防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-07 新ソ連

新ソビエト連邦黒海基地、4月4日午前11時。

イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフはこの基地を訪問していた。

「ようこそベゾブラゾフ博士、急なお願いにもかかわらずよくぞお越し下さった。」

「閣下、ご無沙汰しております。」

レオニード・コンドラチェンコはそう言い基地内にある私室に招き入れた。

5つ星ホテルに引けを取らないその部屋にはすでに紅茶の用意がされていた。

「博士は酒を嗜まれないと聞いておりますので紅茶を用意させました。」

「不調法で申し訳ございません。」

部屋付きの従卒がサモワールから紅茶を入れ二人の前においてから部屋を出る。

二人はそれぞれに紅茶を楽しんだ。

 

「そろそろ私をお呼びになった理由をお聞かせ願えますか。」とベゾブラゾフ。

「当基地における昨日の暴動」コンドラチェンコは言いかけた。

「ちょっと待ってください、その件は初耳ですよ。」ベゾブラゾフは立ち上がり叫んだ。

「待ってください最後まで話をさせてください。」とコンドラチェンコは宥めた。

「失礼しました。」と言ってベゾブラゾフは座りなおした。

「この暴動はほぼ未遂で終わっております。」

「ほぼ?」

「中止の連絡が届かず、ごく一部の兵士だけが蜂起しました。

お蔭で計画が有る事が分かったという訳です。」

「蜂起の理由は何でしょうか?」

「表向きは非魔法師の兵士の待遇問題の様です。」

「表向きとは?」

「兵隊とは常に不満を抱えているものです。

戦争中なら矢面に立たされる、平和ならごく潰し扱い。

軍拡なら新兵の分も責任を負わされ、軍縮ならリストラに怯える。

ロシア帝国、ソ連、共和国、新ソ連を通してこの手の不満が無かった時は無いでしょう。」

「とすればまさかあのルーマニアの…」

「ご安心くださいその件は我々も徹底的に調べましたが『ドラキュラ』の仕業ではありません。

国外勢力ではなく、あの自称解放軍の仕業の様です。」

「あの『再分離独立派』などと称している連中ですか。

ですがあの連中は勢力を失ったのではないですか?」

「さよう、貴男がウラジオストックに赴くことになったあの事件、大亜連合が日本に大敗したのと時を同じくして

急速に勢力を失ったある意味わかりやすい連中ですな。」

「ですが何の為に、この基地には戦略級魔法師がいる事は分かっているはずなのに。」

「じり貧になった奴らの示威行為の様です。

『我々は未だ負けていない、戦略級魔法師なんか怖くない』という事のようです。」

「なるほど、それならば理解できますね。

ですがそれが理由なら中止した訳が気になりますね。」

「それこそがわざわざお呼びした理由に繋がるのです。

連中は東へ向かったようなのです。

国境を越え中央アジアに逃げたとする見方を軍内部ではしているようです。

ですがこの動きは私はおかしいと思っています。

私に向かってくる気概のある連中がむざむざ逃げるとは思えないのです。」

「確かにその通りです。」

「ですから連中のスポンサーたる大亜連合に何か有ったのではないかと私はにらんでおります。

ごく最近、何か動きは有りませんでしたか?」

「そう言えば、4月に入って軍を再編する動きが活発化しています。

鳴り物入りで導入した新型直立戦車なんかを基地から運び出しているようです。

大亜連合ご自慢の万能陸戦兵器と言う触れ込みでしたが、日本軍に大敗した訳ですから当たり前なんですが。

日本と講和したこのタイミングでリプレースするんでしょう。」

「その戦車の行き先は?」

「流石にそこまでは。おそらく内陸にある廃棄場でしょう。」

コンドラチェンコは考え込んだ。

黒海から東へ向かった反乱分子、北京から西へ向かった廃棄予定の戦車。

そのまますすめばいずれ両者は交わる事になる。

「まさか奴らの狙いは…」

「考えすぎ、と言い切るには無理が有りそうです、でどうされますか?」

「モスクワに伝えて国境監視を強化する、守りを固めるぐらいしか手は無いだろう。

博士には大亜連合の動きに注意していただけますかな。」

「分かりました、暫く注意しておきましょう。」

「よろしくお願いします。所で本業の方は如何ですかな。」

「あれ以降現象は観測されていません。」

「術者の特定の方は進展していますか?」

「本命は吉祥寺真紅郎と一条将輝ペアー、次点で司波深雪ではないかと。」

「根拠は有るのですかな?」

「あの現象の観測例は少なくはっきりとしたことはまだわからないのが現状です。

そしてその現象は現在のどの物理法則にも当てはまりません。

観測できたのは2回、半島の地形を変えたあれとそれに先立って横浜沖で逃走中の偽装艦付近で起こったと推定される現象です。

二回共に大亜連合がターゲットでした、これは自然現象ではありえないです。

ですから術者の条件はあの時横浜にいた強力な魔法師であること。

その後軍事拠点を攻撃している事から軍とつながりが有る人物ですね。

この条件にあてはまるのが一条将輝です、しかし使用する魔法の傾向がいささか異なっています。

ここで彼の親友、魔法研究者の雄の吉祥寺真紅郎をかけ合わせれば可能ではないか、と考えております。」

「なるほど、では司波深雪についてはどうなのだ。

あれについては何も分かってはいないのではないか?」

「逆にその事が次点の理由です。

あれについては不明な点が多いですが、唯一その強大な魔法力は広く知られております。

『あの四葉』の次、規格外の力を有していてもおかしくないですから。」

「なるほどなるほど、そこまで分かっているのなら何か手を打たれないのですかな。」

「佐渡の件が有りますからなかなか難しいですね。

今は監視を強化して介入できるチャンスをうかがっています。」

「流石と呼ばせていただく、近いうちに成果が出る事を期待しておきましょう。」

 


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