それはどこかが正しいんでしょうね。
この作品はフィクションです。
夕張と長月が朝食をとってすぐの頃。
青年、武藤昭は視界が揺れる中で、目を覚ました。
体の感覚を気持ちが悪いと感じる中、はっきりと身と回りの異変を感じた。
白い清潔なベッドに寝かされていること。
そして己の感覚に何か、身になじみのないものを感じる。
「む。起きたか」
目の前に居るのは、若草の長髪と眼。
紺のセーラー服と砲で身を固める小さな少女。
昭の日常から見た、異質な存在。
このような特徴を持つ人間、それは。
「艦娘?」
「そうだ。私は駆逐艦、長月だ。君の助けになると思う」
昭が思うに恐らく、ここは病院なのだろう。
しかし、なぜ艦娘がここにいるのか。
そんな病院は知らない。
「少し待て。説明には私より適した者がいる。援軍を呼ぼう」
なるほど、口が上手くないか。
まあ、目の前の少女に頼る、というのもアレである。
艦娘を見た目で判断するのは間違っているだろうが、もっと頼りがいのありそうな人に状況を聞いた方がよいだろう。
長月がナースコールを押し、そうして現れたのは二人の艦娘。
作業服を着た銀髪リボンポニーテールの少女に、セーラー服を着た桃髪シュシュポニーテールの少女。
「初めまして、軽巡、夕張です。何かあったら夕張さんにお任せっ」
「ども、重巡、青葉ですぅ。よろしくお願いします」
「ああ。よろしく」
今、何が起きているのか、昭はまだ知らないでいる。
だが、まあ、なんとでもなるのだろうとは期待している。
実際、その通りなのだろう。
今、人類の理解を超えていることが起きている。
しかし、このことが昭の命を奪うことは無い。
幸か不幸か、それだけは妖精さんに確約されていることであった。
ただ、昭の社会的地位は死んだも同然だ。
妖精さんの手によって命を保たれたまま、心と体を作り変えられていく。
それは一般大衆の眼からしたら死亡事故と同様の、不幸極まりないことなのだろう。
それでも、まあ、なんとでもなるのであった。
過程と結果がどうであれ、それでも社会は回っているのだから。
*絶望の国の希望の艦娘たち 2.Black Or White ②*
「で、武藤さん。自分のことをどこまで把握してるのかしら?」
「体の調子が悪くなって、飲み会で倒れて、それからここの病院で目覚めたことは」
体調の悪さを感じていたが、単なる疲労だと思い。
飲んでスッキリしようと飲み会に参加し。
飲んでる途中で身体の感覚がなくなり、倒れたことを昭は覚えている。
「そうですか。ここは、呉鎮守府付属特設病院。簡単に言ってしまえば、艦娘となる人のための病院です。この意味が解るかしら?」
解る。
妖精さんに憑りつかれた、あるいは侵入を許した人間は、艦娘となるのだ。
昭が実際に見たわけではないが、誰でも知っていることだ。
「残念なことに、貴方は妖精さんに選ばれてしまったの」
そして、それが自分の体で起こるのだ。
あまり理解したくないし、認めたくないことであった。
「何で?」
「さあ? 私も調べていますが、サッパリで」
何でと言われれば、夕張も何故かを知りたいのだ。
誰か教えてくれないだろうかなあ。
誰も教えてくれないだろうがな。
「男性が艦娘になるというのも、私も見たのは初めてで。本当に、どういう基準で選ばれているのかしら」
夕張は今回の件の建造にあたって、期待を抱いている。
目の前の建造艦は特異なケースであり、おまけに戦艦だ。
艦の規模に比例して建造期間が増加することは、今までのデータから判明している。
後は本人次第で、いつもより多くのデータが取れる。
「こんなんですけど、私は艦娘の調査も任されています。ですので、よろしければ私の実験にご協力くださいね。何か、わかるかもしれません」
とはいえ、データ取りを強制するわけではない。
この施設の第一目的は、建造艦の確保であるのだから。
保障と研究が二の次なのは重要機密である。
まあ、冗談だが。
「何か聞きたいことや御用がありましたら、何でもお気軽に申し付けくださいね。とはいえ、私は他の建造艦の娘も見なければならないので全てを見ることはできませんが。私が忙しい時は、長月や青葉にお願いします」
夕張は長月と青葉に視線を移す。
二人は頷いている。
「私は武藤さんの件の手伝で来ています。いつでもご気軽に、何でもご相談くださいね」
夕張は思ったより青葉はおとなしいな、なんて思っていた。
もっとおっちょこちょいだと思っていた。
事前にちょっと話をしたが、建造艦でもあるし、大分こちらにアプロ―チしてくれているようだった。
まあ、他提督の指導もあるだろうし、信頼していいだろう。
「今なら多少は時間があります。何か質問はありますか」
反応はいまひとつのようだ。
まあ、“何か質問ありませんか”といって、実際に手を上げる人は中々いないので仕方ない。
夕張は愛想笑いを浮かべた。
「まあ、気持ちが落ち着かせるために、軽い朝食でも食べるのはどうかしら。ちょっと持ってきますね」
食事を持ってくるため、その場を夕張は駆け去っていった。
「もしかして、暫く一人にしたほうがいいですかねぇ」
「どうだろうな。できれば落ち着くまで傍にいた方が良いのだが。ここら辺は人によるな」
人が艦娘になるということは、穏やかでない。
