よろしければ、どうぞ。
艦娘は、神秘である。
女以上に、艦娘は謎の存在である。
海の戦乙女とも呼ばれている艦娘のことを、誰も理解できないでいる。
世界中の数多の人々が艦娘を調べた。
しかし結果は、今一つ。
艦娘たちも自身が何者かを知らないでいる。
だが、そもそも“艦娘とは何者か “という問いかけが間違っているのかもしれない。
誰が何と言おうと艦娘は艦娘である。
決して過去の亡霊ではないし、呪われた存在でもない。
艦娘はその身で艦を表す存在である。
ただそれだけで十分で、それ以上は無粋なのではないのか。
*絶望の国の希望の艦娘たち 1.Black Or White ①*
夏の、程よく暑い日の話。
一人の青年が病室のベッドで眠っている。
それを、白の軍服に身を包んだ男性が見つめている。
傍では作業服姿の少女が、手元のデータを見つめている。
ここは、呉鎮守府付属特設病院。
通称、建造ドッグ。
艦娘となる人間を看取るための施設である。
「彼が例の建造中の艦か」
「はい」
「夕張、何が判っているんだ」
男が少女、夕張に問いかけると、夕張はページをめくり答える。
「彼の名前は武藤昭。20歳の男子大学生でした。現在、彼の体内に複数の妖精さんの存在を確認しています。ゆっくりと体が艦娘のものへと変化しているようです」
「男性が、か」
「ですね」
艦娘となる人間は、侵食するように変化していくのが特徴である。
ただ、素体に男性が使われることは、極めて稀である。
「艦種は、妖精さんの扱う資材の量と建造ペース、艤装の原型から長門型、あるいは大和型であると思われます」
長門型、及びに大和型。
大艦巨砲主義の象徴。
前者は戦前の憧れ、後者は戦後の夢。
共に浪漫の詰まった艦である。
「それに、長門型、あるいは大和型か」
「ですね。とうとう来ましたねー」
これまでの建造において、見たことのない艦娘のタイプである。
両型とも戦艦のなかでも名声はトップクラス。
ただし実績は、賛否両論。
上の方が配属に口出しするかもなあ、なんて夕張は考えていた。
男は別の考えであるようだが。
「どうしてだ、夕張。何か、何かないのかい」
「何か、といわれましても。何がですか」
ああ、またこれか。
夕張は内心ため息をつきながら答える。
この提督からの、この質問は何回目だろうか。
「人間の艦娘化を止めることは、まだできないのかい」
「残念ですが」
人間の艦娘化は、まあ、ひどい話だと思う。
艦娘になると、身も心も変わってしまうのだ。
だから、何とかしたいという気持ちはこっちも十分知っている。
とはいえ、解決の見通しは全く立っていないのだ。
焦らされても困るのだ。
もうちょっと気長に待ってほしい。
「提督。あまり気になさらないほうがいいかと。というか、そもそも艦娘がいないなら誰が深海棲艦と戦うのですか?」
現状、深海棲艦の脅威で海上の危険性が跳ね上がっている。
島国である日本が今でも秩序を保っているのは、ひとえに艦娘のおかげであろう。
そこの問題はどうするつもりだろう。
希望する者だけと言っても、まさか艦娘に成りたい人がいるのだろうか。
「その時は以前の通りに戦うだけだよ」
「提督。それは」
艦娘がいないと、深海棲艦に対抗できない。
現代兵器がいくら高性能だと言えども、人間の道具であり、限界がある。
おまけにこの時世で、艦をポンポン作ることもできない。
深海棲艦の殆んどは、第二次世界大戦までの艦の脅威度でしかないのだが、いかんせん数が多すぎる。
艦娘が現れる前は、イージス艦も随分と袋叩きにされてきたものだ。
ただ、艦娘は違う。
建造も、維持も、解体も、何もかもが驚くほどの低コスト。
数は国によってまちまちだが、手軽に出撃が可能な軽さを持っている。
艦娘とイージス艦の合同で定期的に敵への本陣強襲を行っているこそ、現在の秩序が保たれている、らしい。
いったい、艦娘抜きでどうやって深海棲艦と戦うのだろうか。
「いや。解っている。だがどうしても、これではよくないとも思ってしまうんだ。我々軍人は国を守るために戦っている。艦娘たちも恐らくそうなのだろう」
そうだろう。
夕張たち艦娘、自分たちは少なくとも自分は国を守りたい、という気持ちで間違いない。
何が現状でおかしいのだろうか。
「しかし、艦娘に成る彼女たちや彼は違うだろう。彼らには選択権がない。なぜ選択肢も無しに彼らは艦娘となり、戦わなければならないんだ。戦うことを強制された少女たちの出撃を、我々が許容していいのか」
夕張たち艦娘に、その問は酷である。
戦場に行きたくない気持ちは知っている。
家族や友人と離れる気持ちは、痛いほど解っている。
