防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-79 アンジェリーナ

「深雪?」ヤミに呼び出された場所でリーナは訝しげに言った。

「いえ、私ですよリーナさん。」

「えっ、えーー!」その声に驚くリーナ。

「それが普通の反応ですよね、達也兄さんはどうなるっているんだか。

これは貴女の要望をかなえるためですよ。」

「要望?」

「ええリーナさんは達也兄さんに会いたいと言っていましたよね。

いろいろ検討した結果、コスプレイヤーとして兄さんに会っていただくのが良いと判断しました。

こうすれば結果的に身バレする事をさけられますから。」

「うん、んーという事は私も?」気が付いて驚くリーナ。

「理解が早くて助かります、これを。」と言って深雪に似せたかつらとカラーコンタクトを渡した。

「うーん」かつらを手に唸るリーナ。

「魔法も考えましたが持続時間、二つの姿を使い分けるのは問題があると判断しました。

もし貴女が例えば24時間魔法を維持し、瞬時に二つの姿を完璧に使い分けられると言うのなら考えますが。」

「流石にそれは難しいわね。」

「じゃあ次はメイクですね。」ヤミはにやりと笑い言った。

「メイクなんかしなくても良いじゃない。」嫌そうにリーナが言った。

「去年にこっちに来ていなければそれでも良いかもしれませんが。

知り合いに会う可能性を考えていますか?」

リーナはナチュラルメイク派だ、BBクリームとリップで済ますことも多い。

軍隊所属だし元が良いのでこの程度のメイクで十分なのだ。

「私、メイクは苦手なのよね。」少し弱気でリーナは言った。

「それに関してはお手伝いします、ですが最終的には自分で出来る様になっていただきますから。」

 

「ぷっ」達也は会うなり思わず吹き出した。

「何よう、もう。」リーナは怒って見せたが勢いがない、自分でも自覚しているからだろう。

「すみません達也兄さん、頑張ってみたんですか時間が無くて。」

「流石にあれはキツイわ。」リーナが小声でぼやいた。

一昨日、リーナは軍の実験で極限まで魔法を行使させられたのだ。

そのストレス解消にヤミは達也との会合を急遽設定したのだった。

「リーナは元が良いんだから無理に深雪に似せる必要はないと思うぞ。」リーナを見ながら真顔で言う達也。

「そ、そぅ。」達也の言葉に少し照れるリーナ。

「具体的にはどうしましょう達也兄さん。」

「顔の造形は対称性を上げる方向で、化粧は厚めにする、ただしリーナが似合う方向だ。

深雪に似せるのは髪と服装程度で良いんじゃないか。

同志全員が同じクオリティは違和感があると思うぞ。」

「それで大丈夫ですか?」

「もう少しすればハッキリ分かる、詳しい話はその後で。」

この言葉にヤミはうんざりした表情を浮かべた、当然リーナは訳が分からない様子だったが。

 

五分後、密談用の喫茶店に一人の人物が入ってきた。

いつも通り少し話しただけで帰って行った。

暫くあっけにとられていたリーナだったが漸く一言呟いた。

「何あれ?」

「見た通り俺へのお目付け役だな。

やはりリーナを見ても関心を示さなかっただろう?」

一瞥しただけで深雪と異なると判断した所為かリーナは無視された状態だった。

「でも驚いたわよ、いきなり知り合いが現れたんだから。

今回相手は気付かなかったけど名前からバレるかも知れないわ。」

「確かに、どうしましょう達也兄さん。」

「…ヤミもか…

カモフラージュする必要があるからヤミは呼び名は『深雪』しかないだろう。

問題はリーナだな、深雪になりきっているという設定だからあまり違うのは問題だ。」

そう言い達也はリーナの顔をじっと見つめた。

その視線にリーナがそわそわしだす頃、達也が言った。

「白いから雪、SNOWの雪で。」

リーナはその言葉が分からず首をひねっている。

ヤミは達也にコッソリ聞いた。

「なぜそんな名前に?」

「深雪のコスプレイヤーなんだから深雪以外では少しおかしい、俺の所まで押し掛けるほどの熱の入れようのはずだからな。

だが二人とも深雪では区別が難しい。

レイヤーとしては半端者だから半分の雪、白いはこじつけだな。」

「なるほど…奴はこの任務に就かせないから構わないか。」ヤミは後半は小さくつぶやいた。

リーナが再起動する前にヤミが言った。

「リーナさん今日からこの格好をしている時は貴女は雪、です。

雪のように白くて綺麗だからちょうど良いでしょう。」

綺麗に反応してリーナは達也を見た、達也は空気を読んで頷く。

その答えに真っ赤になって頷いてしまう。

「それから私の事はこの姿の時は『深雪』と呼んでください。」

 

