この日、真由美の家に美輪とキョウコが集まっていた。
理由は簡単、さっき達也から紹介された人物について話し合う為だ。
達也の住み込みのメイド、そう紹介されたのだが…
ただ三人の反応は様々だった、真由美は怒っている、キョウコは困惑している、美輪は興味津々だった。
達也は推薦が決まり軍務からもほぼ解放されて、暇を持て余している、と思われているが実はそうでは無い。
真由美や美輪とのデート、雫のフォローで毎日それなりに忙しかった。
真由美が襲撃されて少し頻度が下がったのが救いだとは言えたのだが。
そんなある日、達也は受付から来客を告げられた。
その名前に少し緊張しながら二階の来客用スペースへ向かった。
奇抜な格好には目もくれずに達也は相手の前に座った。
「お久しぶりと言うほどではありませんね、達也様。」
「用件は何だ?」簡潔に達也は聞いた。
「これを。」そう言いながら手紙を差し出した。
封を開けて手紙を読む達也、やがて読み終わったのか顔を挙げた。
「四葉真夜様からの推薦状です。
雇っていただけますか?」
「一つだ聞きたい、また彼女に手を出すつもりなのか?」
「直接手を出すつもりはありません、真夜様にもそれは念を押されていますから。
それに無理やりあなた様に結婚を迫る事は有りません、ただお傍に居られれば良いんです。」
「直接?、ああそれでその服装ですか。」
「ええ牽制ぐらいはさせていただきます。
ですから私に手を出していただいてもかまいません。」
「…野放しにしているよりはましか、分かりました貴女を雇いましょう。
ただし約束は守っていただきますよ。」
「承知いたしました、ご主人様。」
「ところでさな・」
「私の事はただのメイドとお呼びください、ご主人様。
気を付けたつもりですが前の事が発覚するのは互いに問題です。
それに今の私は過去のしがらみから解き放たれていますから。」
「了解した。」と言って達也は受付でメイドの入館手続きをした。
達也が四階へ戻るとそこにはそこには三人が待ち構えていた。
(二階のゲストルームは天井カメラでモニターできるのだ。)
三人は達也の相手に興味津々だったがその服装で絶句した。
相手は大きめの帽子を被っていて顔は良く見えない、ただ真っ赤な口紅を付けた口が印象的だった。
服装は黒っぽい(実は濃い紫)のワンピース、白の手袋とストッキング。
何が驚いたのか、それは彼女がフランス王妃カトリーヌ・ド・メディチの遊撃親衛隊を彷彿とさせる衣装だったからだ。
彼女は目礼だけして達也の家に入って行った。
達也はそれに続こうとするが真由美に呼び止められる。
「達也君、あれ何?」ドスの利いた声で言った。
「見ての通りメイドです、明日にでも紹介しますよ。」と言って達也は家に入って行った。
ここでこの話の初めに戻る。
「膝上丈のスカートなんて、おまけにあの胸元!!
信じられないわ!!!!」
ここで彼女の服装を改めて記述する。
スカート丈は膝上5cm、胸元は谷間を強調する様に高く大きく開いている。
背中は大きく開いている、但し尾てい骨が見えるほどでは無く肩甲骨が見えるぐらい。
だけれども寒冷化から戦争を経て激変したファッション感覚の中で育ったお嬢様の二人には過ぎた刺激だった。
「達也君はあんなのが好みだったのね。」嫌そうな声でキョウコが言った。
「えっ、お兄様はあれが好みだったんですか?キョウコさん。」美輪はそう言って情報端末をいじりだした。
「よ、良くは知らないけれどメイドにあんな格好をさせているんだからそうなんでしょう。
まったく男ってやつは大きい胸が好きなんだから。」美輪に聞かれない様に最後は小声で言った。
ちなみに胸は真由美がトランジスタグラマー、響子がスリム、美輪は希少価値だ。
「そうかなぁ?達也君のイメージには合わないわよ。」と真由美。
「だけどメイドの服は使用者が決めるのが普通じゃないかしら?
