防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-51 光井ほのか(2)

ほのかはこの状況に困惑し、同時に委縮していた。

雫から達也さんについて話が有ると言って連れて来られた先が、知らない企業の応接室だったからだ。

中では北山潮と紅音が待っていたので、少しだけ落ち着くことは出来た。

ほのかは勧められるままに潮の前に、潮の横には紅音、ほのかの横は雫が座った。

そうして改まった態度で潮は話を切り出した。

「今日来てもらった件は、雫から聞いていると思うけれど司波達也君についてだ。

彼についての新たな情報が入った、その事をほのかちゃんに伝えておこうと思ってね。」

自宅ではない場所、改まった潮の態度にほのかは不安を覚える。

それは時間切れの可能性だ、高校卒業は式を挙げるのには良いタイミング。

その半年前の今なら準備を考えると決まってもおかしくない。

そんな親友の様子を見て雫は言った。

「ほのか、おそらく想像しているのと違うと思う、でもある意味似たような事かも知れない。」

そう言われたほのかは訳が分からずパニックに。(あわわ状態?)

それを見た紅音が説明を始めた。

  九校戦の後に臨時師族会議があった事

  そこで彼らの婚約に物言いが付いた事

  その内容は二人の関係が自由意志ではなく選択出来なかったのではないかと言う事

  そこで婚約は一時保留、二人は離れて暮らす事になった。

ここで紅音は言葉を区切り、ほのかの理解を待った。

ほのかの表情が困惑から喜びに替わった所で本題に入った。

「ほのかちゃん、浮かれる気持ちは分かるけれどこれはそんな良い話じゃ無いの。

この話は十師族内でとどまっているわ、その証拠にほのかちゃんも今まで知らなかったでしょう?

用意された選択肢、ハッキリ言うと婚約者候補ね、そのうちの一人は七草真由美嬢よ。

つまり候補はあくまでも十師族、またはその関係者に限らせたいんでしょうね。」

「そんな…」

「まあ彼は司波達也ではなく四葉達也だったんですものね、おまけに伝説の天才エンジニア。

その伴侶にはそれなりの人が求められてもおかしくは無いものね。

それに、ギクシャクしている七草と四葉の関係が良くなることを期待している声もあったわよ。

『今、魔法師は微妙な立場、一致団結して事に当たるべきだ』ってね。」

うつむいて考え込むほのか、顔を上げて反論しようとするタイミングで今度は雫がたたみかけた。

「ほのか、去年の事を覚えてる?」

会長選挙も終わり論文コンペまでは少し時間がある。思い当たることが無いほのかは首を傾げた。

「お風呂でのぼせた。」

漸く思いだすほのか、だけれども話のつながりが判らずまた首を傾げてしまう。

「京都への視察旅行へ同行しなくて良いの?って聞いたよね。

それとこの前、九校戦の懇親会で達也さんのそばに行こう、って聞いたよね。」

ここで言葉を区切り雫はほのかを見据えてから続けた。

「ほのかは今の達也さんの傍にいる、その覚悟が本当に有るの?」

ほのかはとっさには言葉が出なかった。

言い返せないほのかを見て紅音が話し出した。

「ほのかちゃん、聞いてほしい事が有るの。これは私の持論、だけど経験則でもあるわ。」

紅音はほのかの様子を確かめてから続けた。

「魔法は素晴らしい力だわ、それを使いこなせる貴女は優秀な魔法師だわね。

でも物事には限度がある。大きすぎる力は往々にして不幸を招き寄せてしまう。

優秀すぎる魔法師は周囲にまで不幸を振りまいてしまう。」

ほのかはハッとして紅音を見る。

「でも本人は良いの、往々にして彼等はその不幸をはねのける力がある。

でも周囲は違う、彼もそれをわきまえているから去年は貴女を私たちに預けた。

それは彼が貴女を傍に置けないと判断した事でもあるわね。」

「でもあれから私も随分強くなりました、これからもっともっと頑張って強くなります。」とほのか。

3年生になり実戦的な授業も増えてきている。

卒業後の進路は軍、警察、警備隊、民間警備会社などに進む生徒は多い。

それに一高生がテロの標的にされた事も、その傾向に拍車をかけていた。

「守る力は何も暴力的な物だけじゃないわ。

四葉は情報を秘匿する事で余計な衝突を避けていたわよね。

その情報操作は完璧だった、企業連合もまんまと騙されたわ。」と言って自嘲気味に笑った。

ほのかは正月以降の混乱を思いだしていた。

「七草は逆ね、私たちと同じく情報をある程度公開して、仲間を作り相互に守り合う方法を採っている。

暴力的な力が勝敗に決定的な差にはならない、戦力差がある相手に真正面からぶつかる人はそうはいないからね。

前世紀の戦争でそれは証明されているでしょう。」

ほのかは再び押し黙る。今度は潮を口を開いた。

「ほのかちゃん、我々財閥や十師族やなんかと結婚するなら何らかの見返りを要求されるんだよ。」

「見返り?」

「そう利益と言う方が分かりやすいかもしれないね。

背負っているものが大きい場合は特にそうなる。

『一人はみんなの為に』という訳さ。

もっともそれだからこそ『みんなは一人の為に』を実行してくれるとも言える。

個人の業績、家系、有力者との強い関係なんかかな。

結婚する若い人なら家が一般的だろうね。

「でもおじ様たちは違いますよね?」

潮を苦笑しながら答えた。

「そうだよ、だから反対が多くてものすごく苦労したんだよ。

私たちが結婚するためには説得に長い長い時間が掛かったね。

それでも不足だった分は紅音の十師族並みと言われた魔法力と、学校で培った十師族との強いコネで補ったんだよ。

ちなみに今回の件はそのコネを使って調べた物なんだよ。

ほのかちゃんにはそれに相当する何かあるかい?」

「私は…家は仕方無いじゃないですか!!」

「そうだね、でも知り合いならどうだい?紅音は主に学校で知り合ったと言っていたよ。

ほのかちゃんは十師族の方々と知り合いになる機会は全く無かったのかい?」

ほのかはまたまた言葉に詰まった。

七草の3姉妹、七宝、三矢それと一条とはそれなりに強い関係なることは可能だった。

だけど彼や彼女達との付き合いは積極的とは言い難い、達也さんが四葉と分かった後でも。

それだけでなく百家の人たちとも同様だ、魔法師の人脈を作る発想はなかった。

うつむいてしまうほのか。しばらく沈黙が続いた後、やがて雫がやさしく言った。

「…ほのか、もう時間切れだよ。」

ほのかはその言葉にうつむきながら肩を震わせた。

「正月に婚約が発表されてずいぶん時間が経ったよ。

でもほのかはその間結局は何もできなかった。

そして卒業まで半年を切ったよ、そろそろ受験を考えなきゃいけない時期。

九校戦がほのかに与えられた最後の機会だった。

ほのかも想像したんじゃないかと思うけど、本来ならこのタイミングで結婚を発表するはず。」

ほのかはうつむいたまま何もしゃべらない。

「ほのかは頑張ったよ。それは私が良く解ってる。だから…」

ほのかは今にも泣きだしそうな顔を上げ雫を見た。

雫は微笑んでいた。

だけど目は泣いていた。

親友のほのかはそれが良く解っている。

「……ほのか。」

雫は優しく語りかけた。

両手を広げ笑顔でほのかを見つめる、だが目だけは笑わず涙をためていた。

 


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