発射の警告音が止み水波は中性子の放射が今回も終了したことを知った。
1mにも及ぶ遮蔽材に守られているとはいえ、兵器クラスの中性子ビームの傍なのだ。
目を閉じてバリアーの維持に専念するのは仕方のない事だろう。
次の発射に備えてリラックスしていたがおかしな事に気が付いた。
コントロールセンターと交信する真紅郎の声がいつまでたっても聞こえないのだ。
今までは結果の確認(超音波を使っているのででーたの転送に少し時間が掛かるらしい)の後直ちに交信していたのに。
状況を確認しようと振り返ると(水波は加速器側を、真紅郎は海側を見ていた)真紅郎が倒れていた。
即座に駆け寄り脈拍と呼吸を確認する水波。
それらが正常であることを確認して真紅郎に呼びかける水波。
だが返事はない、水波は少し考えてコントロールセンターを向かった。
「深雪様。」水波は深雪に近づいて小声で言った。
「あら、どうしたの水波ちゃん?」水波の表情を見て明るく言った。
茜が不安そうにこちらを見ているのだ、それで水波は深雪に耳打ちをした。
「倒れたですって。!」水波の言葉に思わず深雪は声を張り上げてしまった。
その言葉を聞いた茜はトランシーバーに向かって呼び掛ける。
「真紅郎くん、真紅郎くん返事して!!
返事してよー!!!」ガタガタ震えて絶叫に近い声だ。
深雪はそれを見て失敗したと思った、水波の心使いをダメにしたと思ったのだ。
水波は優しく茜に声を掛けた。
「吉祥寺様は命に別状はないご様子でした、ご安心ください。
深雪様、申し訳ありませんが一条将輝様を呼んできてください。」
深雪は大急ぎで将輝を呼びに行った。
戻ってくると水波のメモがあった。
『吉祥寺様の所にいます。』と簡単な地図だ。
知らせを聞いた将輝は慌ててジョージの所に向かった。
地下の広場(加速器の衝突実験場、真空チェンバーや測定機などは持ち出されている)にジョージは寝かされている。
桜井さんがジョージを調べているようだ、茜は傍で静かにしている。
さして大きくないはずのソナーの電子音がやけに響く中、将輝は駆け寄り聞いた。
「ジョージはどうですか?」
「お兄ちゃん、ゴホッ、真紅郎くんが返事をしないの!
ゴホッゴホッ、何回呼んで…ゴホッ」苦しそうに茜が答えた。
「茜、もうしゃべるな。
桜井さん、ジョージの様子はどうですか?」
水波は首を横に振って答えた。
「今の所命に別状はなさそうですが、体が動かせないようです。
辛うじて眼球だけは動かせるようです、が何か焦っている様であまり会話ができません。」
将輝はその言葉に考え込んだ、この状況でジョージが気にする事、それが何なのかを。
その様子に一同は静まり返る、ソナーの動作音がやけに響く。
その時将輝は閃いた、慌ててソナーへ駆け寄り敵を探す。
だが見つからない、探査範囲を最大にしても発見は出来なかった。
10m以上の物が近づいてきたら警報が出るように設定してジョージの下へ戻った。
「ジョージ、安心しろ敵は撃退出来たみたいだ。
ソナーには何も映ってはいないぞ。」
それを聞いて真紅郎は目を閉じた、
「では桜井さん、ジョージが倒れた経緯を教えてくれませんか?」
「はい、私はここで中性子バリアーを担当していました。
彼とは反対の方向を向いていたので直接は見ていませんが、今回の発射の際に魔法を発動したようです。
それもかなり大きな魔法の様です、あの環境の中でも感じられたぐらいですから。
ですがどんな魔法を発動したのかは分かりません、私もバリアー維持に必死でしたから。」
「あ、いや桜井さんを責めている訳では有りませんよ。
さて、これからどうすべきか?」将輝は慌てて取り繕った後に独り言を言った。
「なら敵のいない今の内に撤退しましょう。
一刻も早く彼を病院に連れて行くべきです。」と水波は提案した。
「…ですが…」
「言い争っている場合ではありません。
私が外の様子を見てきます。」と言って水波は出て行った。
「私も水波ちゃんの意見に賛成です。」と深雪は言った。
「司波さん…そうですね。」そう言って将輝は真紅郎を抱えた。
この時将輝はソナーの電源をOFFにしなかった、その事を後に後悔する事となるのだが。
外に出て真紅郎を車に乗せる段になって問題が発生した。
「やっぱりか…」将輝は難しい顔で考え込んだ。
何が起きたのかと言うと、真紅郎を座って車に乗せられなかったのだ。
真紅郎は今体に力が入らない状態だ、この状態だと車は安全上問題だとしてモーターがスタートしない。
後部座席に寝かせればロックは解除されるが、そうすると二人乗ることが出来ない。
そして自走車の運転は将輝しかできない、残り一枠誰を入れるのか将輝は悩んでいた。
「であれば私が残ります、深雪様を差し置いてなどできませんから。」と水波がいち早く言った。
本来ならお客様である深雪を優先するべきだが茜の状態は非常に悪い。
正気が思い悩んでいると深雪が話を切り出した。
「私が残ります、茜ちゃんも病院に連れて行くべきです。
彼女が吸い込んだミサイルのガスが、遅効性の毒の可能性は否定できないですから。」
「…分かりました、感謝します司波さん。」そう言った将輝は茜を助手席に乗せて車を走らせる。
「司波さん、すぐに迎えに上がりますのでどうかご無事で。」
「そちらこそ早く二人を病院へ。」
自走車がゆっくりとトンネルへ向かっていく。
「水波ちゃん、せめてトンネルの向こうまで護衛してあげて。」
「ですが深雪様の護衛が出来ません、トンネルを壊されたら…」
「大丈夫よ、今の所敵の存在は感じられないわ。
それに私にはこれがあるわ、一人ならどうにでもなるからトンネルの外で待っていてちょうだい。」
そう言って深雪はふわりと浮き上がる、飛行魔法だ。
九校戦でのお披露目から二年、彼女のそれは誰も真似できない領域に達しているのだ。
言外に一人になりたい事を察した水波はしぶしぶ言った。
「分かりました深雪様、トンネルの外でお待ちしています。
なるべく早く合流されますように。」
水波はトンネルの方へ駆けて行った。
そして深雪は壊れた防波堤の先に行き、空に向かって両手を広げ何かを叫んだ。