絶望の国の希望の艦娘たち   作:倉木学人

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難産でした。
何回書き直しても納得いかないんですけど。


15.Wannabe ③

「エンジンは温めておいたか」

「ええ」

 

進水式も簡易ながら済ませた。

試運転も済んでいる。

いよいよ戦艦陸奥が、建造ドッグを出るときが来たのだ。

 

「手筈はわかっているな?」

「横須賀までよね。大丈夫よ。覚えている」

 

「陸奥さん、青葉に何かあったら、近くの最寄りの軍事施設に寄って下さい」

「や。流石に大丈夫ですって」

 

夕張の忠告に、青葉が明るめに応える。

 

「では、出発だ」

 

そうして、陸奥たちは夕張に見送られながら呉のドッグを発つ。

海に浮かび、艤装を背負ながら、タービンを回す。

久しぶりの感覚に、陸奥は気分が高揚する。

 

「うん。やっぱりこれよ。これ」

 

この場所こそが、戦艦陸奥の生きるべき場所であるのだ。

まさか、ここに再び浮かぶことになるとは思わなかったが。

これも運命か。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 15.Wannabe ③*

 

 

 

現在、陸奥、長月、青葉の三人は、横須賀鎮守府目指して回航中である。

陸奥は、新人として配属されるため、青葉は兼正提督に再び会うため、長月はそれに付き添う形で海を渡っていた。

 

「異常なし。ね」

「ですねぇ」

「ま、何があっても大丈夫でしょう。鎮守府正面付近の海域では、大した敵艦はいませんし」

 

因みに陸路でなく海路を使うのは、そのほうが燃費は良いためである。

海はまあ危険であるが、それは人間にとってである。

そこそこ手練れの艦娘がいれば、この辺りのはぐれ水雷戦隊なんぞに遅れは取らない。

 

よって練習もかねて建造艦はまず、護衛つきで鎮守府まで航海するのが慣例となっている。

 

「私一人でも、行けるのに」

「そうもいきません。最近ではこの辺りで潜水艦を見かけたという情報もありますから」

「潜水艦って、そんなに不味い。っぽいみたいね?」

 

日本の艦娘にとって、潜水艦は難敵である。

妖精さん製のソナーは大抵が旧式の旧式で、索敵性能が悪いのだ。

未だに、駆逐艦娘に護衛されながら、潜水ソ級に撃沈される輸送船が後を絶たない。

 

夕張も現代の対潜技術を艦娘が使えるようにならないか、研究中であったり。

もっとも最近の研究のトレンドは、船に潜水艦を撃沈できるシステムを組み込む方向が主流らしい。

 

「今回は流石に心配しすぎと思うがな。ここは陸も近い。航空機の目もあるだろう」

「怖いのは怖いんですよ。加古さんの撃沈理由も、潜水艦でしょう」

 

と、そんな中、長月が急に速度を落とし始めた。

 

「む。ふむ。少し錆びついたか?」

 

艤装にぺしぺし手をあてて、調子を見ている。

 

「近くの港に寄ろう。すまんが少し、整備をさせてくれ」

 

 

そうして、三人は近くの港へと寄港した。

 

港には捨てられた漁船が漂い、痩せこけた猫が多数うろついている。

コンビニが荒れたまま放置されていたり、人気が全く感じられない。

ここはかつて造船ドッグがあった地域だが、深海棲艦の砲撃を受けて以来、衰退が激しいようだ。

 

「シケているわねー」

 

陸奥は、何か飲み物を買おうと辺りを探している。

が、あまり芳しくない。

目の前の自動販売機は、一昔前のアルミ缶の飲料が並び、電気が落ちている。

計画停電が実施されることばかりのこの世の中、自販機の維持も大変なのだろう。

 

 

ふと、青葉の言葉が、あの不幸そうな顔が頭に浮かぶ。

 

青葉の言葉を鑑みるに、果たして自分は艦娘になってよかったのだろうか。

なる前は抵抗があったが、なったらなったで抵抗はない。

今はそれなりに幸せだと思う。

 

だが、青葉はそうもいかなかったのだろうか。

長月が言うに、青葉は艦娘としてズレを感じている、と言っていたが。

 

理解することはできないのだろうか。

 

しかし、彼女のような人間を随分前に知っている気がする。

 

何だっただろうか。

 

「えーと。陸奥さん」

「なあに?」

 

そんな中、青葉が陸奥に遠慮しがちに近づいてきた。

手にはデジタルカメラを持っている。

 

「えーと。写真撮ってもいいですか?」

「写真? いいけど、その距離でいいの?」

 

その距離だと、陸奥一人しか写らない。

一緒に撮らないのだろうか。

もっと寄ってきてもいいのよ?

