2週間の研修を終え響子は再びあのアパートへ向かっていた。
研修内容はクライアントとの距離の取り方と目立たないように警護する方法だった。
距離の取り方は自分の情報はクライアントにあまり渡さない事、嘘は言っても良いが最後まで突き通す事。
これは自分が攻撃対象にならない為、また利用されない為。
そしてクライアントとの信頼関係を築く事、そしてそれを維持する方法を学んだ。
この日になったのは又あの治療をする為らしい。
一か月ほどは施術しなくても良いそうだが、体に負荷が掛かる様なので二週間後の今日になった。
現在彼女は失った筋力を取り戻すためトレーニング中で、普段は電動車いすを使うと聞いている。
問題の恋愛相談もかんたんだろう、結婚したいなどの面倒な事はないから最悪お相手の彼にお願いすれば良い。
今までは明日をも知れない状態だった事もあり、親も容認しているというより歓迎している事は確認している。
今日は施術室に入り緊急事態に備える予定だ。
前回はショックだったが今更男の裸に狼狽えはしない、気楽な気持ちで響子は部屋に入った。
施術に影響が無いように部屋の隅に待機し術者の到着を待つ。
気楽に待機していた響子だが、入ってきた男を見て言葉を失った。
「………達也君。」名前を呼んだのは無意識だ。
響子は達也から目が離せなかった、達也と少女の行為は響子の脳裏に焼き付いた。
(繰り返しになるが達也と美輪は裸で抱き合っているだけだ、達也の腕は美輪の背中と太ももから動いてはいない。)
それに今回は美輪の声が直接聞こえる、妙になまめかしい所為で響子にはそれとして認識させられてしまった。
暫くボーっとしていた様だ、女医から声掛けされるまで気が付かなかった。
「どうしました、大丈夫ですか?」
「えっ、えぇ大丈夫です。」
「では治療について少し詳しく術者の方に説明していただきましょう。」響子の態度を誤解して女医が言った。
女医はキョウコの動揺を、若い男女が裸で抱き合う施術にあり異性の裸になれている軍出身でも説明が必要と考えたのだ。
「…分かりました…」響子は誤解されていると感じたが素直に従った。
余計な事を考えたせいか達也に会うまでに少しは冷静な思考が戻って来た。
案内されたのは一つ下のフロアー、ベット脇で二人は話している。
「…えぇ体調は問題ありません、四葉の術は凄いですね。」
「問題ないなら良い、後は無理に魔法を使わない事だ。」
「はいお兄様、有難う御座います。
あっ、キョウコさんこんにちわ。」笑顔で美輪が挨拶してきた。
「お兄さん、家政婦の彼女に施術を簡単に説明してくれない?」
「分かりました。」達也はそう言って解説を始めた。
サイオン情報体の傷から漏れ出ているサイオンを体に戻すと話したところで響子が口を挟んだ。
「えっ達也君、それじゃあ光宣もそれで治るんじゃ」
「キョウコさん、お兄様と知り合いでしたか、それにみのるとは誰の事ですか?」美輪が言った。
皆の視線が響子に集まる、達也はここでは静観するつもりのようだ。
注目が集まり狼狽える響子、やがて観念したように語りだす。
「光宣とは私のいとこで美輪さんと似た症状なの、それで彼に相談したことが有って…」
達也との関係は守秘義務でしゃべれない、ギリギリでこう言ってごまかした。
「…光宣君とは症状が違います、それに施術すれば魔法力を失ってしまいますよ。」達也もそれに乗って言った。
「そ、そう、ちょっとのどが渇きましたね。
私、飲み物を何か作ってきます。」そう言って響子は台所へ駆け出した。
「やっぱり刺激が強かったかしら、軍の方なら免疫があると聞いたんだけど。」と女医。
「身内の事で動揺しただけでしょう、後で俺から説明しておきますよ。」達也はそうフォローした。
「お兄様は彼女が宜しいんですか?」
「替えるまでの問題はないだろう、それに今更交替するには時間が足りない。
美輪はどうだ、彼女に不満があるのか?」
「いえ特にはありませんわ。」
「ならこのままで行きましょうか。」と女医が締めた。
響子はキッチンで一人深呼吸をした。
まさか達也君とこんな所でこんなに短時間で出会うなんて。
「達也君…」そう呟く。
この出会いは偶然だろうか、そう考えてふと思い浮かぶ。
真田の感情のこもらない笑みを、盗聴したあの会話を。
恐らくサプライズで企てたんだろう、彼ならやりそうだ。
それとおそらく達也君の監視も含まれる、響子はようやくこの任務が分かった気がした。
表向きは達也君の監視、だが実態は達也君の確保。
あの時の話は本気だったのだろう、彼の価値を考えると納得せざる負えない。
