絶望の国の希望の艦娘たち   作:倉木学人

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加古スペシャルをくらいやがれ~!

正直、納得いかない出来の回。
でも、書きたかったので投稿。


5.Close To You ①

あまり愉快でない話だが、幸運というのは嬉しいものだろうか。

 

例えば、大日本帝国海軍一の幸運艦である雪風。

数多の戦場を潜り抜け、生き残り続けた彼女は幸運に違いない。

だが、嬉しいのだろうか。

どんな地獄でも生き続け、死神だと陰口を叩かれ、それでも地獄を生き残り続けた。

嬉しいかどうかは、本人に聞いてみればいい。

 

さて、艦娘であることは幸運で嬉しいことなのだろうか。

 

 

 

*絶望の国の希望の艦娘たち 5.Close To You ①*

 

 

 

朝が来た。

夕張が部屋に入ると、建造艦二人はまだ寝ていた。

 

「おはよーございますぅ」

「おはよう。二人とも」

「ぐむん」

「うんー?」

 

二人の寝相は悪い。

とはいえちゃんと起きられる。

加古も昭も夜型であるが、無理に起きることは慣れっこである。

 

「おはよー」

「おはよう」

 

加古はスッキリしているが、昭は寝ぼけ眼だ。

まあ、夜ふかししたので当然である。

 

「うん。今日も問題」

 

夕張は、昭を見て眉を吊り上げる。

寝る子は育つというし、後々のために建造艦にはきちんと睡眠をとってほしいものだ。

 

「ありそうねえ。まあ、いいけど。朝食を食べに行こうかしら?」

 

とはいえ、今のところ睡眠による建造への影響はそこまで知らない。

いつか、調べる必要があるかもしれない。

 

 

夕張は食堂に案内し、皆で朝食をとることにする。

今日のメニューは和風だ。

イワシと、日本産の大豆が使われた味噌汁が目玉である。

 

ちなみに、長月は先に食べずに待機していた。

昭が思うに、喋ってお腹が減っていたのに良く待っていたと感心する。

律儀な艦である。

 

そうした食事の中、加古が昭に話しかけた。

 

「ねえ、昭」

「何だ」

「アタシさ。昼にはもうここを出るんだー」

 

出るということは、もう建造が、ほぼ終わっているということだろうか。

 

「随分早いな」

 

まだ会って1日しか経っていないのに、随分と早い別れである。

建造の開始時期は人それぞれで、仕方ないのだろうが。

 

「アタシは旧式の重巡だからねー。建造も、早いんだってさ」

「昭さんは戦艦だから遅いのよ。普通の子は、こんなものよ」

 

データによると、殆んどの軽巡と初期型重巡の建造期間は4日。

夕張としては物足りないし、色々と成すには短すぎる期間だと思っている。

 

「でさ。昼にはもう出るって話だけどさ」

 

加古は昭の姿を眺める。

気のせいか昨日見た時より、体形が少し女らしく成っている気がする。

とはいえ、鍛えられたいい体をしていると思う。

 

「ねえ。ちょっとアタシと付き合ってよ?」

 

昭としては予想外である。

付き合って、と言ったが、デートでもするのか。

 

「俺と、ねえ」

「そう。昭とさ」

 

加古の提案にも、納得はできる。

まあ、単に遊びたいだけだろう。

 

「わかった」

「へへへー」

 

加古は嬉しそうだ。

 

「夕張さん、検査は後ででもいーんでしょ? せっかく昭が来たんだしさ。遊んでいいでしょ?」

 

夕張は口に手をあてて考えている。

 

「そうね。別にいいけど」

 

夕張としては、別に禁止する理由は無い。

 

あとは青葉に監視でもさせて、自分は他の仕事でもしておこうかなあ。

 

 

そうして二人は体育館の近くに来た。

で、何をしているのかというと、キャッチボールをしている。

貸し出されたグローブとソフトボールで、リズムを刻んでいる。

 

何故キャッチボールなのか、昭は疑問である。

とはいえ加古は楽しんでいるようだし、まあ、いいだろう。

 

「アタシさ。艦娘になるって聞いたときさー、うん。あんまりいい気持じゃなかったんだよね」

 

加古がボールを投げ続けながら、話しかける。

 

「まあ、俺も同じだよ」

「だよねー」

 

そう軽く笑いながら、投げ続ける。

 

「何が悲しくて、アタシが戦争やらなきゃって気持ちだったさー」

 

