍に非が有るようにしか見えない、こちらのデータは如何なっているのだ。?」
「それは…」
「もういい。横浜事変、吸血鬼、そしてこれ、スリーアウトだ。…それではグレートボムへの対抗策はあるのか?」
「あれ以来あの現象は観測されていません。術者の特定も未だ…。」
「ではあれが我が国に使われた場合対抗できるんだな。」
「それは…」
「シリウスの能力UPで対応するのではないのですか?」次席補佐官が問うた。
「シリウスの能力UPと言うことは如何いう事だ?」と長官。
「昨年、グレートボマーの探査時に神器の使用申請が有った。
グレートボムの脅威は深刻だ、進展が有るならと許可したが、結果はさんざんだった。
一人は行動不能にしたがもう一人には逃げられた。
我が国の戦略級魔法のはずなんだがな!(戦略級とは戦場を支配できる=1発で勝ちにもっていける)
その時の軍の『言い訳』が、『シリウスのさらなる能力UPが見込め今後十分対抗しうる。』だった、
そろそろ結果を示してほしいものだがね。」
軍関係者からの発言はなかった。長官が重々しく言った。
「もう庇いきれないな、軍の不始末だ!、軍が始末をつけろ。
グレートボム、アビスに対抗できない艦隊や、使い物にならない魔法師なんかを譲渡すればいいだろう。」
「それは…」
「…もういい、それでは内容は軍に一任する。向こうが納得するものを用意しろ。」
エドワードはエシュロンⅢに対する不満は無かった事を確認して、この後の軍の会議のファイルを再生する。
「ええいそもそもあんな無茶な攻撃で船を沈めたのがいけないんだろう!」艦隊司令長官がイライラしながら言った。
「その件に関してはすでに結論が出ています、仕方が無かったと。
それよりも建設的な話し合いをすべきではないでしょうか。」ポール・ウォーカースターズ本部基地司令が言った。
「だが具体的にどうするつもりだ。五輪澪の健康状態が思わしくない今艦隊を差し出すのか?」バージニア・バランス大佐が言う。
「バカな、大亜連合との講和はなったが、新ソ連の動きはかえって活発化する見込みだ。
かの国にまた放棄する選択肢などあり得ん。」艦隊司令長官は沖縄にトラウマが有るようだ。
「では我が艦隊はあの魔法に対抗できると?大亜のそれは基地ごと消滅したわけだが。」とスターズ司令。
「それはスターズでも同じではないのかね?それにあの魔法が有るなら艦隊など不要だろうが。」と艦隊司令。
「それも繰り返しでしょう。金で買える艦隊、金で買えない戦略級魔法師、どちらか選ぶなら自明ではないでしょうか。」とバランス。
「シリウスについては確認したい事が有ります。」と艦隊副指令。
「何でしょう?」とスターズ司令。
「確かシリウスはかの国へ脱走した兵士の処罰へ赴いた後大幅に魔法力を上げましたね?」
「それに関してはこちらでも確認している。」とバージニア。
「それで、そのまま上昇すればあれにも対抗できるのでは、という事で帰国しました。
その後彼女はどうなっていますか?」
「今なぜそれを聞くのか分からないが帰国した時のままだ。」とバージニア。
その言葉に満足そうに頷く副指令。
「とすれば彼女ではあの魔法に対抗するのは難しい、という事でよろしいか。」
「それはそちらも同じのはずだが?」とスターズ司令。
「もう一つ、あの時彼女は吸血鬼に感染された疑惑が有りましたね。」
「吸血鬼は退治された。それに現在まで彼女に感染の兆候は認められない。」
「その情報は直接我々が確認したわけではない。
最近分かった事だが、その情報は『あの四葉』から彼女にもたらされた物だった。
情報の信憑性は今一度精査すべきでは有りませんか?」
「今更それは無理だ。」とバージニア。
「ですが彼女の魔法力は上がったままなんですよね。
ならば徹底的に調べるべきではないですか?