戦争で起きる現実に目を背けたくなっても、否応が無しに目を向けさせられる時もある。
恐らく、艦娘に成る前は、戦場なんかに行きたくないと思っていたはずだ。
それでも夕張に、艦娘になったことの後悔はないし、強要されたことを恨んでないのだ。
そもそも、戦争とはそういうものではないだろうか。
よくわからない理由で戦い、よくわからないままに戦い、よくわからないままに死ぬ。
そして、結局は勝てば官軍、負ければ賊軍。
今も昔も、そこだけは変わらないはずだ。
選択肢があろうと、変わらないのではないか。
今、この世の中で戦わないという選択肢が、艦娘とその建造艦にあるのだろうか。
とはいえ、この夕張は研究者の下っ端でもある。
哲学的な考えは苦手だが、少し考えてみるべきだろうか。
建造艦の体に出入りする妖精さんを見つめながら、そう感じた。
**
「ねえ。艦娘って、成りたいから成るべきで、成りたくないなら成らない方がいいのかしら」
「どうした。突然に」
同僚である長月と共に、夕張は朝食を食べていた。
建造中の艦の面倒は、尾崎提督所属の暇な艦娘に見させている。
「室井提督に言われてね。彼らに、例えば彼に選択肢を与えてあげたいって。艦娘になるか、ならないかって」
艦娘は、当然法により人としての権利が保障されている。
その中に職業選択の自由もある。
しかし現状、自由は殆んど機能していない。
艦娘は、兵士として上の命令は絶対である、との考えを持っている。
苦言や文句を言うことは多々あるが、艦娘が上からの命令に逆らうことは殆んどない。
「解体ではダメなのか」
「解体は、ね。解体後は人間として生きてはいけるけど、全く元には戻らないから。室井提督は納得しないんだって」
解体も、艦娘の持つ権利の一つである。
妖精さんの手により艦である自分を捨て、身体上はただの人間へと一応戻ることができる。
つまり、戻らない物も色々と多い。
「そうか。それは駄目な考えだろう。私もなりたくてなった訳ではないが。艦でない私など考えられない」
「やっぱり長月もそう思うよね」
艦でない自分とは何だろうか。
駆逐艦である自分が戦う以外にできることは、鼠輸送ぐらいであろう。
あるいは漁でもするのか。
馬鹿げた話だ、と長月は考えを切り捨てる。
「しかし、そこまで建造を嫌がるとは。私たち艦娘を無くそうと思っているのか?」
「そうなのかもしれないよね」
長月も夕張も、建造艦の見張りの仕事に就いて暫くだ。
建造の地獄は散々見てきた。
だが、それでも艦娘は必要だろう。
世界が大変なら、誰でも否応が無しに戦わなければないだろうに。
「室井提督はこのことで、すごく悩んでいるみたい。長月が相談に乗ってあげたら?」
「ここで私に頼るのか。私ではとても説得できそうにないぞ」
頼ってくれるのは嬉しいが、長月が室井提督を癒すことができるだろうか。
長月にとって、室井提督は提督の中で一番難しい人間だ。
「とりあえず、室井提督はどんな状態なのか」
「間違いなく疲れているわね。ほら、身内に不幸があったばかりだし。それに加えて、彼の事件でしょ」
身内が死んでも仕事を果たすのは立派だろうか。
それは戦場においてではないのか。
少なくとも、今、ここは戦場ではないと思う。
「ちょっと他の提督に仕事を任せて休むべきよ」
室井提督とは短い付き合いで、長月はよく知らない。
ただ、美学を持った提督なのだと知っている。
提督として向いているとは思えないが、彼を慕う艦娘は多い。
誠に不思議な話だが、彼が提督をやっているのはそういう理由である。
「そうだな。軍人に死はつきものとはいえ、家族の死は辛いもののはずだ」
思うのは自分たち、駆逐艦。
大戦時では戦場をあちこちと走り回り、その中で散っていった。
姉妹や同僚を失った後に、次は自分かも、という気持ちがあったのを覚えている。
「他の提督を通じて休暇を進言すべきだろうな」
「そっか。それなら、兼正提督に言えば一発よね」
「私もするさ。だが、尾崎提督にも言っておいてくれ」
「うん。了解」
後進の提督が育っていない以上、あの提督を欠かすことはできない。
まだ、兼正、尾崎、室井の提督の力は必要だ。
仕事に早く取り掛かるために、しばらく二人は食べ進める。
食べ終わってから、ふと、長月が疑問を口にした。
「そういえば、建造中の彼は艦娘になるのか。それとも、なんだ。艦息か」
「艦娘よ。素体が男性でも、問題ないみたいね」
建造中である、彼の姿を思い浮かべる。
あの若くて童顔の青年が艦娘になるとは。
変化自体は長月も確認している。
ということは、恐らく似てもつかないようになるのだろう。
