防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-55 ある男の物語

その男の少年時代は悪いものではなかった、国の動乱を考えればバラ色と言って良い。

青年時代、士官学校を優秀な成績で卒業、順風満帆な人生が約束されていたはずだった。

事実、新兵器のモニターの打診があった時、男は当然の事として受けてめていたのだから。

新兵器故に運用を一から導き出す必要があったが、実用化されれば階級を飛び越して司令官になる事が決まっていた。

だがその男の幸運もそこまでだった、その後に不運が立て続けに襲ってきたのだ。

気象状況の悪化、遅々として進まない新兵器開発、なし崩しの開戦とその長期化。

そして漸くほぼ完成したその時、決定的な事態が開発チームを襲った。

運用直前でまさかの運用中止、猛抗議するも受け入れられず、結局男は何もできないまま終戦を迎えた。

既に中年になりそして男は新兵器に染まりすぎていた、今更既存の兵器の運用は新兵にも劣る状態だったのだ。

俗に言う潰しがきかないという奴だ、そして終戦とともに軍を追い出される羽目になったのだ。

大きく変わった社会に非魔法師の男は取り残された、軍から与えられたわずかの年金で失意の日々をおくる事に。

もう落ちることは無いそう思っていたが、5年前一人息子を失って時にさらに下がある事を知った。

与えられた年金では酒を買うことは出来なかった、それで健康を害することは無かったがそれが良かったとは言えない。

(配給制だった時に戦いに行っていない事はバレている、快く酒を売ってもらえないのだ。)

 

とある一室にあの男が入ってきた、軍から呼び出しがあったためだ。

中には神経質そうな男が座って待っていた。

入って来た男はすでに初老の様だが体幹を鍛えている為かそれを感じさせない雰囲気を持っている。

「どんな御用でしょうか?」入ってきた男が言った。

「日本から情報が入った。お前にとっては因縁の施設に攻撃を仕掛けろ。」神経質そうな男はそう言って書類を投げた。

男はそれを受取りそれを読んだ。

「お前の任務は奴らにプレッシャーを与える事だ。

最終的には殺すとしてもできるだけ粘れ。」

「あれをお借りできるとの事ですが、状況はどうなっていますか?」

「勘違いするなよ、貸すのではないお前が盗め。

セキュリティコードは以前のままにしておく。

一通り整備はしてある。他に注文があれば工廠に言っておくぞ。

お前同様冷や飯を食わされた奴らの士気は高い、大抵の事はかなえてやれるぞ。」

「はっ、ありがとうございます。」

「それとお前の働きいかんでは息子の事は何とかなるかもしれんぞ。」

「…」

部屋を出て男は昔の仲間に連絡を取った。

「遂に息子の敵を討てる。」とそう呟きながら。

男の息子は脱走兵、軍を無断で抜け出し海外へ逃亡したことになっている。

親子そろって非国民扱いだった……

 

日曜の早朝、深雪達がまだフェリーにいる頃、101土浦基地に達也はいた。

「簡単にレクチャーした通りそれが飛行魔法補完ユニットだよ。

これで飛行時間を大幅に伸ばせるはずだ。」と真田。

「『アルバトロス』名前で大体の事は分かりますが。」と達也は苦笑した。

「そうだね、風を受け最小の力で空を飛ぶアホウドリ、そのままだね。

これは元々飛行魔法を実現させるためのプロジェクトだったんだよ。

回数制限があるなら他の方法で補完してしまえという発想だね。

実験室レベルでは上手く行ったが大自然相手ではどうしても回数制限を超えてしまってね。

その為お蔵入りしていた装備だが、今回それを引っ張り出してきたと言う訳だね。」

「では今回の予定ルートは。」

「この基地を出て北北西に進み山岳地帯を抜け日本海に、日本海で反転して沿岸で着地そこで終了の予定だよ。」

「その言い方だと航路は決まっていないのですか。」

「航法からして厳密には決められないからね。

ああ、空域は渡り鳥保護用のものを使うつもりだよ。」

「では最終目低地はどこでしょうか。」

「能登半島を予定してるよ、近くに人を派遣するから装備を渡してくれて終わりだよ。

ああ、それから明日学校は公休にしてもらえるように手配しているから、あっちでゆっくりして来ると良い。」

ニヤリと笑って真田が言った。

それを聞いて達也は、さすがの101でも深雪との事情は知らないらしいと思った。

表向きの理由を信じて単に学校の都合で深雪と別れたと思っているようだ。

不器用な配慮に感謝しつつ達也は基地を飛び立った。

 

同日、あの男はある建物の残骸の前にいた。

男はここに来るのは初めてだった、息子の無くなった場所。

建物の前にもってきた花を一輪おいてから男は暫し黙とうをささげた。

それから男は何故かゲート近くで暫く待機していた。

 

「ターゲット確認した、これより作戦を開始する。

所定のポイントで合流せよ。」狭い機械的な作りの部屋にその声は響いた。

「了解」そしてそこにいた小太りな男が答えた。

 

「おかえりなさい、艦長。」

「よせ、この船がお蔵入りした時に私も任を解かれたのだから。」と言って顔をしかめた。

「ですが今、この船は立派に作戦行動中ですよ。」

「…わかった、で機関長、他の乗員は?」

「いません。動かすだけなら私一人で十分です。犠牲は少ないほうが良いでしょう。」

「なら私一人でも動かせるな。」

「いや艦長、あなたにはこのエンジンの面倒は見切れませんよ。

私は天涯孤独の身の上です、一緒に連れて行ってください。」

「だが私は死ぬつもりはないぞ。」

「分かってます。

ですが5年前とは違います、奴らは大亜連合とはすでに講和しています。

貴男の息子のように、兵士をテロリストに仕立てる事で言い逃れるのは難しいでしょうね。

それにこの船の事もありますから…

万が一にでも失敗すれば証拠もろとも、と言われています。」

「…作戦に支障は無いな?」

「もちろんですよ。」

「周囲のジャミングは?」

「あと半日程度は余裕で持ちます。」

「では第二段階に移行する。」

 




令和記念として本日から5日まで投稿する予定です。

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