夕張「研究といえば、アメリカ。一度は行ってみたいなー」
陸奥「どうして、研究といえばアメリカなのかしら?」
夕張「現在の研究方法の主流がアメリカ式らしい、からですね」
陸奥「ふーん。でも、今、アメリカに行くのは大変なんじゃない?」
夕張「そーですよ。今やアメリカ近海は、深海棲艦のすくつ。私たちでも迂闊に近寄れませんし。あっちの艦娘たちも苦労しているみたいです」
陸奥「(すくつ?) 国交回復はまだまだ先でしょうね」
夕張「そうだ。ダメコンを論者積みして、突撃。これだ」
陸奥「それでも、途中まで持つか怪しいのが悲しいわね」
昭にとって、夕張の気持ちはわからんでもない。
誰だって、自分の好きなものを人に見せびらかし、共有したいのだ。
それが夕張にとって、研究なのだろう。
「でもさ。俺にどうしろと」
悲しいかな、誰もが研究に興味がある訳ではないのだ。
少なくとも、昭は興味がない。
「ただ、うん。御免なさい。聞いてほしいだけですよ。駄目ですかね」
「いいさ。俺でよければ」
「ありがとうございます」
そういえば、夕張がゲームをしている所を見ないのは何故だろう。
誘ってもしてくれない。
長月や青葉は付き合ってくれるのに。
夕張に嫌いかと聞いても、そういう訳ではない、とだけしか言わない。
ゲームの話でもできれば、少しは明るくできたのだろうが。
「研究って、時々よく解らなくなるんです。やっぱり博士でも何でもない、艦娘じゃ駄目なのでしょうか」
夕張は調子を下げ、ぽつぽつ話し続ける。
「ここに来る学者さんたちは、答えを求めていないと思うのですよ。ただ、自分たちが研究したいだけなんじゃないかって」
夕張は、研究者を職人のような人間だと思ってた。
頑固で、黙々と、自分の信念を貫き、そして、問題の答えを常に持っているような人間だと。
「だけど、彼らは答えを持っていなかったんです。そして、理解しようとしても、問題を解決しようとしていない。いえ、皆、人類のために研究しているって言ってはいるんですが」
実際はどうか。
冷静で、議論を好み、大義名分を持ち、そして、艦娘の問題の答えを持っていなかった。
夕張は彼らがあまり好きではない。
「今の私は彼らの、研究のための都合のよい助手みたいなものなんですよ」
夕張は自身が研究者未満だということを知っている。
自身は艦娘であり、どこまでも艦であり、兵士にして兵器なのだ。
おまけに夕張という艦も、彼女が敬愛する平賀譲も、既に過去の存在なのだ。
つまり、彼らとは住んでいる世界が違うのだ。
彼らは本質的に学徒であり、現代と共に生きている存在なのだ。
「私が要らないくらい平和になったら。また大学に行って、研究を一から学んでみたいものです」
だからこそ、彼らと同じになりたい、とも思ってしまう。
思い出すのは、夕張の艦娘の基となった少女の記憶の一つ。
理系に自らの活路を見出し、チェック柄の男に囲まれた大学生活。
そして、夕張になってから見た、研究者が主役の探偵小説。
それが夕張のささやかな将来の夢を支えている。
「まあ、大学は楽しいしね。俺も、もう一度、戻れたらとは思うね」
「そうですか」
昭も、また、大学に戻りたいと思う。
例え学ぶ必要が無くとも、将来が無くとも、あの場所は希望に満ちていたのだと思っている。
何故ならあの場所は、同じ課題を持ち、同じ絶望を持った友人が沢山いたのだから。
「行ってみます? 私と一緒に。艦の工学でも学びに行きません?」
「艦のことなら、少しは解るようになったし、それもいいかもね」
昭が思うに、艦娘の将来は、明るくないのかもしれない。
戦いの果てで負け、海の底で寝ることになるのかもしれない。
それでも、自分と同じ仲間が先にいるのだろう。
「ありがと」
「ん。こっちもありがと」
陸奥としての感覚が疼く。
戦いの中で果てることに思いがある。
陸奥の船体はあちこちに散らばり、一部はここにある。
自分は、仲間に成れるだろうか。
*絶望の国の希望の艦娘たち 12.Dreams Are More Precious ④*
「でも、大学はまだ当分先のことね。私が解体されても、それを叶えるにはまだ早いわ」
例え、夕張が解体されても、夕張を辞めた少女は鎮守府に残るだろう。
他の皆が戦っているのに自分だけのうのうと、大学という遊びの場に行くことは有り得ない。