台所で響子は顔のほてりが静まるのを待つことになった。
達也は当然ながら施術室にいる時から響子の事は気が付いていた。
達也も響子が監視役として来たと認識していた、だから援護する発言をした訳だ。
軍から監視が来ることは想定済み、なら気心が知れている彼女の方が良い。
後で口裏合わせをしようとこの時、達也は考えていた。
実際には風間達はこの人事に関与はしていない。
達也を再び使う場合は真夜の許可が必要になる。
そして達也の監視は四葉が行っているはずだ。
だから風間がわざわざ真夜の不興を買う可能性が有るのに監視を付ける意味は無いのだ。
女医は今回の施術データ解析の為に病院に戻って行った。
響子はなかなか帰ってこない、そこにインターフォンが鳴った。
美輪は相手を確認してドアロックを解除した。
「お兄様、真由美さんが来ましたよ。」
「そうか。」と達也は言った、がしばらくしても真由美は部屋に来なかった。
「変ですね、お兄様。」
「ちょっと見てくる。」と言って達也は部屋を出た。
真由美は玄関先で響子と見つめ合っていた。
響子は達也を見て台所へ来た用事を思い出し、急いで飲み物を用意して美輪の部屋に駆け込んだ。
その響子の行動に反応したのか真由美の硬直が解けた。
さび付いたような動きで部屋を見回した真由美は達也を見つける。
驚くような速さで真由美は達也に近づき両手で達也の頭を引き寄せた。
パンプスを履いていないので身長差が有るが、そうする事でまるでキスする様な近さになる。
真由美のほのかな香りが達也の鼻をくすぐる、二年前は良く嗅いだ香りだ。
真由美の達也への距離感は入学当初から非常に近かった、コミュニケーションの一環で過度なスキンシップを繰り返してきたのだ。
そのたびに深雪が乱入してきて引きはがされる、そして後で深雪を宥めるまでが当たり前だったのだ。
そして今はここに深雪はいない、その事を寂しく思いながら達也は真由美に告げた。
「先輩、その事は俺も今日初めて知ったんですよ。
知りたいのなら響子さんに直接聞いてください。」
真由美はその言葉に我に返ったように慌てて飛びのき言った。
「そ、そうね、その通りだわ。」
それを聞いた達也は真由美と入れ替わりに出て行こうとした、真由美の顔が赤いのはスルーして。
「ちょ、ちょっと達也君、どこに行くつもり?」慌てて真由美はそう言った。
「女性同士での話が有るでしょう、俺は一足先に帰ります。」
あの場に入れば間違いなく自分がいじられる事は明らかだ、そう思い達也は早々に退散する事にしたのだ。
真由美が止める間もなく達也は出て行ってしまった。
あっけにとられた真由美だが、二人とも知り合いだから達也君を間にたてる意味はないと思いなおした。
部屋に入ると美輪が話しかけてきた。
「真由美さん、お兄様はどうなさったのですか?」
「それが女同士で話が有るだろうって…」
「そうですか…」
「これからはいつでも会えるんだし。」
「それもそうですね、では真由美さん紹介します、私のサポートをして下さる家政婦のキョウコさんです。
軍を寿退官されて花嫁修業を兼ねていらっしゃるんですよ。」
「えっ」
「この優秀なサポーターを得て私は真由美さんに真っ向勝負を申し込みます。
お兄様の愛を賭けた女の大勝負です。」
この言葉に真由美は絶句せざる負えなかった。
そして響子は急すぎる展開に訂正する機会を失ったのだ。
漸く50話、ここまでの話は如何だったでしょうか?
特に旧作をご覧になった方々、時系列を整理するとこの様になっています。
物語を書いている途中に原作が大きく動き、対応で時系列が大幅に乱れてしまいました。
お蔭でほぼ書き直しになっています、もっと簡単だったはずなんですがね(笑)
ここで四人の関係をおさらいします。
まず真由美については他の三人共に認識はほぼ一緒。
達也については
美輪は白馬の王子様、四葉の凄い術師
真由美は気になる高校の後輩、頼れるパシリの弟分
響子は秘匿すべき戦略級魔法師
美輪については
達也は真夜と五輪の取引材料、被後見人でスポンサー
真由美は元戦略級魔法師で深雪二号
響子はクライアント、四葉と関係あり要注意、失敗すると実家へ強制送還
響子については
達也は自分の監視人、利用価値大
真由美は摩利に続いて結婚してしまう知人
美輪は軍から来てもらった恋愛エキスパート、最強の相談相手になりそう
この様にボタンを一つ掛け違ったような認識ですが暫くこのままです。
響子とキョウコが混在していますが達也と真由美はこの話までは藤林響子と認識しています。
がこれからは家政婦のキョウコ(源氏名)という認識に替わります。