達也君は今一人暮らしよね?だったら達也君が決めたんじゃないの。」と響子。
「それはそうかもしれないけど……とにかくあんな破廉恥な服はどうかと思うの。」と真由美。
「それはわたしも・」響子の言葉にかぶせるように美輪が言う。
「流石ですお兄様、最新ファッションを取り入れるなんて。」
検索して探し出した映像を大型ディスプレイに映し出す美輪。
そこにはあのメイド服に似た最新ファッションのニュースCG画像が大量に表示されていた。
(メイド服コレクションではなく、あくまでスカート丈、胸元、背中あたりの事を指しています。)
寒冷化を経てファッションが激変したのに検索するとなぜこんな映像が大量に出て来たのか、それはこんな理由があった。
ファッションは、確かに寒冷化しそして20年続いた戦争の影響で変わった。
だが現在はその状況は大きく変わったのだ、寒冷化も止まりそして最後まで残っていた大亜連合との講和も締結された。
つまり現在は肌を隠すファッションの前提条件がすべて解除された事になっているのだ。
それとこんな説を読者はご存じだろうか?
『スカート丈が短くなると景気が良くなる。』
経験則ではあるのだがそれなりに信じられている説だ。
大亜連合との講和締結、それで景気を引き上げたい政府が主導し、ファッション業界が相乗りする形でトレンドを変化させたのだ。
現在は徐々にではあるが開放的なファッションに国を挙げて移行しようとしているのだ。
(現実として流行のファッションとは言わば業界のある種のお約束の上に成り立っているのだ。
メディアを見て先端を気取るのは、実は誰かに踊らされただけの愚かしい事なのかもしれない。)
ならばなぜ真由美たちはそれを知らないのか?
それは未だこのファッションが最先端、言い換えればまだ一部にとどまっているからだ。
真由美はファッションショーを見に行った事もある、軍務に忙しい響子も情報は最低限抑えている。
その感覚で言えばまだまだ奇抜なファッションと言ったところなのだった。
それでは美輪は?となるがこれはまた事情が異なる。
美輪は体が弱くこれまではファッションに積極的に関心を持てなかった。
だが見かけ上だが健康になり最近になってようやくファッション情報に触れる事になったのだ。
つまり美輪はこれまでのファッションの経緯をほとんど知らない、現在の端末の情報がすべてなのだ。
そして往々にしてメディアはショッキングな話題を取り上げ易い。
その為メディアには実情以上にこのファッションが取り上げられていた。
実際はショーの一割程度なのだがメディアに乗る時には三割に、それをそのまま信じると流行のファッションに見える。
最近になってそれを見た美輪はそれを素直に信じてしまっているのだ。
大型ディスプレイに次々と現れる問題のメイド服と似たような最新ファッション。
単品ではスカート丈は10cmの物も、胸元は先端が見える物、背中はもう少しで尾てい骨が見える物まであった。
流石の真由美と響子もその映像を見せられれば口をつぐまざるを得ない。
それを見て美輪は満面の笑みを浮かべ手を叩いて言った。
「そうです、達也様のお気に入りなら私も。」
コッソリと『ご主人様、憧れます』と小さくつぶやいていた。
「メイド服を着るなんてそんな事、認められません。」と響子。
大物の娘にそんな格好をさせたと分かればどんな事になるかは予想が付かない。
「お兄様に喜んでもらおうと思いましたのに。」ガッカリして美輪が言った。
「ですがそれとこれとは話が別です。」と響子。
「でしたら他にお兄様の好きな衣装を知りませんでしょうか?」
この言葉に響子は返す言葉が無かった。
達也との付き合いはこの中では一番長い、けれど軍務がほとんどで響子はそれに必要な格好をしている。
それ以外の場合も達也と軍との関係を知られないように極力目立たない事を基準に選んでいた。
これまで達也の好む女性服と言う概念は響子の頭の中には無かった。
そして真由美はと言うとこれも微妙だった。
月一の会議は真由美の服装の話題になったことは無い、もともとテロ対策から始まった物だから当たり前ではあるが。
それ以外で達也に私服を見せた時は、もはや黒歴史になっている京都での泥酔、妹たちの入学式、更衣室の水着騒動など。
思わず首を振り悪夢の回想を振り払う、他はと考え漸く思いだした事がある。
二年前の九校戦の時だ。
あの時は服部が赤面する様な大胆なサマードレスを達也は褒めてくれた。
そう考えると案外あの大胆すぎるメイド服は達也の好みなのかもしれない。
「案外あの服は達也君の好みなのかも…」と真由美は呟く。
「やっぱりそうなんですかーー」と身を乗り出して美輪が言った。
真由美は乞われるままにそのエピソードを語って聞かせる。
翌日、三人は達也の家を訪ねていた。
昨日のこともあり真由美は一応は怒りの矛先を収めていた。
話題のメイドは達也の後ろに立っていた、帽子を目深にかぶり口元しか見えないのは昨日と変わらない。
メイドが言った。
「初めまして、昨日からご主人様のメイドになりました。
ご主人様とは末永くお付き合いをさせていただきますのでよろしくお願いいたします。」
まるで結婚の挨拶みたいなセリフに真由美が切れて言った。
「どういう経緯でそうなったのかしら?
