防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-39 アイネブリーゼ

九校戦が終わって一週間、エリカとレオの姿はアイネブリ-ゼにあった。

他に客はいない。

高校が夏休み中と言う事もあるが、空いている時間をエリカたちが狙って来ている為だ。

2人は暗い表情で向き合っている、正確にはエリカが不機嫌でありレオはそれを疎ましく思っているのだが。

エリカが不機嫌な理由は二つある、一つはレオには関係がない。

だからエリカはレオに噛みつくことはしない、がそれがレオには不気味に映っている。

その一つ目は勿論千葉家の御家騒動だ。

千葉家次期当主が正式な試合で負けた、直接見られてはいないが当日達也と会っていてその後重傷を負っている。

口止めはさせたが人の口に戸は立てられない、起こった事は火を見るより明らかだろう。

おまけにあの行き遅れの出奔、噂が噂を呼んでいるらしい。

ただ長年疑問だったあの俗物が結婚できた理由が分かったのが唯一の収穫か。

まさか『力』そのものに執着するとは思いもよらなかった、だが生物としては強い伴侶を求めるのは自然な事だろう。

だから『強い』達也君について行ったのは当然、だがその事はエリカの達也に対する思いをより複雑にしてしまった。

それと意外だったのは次兄上、まさかあの達也君に戦いを挑むなんて。

(当然エリカは修次の結婚問題は知らない、次期当主としての柵だろうと思っている。)

性格的に明らかに合っていない千葉家当主にさせられる修次に同情した。

二つ目、これがこんな所でレオと会っている原因だ。

そう九校戦で聞かされたローゼンの危機の件、エリカたちはその裏どりを行っていたのだ。

あの時点まで終わった事件と気にしてはいなかったが、第三者的に見れば戦争につながりかねない大事件だった。

他国の魔法師(この時代魔法師は国が管理している)が自国の軍事基地内で自国の魔法師を攻撃した。

宣戦布告亡き戦闘行為、しかも相手は未成年に学生、そのまま報道されれば国際非難は免れないだろう。

こんな事態を引き起こしたローゼンの焦りとは何か、この結果をEUはどう受け取ったのか?

その報告会、エリカは警察関連、レオは前にカツアゲされそうになっていたところを助けた投資家へ聞き込みだ。

 

しばらく睨み合っていたがやがて小さい声で話し始めた。

「顔を見れば大体わかるけど、そっちの方は如何だったの?」

「俺のダチに聞いてみたが、ローゼンが政府からつなぎ融資を受けたことぐらいしか分からなかった。ただ…」

「ただ?」

「受けた融資の額がおかしいらしい。何か裏が有りそうだと。

それと最近業績がパッとしないのはかなり広まっている。

今や日本のFLTにすっかりお株を奪われているからな。」

「らしいってそんな不確定な情報じゃ何にもならないじゃないの。使えないわね。」

「無茶言うなよ。外国の企業の秘匿情報だぜ。そういうそっちは如何なんだよ。」

「こっちは確定情報よ。去年あたし達を襲ってきた奴らは基地警備隊から軍に引き渡されたわ。

当然徹底的に調べられた、装備品も含めてね、軍事機密も何も有ったもんじゃないわね。

だけど今EUと事を構えたくなかった政府は状況を誤魔化す事にしたのよ。

『九校戦を見学に来た外国人が興奮して暴れたのを、たまたま来ていた高校生に取り押さえられた。』

と言う事にして問題を矮小化したわ。」

「おいおい、だがあの装備は?」

「ミリオタだったらしいわ、それでそれらしいのを集めていたという事にしたようね。

ローゼンの社員として日本に来たんだけど、九校戦を見て興奮して持ってきていた装備を使いたくなった。

そこにたまたま私たちが居合わせたってわけ。」

「あれは純粋に戦闘用魔法師だったろうが。」

「『九校戦にも出場できない補欠学生に、取り押さえられるような者は魔法師ですらない。』だそうよ。」

エリカとレオは二科生、発足当時は違ったが現在では一科生の補欠扱いで間違いない。

「…間違っちゃいないが…」

「それでこっちは丸く収まった、彼女たちはすでに刑期を終えてEU側に引き渡されたわ。」

「…こっちはそれで良いけどよう、むこうは大変なんじゃねえか?

