絶望の国の希望の艦娘たち   作:倉木学人

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また、ばりぃさんの話。
しかもこれ、前編なんですよ。


多摩の話は泣く泣くカットすることになりました。


11.Dreams Are More Precious ③

夕張は、建造艦とのカウンセリングを行っている。

心理学も、精神医療にも詳しい訳でなく、未だ勉強中の身ではある。

そもそも口が上手い訳でもなく、空気もたいして読める訳でもない。

 

とはいえ、そんな中でも見るべきものが、聞くべきものがきっとある。

建造艦たちの日常を覗き続ければ、その中に非日常を見出すことができるのだ。

そして、それらは日々の研究の糧となる。

 

「ちょっと建造のペースが早すぎるんじゃないかしら?」

 

夕張は顔をしかめて昭に問う。

 

「駄目なのか」

「いや、駄目ってこともないんだけど。まあ、建造が早いのはいいことなんだろうし。にしても早すぎるわ」

 

昭の様子を聞くに、建造のペースの、特に艦の記憶の流入ペースが異常に早いのだ。

このままでは恐らく、金剛型の建造と同程度の日数で終わってしまうだろう。

 

「艦娘になることを諦めているから、侵食も早いってことか」

「多分ね。きちんとした確証はないけど」

 

確証はないとはいえ、夕張の精度は結構なものになっている。

統計もとっていて、夕張のコメントは軍部に信頼されている。

 

それはそうと、夕張は並おこである。

 

「これでは長月が気の毒よ。こんなことを言うのもおかしいけど。もうちょっと抵抗してくださいよ」

「努力する」

 

そんなことを言われても昭としては困る。

 

ほら、無駄な抵抗をしたら、余計に傷が広がることもあるじゃないか。

なんてことを言ったら間違いなく、夕張も長月も怒るであろう。

だから、口にはしないで適当に流す。

 

「そういや、建造を早める道具ってあったりするのかね」

 

夕張は口にしようとしたお茶を口から離し、ため息をつく。

 

「私の言ってたこと聞いてた? 本気で言っている? 早死にしたいの?」

「や。聞いてみただけだって」

 

艦娘化を早めるための、道具はあったりする。

性質の悪い冗談みたいな話だが。

だからこそ、冗談でもそんなことを言って欲しくない。

主に長月のために。

 

「ここだけの話だけど。高速建造材っていう、これもまた妖精さんの謎物質があるの。これを使えば、艦娘化が一瞬で終わるわね」

 

ちなみにこの謎物質、研究の方に回しているのだが、正体は掴めずにいる。

分子構造を見ても、工業用バーナーとおそらく同等のもの、とまでしか解らなかった。

よくある妖精さん印の不審物である。

もちろん、効果はてきめんでもある。

 

「そりゃあ、不味いな」

「やっぱりそう思う? 当然、兼正提督が使用を禁止しているわ」

 

恐らく、建造艦となった人の意識も、一瞬で潰されるのだろう。

使ったら長月辺りが、殴りかかってきそうな代物だ。

 

「効果が解っている、ということは使ったことがあるのか。使用方法も知っているとか」

 

確かに、使ったことはある。

艦を建造している妖精さんに渡せば、あら不思議。

建造があっという間に終わってしまったのだ。

使い道も何に使うかもわからないときに、夕張は一回やらかしてしまっていた。

 

「くれぐれも秘密にしていてね。バレたらやばいのよ」

 

なら、言わなきゃいいのに。

もしかすると、夕張は知ってほしくて、わざと言ったのだろうか。

 

「ビールまた、貰うね」

「ああ。もう。いいわよ。好きにして」

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 11.Dreams Are More Precious ③*

 

 

 

さて、ここでもう一度、夕張の話でもしようか。

 

兵装実験軽巡、夕張。

史実では、設計における実験的に作られた艦であり、その設計は後の艦へと受け継がれていった。

だからこそ、軽巡の発展形にして駆逐艦に近い重巡たちの原型という、妙なポジションを持っている。

間違いなく重要な立場であったのだろう。

しかし、個性の強い日本帝国海軍の艦の中でも、色物の一つであることは否定できない。

 

