絶望の国の希望の艦娘たち   作:倉木学人

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おまけ。

この作品はこれで本当におしまい。

2016/12/4 台詞を修正


EX.2D or not 2D

長門にとって陸奥は、よくできた妹、といった感じである。

殴り合いが自慢な自分とは違うやり方で、皆と仲良くなれるのが妹だと思っている。

なぜ妹がそうなのかはよくわからない。

とはいえ、羨ましい、妬ましいとは思わない。

何故なら彼女はこの長門の妹で、誇りあるビッグセブンの一員なのだから。

 

「しかし陸奥のやつはここで何をしているのだろう?」

 

長門はそうこぼす。

ここは呉の建造ドッグ。

艦娘の建造はここで行われるが、修理はここでなくてもできる。

よって、ここに妹が来る必要もないはずなのだが。

どういう訳か、妹は呉に来るたびにここを訪れている。

 

「長門か。久しいな。建造ドッグに何用だ?」

 

建物の前で立っている長門に、目に優しい艦娘、長月が話しかける。

 

「ああ。妹の陸奥を知らないか」

「陸奥か。アレなら今、娯楽室にいるよ」

 

どうやら妹は娯楽室で遊んでいるらしい。

 

「そうか。ありがとう」

「構わない。娯楽室は一階の風呂場の隣にある。案内しようか」

「いや。大丈夫だ」

 

かつてここで艦娘長門は建造された。

娯楽室は使ったことないが、建物の中はだいたい覚えている。

一人でもいけるだろう。

 

 

「入るぞ」

「はあい」

 

長門は3回ノックしてから中に入る。

そこで見た光景に絶句することになる。

 

「陸奥。どうして下着姿でいるのだ」

「あら? ダメ?」

 

妹はエアコンを着けた部屋で、下着姿でゲームをしていたのだ。

いや、それ自体はまあ、いい。

普段の妹の私部屋での生活はそんな感じだったのから。

 

「余所でその恰好をするのは、だな」

「いいじゃない。言うほど余所でもないんだし」

 

そうかもしれないが、長門としてはもどかしかった。

どうしてこうも、こういうところは自分に似てないのだろうか。

艦娘がそういうものとはいえ、謎である。

 

「夕張も止めてくれ。というか、何故陸奥とゲームをしていないのだ」

「いいんじゃないんですか? 建造中でもないですし。あと私、3D酔いするのでエアライドとかはしないんですよ」

「むう」

 

夕張は巨人が出てくるマンガを読んでいた。

夕張としては陸奥とゲームをすると、大抵ボコボコにされるので嫌だったりする。

この前もスマブラでメテオを決められたし。

そういうのは神通さん辺りとやってほしい所だ。

 

「どうして、ここでゲームをする必要があるのだ?」

「キューブとかって、横須賀には置いてないのよね。いつかは給料で買いたいと思ってるけど」

「そういうものか?」

 

長門はゲームをするにしても、ゲームならなんでもいいような気がするのだが。

 

「まあいい。陸奥、そろそろ行くぞ」

「行くって、まだ全然早いでしょ」

「あれ。陸奥さん、長門さんと何処かに行く予定でも?」

 

現在時刻、マルハチマルマル。

夏の比較的涼しい時間だ。

本日は曇天なりで、お出かけには最適である。

 

「大和ミュージアムにね」

「ああ。なるほど」

「長門ったら行くといって、聞かないのよ」

 

大和ミュージアム。

正式名称、呉市海事歴史科学館。

戦艦大和を中心とした艦の博物館である。

現在も、小さな子から大きな子まで人気の観光スポットである。

 

「私をそんな子供みたいな扱いをするんじゃない。ここは、戦艦としてだな。いち早く見極めをしようと」

「はいはい。わかったから。ちょっと化粧するから待ってましょうねー」

「話をさえぎるんじゃない」

 

そういって、陸奥はゲームを切り、部屋を出ていく。

長門もそれを追う形で部屋を出て行った。

 

夕張はその様子を黙って眺めていた。

ゲームをちゃんと片付けろよ、と思ったが、まあ、いつものことだ。

どうせ帰ってきてまたやるのだろう。

しかし―

 

「やはり似てるようで似てないようなところとか。慣れたやり取りみたいなのって、兄弟なんですねえ」

 

夕張はそう思った。

艦娘の姉妹も、血がつながっていようといまいと、確かなつながりがあるのだろう。

 

 

**

 

 

さて、呉というのは軍工廠で栄えた地域であるが、現在艦娘以外の艦の建造は微小だ。

しかしここで培われた造船の技術は今もなお現役であり、造船の町として、そして国防軍基地防衛の要として栄えている。

 

また、市の取り組みとして軍事関連施設を重要な観光資源としている。

深海棲艦が跋扈するこの時代、軍事活動をアピールすることは重要だ。

政府と軍からの支援もあって、呉は全国有数の観光地となっている。

 

