防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-72 病院のベットの上で

吉祥寺真紅郎は病院のベットの中で外を眺めていた、彼には今他にする事も無いのだから。

佐渡の事件からそれなりの時間が過ぎた、やった事は後悔してはいないが今後には問題がある。

病院の最終結果は今日出る、ただ静かに真紅郎はその時を待っていた。

 

「ジョージ、聞いてきたぞ。」病室に入るなり元気よく将輝が言った。

その声に真紅郎は振り返らない。

「今日は茜も連れてきたぞ、今は落ち着いているから前回のような事にはならない

その言葉にようやく真紅郎は振り返った。

見つめ合う真紅郎と茜、だが穏やかな真紅郎に対して何か言いたげな茜。

しばらく睨み合いのような状態が続いたがこの雰囲気に耐えられなかった男が一人。

「花瓶が空いているな、なんか花を買ってくる!」将輝はそう言うと外へ飛び出した。

将輝のこの行動で雰囲気は一気に弛緩した。

「…茜ちゃん、何か言いたいことが有るのかな。」漸く真紅郎が茜に言った。

「…どうして、…どうして深雪さんの治療を受けないって言ったの!」最後には絶叫するように茜は言った。

 

この時茜はあの時を思い出していた。

佐渡から帰ってこっちの病院で診てもらったが真紅郎君の状態が思わしくなかった。

その事で情緒不安定になった私は自宅待機に。

病院には母が常駐し替わりに家の事は私に任されることになった。

当面することが出来てそれはそれで助かった面は有る。

その後十文字家の医師団が来て安心したのもつかの間、治療は出来ないと聞かされ絶望した。

そんな時だった、深雪さんが家を訪ねて来てくれたのは。

「すみません、ご当主様は在宅でしょうか?」深雪は茜に尋ねた。

「いえ、父は病院に行っていて今はいません、言付けが有れば伺っておきますが。」

「そうですか、こちらで用意した吉祥寺さんの治療の件です。

こちらの治療師は大学院生ですので、そろそろどうするかを決めていただきたいのです。」

「どういう事ですか?」

「ですからこちらで用意した治療師を使われないなら早めに連絡をお願いします。

治療には時間が掛かりますからこのままでは学業に影響が出そうです。

方針だけでも早めに連絡していただけませんか。」

「…そうですか、父には伝えておきます。」感情を抑えて茜は言った。

深雪が帰るのを見届けた後、茜は病院へ急いだ。

「お父さん!、深雪さんから聞いたよ、何で治療しないの!!」病院の応接室にいた父に茜は詰め寄った。

「…落ち着け茜、ここは病院だぞ。」声を抑えて剛毅が言った。

「そんな事より真紅郎君だよ、何故深雪さんに治療させないの。

そう言えばどこより早く来たけどもしかして的外れだったの?」

「そうではない、もしそうなら早々にお帰り願っているよ。

診断書は十文字家のそれと大差ないものだった。」

「ならなぜ?」

「正確だった、まさにそれこそが問題なんだ。

正直な所はどちらともいえない、が俺の答えだデメリットが大きいからな。

母さんは消極的賛成、後の事はそれから考えればいい、そうおもっているらしい。

だが本人が治療を強硬に拒否しているんだ。」

「真紅郎君はどこ、私が説得する。」語気を強めて茜が言った。

剛毅はこうなったら茜は引かない事を知っている、頭を掻きながら茜に言った。

「分かった分かった、案内しよう、だがくれぐれも静かにな。」

離れになっている病室へ剛毅は茜を案内した。

そこには母の美登里が居た、真紅郎はベットの上で眼鏡をかけている。

真紅郎の視線がせわしなく動いている、やがて傍のスピーカから声がした。

「アカネチャン、ヒサシブリダネ。

キョウハドンナヨウジカナ。」悠長な合成音が流れる、。

真紅郎はベットから動かない、表情すらあまりなく本人ではなく人形が横たわっているみたいだった。

「真紅郎君、深雪さんの治療を拒否してるって本当なの?」

「ソウダ。」

「何故?治るかもしれないのに!」動かない真紅郎に茜は動揺を隠せない。

「アノチリョウニハモンダイガアルンダヨ」

相変わらず全く動く気配すらない真紅郎、茜は部屋を歩き回りドンドン挙動不審になっていく。

「どうして、良くなるのに何の問題があるの!!!」茜はヒステリックに叫んだ。

ここで茜の意識は途絶えた、次に目が覚めたのは自室のベットだった。

それから今日まで茜は真紅郎と会うことは出来なかった。

 

