響子は本省へ行っていた、辞令の詳しい話を聞くためだ。
対応に出てきたのは目つきの鋭い男だった。
(響子は知らないが澪についていた副官だ。)
「ようこそ藤林家次期殿。」
「はっ。」硬い表情で敬礼する響子。
「まずは事務手続きからですね。」
IDの交換、通信機器などの交換を行う。
「ではお待ちかねの質問の時間です。」気軽に男は言った。
「ではお言葉に甘えまして。」ここで響子は言葉を区切り感情を押し殺した声で続けた。
「防衛大学校セキュリティ部の副部長代理補佐とは具体的にはどの様な仕事なんでしょう?」
「仕事はありません。」
「はぁ?」
「ですから具体的な仕事は無いんです。」
響子は怒りを飲み込みさらに質問を続けた。
「では少尉と言うのは。」
「藤林さん、この春の昇進は貴女の実績『たとえば去年の夏とかですか。』だけではありません。
貴女が所属していた実験部隊の実戦部隊への昇格への体裁を整える意味もあったんですよ。
ですが藤林さんはそれを蹴って自ら希望して内勤になりました、元に戻すのが当然でしょう。」
響子は去年の夏と言うフレーズに不満を引っ込めざるおえなかった。
「ではこのIDは、名前が洋子になっていますが。」
「ああこれは手続きミスです、ですがそれで良いんです。」
「はぁ?」二度目の声を上げた。
「藤林さん、貴女にお願いしたい事は別にあります。
もうお分かりだと思いますが任務は『極秘』扱いです。
内容を聞いた後では拒否は出来ません。」
「拒否した場合は?」
「ご実家で人と会う仕事ですかね、だいぶ溜まっているみたいですが。」
断れば有無を言わさず見合い三昧、響子はガックリとうなだれた。
「では了承がいただけたという事で…」少しの間時間をおいてから続けた。
「藤林さんにしていただきたい仕事は要人警護です。」
「…なぜ私が?」
「それは彼女の望みをかなえていただきたいからです。
彼女は恋をしています、それを是非ともかなえていただきたいと。
彼女の希望は彼との愛の結晶と言う事ですので、妊娠が確認できた時点で終了と考えています。
藤林さん、貴女は婚約まで行きましたよね、つまりは恋愛経験者だ。
ですが今は独身、機密保持には最適という訳です。」
「私は恋愛経験はあまりありませんが…」
「彼女は全くありませんからあまり熟達者すぎても別の問題が有るのですよ。
それに閣下もこの任務を通じて結婚に関心を示して欲しいと仰せでした。」
「了解しました…先ほどから藤林さんと仰っていますが?」
通常は藤林少尉と階級を付ける事を指摘しているのだ。
「ああそれですか、それが名前の間違いに関係しているんですよ。
藤林さんは軍を退役して家政婦になったと言う設定になります。
花嫁修業でそんな方がいますからあながちおかしい事ではありませんよ、それにこの設定は貴女のお父上も納得していますから。
任務を終了して復帰の折に間違いが発覚する予定です、ちなみにそのIDはそのまま使用可能ですよ。
防衛大学校と魔法大学にフリーパスで入る事が可能です、但し建物内は別途許可が必要ですが。」
ここで響子は敬礼を解いた、それは全てを了承した証だった。
「ここに提携先への紹介状が有ります、この後行ってください、相手先などはそこから紹介されるはずですから。」
意外にこんな人は多い、桜井穂波(警視庁からメイドへ)や作中明記されてはいないがおそらく北山家の黒沢嬢など。
響子は提携先の家政婦派遣会社で相手の情報と派遣の仕組みを聞いた。
初めに研修(本人のスキルのよって期間は異なる)、それから派遣先を決める。(ただし今回はすでに決まっているが)
(月一回の報告は通信で行う、レポートなどの提出は必要ないなど。)
ただ今回は相手が決まっているので早速明日に警護対象者に会う事になり渡されたプロフィールを見た。
基本情報は名前と写真のみ、中学生ぐらいの少女だった。
逆に備考欄は豊富だ、虚弱で魔法力は有るが魔法は使えないらしい。
このあたりにも自分が選ばれた理由がありそうではある。
学校へも行く必要はないらしい、これはビデオ学習になってままある事だ。
もしかしたら病弱で成長が遅れているのかも知れない。
それにしても父がまさかこんな手を使ってくるとは考えもしなかった。
父と祖父はそれだけ本気なのだろう、もはや結婚待ったなしだ。
魔法師としては適齢期は過ぎてしまった、そしてこれは相手にも言える事だ。
年齢の釣り合う人で結婚していないのは相手にも何か問題が有る可能性が非常に高い。
しかも父は九島家に替わり得る実力者を望むはず、そんな有力者の子弟で残っている。
どんな(問題の有る)人を宛がわれるのか考えるだけで恐ろしい。
ここで思い出されるのは真田少佐の言葉だ、顔が自然と火照ってくる。
響子は頭を振りその考えを打ち消す、101はおろか軍からも離れた身、彼とはもう会うことも無いだろう。
そう思うと響子は無性に寂しさを感じるのだった。