深雪は三校への留学に向けての準備を初めていた。
お義母様のとりなしにより、分家の新発田理との手打ちをした。
後は文書で『今までの事は水に流すから部下として働くように。』と出すだけで良いらしい。
三校には水波ちゃんも連れていける、2月のテロで直接狙われた事で許可されたようだ。
HALの発達で一人暮らしでも日常生活に支障はないが、護衛の意味は学校も理解しているようだ。
自宅を離れるについては相反する気持ちが深雪の中で存在した。
達也様との思いでの場所から離れたくない、達也様のいない場所にいたくない、この二つが拮抗している。
エリカと雫の起こした騒動ではじめて分かった、学校での友人はみんな達也様を介した人たちばかりだった。
居なくなって初めて分かる、という物だろうか私が達也様に依存し過ぎていたのだ。
こんな事では私が当主になった時も達也様にご迷惑をかけてしまう。
深雪は義母の言葉を思い出しながら準備を進める。
深雪自体は気が付いていないが達也のいない寂しさを紛らす、そんな思いもあるのだ。
だがまだ具体的な目標は見つかってはいない、結局深雪は状況に流されるままだった。
それにしても今回の留学はトントン拍子に事が進んだ。
一校側には最低限の情報は伝えてある、それで校長と教頭との話し合いでトントン拍子で決まった。
『選択の機会を与える。』というのは教育者の心をくすぐるのだろう、百山校長は満足げだった。
また高校生の未婚の男女が一つ屋根の下で暮らしているのは、特殊事情を考慮しても問題だったんだろう。
見えない拳銃を扱う魔法師、自分を律する事が強く望まれるのだ、未熟な高校生での妊娠はマスコミの格好の餌食だから。
それで教頭はそんな事態が起きないとあからさまにほっとしていた印象が強かった。
明日の生徒会長選挙を過ぎれば、次に達也様に会えるのは論文コンペあたりだろう。
お顔を目に焼き付けておかないと、と深雪は思った。
引っ越し当日、とは言え運ぶのは夏秋物の服ぐらいだ。そのほかは一条家がそろえてくれている事になっている。
選挙当日の土曜日、時間割を変更して選挙のみになった。登校前にHALに命令して荷物を送る。
そして午後二時ごろに深雪たちは金沢駅に到着した。
金沢駅では一条家のお出迎えだった。流石に当主はいなかったが。
上の妹の茜ちゃんだったかは2月に会っている、そして下の妹は少し驚いていたようだった。
まず御厄介になる家の方へ案内された、送ってきた荷物の確認を行って欲しいそうだ。
夕食は一条家で懇親会も兼ねて行う事になった、何故か吉祥寺真紅郎も交えての食事だ。
「我が家だと思ってゆっくりしていってくださいね。」と母の美登里。
「はい、お言葉に甘えさせていただきます。」と深雪。
ここで深雪は今まで味わったことが無い感覚を覚えた。
それは『一家団欒』言うなれば普通の家族の感覚、そして四葉では絶対味わうことが出来なかった物だ。
その事に深雪は幾許かの心の痛みを感じながら穏やかに時は過ぎた。
ちなみに剛毅は深雪を大げさに褒め称えた為に美登里に後で折檻を受け、末娘の瑠璃はボーっと深雪を見ていた。
温かい雰囲気に深雪はそれなりに打ち解けて、これから夕食は原則一条家でとることになった。
食事も終わり茜が言った。
「明日の予定は何かありますか?出来れば金沢の町を案内したいんですが。」
「予備日と考えていましたので構いません。こちらこそよろしくお願いします。」と深雪。
「じゃあ兄さん明日運転手お願いね。せっかく自動車免許を取ったんだから良い所見せないと。」
「お前なあ…、分かったよ。ジョージお前も一緒にどうだ。」
「僕は明日用事が有るんだ。遠慮させてもらうよ。」珍しくうんざりした表情で真紅郎は言った。
「水波ちゃんもそれで良いかしら。」
「はい、町を案内していただけるのならこちらとしても助かります。」
翌日、金沢の町を案内してくれたが深雪の心は曇っていた。
比べるのは意味の無い事であり、また失礼にもあたると分かっているのだが、どうしても比べてしまう。
将輝が大きなミスをしたわけではない。
その証拠に水波が口を挟まない、もし問題があれば一言あるはずだ。
小さなことだがかゆいところにとどかない感覚だ、あとほんの少しなのに。
もちろん子供の頃から深雪を見てきた達也と、実質一か月程度の付き合いしか無い将輝では大きな違いがある。
その彼に要求してしまう自分に浅ましさを覚えるとともに、今まで如何に恵まれていたのかを再認識する事になった。
『自分は達也様の力になりたい』そう思って生きてきた。
他人と比べてみて初めて達也様の凄さを理解できたのかもしれない。
以後、深雪は事有る毎にこの思いをする事になる。
案内も無事終わって家まで送って行き別れ際水波が言った。
「本日は案内していただきどうも有り難うございました。
ただあえて言わせていただければ若干センスが幼かったように思われます。」
この言葉に深雪も苦笑している。
そして深雪からも礼を言われて家へ入って行った。
将輝はその言葉に唖然とした。
「兄さん、ぼけっとしてないでとっとと家に帰るわよ。」茜は言った。
その言葉に慌てて車に乗り込んだ。
家に帰ると茜は居間のディスプレーにあのソフトを立ち上げた。
将輝はそこでようやく声を上げた。
「茜、お前なんで…」
そこでようやく将輝も気が付く。茜はソフトの条件設定をいじっていたからだ。
思い出したくない事だったが七草家で使った時には初めに茜の事を色々と聞かれた。
確かに相手の事が分からなければ最適化できないだろう。
茜は設定を変更しながら将輝に言った。
「兄さんの事だから深雪さんの事、何・に・も・分かっていないんでしょ。
だから今回はお試し、でもいくつか分かった事もあるから何回か繰り返して精度を上げていくわ。」
ここ言葉に将輝は衝撃を受けた。確かに自分は一目ぼれだった。
だからその人となりについて解らないのは当然、だが知り合ってから2年も過ぎている。
その間能動的に動いたことは一度もない。2月の件も大半が成り行きだ。
彼女を好きな気持ちは自分の中に確かに有る。
だが将輝はそれがどこまでなんだろうかと思い悩む事になった。