防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-54 佐渡へ

翌月曜日、深雪は将輝に連れられて三校の校長室に来た。

護衛役の水波は外で待機だ。

「ようこそ三校へ、私が校長の前田千鶴だ。」と言って握手を求めてきた。

深雪はその姿を軍人の様だと思った、足さばきを見ると何かして来るように思える。

八雲師匠の薫陶でそのあたりは鍛えられているのだ。

仕掛けてきた校長の動きを受け流して腕を固める。

よく見るとこの部屋は校長の机の前が不自然に開いている。

いつもこんな事をしているのだろうか、と深雪は思った。

その様子をあっけにとられて見ていた将輝は慌てて言った。

「前田校長、お客様ですよ。」

その言葉に前田は固められた腕をあっさりほどくと自席へ戻って言った。

「はは、気に入ったぞ司波深雪。

改めて言おう、ようこそ尚武の三校へ、歓迎するぞ。」

「大丈夫でしたか?」と心配する将輝。

「はい私は何ともありません。」

それからは将輝が目を光らせていたせいかスムーズに事は進んだ。

やがて深雪は優雅にお辞儀をして校長室を出て言った。

将輝はその仕草に見惚れていた、その為に後ろから来る校長の接近に気が付かなかった。

派手に投げ飛ばされて茫然自失の将輝に、前田はあきれたように言った。

「将輝、そんな事じゃあ尻に敷かれるぞ、もっとしっかりせんか。」

慌てて外に出て、今度は深雪に「大丈夫ですか?」と声をかけられた。

 

その後の騒ぎは深雪にとってはおなじみの物だ。

学校中で注目の的となり、魔法力の測定では感嘆のため息が上がった。

座学は一校のカリキュラムをそのままなので全く問題はない。

一校と同様校長の好意で、実習は三校の物を受けさせてもらえることになった。

ただ将輝と違い、四葉で鍛えられた深雪は三校の課題を難なくこなしていた。

前田校長はやはり軍隊上がりだったらしく実習の前に訓辞をたれていた。

曰く、『戦略的思考を持て』繰り返しその事を生徒に言い聞かせていたのが印象的だった。

 

次の日曜日、深雪は佐渡島へ行く事になった。

なんでも吉祥寺真紅郎の墓参りのついでに遊びに行こうという事らしい。

高速フェリーを予約して土曜の夜中に出発、早朝に佐渡に着く予定だ。

佐渡で使用する自走車を運ぶためには必要だったのだ。

メンバーは将輝、真紅郎、深雪、水波、茜の五人だ。

実は当初真紅郎一人の予定だったのだが、先週の将輝のふがいなさに茜が真紅郎に相談した結果なのだ。

真紅郎の墓参りを口実に将輝と深雪、二人の仲を深める作戦を真紅郎と茜は立てた。

一人ならバイクで予約は不要だったが5人では車が必要、自動運転車が発達している今は自家用車を運搬する用途はほとんどない。

その為に船を予約する必要があった、それで深雪たちの情報が洩れてしまう事に。

司波深雪、一条将輝、吉祥寺真紅郎、灼熱のハロウイーンの容疑者三名が本土から離れた地に集う。

日本の秘匿された戦略級魔法師をつけ狙う者たちが秘かに行動を始める。

 

行きのフェリーの中で深雪は詳しい話を聞いた。

「ジョージの両親は5年前の佐渡侵攻作戦での犠牲者なんだ。」と将輝。

「それでしたら命日は一か月ほど前なのでは?」と水波。

「ああそれは何とかの猫だったっけ。」苦笑しながら将輝。

「シュレディンガーの猫だよ将輝。

僕の両親は佐渡のある研究所に勤めていたんだよ。

だけど犯人達はその研究所に人質とともに一か月も立てこもったんだ。」

「私有地のしかも研究所、だから一条家の義勇兵は立ち入りを許されなかった。

あの時無理にでも突入していれば何人かは救えたかもしれないのに。」

「仕方が無いよ将輝、僕も今は研究所の職員だからね部外者を入れる危険性は理解しているよ。

それで研究所が解放された時、人質もろとも犯人は爆死、犯人にかかわる情報は一切残らなかった。

だから僕は両親が亡くなったことが確定した日を命日としているんだ。」と真紅郎。

「もう一つ質問良いですか。なぜ車を一緒に運ぶんですか?レンタルすれば良いのでは。」と水波。

「私設の研究所だったので中はナビはおろか携帯も使えません。

今の所佐渡の中にはナビなしで動く自走車は消防車ぐらいしか無いはずです。」と真紅郎。

「何故そんな事に?」と深雪。

「5年前、犯人グループは交通システムをクラックし、使用不能にして島を占拠しようとしたんです。

それと同時に、島内の自立走行可能な車のある場所を襲い自分たちの物にした。

だから自走車を持っていた所は真っ先に狙われて皆殺しにされました。

その為鎮圧するのに一か月もかかってしまいましたが。

この事が有って以来、島民は車を持ちたがらなくなってしまいました。」と真紅郎。

「そういえばジョージ、研究所跡には何も残っていないんだっけか。」

「いや、研究所があそこに作られる事になったあれだけはまだ残っているよ。」

「あれはさすがに動かす事が出来なかったんだな。」

「あれってなあに?」と茜。

「大戦時代に作られた粒子加速器だ。

一説にはビーム兵器を作る為じゃないかと言われている。」

「粒子加速器としては古いんだけど、万能型で中性子ビームなんかも出せるすぐれものなんだ。

人体に有害な物でも深海に向かって撃てば影響は拡散される。

そんな思惑で本土から離れた佐渡に作られたと聞いているよ。」

「今でも動かす事ができるんですか?」と水波。

「研究所への送電はすでにカットされているけど、あれは電力をバカ食いするから独立した発電機を持っている。

周波数や電圧があれ専用だから他に使い様が無いので一緒に残っているはずだよ。」

「ねえ、その中性子って得意のインビジブルブリットでどうにかできるの?」と茜。

「インビジブルブリットの定義は一点に力を加える事だから中性子でも作用するよ。

でもピッタリに合わせないといけないから現実的じゃないね。」

「そうなんだ。」落胆した様子の茜。

「でも僕が作った改良型なら作用させることが可能だよ。」慌てて真紅郎が言った。

「ジョージあれか、でもあれは…」渋い顔をして将輝が言った。

「大丈夫だよ、実際使うことは無いだろうし。

で将輝、他に質問はないかい。」

「…釣り竿は分かるとして他の荷物は何だ?」

「それは着いてからのお楽しみだよ。」真紅郎はいたずらっぽく笑った。

 


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