潜伏しているだけかもしれませんし、帯状疱疹の様に忘れたころに発病するかもしれませんよ。」
出席者の何人かはその言葉に渋い顔をした。
「…何が言いたい。」とバージニア。
「後生大事に守る価値が有るんですか?という事です。
先ほど艦隊に価値が無いように仰られましたが、彼女にこそ守る価値があるのですか?」と副指令。
「潜伏している、それは仮定でしかない。」とバージニア。
「では吸血鬼と濃厚接触していた時にだけ魔法力が上昇している理由をお答えください。
吸血鬼に取り付かれた人間の戦闘力がランクを超えて上昇しているのは、客観的な事実ですよ。」
「貴官は彼女を吸血鬼にしたいらしいが、解釈はいろいろある。
例えば、この時期彼女は魔法科高校に行っていた。
しかも科の魔法大国のトップの高校だ。
彼女は早くから軍に身を置いている、魔法科高校の専門的な教育は魔法力を上げる要因たり得る。」
「ならこちらの高校へ入れてみれば良いでしょう。
入学していた期間はごく短かったはず、すぐに結果が出ますよ。
但し彼女には内緒で、でなければ意味がありませんから。」
バージニアは携帯端末を開き何やら確認していたがやがて言った。
「少佐は普通科の高校の卒業資格はすでに持っている。
魔法科の専門カリキュラムはスターズのそれと重なっている部分がある。
1期あれば魔法科高校の卒業資格は取れる。」
「ならば丁度良いではないですか、彼女を魔法科高校へ放り込んでみましょう。
その間じっくりと我々は対処方法を考えておきましょう。」副指令はそう会議を締めくくった。
エドワードはこちらもエシュロンⅢの不備を指摘していない事を確認しようやく一息ついた。
一方、エシュロンⅢのバージョンアップも検討しなければならないかとも思っていた。
何しろ巨大装置、何をするにも年単位の時間を要する。
不満な点が明らかになったのだから、案を練っておくのは必要な事だろう。
「奥様、沖縄の件の入金滞りなくされたと青木から報告が有りました。」と葉山。
「そう、スポンサー様も納得してもらえたみたいですわね。」と真夜。
「奥様?」葉山が微かな真夜の不快を感じ取って言った。
「何でも無いわ、そう言えば今度の日曜日、風間中佐が釈明に来るんだったわよね。」
「ハイその予定です、ですが奥様今回の件どうされるおつもりですか?」
「それは相手の出方次第ね。
まずは再発防止策、味方に足を引っ張られては仕事にならないわ。
後はどんな詫びを入れて来るかね。」
「奥様。」柔らかくたしなめる口調で葉山。
「ふふふ、葉山さんには分かってしまうのね。
そう今回の素体は面白そうだったんですもの。
せひいじり、もとい調査したかったのよ。
そうだ風間中佐に言ってDNAサンプルだけでも手に入れようかしら。
……冗談はこのくらいにして協会からの通達はどうなっているのかしら?」
「はい、担当の者に徹底するように命令しておきました。」
「そう、後は深雪さんね、今回のバカンスは楽しんでもらえたかしら。」
「かなり積極的なご様子でしたね、もう少し長ければ成就なされたかもしれません。」
「そう…ならいいわ、しばらく退屈な日が続くのかしら。
そうだ、あれをそろそろ本格的に調べようかしら。」
「使役するならともかく自らお調べになるのは時期尚早かと思われます。
現状下手に手を出せば乗っ取られてしまうやもしれません。」
「でも暴走ばかりで正直行き詰まっているのよね。
達也さんが羨ましいわ。」
「あれは偶然の産物でございましょう、地道な積み重ねが肝要かと。」
「…葉山さんにはかないませんね。では地道な作業とやらへ戻りましょうか。」
ここまでの話は旧作には書かなかったはなしになります。
ですが読まれた方には予想された話だと思います。
答え合わせ的にご覧になった方々は如何だったでしょうか?