当人がパニックになり、暴れたり逃げたりすることも考えられる。
そのために、長月たちの存在があるのだ。
「はーい。おまたせ」
「お。本当に人が増えてる」
朝食を持った夕張と一緒に、女子高生ほどの少女が部屋に入ってくる。
少女は病人服を着て、黒髪をざっくばらんに伸ばしている。
水晶の眼が、彼女がただの日本人ではないことを示している。
まぎれもなく彼女も艦娘で、建造艦である。
「艦娘は護衛の人で。男の人が建造の人なんだよね」
「ああ、彼も、艦娘になる予定の建造艦だ」
彼女にとっては、男性が艦娘になることに興味はない。
仲間が増えるということが単純に嬉しい。
「あ。アタシ、加古ってんだー。よろしくー」
「おや。加古さんですか」
加古という名前に青葉が反応する。
古鷹型の前期の二番艦。
加古が第一次ソロモン海戦後に撃沈されるまで、一緒に仕事をした仲である。
「私、青葉です。お久しぶりです」
「おー、青葉だー。久しぶりー。元気にしてたー?」
「ええ。あれから色々ありましたが。そして貴女も艦娘になっているようで。はい」
「アタシはまだ完全じゃないけどねー。記憶はもうちょっとかかるんだってー」
長月が咳払いをする。
このままフリートガールズトークを延々としてもらっては困る。
「加古、青葉。彼もいるのを忘れるな」
「ああ、気を付けないといけないんだっけ。悪い悪い」
「すいません。昔の顔なじみと出会えたのが嬉しくって、つい」
「当分は彼に気を使ってくれ。まだどうなるか解らん」
まだ彼の精神状態を把握できていないのだ。
調査票から、ある程度性格は把握できているが。
あまり刺激するような発言をしないでほしい。
艦娘については、まだ知らないでいいことも多いのだから。
「まあ、大丈夫。落ち着いた」
「お?」
どうやら、もう落ち着いたらしい。
温厚で快活だとは聞いていたが、長月としても助かる限りだ。
「俺は、武藤昭。大学生。よろしく」
「おー、よろしく」
「よろしくお願いしますぅ」
「よろしく」
実際は混乱しっぱなしなのだが。
これから貴方は艦娘に成ります、と言われて混乱しないほうがおかしいのだ。
とはいえ、大事なのは、外見上の平静を保っているかどうかなのだ。
「まあ、それでも朝食を食べて。ゆっくりしていてね」
夕張はトースト1枚とベーコンエッグ、コールスローサラダ、牛乳の乗ったプレートを差し出す。
夕張達や加古が食べたものより軽めにしてある。
とても美味しい。
が、数日何も食べていない感じがして非常にお腹が空いているので、昭は物足りなかった。
「落ち着きましたね。検査はできます?」
昭は検査と言われて、再び思考が停止する。
が、すぐに再起動する。
「あー、検査って、身体検査か。そうか」
「無理にとは言わないけど。ですが、自分の状態を知る良い機会ではあるかと」
身体検査となると、今着ている病院服を脱ぐことになる。
となると、自分の体を見ることになるわけで。
パッと見でも、手の肌が綺麗になっているのが見える。
変化を直視するのは、ちょっと嫌である。
でも、やるしかないのか?
「ああ、男の体なんぞ見慣れているから心配しなくてもいいぞ。私たちは艦だからな」
「いや、そういう問題じゃなくて、あー」
どうでもいい話だが、艦の乗組員は男性が基本である。
艦娘に憑く妖精さんも男性、という話ではない。
ただ単に艦娘は、艦の記憶として、かつての乗組員の日々を知っている。
まあ、男性の裸を直視できるか云々はまた別の話になるのだが、ここでは省略する。
「もちろん、いつまでも先延ばしにしても構わんさ。そうしても、誰も咎めはしないさ」
繰返しになるが、建造時の検査は強制でも義務でもない。
検査したからといって特別な報酬もあるわけでもない。
要するに、献血みたいなものだ。
ただ、手伝ってくれたらこっちは助かる、と長月は念を押す。
「いや、行く」
現実を認めたくないが、そう言われると断れない。
たとえ全て悪い夢だとしても。
「そうか。すまんな」
「いいさ」
「あ、アタシもついて行ってもいいー?」
と、そんなことを加古が言い出す。
「おいおい。何をするつもりだ」
「暇なんだよー。ここの娯楽にも飽きたし。長月は堅物だし。夕張はつれないしさー」
「どうする?」
長月としては、連れていくには依存はない。
どうせ、加古も保護の対象なのだ。
一緒に居てくれたほうがいいのは確かだ。
あとは、昭が許容するかどうかなのだ。
「俺はいいけど」
昭としては、人が多いほうが楽しいので特に問題はない。
恥ずかしいとかは、まあ、どうせ今後もそういう機会があるのだろうし、ねえ。
なら、慣れてしまったほうがいいだろう。
例え夢でも。
「まあ、いい。だが、行ってもすることはないぞ?」
「おお、ラッキー。ありがとー」
「まったく」
ところで青葉はというと、心中微妙な気分だった。
ここには昔の仲間と再び出会い、触れ合う喜びがある。
それは確かに喜ばしいことだ。
しかし、同時に絶望もあることを青葉は知っている。
武藤という青年がこれからどうなるかを、加古と呼ばれるようになった少女がどんな目にあってきたかを知っている。
これから起こることを見つめ、室井提督に貢献するのだと改めて青葉は決意を抱いた。
最終話にまた、5000字くらい書きたいなあ。