バージニアバランスはふうーと息を吐きソファーに倒れこんだ。
この手の電話は生涯慣れる事は無いだろうと思っている。
だが苦労した甲斐は有り、極東の魔王との話し合いは上手く行ったと言えるだろう。
頼んだのは現シリウス、リーナことアンジェリーナ・クドウ・シールズの事だ。
現在彼女のUSNA内での立場は非常に危険、パラサイトに感染していつ裏切るか分からないと思われている。
軍本部にて事情を知らされていない下士官たちは、現在の苦境の原因はスターズの失敗だと思っている。
特に魔法師の配属されていない部隊内での評価は、年若く後ろ盾が無い事もあり切るべきとはっきり明言している。
逆に詳しい事情を知っている上層部は、いつ爆発するか分からない時限爆弾とでも思っている。
万が一シリウスがパラサイトに乗っ取られた場合の被害は、天文学的になるだろう事が推定されているから仕方が無い事でもあるのだが。
だから身柄を預かるはずの駐在部隊は金と住処だけを用意して放り出しているらしい。
異国でのもう一方のUSNA側である大使館は、得体のしれない魔法師に『触らぬ神に祟り無し』のスタンスだ。
もちろん何かあれば自分たちが交渉してシリウスの指揮権を取り戻す必要があるのだが。
(軍としては秘かにシリウスの後継を探し始めている様だ。)
一方日本側と言えば、戦略級魔法師(しかも時間限定)の扱いに困り、中々引き取り先が見つからないらしい。
つまり極端な事を言えば現在のリーナの立場は中途半端、極端に言えば不法滞在の外国人になってしまっていたのだ。
バランスの四葉への要望はリーナの件だ、せめて向こうである程度は不自由無く暮らせるようにと。
軍はもうあきらめている様だが(良い結果が出ても感染の疑いは消えない。)がバランスとしてはそうもいかない。
バランスとしては後は祈るしか出来ない、だがどんな結果を望めばいいのか分からなかった。
黒羽文弥はドレッサーの前でため息をついていた。
文弥の今回の任務は同年代の女の子の世話との事だ。
それで姉に丸投げしようと思い部屋に行ったがメイドに追い返された。
達也兄さんが四校で講演を終えてからはこんな感じた、達也ロスと言ったところか。
以前から時々こう言う事は有った、特に達也兄さんに会った後はそういう事が多かった。
そういう時に無理に入ろうとすると真っ赤な顔をして怒鳴り散らされた。
前に一回メイドに見に行かせたが、同じく顔を赤らめ何も説明せずさえぎられた。
何をしているのだろうと思った事もあったが二人の目を抜くことは事実上不可能だろう。
あえなく見つかり二人に顔を真っ赤にして怒られるビジョンしか見えない。
今回はこうなったら自分がやるしかないかと気を取り直してメイクを始める。
次期当主として深雪姉さんが発表されてから私達に対しての監視の目は飛躍的に高まった。
表面上は疑いが晴れたように見える、だが私たちの魔法力が疑いを継続させている様だ。
記者程度ではなく本物が監視に当たっている様だ。
だから以前の様にボーイッシュなメイクでは誤魔化しきれなくなってしまっていたのだ。
そのため本格的な女装メイクに切り替えざるを得なく…。
ドレッサーの前でメイクを形成(わざとこう思うようにしている)していく。
鏡の中の己の姿に更にため息をつきたくなる、似合い過ぎている。
似合い過ぎるメイクの度に妙な気持ちに襲われるのを無理やりねじ伏せて必要な資料を読んだ。
『アンジーシリウス』、達也兄さんと因縁浅からぬ相手。
達也兄さんのリーナに関するレポートによると魔法力は折り紙付き。
だが彼女は潜入には全くと言っていいほど向いていない、少なくとも前に来日した時点ではだが。
その辺の確認も含めて会う事になっている。
もう一度溜息を吐きたいがそれを飲み込み頬を軽く叩いて気合を入れた。
リーナは暇を持て余していた。
基本ホームの変更なので軍からは詳し説明が無かった。
