「うぅん…」
茜は物音で目が覚めた、知らない天井・ではなくそこは自宅の自分の部屋だった。
少しの間ボーっとしていたが真紅郎の事を思い出し勢いよく上半身を起こす。
これまでの事を思い出す、島の病院で二人診察を受けた事はハッキリ思いだせる。
私については服に付着した成分から吸ったガスはただの催涙ガスで解毒薬を飲んで終わり。
だけど真紅郎君については島の病院では何も分からなかった。
お兄ちゃんはお父さんに頼んでヘリを金沢の一条家が懇意にしている病院に私と一緒に運んでもらった。
お兄ちゃんは一緒には来なかった、警察に事情を聴かれていたのだ。
何やら揉めていたが二人でヘリに乗ったから詳しい話は分からない。
病院の待合室には母さんがいた、二人で診断結果を待っていた所まではなんとなく覚えている。
茜は部屋を出てその後の事情を誰かに聞こうと立ち上がった、がフラフラして足元がおぼつかない。
ゆっくり部屋を出る、おそらく誰かが帰ってきた音で目覚めたらしい。
聞こえてくる音と匂いから居間で食事をしているらしい事がわかる。
ふらつく足取りでゆっくりと居間へ向かうと声が聞こえてきた。
「ふぅー、漸く一息ついたぞ、昨日から碌に飯が食えなかったからな。
で、将輝わざわざ協会から呼び戻した理由は何だ?」
「それよりこの忙しい時期に親父が協会で何をしていたのかが気になるんだが?」やや怒ったような口調に聞こえた。
「おぅ将輝、何も遊びに協会に行っていた訳じゃ無いぞ、真紅郎君の症状について調べていたんだ。
それと協会を通して治療の協力を要請してきた、何しろ真紅郎君は日本の宝だからな。」
「それでどうだったんだ?」焦ったように聞こえる声がする。
ここまで聞いて茜は廊下で止まって聞き耳をたてる事にした。
「協会の職員にも手伝ってもらって調べてみたが治療に関する有力な情報は無かったよ。
それでナンバーズに問い合わせをしていたところだったんだ。」
「そうか…」残念そうに言う声。
「だが十文字家からは自前の医師団を派遣してくださると言う話が有った。
明日にもこっちへ来て真紅郎君を診てくれる事になっている。」
「十文字先輩が…流石だな。」最後は小さくつぶやいた。
「それよりそっちはどうだったんだ?
警察ともめたと聞いているんだが。」
「それかー…」舌打ち交じりの声がする。
「何だ、まだ揉めているのか?」少し心配そうな声。
「イやそうじゃないんだが…最初から順を追って話すよ。
俺たちが潜水艦ぽい物に襲われた事は知っているだろう。
それを正直に話したんだが信じてもらえなかったんだ。
初めは俺の言う事を聞いて島にあるレーダーやらのデータを調べてくれたんだが…
結局島のレーダーなんかのデータにはそれらしい物は残ってなかったんだ。」
「貸してやったソナーはどうした?
電源を切っていてもログは残っているはずなんだが。」
「それが…電源を切り忘れて…」
「そうかあれのログはオプション無しでは半日しか持たないか…
現場には何か残っていないかったのか?」
「それが捜査令状を取るのとおまけに日曜日だったから、研究所跡地に入る許可を取るのに時間が掛かったんだ。
その所為だと思うんだが証拠となるものが粗方なかったんだ、おそらく犯人が手早く持ち去ったんじゃないかと言われた。」
「その言い方だと証拠は見つからなかったんじゃないのか?」
「いや現場に残っていた司波さんのメイドの子が小さな破片を見つけてくれた。
それで攻撃された事だけは何とか認めてもらえたんだ。」
「メイドが現場にいたなら大丈夫だったのか?」
「司波さんとメイドはゲートの外で待っていたんだ、ジョージがいないから迎えが来た時中に入れないから。
で直接の現場からは距離があったから気が付かなかったって言っていたよ。」
「……彼女を半日以上も現場で待たせたのか?」非難する口調で言っている。
「し、仕方が無かったんだ!
警察が釈放してくれなかったんだから。」
「???どういう事だ?」
「現場は廃墟になっているんだがどうやら悪ガキどものたまり場になっているらしいんだ。
陸からはチェックが厳しいんだが海からゴムボートなんかで近づくことは出来るらしい。
沖の防波堤は私有地じゃない所為もあって取り締まりが難しいらしい。
それで俺たちがその悪ガキに間違えられたみたいなんだ。
バカをやって仲間を傷つけそれを誤魔化すために潜水艦をでっち上げたんじゃないかって。」
「…お前自分の身分を明かしたのか?」
「そう言えば…警察に連絡したのは俺じゃない、病院の手配なんかで手いっぱいだったから…」
「はぁ…それでこんなに時間が掛かった訳か。
で、俺を呼び出した訳を聞こうか。」
「そうだった親父、これを。」封を開け紙をめくる音がする。
「将輝、これはどうした?」
「今日司波さんと帰って来たら四葉の使者の人がいたんだ。
話を聞くと大学院に通う研究者らしい。」
「…読め。」
「……親父、何だこれは…」
「四葉殿からの手紙と真紅郎君の診断書だ。」
「俺が聞きたいのはそんな事じゃない。
何で四葉かこれを持っているんだ、そんな機会も時間もなかった筈だろ。」
「手紙の方は読まなかったのか。
それはいわば推定の診断書だ、だがそれなりの確証は得ているんだろうが。
それに基づいて専門家を派遣したと手紙には有った。」
「……親父、それでどうする?」
「明日十文字家の医師団が来られる事になっている。
その診断結果待ちだな、その結果次第で決めれば良いだろう。
何といっても将輝、お前の実家になるかもしれん相手だ、無碍には出来んだろう。」
ここまで聞いた茜は部屋に戻る事にした。
未だ体調は良くない、明日以降に備えて休むべきだと思ったから。
「克人様、ただ今戻りました。」
「うむ、では報告を聞こう。」
「はい、吉祥寺真紅郎の症状は魔法の過剰使用によるオーバーヒートによるものに間違いございません。」
「こちらの推測通りだな、では症状のレベルは?」
「4、それもかなり重い方だと思われます。
四肢はおろか全身ほぼ麻痺、眼球のみが辛うじて動く状態です。」
「…回復の見込みは?」
「ここまで進行していると…
車いすを使っての生活に戻るのが精一杯かと。」
「魔法は?」
「眼球が動くので意思疎通は出来ましたが魔法は発動できないようです。
恐らくこのまま使用できないかと。」
「そうか…では一条家に送る報告書を纏めてくれ。」
「分かりました。」と言って部屋から出て行った。
克人は暫く一人部屋で目を閉じていた、ただ何を思っているのかそれは克人にしかわからない。