絶望の国の希望の艦娘たち   作:倉木学人

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やっぱり完成してから投稿したかったなあ。

投稿しながら書くのが、辛くて仕方がない。
最後から一つ前の話、どーしよ。


10.Dreams Are More Precious ②

長月が戻っても、面会の部屋に昭の姿はなかった。

 

「昭?」

 

とはいえ、探してみれば、すぐに見つかった。

昭は娯楽室で野球のゲームをしていた。

 

その姿は、長月にとって意外なほど落ち着いていた。

感情的になって暴るとは思えない姿。

 

しかもゲームをしているが、現実から目をそらしているようにも見えない。

言うならば、いつも通りを必死に保とうとしているように見える。

 

何故か夕張の、“戦艦の力で暴れることがないようで良かった”との言葉が頭によぎる。

まあその通りだが、長月はその意見に賛同できない。

 

不満があるなら言うべきだ。

やりたいことがあるならば、実現に向けて目指すべきだ。

例え、感情に、暴力に訴えることがあろうと、自分の意見は示すべきなのだ。

そう思う長月にとって、昭の姿は、あまりにも弱々しすぎたのだ。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 10.Dreams Are More Precious ②*

 

 

 

長月はそうして、しばらく様子を見ていたのだが、部屋に夕張が入ってきた。

その顔は前と変わらず余裕がない。

 

「ねえ、長月。ちょっといい?」

「何だ」

 

話を促すが、夕張は手招きするだけで話さない。

 

「重要な話か?」

 

ここで話すのは不味い話なのだろうか。

昭を置いて、部屋の外に出て話をしたいのだろうか。

 

そうして部屋を出て、しばらく歩いたところで、夕張は話をする。

 

「多摩の艦娘が。恵さんっていうんだけど、目を覚ましたのよ」

「そうか。いよいよ手に負えんな。応援でも呼ぶか」

 

もうそろそろ自分の頭も体も限界である。

本音を言えば、早く寝たい。

 

しかし、もう少し踏ん張りたいところである。

が、何でも自分の力で解決しようとするのも不味い。

後は鎮守府の艦娘に対応を任せるべきだろう。

頼りになる仲間はたくさんいるのだから。

 

「そうね。あと、なんか、恵さんの親御さんが来てるんだけど」

「は?」

 

ここで予想外の出来事に、長月の意識は無理に覚醒する。

 

「ちょっと待て。どういうことだ」

「だから、恵さんの母親が、娘のことが心配で、鎮守府に押しかけてきたのよ」

 

動物の母親の子供に対する執念は侮れない。

人間もまた、同様である。

 

そして人間は複雑奇怪な生き物だ。

それは人の世で、奇妙な巡りあわせを形作る。

 

「不味いぞ。なぜ今なんだ。間が悪すぎるだろう」

「わ、私に言われても困るってば」

 

子供のことを心配する親は大いによろしい。

長月としては大歓迎だ。

 

ただ、この状況はいささか不味い気がする。

昭は多少、家族に対する執着が強い気がするのだ。

 

昭が他の親を見てどう思うのか。

そこは未知数で、不安要素であった。

 

と、その時。

 

「昭さん?」

 

昭は夕張達の背後に立っていた。

 

「なん、だと」

 

夕張達は油断していた。

昭のことを、こういうことに首を突っ込む性格だと思っていなかったのだ。

 

「間が、悪すぎるだろう」

 

ここでまた、さらに状況が悪くなるというのか。

 

昭は黙って半笑いを浮かべたまま、そこそこしっかりとした足取りで、どこかへと向かっていった。

 

「昭さん?」

 

夕張達は事態に思考が追い付いていなかった。

 

 

そのまま、少しの時間が経ち、夕張が口に出す。

 

「どうします? これ」

 

何か、何かをしなければいけない。

事態は思ったより小康のようだ。

だが、建造艦の面倒は引き続き見なければならない。

多摩は起きたし、昭のことは現状を確かめなければならないだろう。

 

とはいえ、夕張はどこから始めればいいか、解らないままだった。

 

「今すぐ鎮守府から応援を呼んで、多摩のことは対応しろ」

 

長月はなんとか頭を働かせて、対応策を出す。

 

「合わせるの?」

「当然だ。彼女も建造艦だ。昭と比べても、優先順位はあれど、無下に扱うことはあるまい」

 

長月としては、昭との付き合いが長い。

立場的にも、私事としても昭を優先すべきだと思っている。

それでも、建造艦は建造艦だ。

長月たちが責任をもって面倒を見る相手だ。

 

「昭のことは私にまかせろ。恐らく私が適任だろう」

 

 

長月が娯楽室に入ると、やはり昭はゲームをしていた。

こうしてみると、ただゲームをやっている訳でもないことに気付く。

時たまスマホをいじって、じっと見ている。

恐らくは外部と連絡をとっているのだろう。

 

