防衛大学校の劣等生   作:諸々

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00-84 新年の儀の陰で

四葉の通達が各家に届いたころキョウコは美輪の家にいた。

この時にたまたまいた訳では無く美輪の家に住み込みに変わってしまっているのだ。

美輪とお揃いのショッキングピンクのドレスを着て放心した様に座っている。

どうしてこうなってしまったのか?

それは去年送られて来た一通の手紙から始まった。

 

一通の手紙、それは残高不足を通知する手紙だった。

(金額など個人情報や詳しい話は書かれてはいない、基本詳細はネットで確認してくださいだ。)

何かの間違いか、と響子はその時思った。

(完全自動化されたはずの経理システムだがエラーが0ではない。

時折ニュースでこれは話題に上るのだ、ただ誰かのハッキングの影響ではないかと結論付けられて終わるが。)

手慣れた操作で情報を確認する響子、初めは余裕の表情だったが次第に顔色が青ざめていく。

そして響子は慌てて美輪に連絡し事実関係を確認した。

そう、原因はあのドレス、響子の想像をはるかに超えた金額だったのだ。

ヨーロッパの超一流デザイナーによるオートクチュール(オーダーメイド)だったのだ。

生地も仕上げも最高級、まるでプレタポルテに出品するための品のだったのだ。

一着で家が建つぐらいの金額、つつましやかに暮らしていたとは言え下士官の響子に払える金額ではなかった。

逆につつましやかに暮らしていたからこそ、服ぐらいは買えると思い込んだのが災いした。

オーダーメイドの為返品は利かない、響子は途方に暮れた。

 

ここでちょっと解説。

美輪(五輪澪)は元々戦略級魔法師だった、それも一個艦隊に匹敵する。

魔法大学卒業の一般人、請われて海軍に入ったのだ。

一個艦隊を維持するのには年間数千億(艦艇の減価償却も含む)もの金がかかる、まさに値千金なのだ。

俺と同等の五輪澪には年間数百億を終える金額が支払われている、百金を惜しむなの通り。

(これでも海軍には艦隊を維持するより安い、おまけに機動力が違い過ぎる。

例えば横須賀の艦隊を佐渡に送るには何日もかかるが澪なら数時間だ。)

このため美輪の金銭感覚は一般人とはかけ離れている。

澪の金銭感覚は例えるなら百年前のアラブの王族がそれに近いのかも知れない。

 

響子にはどうする事も出来ずに時間だけが過ぎていく。

やがて家賃の振り込みが滞った時点で実家にバレ、響子の父は烈火のごとく怒った。

美輪と父の話し合いにより、あの服は仕事着として美輪が半分負担し残りは美輪から借金とする事に決まった。

(流石の藤林家でも買取は難しかったのだ、それに元々は美輪はそのつもりだった為この話はスムーズにまとまった。

美輪はキョウコには寸法のデータだけをもらう積りだったが、響子はいつもの癖で支払いまで済ませてしまったのだ。

あの時美輪はキョウコがあの服を気に入ったんだと思っていた。)

その代わり響子は美輪の家に住み込みで働く、それまで響子が持っていた家財道具は実家で引き取る。

ここでの響子の給与は基本返済に充てる事、仕事中は基本仕事着を着る事。

何時もは威厳が有る父が平身低頭する姿を見て響子は唖然とするほかない。

本人そっちのけで決まっていくが響子には何も言えなかった。

落ち込む響子に去り際の父の言葉が心に強く刺さった。

「条件がきつくてお前の相手がなかなか決まらん。

いっそ有力な誰かの愛人にして、子種だけもらい受けるのが良いのかも知れん。」

あまりの言葉に響子が反論しかけると、父の長正がじろっと睨んで言い放った。

「あんな娼婦が身に着ける様な破廉恥な衣装を買うぐらいだ、その位なんでもない筈だぞ。」

古式の名門藤林家としては、膝上10cmの丈のスカートなど娼婦の衣装、と言う認識なのだ。

自身もそういう教育を受けてきた響子はそう言われて反論できなかった。

 