だろうな。

現代っ子としては、あまり戦争の話題は口にしたくないものだ。

少なくとも、彼らの周りには戦争の事を喜んで話す輩はいなかった。

 

「でも、今は違うんだろ」

「あはは。やっぱわかっちゃう?」

 

加古は苦笑しながら応える。

 

「まー、今はアタシが戦わなきゃって気持ちだからねー」

 

若者たちは、戦争が惨いか知ってはいるのだ。

大人たちの教育の賜物である。

理解をしているかはまた、別の話であるが。

 

ともかく、この二人は戦争を知っている。

今の加古はそれを承知の上で、戦うことを望んでいる。

 

「あーあ。本当に妖精さんって怖いんだね」

 

と加古がいっても、昭にはあまり怖がっているように見えない。

艦娘にとって、妖精さんは乗組員であり、体の一部である。

それを怖がってどうするのだ、ということなのだろうか。

 

「あー。ねえ。でもさ。色々と言いたくはなるよね」

「そうなのか」

「ああ。そうさ」

 

力なく笑いながら、加古はつぶやく。

 

「ねえ、可笑しいだろ。アタシ。どうなってんだ?」

 

自身に何が起きているかは自明で、前からずっと知っていたことである。

自分は、妖精さんに改造されているのだ。

 

それでも加古は何故と問わずにいられない。

 

「何でアタシは加古で、戦ってきたのさ。そうじゃないんだろう?」

 

建造は過酷な過程である。

艦の記憶が流れ込むと言えば、それだけだと思いがちだが、それだけではない。

肉体的と精神の苦痛を伴う、非常にストレス過多な過程なのだ。

 

「アタシの大切なものがどんどん消えていってさ。アタシの家族とか、友達とかがさ」

 

そんな中で精神が無事に持つのだろうか。

答えは是。

繰り返すが、艦娘は妖精さんにより命の保証がされている。

 

例え前の精神が壊れても、そこから新しい精神が生まれるだけである。

 

「あー。あはは。アタシ。何か格好悪いぞ?」

 

そんな姿に、昭は何も言えない。

昭も何が起こっているかは知っているし、理解できている。

だが、それを、自身の身に起こるであろう事を直視できるのだろうか。

 

「ああ。ごめん。続けて、続けて」

 

加古はいつもの笑った顔に戻り、キャッチボールの続きを促す。

暗い話をしてしまったので、笑い飛ばそうとしている。

 

昭はそれに合わせて、手元のボールを再び投げ始める。

 

「まあ、でもさ。いい仕事が手に入ったんじゃない? アタシたち」

「ああ。軍って高待遇だったっけ」

 

この時代は、前の時代よりさらに不景気真っ最中である。

その中で、軍に入るというのはそれなりに安牌である。

命の危険が高いだとか、訓練が厳しいとか言われている仕事で、嫌がる人もいる。

とはいえ仕事自体が激減し、若者の他の仕事も似たようなものなので、軍隊は十分な進路の選択肢となっている。

 

仕事としての艦娘は、高い専門性(妖精さん)が要求されるため、通常よりさらに優遇されている。

少なくとも、マスコミに叩かれるぐらいには有名な話である。

 

「給料ももらえて、休みももらえて、美味しいご飯が食えるんだ。素晴らしいっしょー?」

 

確かにそう考えると、多少明るく成れる。

失うものに目をつぶれば、これからそこそこの生活が保障されているということだ。

 

「でもさ。これだからさ。今は少しぐらい、女の子らしいことがしたと思ったのさー」

 

**

 

それから、加古は行ってしまった。

艦娘に成ったらまた会おうね、と言って。

なんとも加古らしくない台詞だ。

 

「加古さんのこと、どう思いました?」

 

傍で一部始終を見ていた青葉は、そう尋ねられずにいられない。

 

「俺もああなるんだろうさ」

「そうですね」

 

恐らく加古の元となった少女は、どこにでもいる快活な少女だったのだろう。

人並の生活を持ち、人並の弱さを持っていた。

それが、加古という存在に塗りつぶされてしまった。

 

しかし、あの少女はどこに行くのだろうか。

昭に見せたあの感情は、間違いなく加古ではなく、少女としての言葉だったのだろう。

 

あの少女は今日中に消えてしまうのかも知れないのに、何故か、あの少女には、またどこかで会えるような気がする。

 

柄にもなく、そんなことを期待してしまうとは。

何だかんだで、昭も自身の死を怖がっているのだろうか。

 