 

「どーもです」

 

そのまま、青葉がハイ、チーズ、と撮る。

 

「うん。ありがとうございます。青葉は写真を撮るのが、艦娘になる前からの趣味でして」

「へぇ」

 

青葉がカメラを操作し、陸奥に見せてくる。

 

「例えば、これ。梅雨ガッサの写真です」

 

そこには、雨に濡れた青葉と同じ髪の、顔の似たような少女の姿が写っていた。

中々に不服そうな表情をしている。

 

「貴女の妹さんよね?」

「ええ」

 

青葉はゆっくり頷いて、話し出す。

 

「写真はいいものです。優れた写真は私たちを異世界へと連れて行ってくれるそうですって誰かが言っていました。あれは誰の言葉でしたっけ」

 

青葉は誰かを思い出そうとする。

が、上手く思い出せないでいる。

 

「私、もう名前も思い出せませんが。でも、私、青葉の基になった女性がいたんです。その私が、たぶん、大学の頃の話だったと思うのですが」

 

俯きながら、ポツリと言う。

 

「お恥ずかしい話ですが、私、あんまり良い人間じゃなかったみたいです」

 

どうも、青葉の様子がおかしい。

何かに悪酔いしているように陸奥は思える。

 

「小学校までは、明るくて活発だったんですけど。悪く言えば、生意気だったのですよ」

 

青葉は首を横に小さく振る。

 

「駄目ですね。どうも、話さなくてもいいことを口走ってしまいます」

「大丈夫?」

 

少し間をおいて、青葉がこぼす。

 

「大丈夫では、ないかもしれませんね」

 

そんな二人の中、長月が整備を終えて戻ってきた。

 

「待たせたな」

 

長月は青葉の顔をじっと見る。

 

「どうした?」

「青葉が調子悪いって」

 

長月は、手を横にあて、しばらく考える。

 

「わかった。もう少し待とうか」

「駄目です。青葉は、青葉はまだ」

「難しい所だな。まだやれるというのに弱音を上げるぐらいなら、我慢しろ、と言いたい所なのだが。そうもいかんのだろうな」

「申し訳ありません」

 

長月は、陸奥の方を向く。

 

「どうする?」

「休みましょ。どっか、ベンチを探して横なれば、楽になるわよ」

 

**

 

陸奥は青葉のことをそこまで知らない。

ましてや、青葉の基となった人のことなど、知る由もない。

 

「どうしてこうなったんでしょう。青葉たちの時代は、青葉たちの戦場はもう終わったはずなのに」

 

ただ、話を聞いて、なんとなく感じるものはある。

彼女にとって、艦とは難しすぎるのではないか、と。

 

艦の生は恐らく、様々な困難があるに違いない。

そこはよくわからないのだが。

長月の言う”ズレ”とはそこにあるのだろう。

 

「随分と否定的なことだな。夕張はせっかく化けてきたのに、とまで言い切ったのに」

「それは、夕張さんは」

 

夕張は尾崎提督の元で、活躍できたから。

そう思い、青葉は苦しんで、言葉をこぼす。

 

「私は、呉でなら、上手くやれたかな」

「不満か? 室井提督の下でいるのが」

 

しばらく青葉は黙り、考える。

そうして応える。

 

「わかりません。ただ、もしもの青葉を想像してしまうのですよ。呉なら、呉なら、と」

 

青葉の最後はあの呉だった。

呉でなら、もしもの自分があったのかもしれない、と青葉は思ってしまう。

 

「室井提督に失礼だとは思いますが」

 

長月は、ゆっくり息を吐きながら頷く。

 

「まあ、そう思うのもいいかもしれんな」

 

そんな中、陸奥が青葉に問いかける。

 

「怖いの?」

 

青葉は陸奥に目を向けない。

 

「ええ」

「それは海が、かしら?」

 

海は広く、大きい。

そして、底は深く、暗い。

潜水艦のことといい青葉は海が怖いのだろうかと、陸奥は思ったのだ。

 

「確かに怖いです、かね。でも青葉はもっと怖いものを知ってますので、そこまでは、といった感じですが」

 

青葉は首を動かし、陸奥の目を見る。

ありふれてはいるが綺麗な目をしていると青葉は思う。

 

