絶望の国の希望の艦娘たち   作:倉木学人

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な、長かった。


16.Wannabe ④

兼正提督は提督を束ねる長にして、真の意味での提督である。

艦娘たちの上に立つ者としては最高責任者であり、最高の権限を持っている。

他の提督とは違い、正しく彼は提督であり、司令官であるのだ。

 

しかし、何故彼が提督なのか、それを知っている者はごく一部である。

艦娘関連の任務を受け取るのは彼であり、艦娘の建造を“できる”のは彼だけである。

そういった意味で、彼は提督で、司令官さんなのだ。

 

まあ、そういったことはどうでもいいだろう。

ともかく艦娘で何か問題があったら、責任を取らされるのはこの人である、ということを特筆しておこう。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 16.Wannabe ④*

 

 

 

「長月、帰投した」

「うむ。ご苦労」

 

横須賀鎮守府の司令官の席を務めるのが、この兼正提督である。

小太りで、メガネで、十人が聞けば十人がおじさんと評する容姿をしている。

 

「私がいない間、私の姉妹たちは元気にしていたか」

「ああ。今日も笑顔で南方泊地への警備へと向かっていったよ」

「それは何よりだ」

 

この提督、有能という言葉から程遠い男である。

何しろ艦娘が現れてからのすべての出来事を、持ち前のコネと経歴で何とか乗り切ってきたのだ。

ぶっちゃけ彼が提督として上から認められている理由は、人の話をよく聞き、余計なことをしでかさないから、という話であったりする。

 

「でだ、戦艦陸奥が仲間に入ったが、元気にしているか」

「ああ。金剛たちと仲良くしているみたいだ」

「やはりか。あれはまあ、そういう艦だからなぁ」

 

そういう訳なので、艦娘からは信頼されても信用はされてはいなかったりする。

とはいえ、彼は彼なりに鎮守府をまとめ、回しているのだ。

彼についてくる艦娘は多い。

 

ついてこれない艦娘は、室井や尾崎の提督が指揮をとることになる。

 

 

「で。司令官。しばらく建造を中止していたが。何があったのだ」

 

軽い雑談を交わした後、長月が本題を切り出す。

 

「大型建造というものができるようになったらしくてな」

「大型建造、だと」

「うむ」

 

大型建造は、提督が任務をこなしていく内にできるようになったらしい。

何でも、資材をいつもより大量に妖精さんに消費してもらうことで、特別な建造ができるそうな。

 

何が建造されるかは、よくわからない。

いつもの通り妖精さんに聞いても答えがない。

提督は大淀と頭をひねりあい、夕張とも連絡を取り合い。

恐らく今までにない艦が建造されるだろうと締めくくったのだった。

 

「大量に消費するとなると、建造を控えるのは分かるが。しかし何故だ? 資材を大量に消費してまでして、行う価値があるとは思えんが」

 

資材は有限で貴重なものだ。

安くない対価を外国に払い、輸送船を必死に護衛し、そうしたものを他と奪い合ってようやく得られるものである。

おまけに艦娘が活動するだけでも、補給やら修理やらで勝手に消えていく。

そうしたことを踏まえた上で、計画的に建造は行われている。

 

長月は最近の、戦艦狙いの建造については苦々しく思っていたのだが、さて。

 

「夕張が、大和を建造できる可能性が高い、と言っていてな」

「大和か」

 

大和型一番艦。

最強にして、某宇宙戦艦のせいで恐らく日本で一番有名な艦。

長月の顔が一気に渋くなる。

 

「神隠しで、ひょっこり現れるかもしれないだろう。それを待てないのか?」

 

神隠しも建造も、どんな艦娘ができるかはわからない。

が、神隠しで大和は出ない、というのは恐らくないと思われる。

 

「国民は、大和の着任を心待ちにしているそうだ」

 

大和の名は有名である。

だからこそ、その艦娘を見たい、という声は大きいのだ。

マスコミも、大和はまだか、と盛り上がっている。

 

一部の人なら、空母や潜水艦を是非、との声が上がるかもしれない。

だが、その声はあまり国民に浸透していない。

 

「国民の意思、か」

 