あ、大和ミュージアムへの観光ならごく近場にある、てつのくじら館の見学もついでにすることをお勧めします。

現代の潜水艦のいいところ、沢山知ってもらえると嬉しいです。

 

「随分とにぎわっているな」

「そうねー」

 

当然というか、なんというか。

大和ミュージアムは活発だった。

朝の早い時間であるが人の出入りも多く、よく親しまれているようだ。

ポスターなどを見る限り、度々イベントも行われているらしい。

 

 

そうして長門たちは大和の模型を見たり、町の歴史を見たり、甲標的を見たりしていた。

 

そんな中、二人は自身の艦の小さな模型をまじまじと見ていたのだが。

 

ふと長門が周りを見渡すと、一人の少女の視線に気づいた。

白髪に近くない銀髪をしていて、赤い眼をしている。

体のラインが見えるセーラー服を着ているため、小さい割にスタイルの良い体型が良く見える。

どこのかは、誰かは知らないが間違いなく艦娘だろう。

視線を合わせると、目をそらした。

 

陸奥が長門の様子に気づき、未知の艦娘の方を見ると、納得したようだ。

 

「あら。貴女は叢雲ね」

 

陸奥が、叢雲の方に歩み寄り、話しかけた。

 

「そういう貴女は。陸奥、かしら」

 

声の起伏がなく、平坦だ。

それでどっかそっけない。

 

「あらあら。私服なのに、私が見ただけで分かったの?」

「ただの勘よ。スタイルの良い別嬪さんの二人組だから、長門型二人の艦娘だって思っただけ」

 

長門は一応納得する。

私服で隠せば、艦娘だということはばれないと思っていたが。

長門型のボディは立派なので、見てわかるものなのかもしれない。

 

「それを言うならなんで、私を見て叢雲だって気づいたの。貴女と私に面識があったっけ」

 

支給された制服を着ていたら艦娘だって、誰だって気づく。

だが、姿を見ただけで、あれはどの娘だ、と言うのは相当に難しい。

見ればわかる、という娘もいるらしいが、長門にはよくわからない。

 

「青葉の写真で、貴女を見かけてね」

「そう、通りで」

 

そもそも呉の艦はそこそこ個性的で、叢雲の個性の強さは標準的だ。

叢雲の外見は特徴的な色だし、スタイルも外見年齢の小ささの割には十分すぎる。

紹介されれば、一発で覚えそうだが。

 

まあ、今まで知らなくても無理はない。

個性的な奴らがいっぱい、それが呉鎮守府なのだ。

長門たちも呉をそこそこ訪れたことがあるが、全員の名前を覚えることはまだできていない。

 

「改めて初めまして、と言っておこうかしら。私は、呉鎮守府所属の吹雪型駆逐艦の艦娘、叢雲よ。こうやって名乗るのも変だろうけど」

「あら、呉所属なのね。私は横須賀鎮守府所属、長門型の妹の方。陸奥よ」

「私は横須賀鎮守府所属の、姉の方の長門だ」

「よろしく」

 

態度はそっけないが、誠意が感じられる。

案外真面目なのかもしれない。

 

「で、貴女たち、ここに来ているってことは、戦艦大和を見に来た、ってことでいいのかしら」

 

大和について見に来たのであるし、おおむねそれで違いない。

 

「そうねー。言い出したのは長門だけど」

「ふーん」

 

二人して、長門の方を見る。

叢雲は頷き、陸奥は微笑んでいる。

 

「二人して、なんなのだ」

「別に。陸奥はいい姉を持ったな、って思っただけだから」

「あら、貴女もそう思う?」

「羨ましいわね。誇れる姉を持つ、というのはどんな気分なのかしら」

 

陸奥はそれを聞いてたしなめる。

 

「あら? 貴女も吹雪型の姉が沢山いるじゃない」

「ま、そうだけどね。貴女のたった一人の姉には負けるわ」

「ふふふ。ありがと」

 

姉の話、というのは話が弾む。

何より話題にしやすく、共感を覚えることも多い。

 

「なんなのだ」

 

そうして置いてかれるのは姉であり。

寂しくはないが、ちょっと気に食わないのである。

 

「で。話を戻すけど。大和を知るのに良い資料がいるのだけど。どうかしら」

 

陸奥は、長門に視線を流す。

どうやら長門も理解できていないらしい。

 

「どういうことかしら?」

「ああ。そう言えば貴女たち。艦娘になりそこなった者と、できそこなった者と呼ばれる艦娘についてはご存じかしら。横須賀で認知されているか知らないけど」

 

陸奥には何故だか思い出せないが、心当たりのある話だ。

今日の天気の話をする調子で、叢雲は話しにくい話をする。

 