永遠などないと知っている。

だが、実感はできない。

それを正しく認識するには長い時間が必要だ。

 

「やはり、建造は残酷です」

「ああ」

 

とはいえ、大事なのはこれからだろう。

立ち止まっている暇はない。

 

「本当にそう思っています?」

「どうしてそう思う」

「いえ。何というか」

 

青葉は昭とのズレを感じ取っている。

多くの艦娘になくて、加古になくて、また昭にないものを。

 

「もっと、同意するかと思ってたんですけどね」

「そうか」

 

昭は、ため息をついた。

話を流してくれればよかったのだが、どうやら見逃してくれないらしい。

 

「残酷だとは思うけどね。正直に言うと、加古とは殆んど同意見だな。案外悪くない仕事なのかもしれんとは思っている」

「正気ですか?」

「長月や夕張たちも同意見に見えるけど」

 

確かに、自分たちはいい暮らしをしているのだと青葉も思っている。

というか以前、ネットで一回調べた。

給料は安いが、福利厚生は他の追随を許さない。

命の危険は目に見えるが、かなりの好待遇なのだろう。

 

ちなみに、艦娘の待遇は最初から良かった訳ではない。

そもそも艦娘が現れた初期の頃は、軍自体の秩序が崩壊しかけていた。

海の平和を守れず、輸送ルートは壊され、人民と物質に多大な犠牲を出し、挙句の果てには国民から非難される。

 

そんな中で艦娘は現れたのだ。

存在自体が謎、おまけに大日本帝国の兵器の名を持っている存在。

人が元となっているとはいえ、差別が相当ひどかった。

まともに人権というものが機能していなかった暗黒時代である。

 

艦娘の扱いも手探りであった。

トライ&エラーの中で何人もの艦娘が色々な犠牲になってきた。

しかし、提督が艦娘に活路を見出し、運用し、海の秩序をある程度持ち直してきた。

そうして今の平和が、軍人と艦娘の待遇が保障されている。

 

「そこは良く知らないけど。まあ、このご時世で大分マシな仕事だとは思うさ」

「そりゃあ、仕事はそうですがー」

 

昭としてはかなりリアルな話、金が欲しいと思っている。

身の回りの生活を買うために、金を持っておきたいのだ。

 

昭の場合は、高校大学の奨学金の問題があった。

進学のために、大量の借金を現段階でしている。

それの返済の糸口がつかめたのは大きい。

昭の進路は教育系で、ここ1年になってから大きく進路が狭まった。

最悪、大学を出たのにまともな職に就けない可能性も大きかったのだ。

 

「妖精さんに差し出すのは、体と記憶と人間関係。それで得られるものが、ちっぽけな物だったら嫌だったろうけどね」

 

確かに、失うのは嫌だ。

できるだけ失うのは避けたい。

少女の言っていた通り、自分の世界が崩れ去るというのは恐怖なのだろう。

 

だが、必ず失うなら、新たに得るべきであろう。

 

「でも、そうじゃないんだろう。艦娘は良い職業なんだって。そう思ったほうが、気は楽だろうさ」

 

艦娘になれば、そこから出会いがあるのだろう。

新しくも古い仲間たち。

生きている限り、そういった出会いが自分を待っている。

 

ここから再び、自分の人生は始まることになるのだろう。

 

「もう、どうにもならないんだろうさ。どうにかしたいって思うなら、親との連絡を手伝ってよ」

 

勿論、失うものの事も忘れない。

今まで自分を育ててくれた親と、友人たちのことは捨てがたいのだから。

 

「そうです、かぁ」

 

 

青葉は、自販機の前でコーヒーを飲みながら、独り言ちる。

 

「何で、そんなに覚悟を決められるのでしょうか」

 

青葉にとって昭の台詞は、楽観的すぎると思う。

 

確かに、艦娘は他の仕事よりも得られるものも大きい。

だが、失うものもまた、大きい。

大切な仲間がある日突然、いなくなる時が来る。

何より、その機会が一度や二度ではないのだ。

 

戦場とは、戦争とはそういうものなのだから。

 

「青葉にはとても、わかりません」

 

あの青年は、あの地獄に耐えられるのだろうか。

どこまで、彼は知っていて、理解しているのだろうか。

青葉は気になって仕方がなかった。

 

 

 

 




適当にブツ切りで、飛ばし飛ばしで、進んでいきますよ。

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