防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-43 千葉エリカ

アイネブリーゼの店長の勧めでエリカは横浜の指定された喫茶店ロッテバルトを訪れた。

指定された通りにカウンターの端の席に座り店主にカードを渡した。

すると何も注文していないのにコーヒーが出てきた。

「息子のやつは元気ですかな、これはうちのブレンドコーヒーです。ぜひ飲んで感想を聞かせてください。」

言われた通りゆっくり味わう。コーヒーも終わりに近づいた時、マスターが紙を差し出した。

「ここのコーヒーのレシピです。興味がお有りならご覧になってください。」

エリカはそれを黙って読む。次第に顔が険しくなっていく。

「どうですかレシピの方は?」

「ややこしいわね、でもよくこんな事を見つけたわね。」紙を返却して言った。

「それなりに長いことやってますからね。ですが味は確かです。」

エリカはコーヒーの残りを飲み干し言った。

「私にはちょっと苦かったけどコクが有って美味しかったわ。それでお代は?」

「息子の紹介ですし、正しい感想もいただけました。お代は結構ですよ。」

その言葉にエリカは何も言わずに目を細めた。

「美しい御嬢さん、息子の紹介ならまだ学生でしょう。

今後とも良しなに、”千葉エリカ”さん。」

最後の言葉に表情を戻してエリカは言った。

「そう言う事なら、ごちそうさま、またお邪魔させてもらうわね。」

「今後ともご贔屓に。」そう言われてエリカは店を出た。

エリカが去った後、マスターがつぶやいた。

「これで良かったですかな、千葉警部。」

 

夏休み最終日の早朝、レオは千葉家の道場でエリカと剣を交えていた。

門弟たちが徐々に集まり始める頃、エリカが言った。

「さあ、夏休みの課題を終わらせるわよ。」

レオは少々わざとらしいと思いながら母屋の方て向かった。

ある部屋に案内された。空き部屋かと思ったが荷物が少ないながら有る。

「ここなら誰も来ないからゆっくり話ができるわよ。

念の為に聞くけど、課題は終わらせてるわよね。」

「おうばっちりだぜ、だけどよう、なんか道場の雰囲気が違わねえか?」

「ちょっと色々ね、…全く達也君は…」

拳を握り締めてぶつぶつ言いだしたエリカを見てそれ以上の追及をあきらめた。

「で、話ってなんだ。」

「…ローゼンの話よ、そっちは何か新しい情報はない?」

「ローゼンがEUから融資を受けて経営が持ち直したのは確かだな。

融資条件はかなり甘いのが気になる所だとよ。

それと魔法師排斥運動だが、大手メディアでは報道されていないがかなり活発になってきているらしい。

証拠といっちゃなんだが大学で頻繁にデモが有る様だぜ。

あちらは総合大学なんで情報が駄々漏れらしい。

で、そっちはどうだ。」

「…先ずはローゼンの新型CADは全く売れていないわ。登録データベースにはあんたの名前しかない。」

「何でだ、俺は使っているが特に問題ねえぜ。

そこまで売れないCADには思えねえんだが?」

「それはあんたが達也君の調整した物を使っているからよ。

新型は登録制、もし盗まれでもしたら大変なことになるわよ。

だから普段は持ち歩かずに常用のCADと2台持ちが推奨されているのよ。

調整の手間は2倍になり、彼の調整が受けられない人は違和感はぬぐえないわよ。

達也君の天才的な調整をタダでやって貰えるのはあんたぐらいよ。」

「そりゃそうか、当たり前になってたから忘れてたぜ。それで次は何だ?」

「ローゼンをスケープゴートにしようという案は確かに政府の一部から出てる、裏は取れたわよ。

甘い融資に対する反発もあるし、特に戦争を経験していない若い世代の非人道的行為に対する反発は凄いわ。

今はまだ気にする必要はないのかもしれないけど、20年30年後は分からないわよ。」

「これであのおっさんの言ってた事は裏が取れたって事かよ。

で、これからどうするんだ?」

「…私のために死んでくれない?」

「…おい」

「冗談よ、別にあんたたち家族を亡き者にしたってそれだけじゃあんまり変わらないわ。

やっぱりローゼンの経営自体を何とかしないと。

あーあ、こんな事なら相続放棄なんかするんじゃなかったかもね。

相続権が有れば少しは経営に参加できたのに。」エリカはここでため息をついた。

「あんたが体の方だけじゃなく頭も強化されていたなら良かったのに。」

「俺の頭は関係ねえだろう。」

「あんたの頭が良かったら、ローゼンに画期的な新製品を開発をさせられるわ。

業績や魔法産業に多大な貢献が有れば、政府の圧力をはねのけることが出来るはずよ。」

「…理解したよ、だけどそれには達也クラスの能力が必要だぜ。

流石にそれは現実的じゃねえだろう。」

達也と言うワードが出た時、エリカは顔をしかめた。

「だけど達也君に私達の言う事を聞いて、ローゼンに協力させるなんて無理じゃない。」

「そりゃそうだ。」

この後これ以上話は発展せずに終わった。

 

レオを帰した後、エリカはずっと考えていた。

達也の事だ、当然だが色恋沙汰とは全く無関係。

何とか協力させる、その方法はないか。

可能性が有るとすれば深雪を抱き込んで、彼女からお願いするだ。

だが深雪は完璧超人、付け入るスキが見いだせない。

あと半年、何とかそのスキを見つけるしかない。

他に出来る事と言えば後ろ盾を増やす事だろう。

これには具体的な当てが有る、千葉家だ。

千葉家なら日本政府に影響力が有る、外国からの要求にある程度対処は可能だろう。

そして今千葉家は後継者問題を抱えている。

後継者として次兄上がいるが弟子たちの評判は良くない、ここ半年修行している所を見たことが無いのが影響しているらしい。

それで彼に負けた、和兄貴が倒された相手に修行もせずに挑むなんて舐め過ぎだろうと陰口を言われている。

後はあの行き遅れだ、達也君について行ってしまった。

母親はかなり強引な方法を使ったらしいからその影響が怖い。

夜、夜這いとか当たり前にやっていたらしい、信じられない!

彼には効かないと思うけど……

ここでエリカは立ち上がって頭を振り思考をリセットする。

少し時間を置いて再び考える。

それにしても達也君、何とも癪に障る。

あたしの境遇なんか笑っちゃうような生まれ、それを乗り越えるために想像を絶する鍛錬をした証である体の傷。

そんな彼から一本取れたなら、宿命とやらを乗り越える大きな一歩になると思うから。

決してあの陰険な行き遅れがあっちに憑いたからじゃない。

だけど正攻法では勝てる気がしない。何か弱点を見つけないと。

 


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