そうした艦だったからなのだろうか。

艦娘としての彼女は、周りに馴染むことが特に苦手だった。

混迷期においての戦闘でも、打たれ弱さが災いして離脱を繰り返すことが多く、軍からの評価は低かった。

 

ここで、一芸に秀でていたとか、そういった心の支えがあったなら、話はまた別だったのだろうか。

とはいえ、現実はそう上手くいかない。

 

そもそも軍人に個性はいらない。

軍隊に必要なのは秩序なのだ。

個の強い艦娘には無理な話かもしれないが、それでもある程度の均一さが求められていた。

彼女のかつての主、兼正提督は、個の強すぎる夕張の性能を完全に持て余していた。

 

もし、夕張の艦娘を良く知り、愛する者がいたのなら、憤慨していただろう。

対潜要員として有用なのに、だとか。

ドラム缶を論者積みさせて出撃させよう、だとか。

水上機で索敵値稼ごうぜ、だとか。

はたしてそんなことを言ってくれる人は、この世にいるのだろうか。

しかも、夕張が建造されたのは、初期の頃だったのだ。

 

艦娘は人の中で孤立している。

その上、夕張は、艦娘の中でも孤立した。

 

戦人ではない別の活躍をしようとも試みた。

自分が活躍できると有用なデータを示したい。

でも、出撃できないからデータを示せない。

出撃しても、慣れていないからデータが上手く取れない。

幸運により自身の有用性を示せた北上のようにも、提督の教官としての道を開けた大井のようにも、任務娘として活躍する大淀のようにもなれない。

結果、夕張の心は一度折れた。

 

しかし、夕張は失意の中、戦いで沈むわけでも、解体されることもなかった。

兼正提督の元から離れ、尾崎提督に拾われた。

そして、新たな任務を与えられ、新たな世界を知った。

それが夕張の新たな艦生であり、止まること無き前進の日々の始まりであった。

 

有能な上司に、気の知れる仲間と、自身が活躍できる職場。

今、夕張は幸福である。

 

 

さて、話を日常へと戻そう。

昭は、夕張の所から酒を調達していた。

酒を飲みながらゲームをするのは気持ちがいいのだ。

 

特にこの時代、電気は高級品だ。

理由は深海棲艦のせいだ。

輸送タンカーは破壊され、発電施設は砲撃される。

よって一般家庭にまで電力を十分に回せなくなっているからだ。

 

それなのにここは、スマホの充電し放題。

ゲームもカラオケも、好きなだけできる。

なんて素晴らしいことか。

これが一人でなければもっといいのに、とは思うが、そこまでは贅沢すぎるであろう。

既に相当の贅沢が出来ているのだ。

 

「ねえ。武藤さん」

 

そんな中で夕張が話しかけてくる。

 

「何」

 

夕張は毎度のように酒を取られることに、もう抵抗はないようだが。

というか、夕張は進んで酒を取られて行っている節がある。

何回見ても酒の配置が全く変わってないのだ。

 

「せっかく工房まで来たんだし。見ていってよ、私の研究」

 

昭はたまに、夕張がダメ男に尽くす女性に見える時がある。

こういう関係も悪くないかも、とか思っているのだろうか。

 

「と言われても。俺、そっち系のこと全然知らないんだけど」

「いいからいいから」

 

とはいえ、夕張は楽しそうなので、あまり口出しする気はない。

 

「最近、新しいこと初めてね。何か新しい風が欲しいのよ」

「新しいことって、研究で、だろう」

「そう」

 

この施設で出来ることは、ある程度片付いてしまった。

仲間や家族との連絡も取れた。

やり残したことも、もうじき片付く。

 

「だから、昭さんが、何か思いついてくれないかなーって」

「いいけど」

 

だから、偶にはこういうのも悪くない。

いつの時も大事なのは人付き合いである。

 