その頃美輪は自身の後見人である達也に事情を説明していた。

但し具体的な事は話してはいない、それはキョウコの個人情報だからだ。

だから達也は響子が買い物し過ぎで大変なことになった、位の認識でしかない。

恐らく環境の変化のストレスから買い物中毒状態になってしまったんだろう程度の認識だった。

だがショッキングピンクのド派手な衣装を着た響子を見た瞬間、己の認識が甘かったと達也は強く思った。

何が響子さんをそこまで追い詰めたかは知らないが、流石の達也も無視することは出来なかった。

「美輪、お前の言う通りだった。

早く知らせてくれて感謝する。」

「そんな事、何でもありませんわ。

お兄様、それにキョウコさんは私のメイドなのですから。

ですがお兄様、これからどうされますか?」

「家に閉じこもるのが問題だと思う、無理にでも外に連れ出そう。」自分の経験から言う達也。

「分かりましたお兄様、キョウコさんお外へ行きましょう。」

キョウコは『外』の言葉にビクッと反応するが腰を上げない。

「キョウコさん、お仕事ですよ、それとも辞めるんですか?」

『辞める』の言葉に慌てて立ち上がるキョウコ、この仕事を辞めたら誰かの愛人コースだ。

「ちょっと待て美輪、そのままの格好で行かせるつもりか?」

ショッキングピンクのミニスカート、流石に羞恥プレイだろう。

「ええ、これがキョウコさんの仕事着ですから。」

「…黒っぽい奴があっただろう、あれに着替えさせてくれ。」そう言って達也は出て行こうとする。

「分かりましたお兄様、でどちらに行かれますか?」

「とりあえず近所の公園で良いだろう、俺はある物を取って来るからその間に着替えさせてくれ。」

 

達也が持ってきた物はホワイトプリムだった、家のメイドさんからの借り物だ。

これを付ける事でよりメイドっぽくなる。

自ら着ているのか着させられているか分からなくなる、響子への注目が分散される事を見越しているのだ。

車で公園へ向かう、恋人たちが多くいるゾーンのベンチに美輪を真ん中に三人で座った。

視線に敏感な達也は公園のこの場所が人数のわりに注目され辛い事を知っている。

カップル以外はこの場所を遠慮するし、カップルは互いの事しか気にしない。

「わぁーーお兄様、カップルがいっぱいです。」美輪が興味深そうにあたりを見ている。

そう、ここに来たもう一つの理由は美輪を飽きさせない事なのだ。

冬ではあるがお構いなしにカップルはいちゃついている、それを美輪がワーキャー言いながら見ている。

美輪の行動を達也は背伸びしたい年頃だと思っているが。

すると突然、キョウコがぶるっと体を震わせる、服装がアレなんで寒さがこたえたらしい。

達也は二人にそっと自分のコートをかけてから小さな機械を取り出した。

「お兄様、それは?」

「試作品のCADだ、暖房の魔法が入っている。」そう言って達也はスイッチを入れた。

美輪は珍しそうに達也の体を触っていたが、突然コートから出て達也に抱きついてきた。

「本当です、お兄様の体が暖かいです。」抱きついたままニコニコしながら美輪が言った。

達也は美輪が抜け出た事で乱れたコートを直してやった。

ここでようやくキョウコは達也にありがとうと言った。

キョウコの調子が戻って来た事を感じた美輪は明るく二人にじゃれついた。

 

 

響子はあのドレスを着て美輪の家で働いている。

言われた事はこなしているがそれだけだ。

まるで3Hの様に淡々と仕事をこなしている。

響子としては抜き差しならない状態で進退窮まった、と絶望感を感じていたのだ。

たださすがにあのドレスを着て外に出る事だけは拒否していたが。

今日は久しぶりに達也君を美輪さんが連れてきている。

年末年始はそれぞれ忙しかった、真由美さんは実家からいまだに帰ってきていない様だ。

美輪さんは達也君と何かを話している、だがキョウコはそれを聞いていない。

暫くして美輪が外に行きたいと言ってきた、いつのの様にぐずってみた。

しかし今日は何故か強硬だ、命令を聞かないと辞めさせると言われた。

響子はその言葉に恐怖を覚えた、ここを辞めると誰かの愛人にさせられ子供を産まなければならない。

この時響子の頭の中には、スケベそうな親父に抱かれる自分の姿があった。

達也が何か言って着替える事になったが響子の心は凍ったままだ。

メイドっぽくなった事は若干仕事をしている気がしたが。

車を降りて二人の後を歩く、冬の公園だがそこそこ人がいるが視線はあまり感じない。

その事に少しほっとする響子、素直にベンチまで二人と一緒に行った。

その途中美輪はチラチラとキョウコの様子をうかがっていた。

美輪が振り返ってにっこり微笑む姿に少し癒される響子。

ベンチに座った響子だが何もできない、そのうち冬の寒さが身に染みることになった。

寒さに体を震わせると何かを掛けられた、そして響子の体が暖かくなってきた。

それまでぼんやりとしていた響子だがその暖かさにつられて周囲の状況を確認した。

まず自分、いつの間にか男物のコートを羽織っている。

そして美輪は達也のおなかに抱きつきながらこっちを見ている。

「キョウコさん。」微笑みながら美輪が言った。

達也もその言葉に微笑んでいる様だった。

その時突然響子の目から涙があふれてきた、美輪がそれを見てオロオロしている。

詰んでしまったと思っていた人生、あの物語の様に幸せはすぐそばにあったのだ。

そしてその認識と共に今までさんざん悩ませられてきた問題への回答が閃く。

これもまた以前から用意されていた物だったのだが、響子は今まで気付けなかったのだ。

 


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