再び雪(リーナ)が再起動するのにそれなりの時間が掛かった。

「で今回連れて来て何の用だ?」達也は深雪(偽)に向かって言った。

「雪(リーナ)が話が有るそうなんです。」

「えーっと」深雪(偽)の方を見て言いよどむ。

「私は席を外しましょう。」と言って深雪(偽)は席を外した。

深雪(偽)が消えてからしばらくしてようやく雪(リーナ)は口を開いた。

「ねえ達也、あの時の言葉を覚えてる?」

「あの時?」

「一校でパラサイトを始末した後に私に言った言葉よ。」

「…あれか。」達也は顔を引き締める。

「そう、あれをお願いしても良いかなって思っているのよ。」

これはリーナをUSNA軍から抜けさせる(こっちへ帰化させる)事が出来る、と達也が言った事を指しているのだ。

「…今すぐにと言うなら無理だぞ。」

あの時とは達也側の事情は大きく異なっている。

九島烈は失脚し101とも疎遠になっている、そして情報操作の要たる藤林響子とはある意味敵対関係にある。

軍からお目付け役として派遣されているはずの彼女に情報操作を頼む事は難しい。

だがリーナはそれらを知らない、ニンジャマスターの不思議な力とでも思っている可能性が高い。

だがその九重八雲とてUSNA軍と事を構えようとは思わないだろう。

たとえ彼女が修行僧になると言ってもそれは変わらないだろう。

この時達也は内心不味いと思っていた、リーナは状況の変化を認識してはいないのだ。

「もちろん今すぐになんて言わないわよ。

そう言う事も考えているってだけ。」

「ならその気になったら改めて言ってくれ。」

「…私が頼んだ時すぐにできるなら良いわよ。

私ちょっとうんざりしているの。」

ここで雪(リーナ)は本国での学生生活の愚痴を延々と達也に語りだした。

ちなみにこの時点ではリーナは軍を抜ける事を本気で考えている訳では有りません、達也への繋ぎに使っているだけです。

結局リーナが満足するまで達也は付き合わされた。

 

牛山CEOは難しい顔でFLTからの書類を見つめていた。

FLTへの新規CADの開発許可申請書だが予想通り不許可になっている。

理由はいろいろ書かれているが結局は前例が無いだ。

シルバーホーンの売り上げでしばらくは持ちそうだがこのままではジリ貧だ。

牛山本人としてはとにかくお金が欲しい。

自分にCEOは出来ないと感じている、金をためて御曹司と役割を交換したいと思っているのだ。

ストックオプションの代金がかなり入った、その為預託金などはそこまでの金額は必要ないようだからだ。

自分のデスクの前で唸っているとFLTから来客があった。

「お久しぶりです小百合さん。

で、今日はどんな御用で?」

「仕事を持ってきてあげたわよ。」冷たく小百合は言った。

「仕事?直接にですか?」

「機密案件よ。」短く言った。

「では此方で。」牛山は顔を引き締めて言った。

二人は応接室に入った。

「ここなら大丈夫です、お話をお伺いしましょう。」

小百合は黙ってデータカードを牛山に渡した。

受け取った牛山はそれを読んだ、読み終わったのを確認して小百合が言った。

「これはあなたたちへの指名依頼、是非とも受けてもらうわ。」

「…分かりました、我が社でお受けしましょう。」

「詳しい話は相手先で聞いてください。」と言って小百合は出て行った。

 

次の日、牛山は横浜の再開発地区にいた。

だが奥まった場所で達也の住居とはけっこう離れている。

そこで牛山は徳川を名乗る男と会っていた、笑顔だがどこか薄っぺらい印象だった。

「徳川です、受けていただきありがとうございます。

守秘義務について納得いただけましたか?」

「それはもう、で、仕事内容と支払いについてですが。」

「支払いは規定通り、既定の3年より短縮が出来れば別途報奨金が支払われます。

仕事としてはサイオンをなるべく多く取り出して欲しいと考えています。

あなた方が開発した飛行魔法のサイオン吸引スキームは良い出来でした、貴社の技術に期待していますよ。」

「では開発はここで?」

「ええ、被験者はこちらで用意しますがテストは週に2~3回程度を考えています。

ですがテスターはかなりのサイオン保有量がありますから思いっきり吸引してください。

効率化はその後に考えてください、あなた方とは別の実験で大量に使用しますので。

再度警告します、軍がかかわる事案です、機密レベルは最高でお願いします。

違反された場合は相応の覚悟を。」薄っぺらい笑いを張り付けて徳川と名乗る人物が言った。

牛山はその様子に得体のしれない不気味さを感じた。

同時にこの仕事をやる以外に道はない、牛山はそう感じていた。

 


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