江戸のお姫様はふつくしい!? 作:匿名
それでは、どうぞ。
「ん…」
目を覚ますと、そこには見慣れた居間の天井が広がっていた。
回りを見渡すといつも通りの居間の風景。しかしキッチンの電気が点けっぱなしであった。ソファで寝落ちしてしまったのかと思いつつ、時計を見やる。時刻は23時半頃を指していた。
「ふぁ~あ…ちょっと寝たから野菜炒め作ろう…」
「あれ、私の存在は~…?」
…さっきからチラチラ視界に入ってはいたのだが、それだけなら幻覚と割り切る事が出来た。しかし喋られてしまうともう観念するしかない。俺は先程からリビングをうろついている謎の人物に向かってため息をつき声を掛けた。
「はぁ…っていうか、あなた何者ですか。夜中に勝手に人ん家にずけずけ入り込んで挙げ句の果てに俺の音楽プレイヤーまでイジって…」
「よくぞ聞いて下さった!ふっふっふ、私は征夷大将軍にして徳川家康公の妻、
「・・・・・・・・・・・・・は?」
何だか訳の分からない言葉を口走った目の前の少女に、氷が張れそうな程冷ややかな視線を投げ掛ける。まさかそういった反応をされるとは思わなかったか、少女…改め築山さんはばつが悪そうに向かいの椅子に正座で座る。勝手に座んな。
「あ、あの…私、家康の妻なんですが…」
「…いい精神科紹介しようか…?」
「至って健康体だよ!」
ちょっと、いやかなり引き気味に築山さんに今すぐ病院を受診する事を促すと、心外だと言わんばかりに身を乗り出してくる。
「いやいきなりそんな意味不明な事言われましても…」
「ムムム…信じられないようだねぇ…ならハイ証拠!お伊勢さんのお札!」
築山さんが証拠として突き出してきたのは伊勢神宮のお札だった。そこにはすんげー達筆で『伊勢神宮※§£¢…』と書かれていた。伊勢神宮より下は達筆過ぎて読めん。
「どう!?信じてくれた!?」
……いや、まだ俺は信じない。もしかすると凄い歴史好きで頭のネジが7本ぐらい緩んでいる歴女なのかもしれない。そう思い否定的な言葉を述べてやると築山さんはがっくりと肩を落とした。
しかし築山さんはめげずにまだ証拠を差し出す。もうどう足掻いても無駄だ、精神科行けと言おうとしたその時。
俺の目は、彼女が手に持っている物に釘付けになった。
「なっ、それは…!?」
彼女が持っていたのは今や数十万の値打ちが付くであろう、一両小判を十枚程。もちろん現代では製造されていないし、レア物で殆ど入手ができない筈なのに。それによ―く見てみると年号が江戸時代のそれだ。信じられないが、これは嫌が応にも信じざるを得ないだろう。
「まさか本当に江戸時代から…!?」
「だからさっきからそう言ってたでしょ―!もう!」
「マ、マジでか…」
「まじだよ…」
「あ、そういや『マジ』って江戸時代から使われてたらしいのな」
「私が生まれた頃には既にちらほら使われて…って、話逸らしてどうするの…」
「あ、ゴメンっす。で、江戸時代からの使者ってのはまぁ、信じるけど…どうして俺ん家なんかに?家系、多分徳川と全然関係ないかと?」
「それが関係大アリなのー。外来語で言うとビッグアント。その徳川の末裔のうちの一家が…貴方の家なんですよ…!」
今度こそ、俺は完全に思考停止する。
…え?
…今、この人は何と言った。
俺ん家が徳川の…末裔?