「陸奥さんは怖いんですか? 海が?」

 

逆に青葉が聞く。

 

「いえ、私はどっちかというと好きなほうだから」

 

陸奥は海が怖いっちゃ怖いが、それで当たり前だと思っている。

海への転落事故、遭難、津波などなど。

怖くない方がおかしいだろう。

艦娘でも海難事故に会うときは会う。

 

それでも、自分の居場所はここにある。

だから嫌いになれないのだ。

 

「だけど、あなたが怯えているものが、気になってね」

 

恐らく、青葉は自分にない、何かに苦しんでいる。

何かはわからない。

だが、目の前の仲間が、苦しんでいるのを見て平気ではいられないのだ。

 

「これは驚きです。青葉をそこまで気にかけてもらえるとは」

 

ここで暗い青葉の顔に、光が灯ってきた。

 

「青葉も捨てたものではないのかもしれません」

 

やるせなく、力なく笑った。

 

「長月たちにも言いましたが。私は、青葉はちょっと、戦うこと疲れてしまっただけです」

 

青葉が言いたいことは、ただの愚痴なのだ。

単に我儘を言っているだけなのかもしれない。

 

「青葉は終戦の直前まで、数多の戦場を潜り抜けました。修理もままならなくなるまで、事故や怪我で沈没することがありませんでしたから」

 

自分より辛い目にあった艦もいる。

自分より戦い続けた艦もいる。

そんな艦と比べれば、青葉は大したことのない艦だと思う。

 

「そうして戦争を見てきました。平和な世に育ったものには理解できないことでしょう。陸奥さんはある程度は知っているはずですが、昭さんは知らなかったはずです。あそこには地獄があったんですよ」

 

戦争は地獄だって分かり切ったことだと思う。

そうした中で、酷使される兵器が正しい兵器なんだって。

だから、最後までお国のために戦い続けるのは地獄として当然だとはおもう。

他人事ではない、それが自分で、自分は地獄にいた。

 

「最後は、今、私は何をしているんだろうって。必死に浮かびながら思ったまま戦ってて。あの時は惨めとしか言いようがありません」

 

重巡古鷹が目の前で囮になって沈んで。

それでも青葉はまだ浮いていて。

どうしてこうなったのだろう。

 

「先代の艦娘の青葉は、それでも今度こそ勝ってみせます、と言ってみせたらしいですが。私には無理だったようです」

 

そうして消えたらまた、艦生が待っている。

何の冗談なのだ。

 

「青葉を忘れたいんです。でも、忘れられないんです。だって、私は、重巡青葉なんですから」

 

青葉になんかなりたくない。

でも、青葉でしかあることができないのだ。

 

「何を言っているのでしょう。青葉は。御免なさい、忘れてください」

 

みっともないけど、この思いを伝えたい。

誰か、誰かわかってくれるだろうか。

 

「やはりといいますか。青葉は、それでも進むしかないのですね。ごめんなさい。ありがとうございます」

 

青葉の艦生を歩んだのは、青葉だけなのだ。

青葉の苦しみは、青葉だけのものだ。

 

「行きましょう」

 

 

それを、陸奥は頷いて聞いていた。

 

「青葉」

「無駄だよ」

 

陸奥は先に行こうとする青葉に、何か声をかけてやりたかった。

のだが、長月がそれを止めた。

 

「恐らく、陸奥では、青葉を救うことはできん。私でも、夕張でも」

 

長月は青葉のような艦娘をいくつか見てきた。

長月もなにか手を差し伸べてやりたかったが、すべて無駄だった。

 

「青葉を救えるのは、何だろうな。わからないが。ひょっとしたら提督の誰かかもしれん」

 

諦めたわけではないのだ。

ただ、そういう艦を救うのは、艦ではないのではないかと思うようになったのだ。

艦の心を救うのは、提督なのかもしれない、と。

確信は持てないのだが。

 

「ともかく、手を差し伸べようとしてくれるのはありがたい。そこは、感謝している」

「私は、でも」

 

陸奥としては、無力であるのがもどかしかったのだが。

 

「あれを理解しようとするものは、我々の中に中々いない。気を使ってくれるだけでも貴重な艦だよ」

 

ともかく、これは司令官の問題だ。

後は兼正提督たちが何とかしてくれるのだ。

 

「私たちも行こう。司令官が待っている」

 

 

 




*没ネタ*

青葉「多分私は三人目ですから」
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