「昭」

 

昭は長月を見ると、その手に持っているものに目を移す。

缶ビールである。

夕張の自室から持ってきたのだろうか。

 

「飲むぞ」

「まだ昼間だろうに」

「構わん。こういう時は酒が効くのだと、古来から決まっている」

 

言いたいことはわかるのだ。

だが、昼間の上にここは病院である。

いや、今更であることはわかる。

しかし鎮守府だからといって、そこまで勝手にやっていいのだろうか。

 

まあ、そこまで腹を割って話したいのだろう。

昭は長月の酒盛りに付き合うことにする。

 

 

さて、多分言う必要はないと思うが、昭は酒に強い。

で、一方の長月はというと、そこそこビールを飲むことはあるのだが、その程度である。

外見の幼い方の駆逐艦娘でありながら、まあ、飲んでる方ではあるのだが。

 

「全く、何でこうも近頃の若者は、本音を語ろうとしないのだ」

 

完全に出来上がっていた。

長月の姿は、完全に酔いつぶれた面倒な上司のそれであった。

 

「そうは言われてもな」

 

恐らく長月は酒の力に頼って、昭の本音を引き出そうとしたのだろう。

しかし、自身が酒の力に負けてしまったようだ。

 

「私がどれほど苦労していると思っているのだ。なのに、いくら口説いても靡きやしない」

 

普段から疲れているのだろうと予想できる。

お疲れ様です。

 

「怖くはないのか。自分の人生がもうないのだぞ? どうして平気でいられるのだ」

 

まあ、昭にとって、こういう場になることも珍しいことではない。

酒の場は本音を引き出し、コミュニケーションを円滑にするためにある。

ここは、適当に自分語りをするべきだろう。

 

「まあ、前も言ったけど。俺はとっくに自分の人生を諦めているからね」

 

諦めるという言葉は長月にとって聞き捨てならないことは知っている。

それでも、そうとしか言いようがないのだ。

 

「どういうことだ」

 

昭は苦笑する。

そうして、自分語りを始める。

 

「まあ。俺にも夢はあったのさ」

 

子供なら誰しも、夢を一度は抱くものである。

パイロットになりたいだとか、仮面ライダーになりたいだとか。

そんな感じに。

 

「俺も子供の頃は運動もう勉強もできてさ。ちやほやされたもんだよ。自分の可能性を信じていたよ」

 

そうした夢は、子供たちが現実を知っていき、夢を修正したり、諦めたりするものである。

その中で昭は、幸運にも夢を実現する可能性が十分に残されていた。

 

「それで、野球選手に憧れて、野球をやり始めたんだ」

 

きっかけは、よくある話。

周りの友達が野球をやっていて、野球の話を良くしていたのだ。

そうして野球に興味を持っていったのだ。

 

「最初の頃は、俺も結構活躍しててさ。中学の県選抜のメンバーに選ばれるくらいには上手かった。将来、プロ野球選手になれるかもしれない、と思ってたんだ」

 

あの頃が一番楽しかったのかもしれない。

家族も友達も、自分のことをよく見てくれる。

そんな日々だった。

 

「でもさ。そこで知ってしまったんだよ。上には上がいるんだって」

 

そんな日々は崩れはしなかった。

ただ、自分が消してしまったのだ。

 

「そこには自分より野球が上手くて、野球に全てを捧げているような奴がゴロゴロいたんだよ。それを見たら、“あ、これは無理だわ”って思ってしまったのさ」

 

県選抜のメンバーの中には、そこそこ頑張っているだけの秀才の自分よりも、さらに努力している秀才の奴らがいた。

 

そしてそいつらの集まりは、頑張っている天才たちの前に、容易くひねりつぶされてしまった。

しかも、自分の目の前で。

 

昭の夢は、ここで儚く消えた。

 

「俺は楽しいから野球をやっているだけだったからね。人生を野球に捧げようなんて思えなかったのさ」

 

ここ日本という国は衣食住が揃い、治安も非常に安定している。

そして国の方針として、アスリートの育成にも力を入れている。

テレビをつければニュースで、そうした人々の国際的な活躍を見ることができるだろう。

つまり、努力する天才が活躍していることが、普通で、日常的なのだ。

地元にもスポーツ漫画やアニメのような存在がいることが、当たり前なのだ。

 

「野球に全てを捧げても、人生が上手くいくとは限らないだろ。テレビで偶にやってるだろ。元プロ野球選手の現状ってさ」

 

とはいえ、現実は非情である。

例えスポーツに人生を捧げても、スポーツ以外の人生がそこにある。

そうしたことで躓くものは多い。

これもまた、よくある話なのだ。

 

「そういうのを見たら。ぶっちゃけ。まあ、怖くなったんだよ。恥ずかしい話だけどね。だから高校は野球の名門校でなく、進学校を選んだ」

 