 

改めて見てみるに、夕張の工房と部屋は、変に整理されているように思える。

昭が知るに、女性の部屋というものは、カワイイものやカッコいいとおもうもので飾られているものである。

それを工房に求めるのはアレかもしれないが。

 

夕張の工房は、公私が入り混じった部屋だ。

どっかの大学のラベルが張られた機械の横に、コーヒーメーカーが置いてある。

本棚には徐々に奇妙な冒険漫画や、実利的な本、工学、生物学、論文の書き方の本が置いてある。

棚の引き出しには、“ゲーム“、“ビデオカメラ”などと書かれたテープが張ってある。

 

実利を追い求めた中に、娯楽・嗜好品が置いてある。

昭が思うに、男性的な部屋であると思う。

 

「で、研究って何さ。俺にも解りやすいのか、陸奥が知っている程度ので頼む」

 

昭自身、文系で、科学に大した興味を持っていない。

陸奥にしても、まっとうな日本戦艦である。

 

ただ、一般人として、艦娘の成りかけとして、人の話を聞く姿勢を見せる。

昭はそこにあったパイプ椅子に座り、手に酒を持ちながら夕張に目を向ける。

 

そんな中で夕張は話を始める。

 

「私が詳しいのは艦娘の艤装についてなんだけど。艦娘そのもの、あるいはその建造についても研究調査を行っているのよ。だから、艤装と建造についての話をしましょ」

 

一般人、あるいは艦娘向け、という感覚を夕張は知らない。

この話題ができる相手は、学者たちと、提督、そして長月だけだった。

 

「まずは、艤装についてね。そうねー。私たちが何をやっているか、ですかね」

 

とりあえず、分かっている中で一番重要で、一番当たり前なことを、そのまま話すことにする。

 

「この間、零式水上偵察機、あの飛行機を陸奥さんに扱ってもらったと思うけど」

「ああ。あれね。ラジコンみたいなやつね」

 

検査の一環として、昭は艤装に触れる機会があった。

昭には使い方がさっぱりわからなかったが、陸奥は使い方を覚えていた。

 

「生意気にもアレ、ミニチュアサイズのくせして実物大の偵察機と同じの耐久力を持っていることが解りました。7.7mm機銃とか、12cm単装砲とかでも試してみましたが、結果は同じでしたね」

「よく解らんけど。それって凄いことかい」

 

昭も、陸奥も、構造は理解できない。

陸奥は昭より、艦の科学を理解できているが、それは水兵がもって当然のことだけだ。

妖精さんの科学は専門外である。

 

妖精さんの技術に関してもそうだが、使える、と理解できるは別物であると思う。

何故と言われても知らないし、知りたいと思わないのだ。

 

「そう思っているのなら貴女も立派な私たちの仲間だということですよ。ねえ、陸奥さん?」

 

そして、夕張は何故を突き付ける。

その何故を知ろうとしている数少ない艦娘が、夕張なのだから。

 

「意地悪ね」

「あ、ありがとうございます」

 

思えば、この意識も不思議なものだ。

昭は自分なのだが、陸奥もまた自分なのだ。

大分慣れてきたが、奇妙であることは確かだろう。

 

「一般的な認識として、艦娘は妖精さんを、妖精さんの技術を当たり前にしている所が可笑しいそうです。私も言われるまで、気づきませんでした」

 

異常は、異常であることを確認することから始める、とは誰の言葉だっただろうか。

自身にはない発想だ。

研究者というのは、そういう人間なのだろう。

 

「まあ、そんなことは、どうだっていいことなのかもしれませんが」

「いいさ。続けてよ」

 

夕張は痛い所を突きながら、ため息をついた。

昭は苦笑する。

恐らく夕張は、こういう所で寂しい思いをしているのだろうか。

 

「今の研究の目標は、妖精さんの技術を測ることのできる物差しを見つけることです」

 

夕張は改まった表情に正す。

 

「そもそも現在、物差し自体が圧倒的に足りていないことが悩ましいです」

 