実際は軍としては後ろめたい為か詳しい説明もなく通信端末を渡されただけでほっておかれていた。
ベンに言わせると『休暇だと思っていればいいんです。』とそっけない。
国内で魔法師排斥運動が微妙な時期、魔法力より交渉力が必要なのは理解できるが…
そんな時、漸くバランスから連絡があった。
『現地コーディネーターを手配した、詳細は相談してくれ。』、だった。
これでようやく借り物の宿舎から出て行けるとウキウキしながら指定場所へ向かう。
リーナへの説明は、本国で魔法師排斥運動が活発になっているため一時的に本国から分離させるだった。
横須賀基地の宿舎では一校に近すぎる、あらゆる面で目立つリーナは自動的に外出を制限されていたのだ。
そして待ちに待ったコーディネーターとの打ち合わせの場所には一人の少女がいた。
「……貴女がコーディネーター?」とリーナ。
「『ヤミ』と呼んでください、一応今回は私が担当させていただきます。」ややアルトの声で少女が言った。
リーナは大丈夫かと少し思ったが、当然彼女一人で行う訳では無いと思いそのまま話を続けた。
「じゃあ早速質問ね、こっちの軍の受け入れはどうなっているのかしら?
こっちへ着いてもう何週間も音沙汰が無いわよ。」
「部隊の受け入れで少々揉めているようですね。」
「何故?」
「出向の条件を知っていますか?」冷笑気味にヤミは答えた。
「えーっと、指揮権はこっちの軍に委ねる、但しUSNA軍への攻撃は禁止されているわ。」
「そう、その『USNA軍に攻撃できない』と言うのが問題のようです。」
「???」
「パラサイト事件の時は関与をマスコミに暴露されるまでUSNA軍の関与は分かりませんでした。
2月のテロも関与している可能性が高いとこちらでは見ています。
ですから安易に貴女を出撃させて後であれはUSNA軍の秘密作戦だった、責任を取れ。
といった事態を懸念しているようです。
ですがご安心ください、実験部隊に配属されるようです、実戦が無ければ安心という訳ですね。」
「実験体!!!」おびえた様子で言うリーナ、それにくすくす笑いながら返事をするヤミ。
「戦争中じゃあるまいし命に係わるような物はありませんよ。
ただ連日へとへとになるまで力を使わなければならないだけで。」
「…十分に非人道的じゃない。」
「良いじゃないですか、俗に言うつぶしが効くんですから。
非魔法師ならその場で首、いやそもそも雇う事すらしませんよ。」
一日中意志や志向に関係なく持てる力を使い続けるのは奴隷的と思っているのだろう。
あるいは工場で自分に必要ない製品を作り続けるロボットだと言うべきなのか。
「分かった、分かりましたよ、じゃあもうすぐこっちの身分証を発行してくれるのよね。」
「はい、短期在留資格ですが。」
「…つまり旅行者って事?」
「ええ、軍の研究に直接かかわる訳ですからしっかりとした身元保証が必要です。
そうでない場合は必要なくなるまで社会的に消えてもらうのが一般的ですが。
なぜならテスターが触れる物は基本的には統合されていて機密そのものです、盗まれる訳にはいきませんからね。」
「…そんなの外国人の私にやらせていいの?」
ヤミはその回答におかしそうに返事をした。
「ええそうですね、これは一般に信じられている話をしただけですよ。
大体魔法師は一万人に一人の希少な人材です、使いつぶすにはもったいない存在ですから。
恐らくは武器の耐久テストあたりだと思いますよ、ライフルの連続耐久テストと考えれば良いんです。」
「10万発撃たされるあれ…、それはそれで嫌なんですけど。
じゃあ学生なんかに出来ないの、旅行者だと住居の関係で沢山買い物出来ないじゃない。」
「何をそんなに買う積りなんですか?」
「服やアクセサリー、小物や雑貨ね、こっちにはかわいいものが多いから。
頻繁に引っ越すのが前提だといろいろ買いにくいのよ。」
「長期に学校に行きたいとなると潜入の技能がかなり必要ですが…
そのあたりの技能は大丈夫ですか?」