艦娘たちはそれで納得するだろう。
「建造も、だいぶ研究が進んできているけど問題ばかりだもの。そろそろ一般に情報公開する時が、来ているんだけど」
「へぇ」
夕張はなんとも言えない、困った顔をしている。
なんなのだろうか。
「だから、これは、練習なのよ。うん」
そうして夕張は妖精さんの工房へと歩き出し、その入り口で中を指さす。
指先には、遠巻きながら人が見える。
金属の板の上に、銀髪の女性が寝かされていた。
驚くことに彼女は病院服ではなく、おそらく艦娘らしい服を着ていた。
「彼女は、水上機母艦、千歳ね」
昭は話が掴めないので、とりあえず話を続けさせる。
「彼女は厳密には建造艦じゃないの」
艦娘は、建造以外にも生まれる方法がある。
始まりの艦娘である駆逐艦吹雪も、あるきっかけで生まれたのだ。
「私たちは皆、建造から出来るって、思われているけど、本当は違うのよね。世間じゃ全部、建造ってことになっているけどね。彼女は、妖精さんの神隠しの犠牲者よ」
それを聞いて昭は顔をしかめる。
「妖精さんの神隠しって。どう考えてもヤバい感じしかしないんだが。俺が知っていいのか」
その手の話を昭は好まないと言っているのだが。
「神隠し自体は、どうってことないわ。一応、艦娘の中では共通認識だし。ただ、区別されていることだから、知ってほしいの。外に漏らすのは不味いけど」
共通認識だということで、昭は素直に聞くことにする。
「艦娘が出た最初らへんの頃、拉致被害ってニュースにならなかった?」
「あったな」
テレビで見たし、高校でも話題になった。
某国の仕業だとか、結構好き勝手に噂されていた。
「ある日、突然娘が何者かに、いつの間にか浚われる。これは妖精さんのせいだったのよ」
実際はこんなのだったが。
昭が納得できるのは、妖精さんの業故か。
「解ったのは、その人が失踪する時期と艦娘が突然現れる時期が一致すること。そして、艦娘の記憶をよーく辿らせれば、失踪した本人だって、ね」
昭は話を自分の中で飲み込もうとするが、いまひとつ腑に落ちない。
「そんな話を聞いたのは始めてだよ」
今に至るまで、噂もマスメディアも、そんな話は一切していない。
たぶん、軍関係だろうから秘密保護法でその秘密は守られているのだろう。
ただ、隠す必要があるのだろうと、疑問に思ってしまう。
しかし、建造、か。
なぜ、妖精さんに連れ去られるのは神隠しで、自分たちは建造なのだろう。
「今からがホントの、本当の本題。建造が、提督の指示で行われているって知ったら、怒る?」
艦娘は自然発生するが、建造はそれでも行われている。
理由は単純で、自然発生では数が圧倒的に足りないのだ。
だから艦娘は建造される。
「提督が? そうか。そうなのか」
例え、それで妖精さんの犠牲者が増えようとも、仕方が無いのだ。
艦娘が足りないなら、今度は深海棲艦の犠牲者が増えることになるのだから。
「怒っていいのよ?」
昭の反応は、薄味だ。
夕張はそこそこ昭を見てきたが、負の感情を表すことがないように見える。
「思うところはあるけど。怒っていいのかわかんなくてさ。何で、自分がとは思うけど」
昭は苦笑する。
艦娘が建造される理由を察することができたから。
自分じゃなければ良かったのに、と思う程度には昭も勝手ではある。
だが、それを口にすることはない。
誰だって、艦娘に選ばれたいとは思わないだろうから。
「建造で選ばれる人間の基準は、よく解っていないわ。今回は特にね。何で、昭さんが、男性が選ばれたのか。謎よね」
男の自分が選ばれるのは本当に想定外だった。
いつだって世の中はこんなはずじゃないことばっかりだ。
「殆んどランダムっぽいのよね。建造で選ばれる人間の基準って。でも、建造の基となる人間を決めることは、できるのかもしれない。今、それに向けての実験を計画中ね」
実験内容はこうだ。
艦娘になってもいいという人を集め、妖精さんに建造艦として使って欲しいと頼むだけ。
今までこういうことはやってこなかったので、できるかどうは不明である。
しかし、やってみる価値はあるはずだ。
「これが成功すれば、少なくとも、建造で人々が苦しむことはなくなる、と思う。これからの建造艦は、恐らく、希望者を募って、という形になるのでしょうね」
自分から進んで艦娘になりたいという人はいないだろう。
