防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-38 九島邸にて

達也に醜態を見せた後、藤林響子は休暇を取った。

この時期に響子は少々不安定になる事を知っている九島烈が呼んでいたのだった。

ただ今年は響子は達也の前で号泣したおかげか、妙にすっきりした表情をしている。

 

九島烈は自室で一人考え込んでいた、軍から手を引いてから丁度1年、十師族からは半年。

もう年だ、これからできる事は非常に限られるだろう。

ただ心残りは孫たちの事、光宣には我々大人が不遇を押し付けた事だ。

わが国では調整体の技術は廃れ、もはや過去の技術になってしまっている。

(寿命やその他の問題が解決できていない、自然分娩で十分と言う雰囲気だ。)

内密に調査した限り、もはや積極的に推進している所は無い様だ。

去年偶然にも手に入った外国の魔法師、調査すると驚くべき事が分かった。

世界で初めて調整体を実用化したドイツの最新サンプルだったのだ。

歓喜して徹底的に調査したが結果は期待に反していた。

完成には程遠い、魔法力を制限することで辛うじて安定を保っているレベルだ。

せめて光宣の子供には重荷を負わすことが無い様にしたいのだが。

ただし今日はもう一人の問題児、響子と会う。

藤林殿の要請でなけなしの軍への影響力を行使して配置換えを依頼したのだが…。

流石に具体的な配属を指定は出来なかった。

事前に簡単な報告を兼ねてご機嫌伺いをして、それとなく懐柔してほしいとの事。

あれから5年、追い込む様だが響子はこうでもしないとトラウマを克服しようとはしないだろう。

ただしそのままなら反発するだろうから事前に手を打っておく事にしたわけだ。

意外な事にこの時期に来るらしい、休みは溜まっていた有給を使ったようだ。

響子が来るという事で光宣も会いたいらしいので同席させよう。

あの事が有ってから8月はふさぎがちになることが多いんだが。

 

そう意気込んで響子と会ったが九島烈は予想が外れて珍しく戸惑っていた。

「響子、何か良い事が有ったのかい?」

「いえ、特に何も。」

「だがこの時期は沈んでいる事が多かったが今はそう見えんぞ。」

「そう言われてみればそうだね、何か良い事が有ったんじゃないの響子姉さん。」と光宣も言った。

そう言われて思い出すあの時の達也との会話を。

そのことを話すべきかどうか迷ったが、二人は純粋に心配している事は分かっているので話すことにした。

あの沖縄戦でともに大切な人をなくしている達也と自分を比較して落ち込んでいた事。

先日、達也にその真相を聞いて気が楽になったことを話した。

亡くなったのは調整体のメイドで余命があまりなかった事、彼はその死に目に会えて遺言を聞いた事などだ。

(ただし響子は調整体の名前までは明かさなかった。)

この話は二人に大きな衝撃を与えることになった、ただその方向は真逆だったが。

光宣は調整体の寿命が短い事に絶望を感じた。

自身の虚弱な体質も有りそれは酷く現実味を帯びていたから。

一方烈は四葉が調整体の技術を持っている事に可能性を見出した。

だが二人ともそんな事はおくびにも出さず九校戦の話題でしばし盛り上がった。

「今年は惜しかったわね、もう少しで優勝できたかもしれなかったのに。」

「そうだな、古式の連中がいい具合に攪乱してくれたな。

だが一校の彼、吉田家の次男と比べると精彩を欠いていた気がするんだが?」

「CADの調整に苦労していたみたいです、古式に合ったCADは有りませんから。

それと古式の調整にスタッフが慣れていなかったみたいです。

それなりに頑張っていましたが、どうしても一校の様にはいきませんでしたね。」

シルバーの事を知っている響子は思わず忍び笑いをした。

「どうかしましたか響子さん?」

「いえ何も。」笑いながら言った。

「彼、か。」と烈。

「ええ」

「ああ司波達也さんですか。今回もお見事でしたね

『神話ならば覆せるが伝説は覆せない、なぜなら歴史的事実だから。』でしたか。

九校戦事実上無敗、奇跡のエンジニア司波達也、あれも四葉の技術なんでしょうか?」

「違うと思うわ、今まで四葉にそんな話は聞いたことないもの。」

「なんとか教授して貰いたい物なんだけど。」

「なんなら私が頼んでみましょうか?」と響子は笑いながら言った。

「からかってるんだね、響子姉さん。」

この後配置転換をそれとなく響子に伝えたが、すでに関心が無いように光宣には見えた。

 

長期の休暇を終え久々に基地に帰ってきた響子は上から呼び出しを受けた。

いよいよ来るべき時が来た、と響子は思った。

この日のために引き継ぎの手筈も整えている。

後は風間中佐から辞令を受け取るだけだ、と思っていた。

だが指令室に居たのは佐伯少将だった。風間は後ろに控えていた。

「この時期に呼び出しで薄々見当はついているでしょうけど、貴官に転属命令が出ています。

本来なら辞令交付で済ませる所ですが、込み入った事情があり私から説明する事にしました。」

「はっ」と言って渡された辞令を読む響子、だが次第に怪訝な表情へ変わっていく。

「いろいろ言いたい事が有るのは分かっています。

ですがそれは藤林家の要望を最大限取り入れた物になっているはずです。

任務の具体的内容は私も知らされてはいませんが。

また相手方からは可及的速やかに着任せよとの命令を受けています。」

「はっ。」その言葉に響子は敬礼をもって返す。

「詳しい事はあちらで説明が有るでしょう。

短い間でしたが藤林響子さん、お勤めご苦労様でした。」

若干場違いに思えるセリフで佐伯の話は終わった。

 

「彼より先に彼女が出るとはなぁ。」と柳。

「彼にはもう少しやってもらいたい事が有るからね。」と真田。

「もしかしてあれか?」期待を込めて言う柳。

「いやあれは山中少佐の領分だよ、僕は単なるお手伝いさ。」

「では詳しい事は分からんか。」

「いやそんな事は無いさ、対応CADの開発はこっちだからね。」

「なら教えてくれ、今何が問題なのかを。

実働部隊を預かる身として是非とも聞いておきたい。」

「…仕方ないか、現在問題点は大きく分けて二つある。

一つ目は動作原理に関わる問題だよ、これは我々が再現しようとしている物が厳密には再成ではなく自己修復だからなんだ。

流石にエイドス変更履歴を遡及なんて芸当は出来ない、だから現状はバックアップを取る自己修復を実験しているんだ。

この方法だと24h遡ることは出来ない、精々1~2h位しか効果を発揮できないんだよ。

だからシステムを戦場へ持って行く必要がある、現在は中型ラボ一個分ぐらいかな。

現在ドクターがバックアップ装置の小型化を進めている、大きさは大型コンテナレベルに収められそうだと聞いてるよ。

二つ目は修復時だ、バックアップを上書きするんだが、現状では力技でしか出来ないんだよ。

だから莫大なサイオン量が必要なんだ、具体的には隊長レベルでも実験用の小動物限界な位だね。

人体で行うには術式の効率化、サイオン吸引方法の改良なんかが絶対に必要だね。」

「そうか……」

 


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