「それも併せてお願い。」
「…一緒に頑張りましょうか。
他に何か希望は有りますか?大抵の事はかなえられますよ。」
「……なら達也、知ってると思うけど一校の司波達也に会いたい。」
「…会ってどうするつもりですか?負けた腹いせに復讐でもするつもりでしょうか…」感情を抑えた声でヤミは言った。
「何故それを!!!その件は極秘のはずよ。」
「達也さんのレポートは読みましたから。」
「!!!ならあなたは四葉の関係者なの!」
「はい、達也さんとは親戚ですね、お爺様が同じになります。」
「そうなの…そういえば深雪にどことなく似てるかも。」
その言葉に少女は微妙に嫌そうな顔をして続けた。
「ですから会って何をするつもりなんですか?」
「…具体的には決まってないわ。今はただ話がしたいだけね、
でもできるなら別の形でも良いからリベンジしたい気持ちはあるわね。」
「…するとさらに長期になりますね。…であれば何か接触する理由は無いですか?最悪嘘でもかまいませんが。」
「………なら良い物があるわ。こちらで根回しをすれば大丈夫だと思う。」
事情聴取を終えた文弥はその足で達也の家に向かった。
少し遅い時間だったが以前に言質は取ってあるから連絡なしで訪問してもOKのはずだ。
深雪姉さんは三校に行っているはずだが達也兄さんは一校に通っているのでここにいるはず。
だが家には誰もいない、警備会社のアナウンスで長期に家を空けているらしい。
訳が分からない、だけどとりあえず葉山さんに一報は必要だろう。
素早く近場の専用通信施設に移動したが、姉と報告書の内容で揉めた事で少し遅れた。
怒られるかも、と思いながら専用回線を開いた。
だが通信相手は葉山ではなく真夜だった。これは本格的に怒られるかも、と気を引き締めた。
「ご苦労様、その方向でお願いしますね。所で文弥さん、『貴女』がそのまま担当するの?」
美しく女装した文弥を見ながらおかしそうに真夜が言った。
「い、いえ、相手は女性ですから姉に任せようかと。
えーっと、所で達也兄さんはどうしたんでしょうか?家にはいませんでしたが。」
自分に話が回ってきて慌てて疑問に思ったことを聞いてしまう。
真夜はそれを聞いてしばらく考えてから言った。
「文弥さんは黒羽家の次期当主ですからお話ししてもかまわないでしょう。」
かいつまんで達也と深雪の事を文弥に話した。
「で、では姉にもまだチャンスが…」文弥が言いかけたがそれをさえぎって真夜が言った。
「亜夜子ちゃんはあきらめてしまいましたから、それは有りえません。」
「ですが姉はあきらめきった訳では有りません。今も引きずっています、四葉の為を思って我慢しているんです。」
その言葉に真夜は少し考えてから言った。
「では亜夜子ちゃんが自力でこの情報にたどり着き、そして自力でどうにかするなら考えましょう。」
「あ、有難う御座います。」
「但し自力でですから、『貴女』が告げるのはなしね。
そうだ、気が付く可能性がある今回の件は今後は全て文弥さん、貴女がやりなさい。」
「…はい。」
「貢さんには話を通しておきます、この件はあなたが専属でお願いしますね。」
真夜は女装した文弥をじっと見つめてから言った。
「今まで気づかなかったけど、本当に少し深雪さんに似てるのね。
親戚なんだから当たり前なのかもしれないけれど。」
そして真夜はおかしそうに笑いながら文弥にある事を命令したのだった。
一週間後、文弥は横浜駅近くのビルの裏手に身を潜めていた。
文弥は荒くなった息を懸命に整えていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、予想はしていたんだけどまさかこれほどとは…」
文弥は最後までしゃべることが出来なかった。
いつの間にか後ろに回り込まれていたらしい、口をふさがれ体を拘束された。
「ん、んんん」文弥はもがくが身動きが取れない。
囚われの文弥、いったいどうなってしまうのだろうか。