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「えええええええええええええっっ!?」
「うひゃぁっ、いきなり叫ばれた…ビックリした…」
「えっ、ちょっおま、末裔って…はぁ!?」
「ちょっと驚き過ぎじゃ…?この広い日ノ本、私達の末裔の一人や二人いると思うよ?」
「いや、それでもいきなり言われたら驚きますって!」
そりゃー先日まで普通の生活を送っていた所にいきなり先祖(らしきもの)がやって来て、「アナタ徳川の末裔ですよ」と言われたのなら驚かない方が難しいだろうが。名字も違ってるんだし尚更だ。
「えーっと…、ということは、あなたここに来た理由は俺ん家が子孫だから…?」
とりあえずこの場にいる理由を訊いてみる。
「私がここに来た理由は2つあります…1つは…」
「1つは…?」
「家康様に愛想を尽かして出てきちゃった…」
「家康さんに…?」
「あの人、結婚したはいいけど全然私を見てくれなくて…愛してくれなくて…」
確かにかの将軍なら結婚したとしても妻を愛する暇なんてないだろう。実際冷たそうだし。
「それでも、私変わろうとしたよ?一生懸命努力して、生け花とかお茶とかも練習して、頑張ったんだよ?なのに…」
「なのに…?」
「私が朝食の時に畳の縁に引っ掛かって転んで、家康様の顔に納豆ぶち撒けたぐらいで私の事を『貴様の事なぞ嫌いである!余の前から失せろ』って言ったの!酷くない!?」
「うん、酷いのはどう考えても築山さんだよね。家康さん悪くないよね。」
「そんなぁ!?」
「いや、『そんなぁ!?』じゃねぇだろ!?ブチ撒いたんなら謝れよ!」
しまった、つい敬語を忘れていた。というかそんな些細な理由で愛想尽かすとかどんだけだよ。時の権力者の顔に納豆撒けてよく「失せろ」だけで済んだな…
「まぁ、主君の言った通り悪いのは私だって事に気が付いた訳だよ。」
「気付くまでも無いだろそれ…」
「そして一日中江戸を歩いて、夕刻に帰ろうとしたら…」
「結局帰るんですね…」
「ここに私が来た理由の2つ目が。」
「まぁだいたい見当は付きますけど…何だったんですか?」
「あのね、1人で夜道を歩いてたらね、提灯が消えちゃって、道に迷っちゃったの。暗くて怖かったけど、先の方に光りが見えてたから、そこに向かって歩いてたら…ここの庭にいました…」
「あなたもう江戸に帰った方がいいんじゃないですか?」
…それは俺ん家の庭で焚いていた迎え火の光に導かれて本当にご先祖様迎え入れちゃったってコトだよな。
「何てこった…そんな理由なんかで俺ん家に…
というか、さっきから主君主君って、俺の事ですか?」
「そうだよ。私は『主君』と呼んだ相手には、一生添い遂げると決めてるの…」
築山さんが少し頬を染めながら呟く。
…それって?
「俺に惚れちゃったって事…?」
「…ぽっ」
「口で言うなあざとい」
え、えぇ~…惚れられたら惚れられたで色々困るんですが…特に姉とか姉とか友人とか。
改めて、築山さんを見る。整った顔立ちの中に少しの凛々しさと無邪気さが見え、なかなか可愛らしい。腰の辺りまで伸ばした長い黒髪は絹のように美しく、まさに可憐な姫君のようである。実際姫らしいけど。
そして年頃の男子高校生なら嫌が応でも目を惹きつけてしまう胸元。巨乳…とまではいかないが世間一般の感覚からすると大きい部類に入るだろう。「和服は胸が小さい方が似合う」という考え方を根底から覆す感じである。どうなってんだ江戸時代の着付け方。
「何をまじまじと見てるの…?もしかして、主君もう惚れちゃった!?」
「いっ、いきなり何を…!」
「ありゃ、照れちゃってる?か~わいいねぇ~…」
スパアーンッ
俺は先程買ってきたフライパンを躊躇なく彼女の頭に叩きつけた。
「…調子に乗り過ぎると叩きますよ…?」
「た、叩いてから言わないでよぉ~…」
「返事は?」
「うう、はい…」
「って、フライパンで思い出したけど野菜炒め作るの忘れてた!」
「え?何かマズいの?」
「マズいですって!姉ちゃんが痺れを切らして降りてくる前に作らないと、バレますよ!?」
「バレるって何がなのかな…それより主君って姉上いたの?そりゃ挨拶しなくちゃね!降ろしてくる!」
「話を聞け話をぉ!出て行こうとするな!」
というか部屋の場所知らないだろ。呼びに行こうとする築山さんを止めようと、居間の出入り口に目を向けた瞬間。
「ちょっと松ちゃ~ん、野菜炒め遅いよ~…って、えぇ?」
「なっ…」
「うん?」
まさに噂をすれば影が差す。姉、襲来である。
どうでしたか?最後に姉がチラッと出てきましたが…それはまた次回に。
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