現代社会になって、人間は様々な物差しを持つようになった。

やれX線やら、やれGPSやら、やれカミオカンデやら。

しかしこの時代になって、電力不足や維持管理の困難さにより、捨てられる設備は増加する一方だ。

 

「妖精さんの技術を測って、もし、人間が利用できるものにできたなら。というのが、研究者たちの認識みたいですね。私にはよく解らないのですが」

 

艦娘たちは、妖精さんたちの行動に、諦めを何となく持っている。

夕張自身もこの感情についてはよく解っていない。

 

「そんな中。今、ホットな話題なのは、敵側の艤装についてですね」

 

まあ、 どうしてお前らはアレが敵だと知っている、とかいう哲学的な問題があるそうなんですが。

無駄なので省略します。

だって、私たちからは知ってた、としか言えませんしー。

多分、艦としての本能なんですよね、多分。

 

「駆逐イ級。アレの残骸の研究がこの国でもよく行われてますが」

 

駆逐イ級は最も有名な深海棲艦の駆逐艦である。

その数をもって、多くの船や湾岸施設に砲撃やら好き勝手してきた。

駆逐が進んだ今でも、クラゲ並に人々から恐れられている。

 

「知ってます? アレの主砲、5 inch単装砲なんだそうですよ」

「インチ、ね」

「そうなんです。インチ規格なんです。相手は深海棲艦。これもまた、艦なんです。私たちみたいに」

 

もっとも、彼女たちは艦娘と違い、海から来ているのだが。

 

「潜水艦ですらおかしいのに。駆逐艦も、巡洋艦も、戦艦も、空母も、陸上型すら。人間の手の出せない深海の底から這い出てくる。人間の過去を覗かせながら」

 

深海棲艦と艦娘、あるいは妖精さんはグルじゃないかと疑う人もいる。

相手は艦娘に容赦なく攻撃してくる。

妖精さんの乗った艦載機も同様。

とはいえ、無理もない話だとは思う。

 

「アメリカの怪奇小説家は海を怖がっていましたが。それってこんな気分なんですかね」

 

間違いなく、艦娘と深海棲艦には何かある。

ひょっとすると彼らとは、ゴリラとチンパンジーぐらいの差しかないのかもしれない。

 

「深海棲艦については、資料があんまり私に回ってこないんですよね。私ももっと色々調べてみたいのですが。困ったものです」

 

夕張としても彼らの装備には興味がある。

が、深海棲艦の残骸はほとんど研究者たちが持っていってしまうのだ。

 

「全く。中に妖精さんがいなかったからって、好き放題やってくれてるみたいですよ。それでも全く理解が進んでませんが、ね」

 

彼らが深海棲艦に何を見出すのか。

夕張は、あまり期待していない。

 

こんなことを思ってはいけないのだが、何も解らなければいいのに、と思ってしまう。

何故だか、自分でもよく解らないのだが。

 

 

 




*没ネタ1 艦娘とサイボーグ*

夕張「艦娘って名称って誰がつけたのかしら」

陸奥「知らないの?」

夕張「よくわかっていないのよ」

陸奥「ふーん」

夕張「一時期はサイボーグって呼ばれてましたね」

陸奥「クロちゃん?」

夕張「随分と懐かしいものを」

陸奥「でも、私たちがサイボーグ、ねえ。ちょっと野暮よね?」

夕張「結構的確な表現だと思いますけど」

陸奥「せめて、アンドロイドっていって欲しいわね」

夕張「SF的に、アンドロイドは一から作られた人間ですから。人間を基に作られる私たちはサイボーグです」

陸奥「そうなの? でも、サイボーグっていうと機械の体を持った、ってあら?」

夕張「ほら。サイボーグじゃないですか。体を作り変えられて、機械を身に着けて。サイボーグっていっても、結構身近な技術ですし。そこまで気にすることはないかと」

陸奥「身近? ああ。心臓のペースメーカーとか、人工関節とかね?」



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