「そんな言葉は初めて聞いたな。どういうことだか説明してもらえるか」

 

長門が問い詰める。

 

「艦娘になりそこなった者は、艦娘でありながら艦娘であることに耐えられない艦娘たちのことを言うのよ。陸奥は青葉に会ったでしょ?」

「ええ」

 

そうだ、あの青葉なのだ。

陸奥は何とか明るく取り繕うとして、失敗していたあの姿を思い出す。

 

「私は、そういう言い方は好かん」

 

長門が不満を表す。

“なりそこなった”、“できそこなった”といった言葉を差別的に思ったのだろう。

彼女らを、劣ったものとして扱っているのではないか。

他にもっと良い言い方がないものか。

 

「私も嫌い。でも、他に言い方が決まってないのだって。それに、そういう艦娘たちって、確実に“いる”のよね」

 

叢雲はじっと長門を見つめる。

見つめさえすれば、いくらでも見つめてくるような眼をしている。

 

「貴女たちの目の前にもね。私も青葉と同じ、なりそこないよ。でも、だからといって私たちが劣っているとは思わないわ」

 

三人の間に沈黙が流れる。

 

そうした中で口を開いたのは叢雲だった。

話を続けるつもりのようだ。

 

「で、艦娘にできそこなった者って言うのは、艦の心を持ちながら、艦娘としての性能を持てなかった艦娘のことを言うのよ」

 

人から艦娘に成りそこなった者ではなく、艦娘として出来そこなった者。

艦娘としての心構えが至れなかったのではなく、艦娘としての出来が不十分だった者。

そういったことを叢雲は言っているのだ。

 

「彼女は主砲も撃てないし、エンジンも動かせない、砲撃雷撃にも耐えられない。浮かぶことしかできない」

 

とはいえ、重さとも言えるものがある。

対空兵装が取り付けられないというものや、輸送船並の速度しか出せないなんてものも。

そこらへんは艦娘それぞれである。

 

「つまり、より良い資料というのは」

「そういうこと。本人に聞くのが一番でしょ」

 

戦艦大和。

艦娘として建造された彼女は、重く不完全な艦としてこの世に舞い戻ることになった。

 

「大和は既に建造されていたのか。しかし、どうしてだ」

「何、不満なの」

「そんなの、あんまりだろう。艦としてこの世に戻りながら、海で戦うことが許されないのか」

「尾崎提督もそうだけど。皆いい加減よね。扱いが思いつかないからここに回すなんて」

 

憂う長門を叢雲は鼻で笑う。

 

「建造が思い通りに行われる保障なんてどこにも無いのに」

「だが、妖精さんは」

 

目を細め、そして何故か視線を下にそらした。

 

「あのね。基はと言えど、私たちは工業製品なのよ。違った品が出来ないなんていうことは、ありえないんだから。お店に並ぶ菓子だって、絶対それが一個一個が違わないっていうの?」

 

自信ありげに、しかし、尻すぼみに話す。

 

「そもそも、人間だって出産が無事に済むなんて。そういものが間違っているとか、正しいかなんてどうでもいいじゃない。そういうのはあるのだから。だから、ま。そういうことなのよ」

 

陸奥は思う。

やはりこの艦娘も、青葉と同じなのだろう、と。

彼女は何となく気取った感じがあるが、上手く気取れていない。

叢雲と言う艦娘は、そういった意味で“なりそこない”、なのだろうか。

 

そうして再び沈黙が流れる。

またしても口を開いたのは叢雲だった。

 

「で、会うの?」

 

陸奥が長門に視線を合わせると、長門は口を開け閉めし、頷いた。

 

「わかった。会おう」

 

小さく、くぐもった声で叢雲は答えた。

 

「ありがと」

 

そして、さらに視線をそらす。

 

「大和の気持ちを汲み取ってもらえたら助かるわ。呉に着任したのはいいけど。この仕事を回されたことを気にしているみたいだから」

 

どうやら大和はここで働いているらしい。

どういう仕事をしているのかは想像つかないが、満足はしてないと思われる。

 

「それに、もっと皆と。大和について話がしたいのだって」

 

何と声をかけてやればいいかは長門にはわからない。

しかし、ここで長門として引くわけにもいかない。

そんなことをしたらビッグセブンの名が廃る。

ここはただ、長門として突き進むのみ。

 

「陸奥がその辺りのフォローをしてくれればいいと思うわ」

「え、ええ」

 

正直、陸奥には手が負えない気がするのだが。

とはいえ、しっかりフォローするつもりではある。

姉が不味い状況を作り出すことはまずないだろうが。

 

「さあ、こっちよ。約束は取り付けなくても、事務の方に声を掛ければ会えるわよ」

 

 

 




大和の台詞は、ホテルです、ホテルじゃないです、って言わせるところまで想像して、諦めた。

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