将輝は部屋を飛び出したが直ぐに帰ってきていた。

もちろん茜の大きな声に危機感を覚えた為だ。

隠れて部屋の様子をうかがう、病室は外に音が漏れやすい作りになっているから簡単な事だった。

将輝は二人に隠れて会話に耳を傾けた。

 

真紅郎は自らベットから降り窓際へ。

それを見た茜はやっと安心したようで真紅郎に声をかけた。

「順調に回復してるって聞いてはいたけど自分の目で見るまでは安心できなかったよ。

おめでとう、退院の許可が下りたよ。」

真紅郎は頷いた。

「でもよく治療を了承したね、あんなに嫌がっていたのに。」

「美登里さんに言われたんだよ、後の事は後で考えれば良いって。

将来迷惑が掛かるかもしれないけど治療しない事で十分迷惑を掛けているってね。」

「さっきの質問に答えるよ。

茜ちゃんには言っておくべきかもしれないから。」

「…何を?」真剣な表情の真紅郎に茜はやや押され気味だ。

「茜ちゃんは今回の事はどこまで知ってるの?」

「詳しい事は何も、深雪さんが治療師を用意してくれた事ぐらい。」

「そうか、一つ誤解を正しておくよ、治療師を派遣したのは四葉本家だ。

さらに言えば僕がまだ佐渡にいた頃に手配を済ませていたらしい。」

「えっ。」

「そう四葉はそんな時間に状況を正確に把握していたんだ、次期当主が一緒だから当たり前かもしれないけどね。

2月のテロの時に将輝に聞いていたけれども恐るべき諜報能力だよ。」

「でもそれは分かっている事じゃない、真紅郎君も診察を受けたんでしょう?

十文字家と同じ診察結果だったし信用しても良いんじゃないの?」

「僕は診察を受けていないよ、前回茜ちゃんに会った時にはね。

こっちに来た時にはすでに持っていたらしい、ここまでくると驚きを通り越して恐怖だね。」

「…それが原因なの?」 

「それも有る、アンタッチャブルの四葉それは誇張じゃなかったんだ。

だが問題はそこじゃない、今一条家と四葉家の関係は良いとは言えない。

ハッキリ敵対とまでは言えないかもしれないが、次期当主の婚姻に物言いをつけた訳だからね。」

「…それで。」

「四葉家としては100%善意で今回の事をしたとは思えない。

そして四葉の治療は僕に精神魔法をかける事だった、抵抗せずに受け入れろと言われたよ。

四葉の前身の第四研は精神をテーマにしていたからそれらしいんだけどね。

だから何をされるかこっちには全く分からない、術を受け入れるという事は何でもありだ。

おそらくはバックドアを仕掛けられているんだろうと予測しているよ、これは剛毅さんとも一致している。」

内容が理解されるごとに茜は震えだした。

「バックドアを仕掛けられると四葉に自由に操られるだろう。

そしてそれは一条家には害でしかない物だ。

剛毅さんは自分がその立場なら術を受けて早めに将輝達に家督を譲る、と言っていたよ。

十文字さんは今の将輝の年には当初代行、実質的には当主をしていたらしいからね。」

「……で真紅郎君はどうするつもりなの?」

「今は何もしない、将輝を応援して彼女と結婚させるだけさ。

でももし…」

「もし?」

「もし将輝が彼女と別れる事になったら…

僕は一条家から身を引くよ、この家からは距離をおき二度と会わない。」

「そんな…」

「もし、万が一そうなったら僕は一条家の時限爆弾になる。

僕の意志でなくてもこの家に迷惑をかけるのは他の誰が許しても僕自身が許せないから。」

「…」

「だからさ茜ちゃん、将輝を応援して何が何でも彼女と結婚させよう。

そうすれば何も問題は無いよ。」

「…真紅郎君」茜はそう言って抱きついた。

 

将輝は静かに聞いていた、ジョージの恐るべき告白を。

こう聞くと改めて四葉の恐ろしさを再認識させられる。

『絶対に負けられなくなったな』将輝は秘かにそう思った。

 




将輝も覚悟は決まったでしょうか。
これから他の相手にも…
何故なら神のごとき者(達也)と傾国と言うより世界を揺るがす美女(深雪)の間に割って入ろうと言うのですから。

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