深雪は両手を挙げて叫んだ。
「達也様。」
その時、黒い何かが深雪目がけて急降下してくる。
「良く解ったな、さすが深雪だ。」
ヘルメットのバイザーを上げ達也が微笑む。
「深雪が達也様の魔法の発動を見逃すなんて事はあり得ません。」
ただし達也は宙に浮いたままで、深雪とは距離を取っている。
「あの達也様、…」深雪は少しはにかんだ後に少し言いにくそうに深雪が言った。
「それは出来ない。」達也が即答した。
その言葉に深雪は驚く。
「吉祥寺真紅郎を再成することは出来ない。理由は二つある。
まず一つはこの魔法は秘匿すべきものであるという事だ、十師族の一条家なら特にだ。
それに下手に公開して深雪が不快になる事は無い。」
実はあの後桐原が達也を訪ねて来たのだった。
互いの事情を情報交換したした後桐原は納得して帰って行った。
桐原は軍人の家系で沖縄と十師族の確執を理解しているのだ。
桐原は帰り際にこう言っていた。
「出来れば千代田の事を恨まないでやってくれ。」と。
その言葉に深雪はハッとし表情を曇らせる。
横浜事変で達也様に同じようにお願いして助けた花音になにをされたか、それを思い出したのだ。
達也様に苦しい思いをさせたにもかかわらず罵詈雑言、不快以外の何物でもなかった。
そう、またあの時と同じ過ちを繰り返すところだった、深雪はその事に落ち込んだ。
「二つ目は、真紅郎の症状は再成に馴染まない。」
再成の使用が出来ないと暗に言う達也。
そう言われて、深雪は目に見えて落ち込んだ。
「申し訳ありません達也様。」力なく深雪は達也に謝罪した。
再成でも達也様に負担をかけるのにそれより困難な状況、どれだけ自分は達也様に負担を掛けさせてしまうのか。
深雪はこの時は深く反省したのだった。
「話はそれだけか?ここで会う事は叔母上は良い顔をしないだろう。」
そう言い残して達也は虚空に消えた。
『有難う御座います、達也様。』深雪はそう心の中で思った。
深雪は水波が呼びに来るまでその場にたたずんでいた。
アルバトロスを駆り本土へ戻った達也は待機している101の連絡要員に装備とデータを渡した。
その後奈良へ向かう、行先はあの四葉系列のホテルだ。
支配人を通して秘匿回線で真夜と話をする為だ。
かなりの時間待たされたがようやく話をすることが出来た。
「久しぶりと言うには微妙な間隔ね。
前にも言ったけれどあなたは私の息子なんだから、何時でも連絡してくれて構わないのよ。」
(このホテルは性格には四葉ではなく黒羽が管理しているのだ。
そして時間が掛かったのは黒羽が意図的に遅延させたからなのだが。)
達也はその言葉を無視して用件を伝える。
『吉祥寺真紅郎を何とかしてほしい』要約するとこうだ。
経緯と現状を交えて伝える。
結局達也は深雪の悲しむ顔を看過できなかったのだ。
自分にはできないが四葉には可能かもしれないから。
それと深雪と会ったことは、別れた経緯を考えると報告しないわけにはいかなかったのだ。
何を考えているか伺わせない笑顔で真夜は聞いていた。
そしてしばらく考えている様子をした後応えた。
「話は分かりました。その回答の前に達也さん、貴男のスタンスをはっきりさせて下さいな。」
「スタンスとは?」
「貴男が次期当主の婚約者で私の息子なのか、あくまで司波達也と言う個人なのかよ。
息子なら望みを叶えるのもやぶさかではないわ。
でも個人なら対価を要求しなくてはね。」
「…個人だ。それで対価として何を要求する?」
真夜は可笑しそうに笑うと対価を言った。
「ずいぶんと思い切ったわね。
でもそんな大したお願いじゃないわ、ごく常識的な事よ。
まず一つ目は、深雪さん以外の婚約者候補と仲良くする事よ。
4年後の会議で『付き合いが足りない』と文句をつけられてさらに先延ばしにされるのはごめんだわ。」
ここで真夜は言葉を区切り達也を見た。
無言の達也を見て続ける。
「もう一つは達也さん、深雪さんの監視を止めなさい。」
「な!」達也はその言葉に過剰に反応する。
「達也さん、あなたは深雪さんのガーディアンでもなければ婚約者でもない訳よね。
そんな人間が24時間監視をする、それは深雪さんのストーカーではなくて?
立派な犯罪行為だと思うのだけれど。」
言葉に詰まる達也。
「過去の経緯から直ぐにとは言いません、近いうちで構いませんから。
それと高校卒業後の進路を早急に教えてくださいね。
深雪さんにはそれ以外に行かせますから。
それと個人だと言うのなら進路はこちらを気にせず自由にお決めなさいな。
葉山さん、後ほど聞いておいてもらえるかしら。」
「はい、承りました。
達也殿他に何か話したい事はございますかな?」
「…ありません、失礼します。」と言い通信は切れる。
話し合いに満足し真夜は葉山に入れてもらった紅茶を優雅にたしなむ。
「チェックかしらね?」
「おそらくは、いかな達也殿でもここから逆転は難しいかと。」
「どのぐらい持つかしらね。」
「一年ぐらいではないかと、流石に二年は持たないと思われます。」
「そう、では達也さんの監視体制を見直しましょうか。
こんな事で物言いがついたら達也さんにお願いした意味がありませんからね。」
この後は優雅なひと時が流れた。
いよいよ深雪と達也は情報レベルとしても別れることになりそうですね。
達也の精神は保つのだろうか、それとも真夜の策に取り込まれてしまうのだろうか?
旧作では達也が魔法演算回路のオーバーヒートを直せない訳をこんな風に説明していました。
「二つ目の理由の前に深雪、お前は再成をどんな風に認識している?」
そう言われて深雪は考えながら言葉を紡ぎだす。
「達也様の再成は、人に対しては24時間以内に受けた傷なら無かった事にする。
代償は対象者の受けた痛みをその身に受けるという事。
それとこれが魔法演算領域に常駐している事で通常の意味では魔法が使えない事でしょうか。
ですがそれを補って余りある、まさに神の奇跡と言える素晴らしいものです。」
打って変わって最後は熱っぽく称賛する深雪。
最後のフレーズを無視して達也は続けた。
「その認識で合っている。付け加えるとすると我が事の様に痛みを感じるという点だ。
腕を切られると腕が痛み、腹を撃たれると腹が痛む、と言う具合にだ。
問題は吉祥寺真紅郎の受けたダメージが魔法演算領域だと言う点にある。」
深雪が不思議そうに首を傾げた。
「たとえ話をすれば理解できるか。
傷ついた人間を再成するという事は俺にとっては背中に鞭を受けながら立体パズルを解くことに等しい。
背中の痛みを無視してパズルを解くことは単に痛みを無視すればいいだけだ。
それは俺にとっては必ずしも難しい事ではない。
だが手もしくは指先に鞭を受けながらと言う状況であれば話は違ってくる。
その条件で間違いなくパズルを完成させられる自信が俺には無い。
失敗した場合どうなるかは俺にもわからない、再成に失敗し最悪命を落とすこともあり得る。
現状では吉祥寺真紅郎は命に別状はないように見える。
リスクを抱えて無理に実行する必要があるとは思えない。」
原作でも同じ設定でしたが、理由は説明されませんでした。
ですから新作は原作準拠で理由をぼかす事にしました。
悪くない説明だと思ったのですが仕方がありませんね。