「そう考えると、不思議だな」
「男性が艦娘になる事例は、過去にもあったことだけど」
「そうなのか」
長月としては初耳である。
今までに見た艦娘は、皆、若い女性が素体となっている。
男性の素体は、今回が初めてだと思っていた。
「聞いた話だけどね。ある研究者が妖精さんを無理やり調べようとして。それで行方不明になって。後から艦娘として見つかったって話があるのよ」
「なんだそれは」
何ともまあ、世の中には不思議が満ちあふれているものである。
妖精さん、怖い。
「まあどうであれ私は、無事に艦ができるのを見守ろう。建造は、妖精さんにまかせることしかできないからな」
艦娘は妖精さんの技術を使うものであって、生み出して扱うものではない。
そして、長月の任務は建造艦を看取ることである。
それ以外の事は力量を超えている。
「妖精さん、ね。ああ。艦娘が何もないところから建造できたらいいのにね」
「どういうことだ」
夕張は本来、艦娘より妖精さんを先に調べるべきではないのかと思っている。
「ほら、妖精さんは、気が付けばいるでしょう」
「そうだな」
妖精さんは艦娘以上に謎が多く、タブーも多い。
艦娘ですら、妖精さんには近づけない領域がある。
夕張も妖精さんから直接データが得られたら、と何度思ったか。
「室井提督としても、艦娘も何もないところから建造してほしかったのかなって」
長月は何故か、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくるのよ、なんて言葉が思い浮かんだ。
実際に作られる方法はダークファンタジーだが。
「無から? 私たちがか?」
人間の祖先は猿や魚だと聞いている。
だから、艦娘が人間から作られても不思議ではないと思う。
とはいえ、何もない所から我々が出てくるものなのか。
妖精さんだってそうだ。
彼女たちも我々が知らないだけで、何かしらのモノから出来ているのではないのか。
「そりゃあ嬉しいが。妖精さんに期待しすぎだろう」
「まあ。ですよねー」
夕張が思い浮かべるのは、航空戦艦の艦娘である日向。
改装される前の彼女は、艦娘の存在に常日頃から疑問を抱いていた。
あの彼女と協力すれば、何かの手がかりを見つけられたのかもしれない。
ただ彼女は、航空看板と瑞雲を手にしてからテンションが可笑しくなった。
瑞雲をキメた状態で艦娘の謎を語ってくれるのだろうか、心配である。
「まあ、でも。私も艦娘のデータを採るだけじゃ不満なのよねぇ。そういうのも調べようかしら」
この夕張の仕事は建造艦の総括と、艤装データの採取なのだ。
ふっと、夕張の体から妖精さんが出てきて、どこかへと走っていく。
二人はただ、それを見つめる。
艦娘でも妖精さんに対してできることは、あまりない。
指示を出したりといった、艦としてのコミュニケーションぐらいだ。
今だって、妖精さんがどこに行ったかとかは把握していない。
いつか、妖精さんのデータも調べることができたらいいのに。
「そういえば。結局、室井提督のもとから艦娘が手伝いにくると聞いたが、だれが来るのだ」
「重巡、青葉よ」
「なんだと」
古鷹型、後期の重巡洋艦、青葉。
艦娘としては、青葉型の一番艦とされている。
学園モノで一人はいそうな新聞記者キャラが特徴である。
夕張としてはぶっちゃけ、どっちかというと来てほしくないタイプの艦娘である。
「重巡が手伝いに来るとは。彼の建造をどうにか阻止したいのか?」
「それは流石にできる訳ないし。一応、尾崎提督からは護衛と聞いてるけど」
重巡は、艦娘の中でも能力のバランスが取れていて、様々な局面で重宝される。
とはいえ普通、護衛任務に来ることはありえないのだ。
そんなのは軽巡や駆逐艦の仕事なのだ。
そしてここでの仕事は性能が高いとかより、大人の対応ができる艦が望ましくあるのだ。
さて、そんな人材は中々貴重である。
夕張もそんな艦は、長月ぐらいしか知らない。
「提督が建造により深く首を突っ込みたくなったとか。あとは青葉がただ単に、彼のことが知りたいだけなんじゃない?」
夕張も室井提督のことはよくわからない。
ただ、青葉の事は知っている。
“何々、何の話ですかー?”と言って、話に突っ込んできたに違いない。
尾崎提督も、よく許可をしたものだ。
データ採りはこの夕張に一任してくれればいいのに。
「ままならんものだ。建造はあまり見れたものではないのだが」
「よねぇ」
とはいえ、今日も建造ドッグは異常なし。
日本は平和である。
そしてこれからも、きっと。
4話まで出来ているので、一旦そこまで投稿します。