この家の最新型HALなら本来はメイドさんなんか要らないでしょう、私の婚約者の達也君。」
「それは・」達也の言葉をさえぎりメイドが言った。
「本来ならそうでしょう、ですが皆様方のお世話でご主人様は大変お忙しいご様子です。
ですからこの忙しさが続くならご主人様にはメイドが必要と考えております、これは四葉家でも同じ意見です。
そこで私が立候補しました、私の情熱は真夜様もお認めでございます。
で昨日ご主人様にも認められて晴れてメイドとなりました。」
この言葉に言い返せない真由美、苦し紛れなのかこんな事を言った。
「室内なんだから帽子を取ったらどうなの?
厳密に言えばマナー違反じゃないかもしれないけど。」
そのメイドは確かに帽子を被っている、その所為で口元しかよく見えない。
「お見苦しいかと思いましたのでこうさせていただきましたが、要求されれば仕方がありません。」
そう言ってメイドは帽子を脱ぐ。
その下は黒のレザーマスクだった、目にも布が掛けられ耳まで覆っている。
つまりこの状態で顔認証は不可能なのだ。
それに驚く女性三人、メイドはさらにマスクに手をかけその場で一回転する。
ふわりと舞い上がるスカート、メイドが前を向いた時にはマスクは取られていた。
整った顔立ち、だがその顔には際立った特徴があった。
額から右頬にかけて一直線の傷、右目は閉じられたままだおそらく刀傷が右目を貫いているのだろう。
固まっている三人を見てメイドはいたずらっぽく笑うとマスクを被りなおした。
「彼女には家の中の事を任せるつもりだ。」と酷く冷静に達也。
「な・な・な」真由美はうまく言葉にならない。
「はいお任せくださいご主人様。」
「な・な・な、何ではいてないのよ!!!」とようやく真由美は絶叫した。
「今まで和服だった物ですから違和感が有るんですよ。」
「男の子と一緒なのに!
で、で何かあった時にもしも見えちゃったら…
さ・更にあんな事になるかもしれないのよ!」
「軍隊の様に一緒に暮らすのですから見られるのは当たり前ですよ。
で、何かとは何のことでしょう?」
「お・男と女が一緒に暮らしていたら起きる問題よ。」顔を赤らめて言う真由美。
「私はメイドとしてご主人様の要望は全てかなえて差し上げたいと思っております。
それにお嬢様方と問題を起こす事に比べればそれは無視できる事かと。」
「達也君、説明を。」真由美は矛先を達也に換えた。
「説明と言っても彼女の言う通りですよ。
俺が忙しいのは事実ですから家の中だけでも助かります。」
達也にしてみれば危ないメイドは近くで監視していた方がありがたい、四葉の監視役も兼ねているならなおさらだ。
「あ・あの服装は…」
「下着の事ですか。」
「そ・そうよ」
「見栄えや機能の問題がある外側ならともかく内側ですから強要は難しいんじゃないですか?
それとも俺が『不快感を我慢してこれを着ろ。』と命令すれば良いと?」
「それは…」真由美はそれっきり押し黙った。
ちなみにボトムレスなメイドさんですが、トップはちゃんと付けています。
寄せて上げて詰めて真由美に対抗しています。
その間美輪はメイドと服装の話している、達也の好みかも知れないそれに興味が有るのだろう。
キョウコは黙ったままだ自身の思考に没頭している様だった。
一方達也は意図を問い詰めていた。
「あの挑発はやり過ぎでは?」
「予想通り顔に注目が集まりませんでしたからあれで成功です。」
と言ってマスクを取り右目に張り付いていた物を取った。
「これで私の身元に対する追及はもう無いでしょうから。」と言っていたずらっぽく笑った。
「くれぐれも手出しは無用ですよ。」達也は釘を刺した。
「ええ分かっておりますとも。
私からは何もしません、私からはね。」
「反撃もなるべく避けて欲しいんですが。」
「ご主人様がやさしく慰めていただければ、ベットでして頂けたらそんな事はしないでしょう。」
そう言ってメイドはいたずらっぽく笑った。
「…善処します。」達也は憮然として答えた。