長月は窓の方を見る。

遠くで第六駆逐隊が、鬼ごっこで童心に帰って遊んでいるのが見える。

 

「司令官。この世も随分と平和になってきたものだな」

「そうかね」

「当分国民が飢え、我慢する必要は無いのだからな。私の時代はそうはいかなかった」

 

この世は曲がりなりにも平和だ。

かつてのようにとはいかないが、深海棲艦と戦いながら、国民の生活をそれなりに維持できている。

少なくとも飢えてはいないし、時間がたつにつれ生活が貧しく過酷になっていく、ということも今のところはない。

 

「“贅沢は素敵だ”とは、よく言ったものだよ。これはまさに、戦時であるのに、戦前のようだ」

 

深海棲艦との戦いは厳しい。

だが、かつての戦争と比べると生ぬるい敵ではある。

決して倒せない敵ではないし、ひょっとすると戦い続けても丁度いい敵ですらあるのかもしれない。

 

これには、艦娘という存在が撃沈しにくいという性質を持っていることが大きい。

だからこそ数に大きく劣りながらも、かの敵と戦い続けられている。

 

「いや、戦前などなかった艦もいるが、私は束の間の平和というものを知っている。私が生まれてしばらくの頃のことを思い出すよ」

 

戦争と戦争の間。

今は、その動乱の中の静寂であると長月は思う。

 

「それはなにより、と、言っていいのかね」

「ああ」

 

やはり軍人とは遊んでいるぐらいが丁度いいのだと思う。

遊び、笑っていられる状況は貴重なのだ。

 

決して戦時に笑いがなかった訳ではない。

ただ、平和の中で笑っていられる時間が素晴らしいのだと思っている。

 

「私たちと戦っていた米国も、こんな気分だったのかもな。楽観的に戦えるというのは気分が良い」

「そうかもしれんな」

 

兼正提督は椅子に座りなおした。

 

「我々は、変わることができたと思うかね」

「間違いなく変わってきている。青葉や夕張のような者たちは、昔ではこうはいかん」

「そう、か。それはよかった」

 

長月は、昔は良かったなどとほざくつもりはない。

昔は今より貧しく、学がなく、人に理解がなかった時代だった。

昔はもっと悲惨で、人に優しくない時代だっのだ。

今は昔より、より良い時代であるとは思っている。

 

「とはいえ、70年経っても、我々は全く学習しないものもある」

 

長月は兼正提督の目をじっと見つめる。

 

「司令官。何故、我々は大和を、戦艦の艦娘をそこまでして求めているのだ?」

 

確かに、戦艦は見てくれはいい。

だが、実際に活躍した、と言われれば微妙と言わざるを得ない。

旧式故にこき使われた金剛型は活躍した、と言えるのだが。

 

「どうしてもそこが分からん。大艦巨砲主義は、良くない夢だったのだ。司令官もそこは理解しているはずだと思っていたのだがな」

「そうなのかもしれん。だが、それは艦の話だ。艦娘は違うだろう。戦艦の艦娘は必ず役に立つ」

 

無論、戦艦が無用の長物だということはない。

深海棲艦の中には姫級と呼ばれる異常に頑丈な個体も確認されている。

そうした艦との殴り合いにおいて、戦艦の有用さは判明している。

 

「わかっているが。もう十分ではないのか。駆逐艦や潜水艦、空母をもっと揃えろと言っているだろう」

 

現在、日本は金剛型4隻、航空戦艦が4隻、そして陸奥を所有している。

これ以上増やすとなると、長門級以上の艦が増えることになるらしい。

姫級の敵もそうそういないのに、これ以上ロマンを求めてどうするのだろうかと長月は思う。

そもそも姫級も、戦艦しか倒せないということもないのに。

 

「何より、予算が必要なのだ」

「何だと」

 

長月は目を細めた。

 

「私も軍部も、そこまで大和が必要だとは思わんが。まあ、大和の建造の名目で、多額の予算が下りることになったのだ」

 

艦娘が戦うのにあたって、消費するのは資源だけでない。

何より重要なのは、金だ。

建造艦の家族への配慮、艦娘たちの居住費、その他事務やらもろもろで金は必要なのだ。

冗談抜きで、多々買わなければ生き残れないのだ。

 