売れないバンドマンみたいな生活や、引退後に絶望するアスリートみたいな人生が嫌だった。

もっと安心できて、皆から認められる仕事に就きたい。

そういった考えで、教育者になる道を選んだ。

 

「母さんや爺さんは勿体ないと言っていたけど。俺はこの選択が間違いではないと思っている」

 

この件で親たちはうるさかった。

が、結局は、自分の人生のことだ。

 

彼らは過去の存在だ。

彼らがいつも言う通り、未来は自分たちの手で切り開くのだ。

彼らの手は借りても、言いなりになる気は全くなかった。

 

「そこでも野球部に入った。野球自体は好きだからね」

 

別にプロ野球だけが、野球のすべてではない。

商業的に何の価値がなくったって、野球はただ、楽しむためのものがある。

昭は単純に野球が、体を動かすことが好きだった。

 

「その野球部は当然強くないし、夏の高校野球も結局、毎回地区予選敗退だったけど。それでも楽しかったんだよ」

 

負けるのは悔しい。

甲子園に行けなくて悔しい。

だが、それが何なのだ。

 

「そこには、俺と同じような仲間がいて、同じような思いをしている奴らがいたのさ。そいつらとの野球は、楽しかったんだ。今でもあいつらとの日々は、大切な思い出さ」

 

負けたが、一緒に頑張ってきた仲間がいた。

悔しいが、それを共感しあえる仲間がいた。

そうした仲間との日々が、それなりに楽しかった。

 

「俺は勝つことだけが、人生じゃないって知ったのさ」

 

確かに英雄は誰もが憧れる。

だが、この世はあまりにも英雄が生まれにくくなってしまった。

最初から自分たちは戦争に負けていて、経済競争にも負け始めていた。

偉人英雄たちといった強者の美談は廃れ、世は凡人の空気が支配する。

必ず勝つ英雄の幻想は、何もかもを解決してくれる英雄の希望は、とっくの昔に終わってしまったのだった。

 

「だから人生、勝てない所は、上手く負けるのが良い選択だと思っている」

 

女々しいと、馬鹿だと笑われてもいい。

この時代で馬鹿を見て、笑われるのはどっちなのか。

その目で確かめてみればいい。

 

「ただ、まあ、深海棲艦が現れたのと、自分が艦娘になるなんてのは、流石に予想外だったけどさ」

 

ある程度将来を見据えたつもりだったが、こればかりはあんまりだと思う。

というか、有り得ないだろう、普通、こんな状況。

そう、これはまるで―

 

「今回も、勝てないんだろう。だから、今度も上手く負けなきゃね」

 

妖精さんに自分が負けるのは必然なのだろう。

よく知らない相手に、根拠もなく勝てるとは言えないのだ。

だから、できることをする。

 

「母さんも、そろそろ俺から脱却しないといけないし。俺も母さんから脱却しないといけない。まあ、良い機会だったのさ」

 

親との別れは寂しい。

上手く、解れることができなかった。

 

だが、まだやりようはある。

手元には携帯電話が残されている。

希望は失われていない。

 

「俺の人生は終わるけど。これから陸奥としての人生が始まるんだろう。だから、あんまり怖くはないかな」

 

妖精さんに浚われ、艦娘となる。

例えるなら、交通事故のようなもの。

違うのは、その後にも人生があるということだ。

それが、自分たちにとって、当たり前の出来事なのだ。

 

「聞きたい事は聞けた?」

 

押し黙っていた長月は、なんとか、言葉を表そうとする。

 

「ああ、くそ。どうしてだ」

 

自分たちもかつて、あの戦争で、上手く負けようとしたのだ。

しかし、それが上手くいったのか、どうも、怪しい所がある。

日本はアメリカに吸収はされなかったが、それでも長らく属国状態だった。

今でこそ深海棲艦の影響もあり、その状態は脱しようとしているが、さて。

 

自分はあの戦争で、上手くやれたのだろうか。

そして今、何ができるのだろうか。

また、自分に何ができたのであろうか。

 

「これだから、お前たちは、私たちは負けるのだ」

 

長月は、昭との壁を感じていた。

自分は、とてもではないが、上手く、負けることができそうにない。

長月ができるのは、ただ、戦うことだけなのだ。

 

「すまない」

 

再び長月は押し黙る。

 

そうして、長月は昭へと倒れこむ。

何かと思い、昭が良く見て見ると、長月は眠ってしまったようだ。

 

本当に長月は、苦労している様だ。

 

「役に立てないなんて、そんなことないのに。気に病むことなんて、一つも無いのに」

 

昭は小さな勇者の姿を見つめ、その髪をそっと撫でる。

 

「姉さん」

 

そして、ここに居ない姉と、昭に知るはずのない姉の姿を重ねる。

 

「そういう所が、好きなんだけどね」

 

しばらくこのままでもいいかな、と昭は思った。

 

 

 


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