あいつらやたらと新型って強調してたぞ。」

「たいそうな金をかけて作った新型戦闘機が他国の練習機に撃ち落とされた位の衝撃でしょうからね。

レオ、貴男が将軍ならこの最新戦闘機を喜んで買ってくれるわよね?」

その言葉にレオは顔をひきつらせた。

「彼女たちはプロトタイプ(実験体)じゃないわ、それが負けたことの意味は大きい。」

「じゃああのおっさんの言ってたことは正しかったってことか?」

「まだ確定じゃないわよ。

ローゼンと軍やEU政府との間に亀裂が入っていないかもしれない。

またこっちの様に魔法師排斥運動は盛り上がっていないかもしれないわよ。」

「さすがにそれは無理が有るんじゃねえのか?」

「この問題で日本にいるあたし達が出来る事は限られているわ。

でももし何かやるなら相当の覚悟を持って当たらないと。

何よりもう一度あんにゃろうに会わなきゃなんないのが嫌なの。」

また静かに見つめ合う二人。

「あー、確かな情報がほしい。」突然声をあげてエリカはテーブルに突っ伏した。

これを聞いたマスターがお茶請けのクッキーを持ってテーブルへ来た。

「いきなり大声を出してどうしたんだい?はいコレ、サービスだよ。」

レオは頭に手をやって恐縮したが、エリカは礼を言って2つとも口の中に放り込んだ。

「あっ、エリカ汚ねえぞ。」

「なに、あたしはちゃんと礼を言ったわよ、あんたと違ってね。

マスター美味しかったわよ。」

食べ終わり平然とエリカは言った。

「それで二人して深刻な顔で何話していたんだい?もしかして痴情の縺れって奴かな。」

他に客のいない喫茶店、若い男女が深刻そうに話している。

その状況を想像してエリカは顔を真っ赤にしてあわてて言った。

「ち、違うんです。そもそもこいつとは付き合ってさえいません。」レオは首を傾げている。

「そう、良かったよ、君たちは大切な常連さんだからね。

所で情報がどうとか言ってたみたいだけど?」

「そうだマスター、ローゼンに詳しい人誰か知らない?」

「ローゼンってあのローゼン?」

「魔法科高校の生徒が言っているローゼンよ。

うちの卒業生やなんかがあそこに行ってないかなーって。」

「ローゼンあたりになると魔法大学からしか就職できないんじゃないかな。

一校を卒業して四年、流石にうちにまで報告に来た子はいないかな。

…そうだ、そう言う事ならうちの父に聞いてみようか?」

「親父さん?」レオが不思議そうに聞いた。

「この店の名前は何語かわかるかな?」

「!ドイツ語ね。」とエリカ。

「そう、僕はこちらに来て長いけど、父はあっちに知り合いがまだ居る筈だよ。」

「なら頼んじゃおうかな。」軽くエリカが言った。

「ははは、任せといてよ。父にはメールしておくから。

でローゼンの何が知りたいのかな?」

「マスターに話すのはちょっとね。」

「なら添付するよ。」

エリカは急いで要点を書きあげた。

・大戦中のローゼンについて(噂話も)

・ルーカス・ローゼンについて

・現在の経営状況

・政府との関係

・人間主義者の動向

ファイルをワタシながらエリカが訊いた。

「ねえマスターのお父さんの店ってどこにあるのかしら。」

「横浜で同じような喫茶店をやってるよ、込み入った話なら直接話を聞きに行ったほうが良いかもね。」

「そんなに遠くないわね、ならお邪魔させてもらってコーヒーの味比べとしゃれこみましょうか。」

「はは、お手柔らかにね。」

 

それから小一時間だらだらと過ごし他のお客さんが入り始めた頃店を出た。

エリカは帰り際マスターからカードを渡され耳打ちされた。

「一週間ほど時間が欲しいそうだよ。

父の店に入ったらカウンターの端の席に座ってマスターにこれを渡して。」

これを聞いたエリカは表情を引き締めた。

 


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