「国民に艦娘を示し続け、予算を回し続けなければ、我々は戦えん」

 

日本の財政は厳しい。

その中で、軍事費をいかに維持するというのは死活問題だ。

そのため国民へのアピールが、広告宣伝が大事なのだ。

 

さもないと軽んじられ、予算を削っていいだろうとみなされる。

艦娘と軍のイメージはタダでさえ低かったのだ。

無理やりに宣伝してきたからこそ、今があると言ってよい。

 

そんな馬鹿なと思うかもしれない。

艦娘を少なくして、国を守り切れると思っているのだろうか。

 

しかし、間違いなく”いる”のだ。

艦娘がいなくても守り切れると思っている人は。

艦娘が不要だと思う人は。

そもそも守らなくてもいいんじゃないかと思う人は。

そして、決して少なくない。

 

「情けない、情けないぞ司令官。我々のやることがそれなのか? 強そうに見栄を張ることが私たちのやることか? 実際に活躍することはどうでもいいのか?」

 

長月としては、見てくれだけを優先するのが気に食わない。

艦娘たるもの黙って戦って活躍すれば、おのずと信用されると信じている。

必要なのは建前より、実利なんだと信じている。

建前で腹が膨れるものか。

 

「そこまでは言っておらん」

 

尾崎提督がたしなめる。

 

「長月、長月。そもそも軍人があれこれ、口出しをする時代はとっくの昔に終わったのだ。決まった以上、我々はもう国民の意思に介在するべきではないのだ」

 

それを聞いて、長月は肩を落とした。

 

「そう、か」

 

長月はそもそも一兵士に過ぎない。

だから尾崎提督はこう言っているのだ。

黙って従え、と。

 

「そうだったな。失礼した。わかった。それなら司令官に従おう」

 

そうして、長月は足取り重く、部屋を去っていった。

 

「すまない。苦労をさせる」

 

兼正提督は、少しの間何かを考えた後、書類仕事に戻り始めた。

 

**

 

「命令に従うのは、異論がないのだがな。何だろうな」

 

長月は部屋に戻ると、机の引き出しから、一冊のノートを取り出した。

そのノートには5ページに渡って、一人の少女の人生が書き記されている。

生まれのこと、家族のこと、ひどく傷ついた思い出。

 

5ページの後は、空白だ。

かつて長月になる少女が、空白に何を書こうとしたのか。

長月は思い出せない。

 

もしかすると、思い出そうとしていないのかもしれない。

所詮、自分にとって、その程度のものだったのかもしれない。

 

今、自分たちには、家族同然の仲間たちがたくさんいる。

だが、いずれそれは、踏みにじられるものなのだろうか。

そう、まるで昔のように。

 

「こんな物なのか? あれだけ戦って、あれだけ犠牲にして。私たちが欲しかったものはこんな物なのか?」

 

長月が再びこの世に舞い戻り、戦い始めて随分と経った。

そうして、今、ささやかな平和が得られたはずだった。

 

だが、その平和のために失ったものの正体を知って、憤慨してしまった。

そして今、失ったもののために仕事をして、必死にもがいている。

 

「それでもまだ、犠牲を尽くしながら戦わなければならないとは。何の冗談だ?」

 

これからも艦娘が増えるにあたって、多くの人を消費することになるのだろう。

そして、恐らく、ごくつまらない理由で、昭のような人間が犠牲になるのだ。

 

納得できる理由であれば、そうであれば仕方ないと、割り切れたのだが。

 

「青葉。お前が言っていたことはこういうことなのか?」

 

青葉が何に苦しんでいたのか、少し理解できた気がした。

 

「いや、まだだ。希望はあるはずだ。戦い続ける限り。私たちは終わらんぞ」

 

青葉の言っていたように、立ち止まるわけにはいかない。

艦になることで、苦しむ人はこれからも増え続ける。

そうした人を見捨てるわけにはいかないのだ。

 

「司令官。私は何をしたらいい?」

 

 

**

 

 

―何より結局、全部無駄になるのだから。

気になってもいいと思うけどね。

 

 

 




これで本編は終了。

今後は、後書きと番外編の話を1話ずつ投稿予定です。

こちらは出来次第になります。

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