だが、国を守るため、という大義名分を掲げ、募集すればどうだろうか。
国防軍に入る人間が国防を掲げている以上、それなりに人が集まるだろう。
「私には、それがいいことなのかはよく解らないのだけど。まあ、室井提督は喜ぶかもね」
戦争はやりたい人がやるべきだと、室井提督は言った。
この実験は彼の理念に基づき、他の提督の間によって作られた計画の一環である。
「ただ、問題は、提督達が建造を行っていることを公表しようとしているの」
「あーね」
建造は秘匿すべき、という考えは昭にもわかる。
軍の指示で若者を拉致して戦場に送る。
現代日本の価値において、限りなくアウトである。
こんなの表沙汰にしたくないだろう。
しかも、それでも建造をせずにはいられないのだろう。
そうでもしなければ、この国は終わってしまうのだから。
「そりゃあ、まあ。私たちは、尾崎提督も憲兵がいないからって色々やってきたけども。それでも、お国のためと思って。いや、違う。何だろう」
国を守るためならなんだってする、という単語を思い浮かべる。
例え今の人間に憎まれても未来を守る、とは何処の漫画の言葉だったか。
「だから、その。悪いことをしたら、責任を取って、辞めなきゃいけないんでしょ。テレビの会見みたいに」
夕張はバツが悪そうだ。
「私が解体されるなら、まだいい。でも、尾崎提督が辞めるのはおかしいのよ。あの人は、私たちに必要なの」
夕張にとって、尾崎提督は希望なのだ。
自身は兵器で、兵士なのだ。
尾崎提督という上司をここで失うわけにはいかない。
「どうしたらいいと思う? 昭さん」
昭は頷き、考える素振りを見せる。
「俺は、正直そういうのが解らんがね。まだ、社会に出ていないガキな訳だし。社会のことは、特に上司のこととかはよく解らん」
正直、よく分からないというのは嘘になる。
いつだって社会はルールと上下左右の関係と空気があって、その中で何より求められるのは仲間なのだ。
そこは昭が知る限り、小・中・高・大学であまり変わらなかった。
そもそも、学校というのが社会の一形態であるのだから。
「ただ、陸奥としてはどうしたらいいか知っている」
夕張に微笑んでみせる。
「もっと、周りの人間を頼りなさいな」
夕張は顔をしかめる。
「でも、長月は、賛同してくれませんでした」
「長月は是非とも仲間に入れたいわね。あと、他にも尾崎提督の娘はいるでしょ? 同じような考えの娘が他にいないと?」
提督ごとに、所属する艦娘の特徴はある。
これはそもそも配属の方法によるものだ。
成り立ての艦娘は兼正提督の元に送られる。
そうして上手くいけばそのままで、上手くいかなければ室井か尾崎の提督の元に送られる。
「たぶん、いるでしょうね。ですけど、私」
夕張はあまり口が上手いという自覚はない。
おまけに、他の艦娘との繋がりは薄いのだ。
「私でよかったら、口添えするわよ。無論、長月の説得もね」
自分ではできない。
でも、他人ならできるのかもしれない。
夕張に少し、希望が見えたような気がした。
「ありがとうございます」
「どうなるかしらね。無駄になるかもしれないけど」
相談してみたら、とは言ってみたが、限界はある。
“いろいろやった”が、軍規に触れたらアウトだ。
夕張も何かを抱えているようではある。
たとえば、トラウマなら、それを簡単に克服できるだろうか。
陸奥自身だって怖いものは怖いのだ。
第三砲塔の爆発も、それに類するものも、もう駄目なのだ。
USJにバックドラフトとかいうアトラクションがあったが、もうアレに入ることはできないだろう。
姉の前だって、みっともなく泣き出す自信がある。
怖いものは、克服できないからこそ怖いのだ。
でも、誰かがなんとかしてくれる、かもしれないと期待してしまう。
バカバカしいとは思っている。
この世に神はいない。
でも、人はいるのだ。
人に縋ろうとするのは、間違っていないはずだ。
**
私がやっていることは研究とはいえないんだって。
データを取ったりするだけなら、それは調査なんだって。
でも、何が研究かって聞いても、彼らはそれらを知らないのよ。
それっておかしいよね。
私は、艦娘のデータが知って、みんなの役に立てたいのだけどね。
結局、私や彼らがデータを見ても、何も変わらないんだって。
嫌になっちゃう。
次回は二週間後、あるいは、来月です。
たぶん、来月になるかと。